人間模様9 通勤路のふたり
herosea
リクルートスーツの女性
ヒロシのオフィスは横浜市内の旧東海道の元宿場町近くにある。毎朝、東横線を使って横浜駅まで出て、さらに相鉄線に乗り換えてオフィスのある駅で降りる。オフィスは駅から歩いて5分程歩いたところだ。この物語は、毎朝の通勤途中、駅を降りてからオフィスまでのほんの短い道のりにあったことである。
ヒロシはどちらかというと朝早族だ。しかもめちゃめちゃ早い。7時前には、大抵、オフィスに座ってコーヒーを飲んでいる。会社の始業は9時だ。だが裁量労働ということで成果さえ出せば勤務時間帯をとやかく言われることはない。多くの社員は遅い方へ業務時間をシフトしてくるものだが、天邪鬼のヒロシは早くきて早く帰るという仕事のスタイルを通している。何よりも朝のガランとしたオフィスで仕事を片付ける方が性に合っているのだ。
8年前に遡る。5月のゴールウィーク明けの頃からだった。駅からオフィスに向かう間、ヒロシと逆方向に駅に向かう若い女性と良くすれ違うようになった。毎朝すれ違うその女性が妙に気になっている。好意を抱くということではない。ヒロシのオフィスに入ってきた新人社員同様、その女性も社会人に成り立てと見えたから興味を持った。
ヒロシの会社は旧来は男社会だったが、最近ではほぼ半分の新入社員は女性だ。人材獲得の幅を広げることは良いことだと思っている。ただ一つ、ヒロシにとって新入社員に違和感を覚えることがあった。新入社員全員が示し合わせたうに黒紺地のスーツを着ている。何か金太郎飴のようで個性を感じない。軍隊のような封建性を感じてかわいそうにさえ思う。ことさら、女性の黒紺地スーツ姿にはそれを感じていた。
朝すれ違うようになった若い女性も黒紺地のリクルートスーツを着ていた。この女性もどこかの企業に4月より入社した新入社員であろうと察することができた。だから歳は20代前半であろう。
ヒロシが何故その女性を気にするようになったのかというと、ヒロシの会社の新入社員とは違うものを感じたからだ。髪型や化粧がこなれていないところが初々しく見える。駅に向かう歩き方が新鮮で「会社に遅れちゃ行けない」、という必死感が漂っていた。残念ながらヒロシの会社に入ってきた新入社員達はどこか大人しく見えた。だからこのすれ違う女性から伝わってくる一所懸命さは新鮮に感じるのだ。
毎朝毎度、
「あっ、また彼女だ」
と思っていたが、ヒロシとすれ違っていることには気が付いていないであろう。それぐらい彼女は仕事に行くことに集中して歩いている感じだった。オフィスに到着直前のヒロシには、何かエネルギーを与えてくれているような気がしていた。
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