第19話 騎士団長は脳筋

貴族というのはなかなかに仕事が多い。まあ、傍目からは俺は愛妻と愛娘を慈しむ姿しか見られていないだろうが……それも、必死に作った時間の中で有限の楽しみとして行っていることだ。


本当ならもっと二人を可愛がる時間を作りたくても、どうしても側にいられない時もある。家で片付く仕事なら特には大丈夫なのだが……どうしても王城にて確認が必要なことがあり、俺は現在一人で王城に来ていた。


家の警備はここ最近になり、俺が選りすぐった精鋭を配置しているので、いかなる害虫も公爵家には近づけないだろう。昔はカリスさんの適当さからか、不真面目な輩や、怪しい奴がわんさかいたが……それらの不安要素は残さず切り落として、出来る限りの改革は公爵家に施した。


まあ、ジークが俺のそんな姿を見て涙を流していたのを見たらかなり申し訳ない気持ちになったが……カリスさんのこれまでの行いを鑑みるに仕方ないだろう。


「おや?これはこれはフォール公爵。お久しぶりです」


宰相に用事があって、廊下を歩いていると、前方から気さくにそう声をかけてきたのは、甲冑を身に纏う、いかにも騎士らしい風貌のおっさん。えっと……こいつは確か……


「これは、グリーズ子爵。お久しぶりです。いえ、その格好のあなたは騎士団長とお呼びするべきでしょうか?」

「フォール公爵殿が我が騎士団に入られるならそう呼んで欲しいものです。どうですか?引退したとはいえ、あなたの数々の武勲は知っています。好待遇で、高い地位をお約束しますよ?」


いかにも人の良さそうな笑みでそう言ってくるのは、この国の中枢を担う騎士団の団長であり、貴族としての爵位では子爵家の当主にあたる人物であるグリーズ子爵だ。

以前の騎士団長は公爵家の一柱がその任を授かっていたが……その歴戦の強者に認められて、現在の地位を築き上げた剣の天才……それが、グリーズ子爵なのだ。


そんなグリーズ子爵の言葉に俺は苦笑気味に言った。


「大変嬉しい誘いですが、この老体には些かキツイですかな。それに、私は長らく前線から身を引いている日陰の存在……今さらそんな輩がでしゃばっても騎士団としては迷惑でしょう」

「あなたの復帰には多くの団員が喜ぶと思いますよ。なにしろ、《剣鬼》と呼ばれていたほどの猛者が我が騎士団に戻ってくるのです。若い連中にはいい刺激になるでしょうし……古くからの同士にはたいそう喜ばれるでしょう」


買いかぶり……と、自己評価ならそう言えるのだが、カリスさんを客観的に見ると、この評価は意外と的を射ているのだ。

フォール公爵家の当主としての仕事が増えたために前線からは身を引いたが……それでも、恐らくカリスさんの技量はその辺の騎士団のメンバーよりも遥かに腕がたつのはカリスさんの体を動かしている俺が一番わかっていた。


まあ……だからと言って騎士団に入るつもりはさらさらなかった。だって、ただでさえ忙しい仕事に騎士団の仕事が増えたら家に帰って二人を愛でることができなくなるじゃん!そんな社畜のような生活は真っ平だ。


ちなみに、かつてのカリスさんは、現役の頃……まあ、所謂新婚ほやほやの頃はあまり家には帰らずに騎士団と公爵家の仕事を盾に社畜同然の生活を謳歌していたようだが……本当に勿体ないことこの上ない。新婚ほやほやで社畜とか俺だったら自害できるレベルの恐慌さだわ。まあ、二人のために時間をさきたい俺はそんな社畜な生活を認めはしないが……


「まあ、私も妻と娘との時間を作りたいので、遠慮しておきますよ」


そう言うと、にこやかだったグリーズ子爵の表情がフリーズした。

なんだろうと思っていると、グリーズ子爵は驚きの表情を隠しくれずに言った。


「あなたがそのようなことを言うとは……噂は本当だったのですね」

「噂ですか?」

「ええ。フォール公爵はここ最近になり、家族との関係が大変良好……どころか、人が変わったように家族に愛着を持たれているという噂を耳にしたもので」


カリスさん……あなた他の貴族からもそんな風に思われるほど家庭を省みなかったのね。なんだか涙がホロリと出そうになるが……俺はそこでグリーズ子爵の後ろに小さい影があることに気づいて訪ねてみた。


「グリーズ子爵。そちらの後ろにいるのは……」

「ん?ああ、これは失礼。こちらは息子のレベン・グリーズです。レベン、挨拶できるな?」


そうグリーズ子爵に促されてグリーズ子爵の後ろから顔を出したのは5、6才くらいに見える赤毛の男の子……なんか見覚えがあるその子は、ガタガタ震えながら小さい声で挨拶をした。


「れ……レベン・グリーズ……です……」


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