ダンジョントライブ!〜『ダンジョン人間』とかいう超強力な種族に進化を果たしたおっさんが挑むのは、完全にダンジョン化した地球!〜
末廣刈富士一
第1章 初日のおっさん。
【1】突然編 第1話 オヤジに狩られる。
残業。午前様手前まで。
それが終わると親友から電話かかってきた。
それは飲みの誘いで、奢ってくれると言われた。
俺はその誘いにホイホイ乗って…
キャバクラ行って…
焼き鳥屋にも行って…
しこたま飲んで…
酔い潰れた親友をタクシーに放り込み…
独りでラーメンを食いに行って…
…その後なんでか歩いて自宅に帰る事にして…
…あれ?
──── 。
俺は目覚めた。
固く、デコボコした地面の上で。
「……何処だ。ここ。」
まだ冬ではない。
とはいえ、路上で寝ていい季節でもない。
(よく死ななかったもんだ…)
酔っていたとはいえ、三十も過ぎてこれは軽率すぎだろうと反省しつつ、
(まだ早朝なのか…?いや、そんなはずはない…)
と、意識があった時はもう既に朝だったはず…と思い出す。
(という事は…今はまさか、夕方なのか?夕方になるまでずっと路上で寝てたのか?…にしては…)
景色に赤みがない。夜にしては明るい。
ただただ薄暗い。
そんな周囲に違和感を感じた。
そこでようやく、詳しく知ろうと周囲に目を向け…
「ゲキ…」
なんかいた。
すぐ近くにいた。
それは、ひどく小さなおっさん。
その手を見れば棍棒らしきものを振り上げてて………え?振り上げたそれをどうするつもりだこのおっさん。
「……は?」
俺の間抜けな声に拍子を合わすように
──ゴッッッッ、!
視界ッ意識ッッ。
──白─赤─黒─(あ…ヤバ…)明滅。
かつて感じた事のない痛みっ。
それにこの…重い衝撃っっ。
(…攻撃っ?された…っ!?)
あの棍棒で──打たれ…えぇっ?
その意味不明な衝撃は、電流に似た感覚を伴い、頭蓋を介し、伝播し──こめかみ─眉間─鼻先─と経由して──
──ガチン!
歯と歯。
噛み合わさった。
強制的に。
だがその不完全な咬合では衝撃を殺せず。頚椎にまで歪に作用していった。その時やっと脳裏に浮かんだ言葉は…。
(なんだこれ……)
……タ…タ…
「……お…」
…タパ、タパパパパ……
眼下、地に大小の赤い水玉模様が描かれていく。
いや、垂れていく…
いやこれは…濡らしていく?
(──あ…これ、俺の血──)
あまりに突飛な状況。
あまりに突飛過ぎて不思議でしかない。
呑気な速度で首を旋回させもう一度見た。小さなおっさんを。
おっさんの顔。
そこにはブヨブヨに膿んで膨らんだようなデカ鼻が下に向け垂れ下っている。
そのブヨブヨとした鼻梁をなぞった先にあったのはやたらと離れて在るやたらと小さな眼。
ただでさえ小さいのにそれが落ち窪んで見えるくらい、その周囲の肉と骨は盛り上がっている。
そのくせ口はやたらとデカく、その口に不相応なほど下顎は引っ込んでいて、それは首にめり込んで見えるほどだった。
イボのような吹き出物がところどころある皮膚は、何だかやたらとテラテラ…濡れたように脂ぎって
(なんて…醜い顔だろう…)
実際これは失礼な話。
初対面の相手に『醜い』とか何様。
(でも…うん。薄いし、)
毛髪がやたらと薄い。
変な表現だが円形脱毛症が逆転した感じ。感覚を大きく空けて不規則に纏めて生えた毛の束が、それぞれ後ろに向け逆立っていて、それに倣うように生える耳も後方に向け尖り、それに釣られたようにして後頭部がやたら出っ張っていて…
(つか頭、デカすぎないか)
頭がやたらとデカイ。
身長はやたらと低い。
120cmくらいか…3頭身。頭部とバランスを取る事を完全に放棄している。その低身長に見合って幼児みたくポッコリと出た下腹。かと思えばそれ以外の部位は妙に引き締まっている。そのアンバランスな身体を支える為か、脚の方はやたらと太く、短かった。つか…なんで筋肉の有り様まで見えたかと言うと、このおっさんが着てる服が腰蓑一枚だけだったからで…
(……いや、腰蓑?何処の原始人だよ…棍棒?とか持ってるし…)
…なんか向こうも不思議そうにこっちを見ている。いやいや…「あんたこそ正気か?」と言いたい。掴み持ったその棍棒の先なんかを見たら本当にヤバいヤツだと知れる。赤く濡れてて……って…
(そう、赤…って…あれ?…あれ…血……って、あれ、いや、オイ…俺の血じゃないかアレ?つーか!なんでまた棍棒振り上げてんだこのおっさ……!)
「って、うおお!」
ブンっ!
咄嗟っ! 首! 捻った!
迫る棍棒から頭だけは守らんとして逸らす!さっきの衝撃で傷めたらしい首がビキと音を鳴らした。急な回避行動には響く。そんな痛み。それでもなんとか間に合わす。致命傷はまぬがれた。しかし…
ガッ!鎖骨っっ。 強打!…された…っ。
またも経験のない痛み。ゴロンと転がりその流れで慌てて、いつの間にか立っていた。その拍子に、利き腕が上がらないほど痛む事に気付く。さらに慌てた。これ、鎖骨…、折れたか?
「何だ…何だ何だコレ!」
なんて言ってる間にも小さいおっさんはその狂気を奮う。今度は膝を砕きに来た。慌てて打たれそうになっていた膝を後ろに下げる。が、それでは不足。空振った棍棒は置き土産とばかり、もう片方の膝を…
ガつ…っ 掠めていった。
(ぐうう。これまた痛いっっ!)
掠めただけでこの痛さ。そこでようやく脳内でけたたましく鳴った。危険信号が。我ながら遅すぎるぞっ。歳はとりたくないもんだ…つか言ってる場合かアホか俺っ!咄嗟でもなんでももっと動かなきゃ……っ。
膝を傷めて力が入り切らない足。
それを無理矢理軸足にして。
先程後ろに下げた足。
それをいつの間にか前へと…っ
ブンッッ!
振り上げていた。
まさに無意識。
本能が為した攻撃。
いわゆるサッカーボールキックというアレ。これでも俺にとっては精一杯の反撃。だが、振り抜くその勢いが強過ぎたのか、俺の身体はそのままに後ろに傾いて…転倒してしまう俺っ。尻もちをつく俺っ。不発に終わったかと早々に諦めた俺っ。
…だったのだが… …メリッ。
…と、革靴越しに嫌な感触が伝わってきた気もする。爪先はどうやらおっさんの片目にヒットしていた?見ればおっさんは片手で片目を押さえ、痛がっている。
(え。俺、潰しちゃった…のか?おっさんの眼球を…?)
「ゲキーーーー!!!」
(うわあ)…どうやら潰してたらしい。
おっさんの悲痛な声が物語っている。
おっさんはとてもとてもイタがっている。
ボタタと臭っさい唾液を撒き散らして。
だというのにこのおっさん。
その脅威は未だ衰えず。
思い切り怯んでおきながら、棍棒を振り回すその勢いは物凄い。動きは大きく拙いものだったが、その起こりがやたらと速い。肩から先の像がブレて見えるほどだった。
(…あんな力で、しかもあんな硬そうな棍棒で殴られたっていうのか。俺は…)
先程自身が負ったらしい頭部のキズの具合が、改めて心配になった。そして気になってしまうとぶり返すのが痛みというもの。今更になってズクズクと鈍く…かつ大袈裟に脈打ってその深刻さを伝えてくる。
(…だけど今それは余計だっ)
我が肉体ながら「後でかまってやるから」と、言ってやりたい。まずはこの…何でか躍起になって俺を殺しに来てるちっさいおっさん…
(そうだっ!コイツをなんとかしなくてはっ!いやいやなんとも出来るかよっ!こんな狂人相手に…!……ここは……そうだ!逃げるっ!ここがどこだかわからんけどどこに逃げていいか分からんけど!とにかくこのおっさんから遠ざかって…)
そう判断した俺は迫るおっさんに背を向け一目散…っ!とはいかなかった。
ドこぉっっ!(…っうッ!)
背中に感じた。硬い衝撃。
どうやら…追ってきたおっさんに背中を殴られた?傷めた膝が祟るっ。つんのめって腹ばい。地に倒れ伏す俺。その背中には…
ド…ッ。
生暖かい重み。悪寒を感じた。何かが俺の背中にのしかかってきた。慌てて身をねじり反転、見上げれば案の定。あの凶暴なおっさんが……ああ、馬乗りに。
(……おいおいおいおい……)
マウントポジションからの打撃なんて、今までの人生で受けた事ないし、これからの人生でも受ける予定なんてなかった。
(しかもこのおっさんが握るのは硬い棍棒だってんだから尚更だろ…っ)
ほら、おっさんは馬鹿の一つ覚えのようにまた振り上げている。そして…振り下ろして…きたっ!
「う、ワワワっ!」
振り下ろされる過程の棍棒…それを握る拳を慌てて下から掴み取る。その力をなんとかかんとか堰き止める。防御、成功した?
(なのに……っ)
相手は片腕で振ってきたのだ。それをこっちは負傷しているとはいえ、両手で掴んだ。しかもこれほどに身長差がある。という事は体重差だってかなりある…っ
(…はず……だってのに!なん、て…力、だよ…コイツっ)
だがそこは棍棒。刺突武器ではない鈍器。振り下ろす速度が殺されれば脅威なんてなくなったも同然。おっさんはそれに早々に気付いたのか、棍棒による攻撃を諦めたようで…
次に移した行動は… カパぁ…
「ひ…っ!」
大きく開かれた、大きな口。
棍棒をなんとかしようと必死な俺の腕に、おっさんは躊躇なく噛み付いた。
これぞ、本当の意味で口撃。背広とカッターシャツの袖越しに、俺の片腕はブツブツと不揃いに尖った圧で挟まれてしまった。これまた、激痛。次の瞬間には俺の腕を咥えたまま、犬の霊に憑かれたような本能的動きでブンブンと首を振るおっさんがいて…
(コイツは…ホントに、狂ってる…)再認識。
その時だった。
《──生命の危機を察知──》
何かが、何かを言ったようだった。
《──『迷宮本能』の一つ、〈記録する本能〉が強制的に覚醒しました──》
が、俺はそれを聞き逃す。
文字通りそれどころではなかった。
駄目なのだ。もはや。
(コイツを、このおっさんを、人間だと思って相対しては駄目だっっ!)
《──迷宮スキル【戦闘の記録】が開放されます──》
──プっつ──
何かが何処かで切れた感覚。
俺はおっさんの拳を握り込んだまま、
腕に噛み付かれたまま、
焼け糞になったかのような強引さで、
ばルンッッ!
全身のバネに鞭打った。
歯間から血を滲ませるほど力む。
身をひねるっ!
身体中の、筋肉。
その中でも使われてこなかった部位。
それらがビキビキと、聞いた事のない悲鳴を上げた。
するどどうだろう。
俺は、いつの間にかおっさんによるマウントを覆すことに成功しているではないか。
立場、逆転。
気が付けば今度は、俺が馬乗りになっていた。
何故かおっさんは、俺の股下にいる。
しかも俺の手は棍棒を奪い取ってさえいた。
(はあ…?いつの間に…俺…いや俺ってこんな動き出来たんだ…やれば出来るってやつか…?…にしたってこりゃぁ…)
色々と不審には思う。
不思議に思う。
だがそう思う以上に思うのは、
(でもここから俺は…どうすりゃいいんだ?)
なんとも、持ち馴れない感触。
振り上げてみたソレは、血塗れの棍棒。
なんだが、やたら重く感じる。
これを使って俺は今…何をしようとしていた?
(振り下ろす……ってか)
……振り下ろしたら、どうなる?
迷っている内も俺の股下で、ジタバタと、足掻き藻掻くおっさん。そのやたら醜く、身体に見合わぬ大きさの頭を見つめる。どう見直しても攻撃するマトには思えない。
(このオッサンを今から……殺す?なんだそれ…なんて現実味のない…)
だが、そんな躊躇に使っていい時間は許されていなかった。
確か…マウントポジションとは絶対的に優位な態勢…と思っていたのだが。やってみたそれは思いの外不安定。動きを制してやろうとするがなかなかうまくいかない。
身長120くらいしかないくせに、大人顔負けな膂力を持つこのおっさんの上は、思ったより座りが悪かった。危うく逃げられそうになる。それに焦った俺の身体は棍棒を振り上げ直した。そしてそのまま、反射的に…
振り、下ろした。
きっとこれは人生初の……、純粋な殺意が乗ったアドリブ。
ゴッ!「ガ…ッ!」
無意識が呼び起こした……、むき出しの本能にあかせた追撃。
ガッ!「ギ…ッ!」
だがそれでも浅かった。届いていない。命までは。
そりゃそうだ。いくら凶暴な相手だからって……正当防衛が成立するかもしれないからって……人の命を奪うなんて事……こんな俺に出来るはずもない。
そうやって俺の生存本能が魂レベルの拒絶に負けそうになっていたその瞬間…
カツ!
「………………………………はあ?」
いきなり。
股下に組み敷いていた小さなおっさんの頭頂にナイフらしきもの…生えた。いや、突き立った?それに合わせておっさんの小さなまなこが
グル… 裏返る。
(え。 死んだ…)
あんな凶暴だったおっさんが
…嘘だろ?
こんな呆気なく消えるか?
…命が…。
(…だって、尻にまだ感じる。おっさんの体温…)
俺の目は宙を探した。
何でもいいからと。
なんらかの現実味を求め彷徨った。
そしておそらくはナイフが飛んできたのであろう方向。そこに目が止まる。…いた。人?三人?
複数の人影。
(何だ…なんなんだ一体)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます