5.困惑。孝太朗に異世界研究クラブにご案内されたんだけど

 何でかな、私は今孝太朗と一緒に異世界研究クラブの部室に来ている。

 あのまま手を引かれるままここまで来たんだけど、私一言もここに来るって言っていないのよね。そもそも手を引かれて、顔が真っ赤になっちゃってそれどころじゃなかったってのもあるけど……。


 異世界クラブの部室は教室がある校舎を出て、少し離れた所にある旧校舎の二階にあるよ。旧校舎は木造の校舎で、本当は耐震性能が足りなくて取り壊しになるはずだったんだけど、歴史的な価値が高いとかで保存される事になった建物なの。

 で、なんでクラブの部室になっているのかというと、保存のために耐震補強された後で今度は保存方法の議論になって、部室にして生徒が掃除をすることで同時に保存をしようって言う話になったらしい。

 確かに、誰も使っていない建物って、すぐにゴミがたまって汚くなっちゃうし、建物自体も劣化しちゃうもんね。


 旧校舎の前にはグラウンドがあるし、今の校舎との間に体育館もあるから、運動部の部室も旧校舎の一階にあったりする。

 だから体育とかでグラウンドを使う時は、今の校舎からわざわざ移動しないといけないのよね。これも景観に配慮したらしいんだけど、すっごくめんどくさい。


「みんなお待たせ、新しい部員を紹介するよ」

「えっ? えっ?」

 部室の中には、男女合わせて十人くらいの人がいたんだけど、孝太郎と一緒に部室に入ってきた私の顔を見て、みんなぽかーんとした顔をしていた。

 えっと、これってどういう状態なのかな。

 一瞬の静寂のあと、部室が沸き立った。


「ちょっ、また孝太朗は、見込みがあるってだけで連れてきたのかよ」

「この間だってそうよ。話が盛り上がったってだけで先輩連れてきたじゃないの」

「あ、それ俺のことだな。話をしていたら楽しそうだったから、俺は問題なかったけどな」

「まだ先輩みたいなケースはいいんだぞ。先月は後輩の女の子三人を連れてきて、そういうときに限って部室にはオレしかいなくて、異世界クラブを怖がって逃げてっちゃったんだからな」

「それ関係ないわよ。祐輔の顔が強面なのが原因に決まってるじゃない」

 みんなが楽しそうにしゃべり出す中、反対に私はびっくりして体が竦んで、入り口で立ち止まっていた。

 逆に孝太朗はそのまま中に入って行っちゃって、私だけ入り口に置いてけぼりになった。えっと……。


「何を言ってるんだよ。世の中の不思議が理解できないのが悪いんだよ。日常の中に潜む不思議を感じてこそ、この世界の理が解明できるんじゃないか。

 ……あれ? 葛城さんは……?」

 たぶんいつもの指定席なのだろう。奥の椅子まで行って座ったところで、私がまだ入り口で立ちすくんでいることに気がついて、再び立ち上がって私の所まで戻ってきた。


「ごめん、葛城さん。僕が迂闊だった、今日は僕の隣に座ってよ」

「わたし……異世界とか、全然詳しくないんだけど……」

 孝太朗笑顔で首を横に振ると、スッと顔を近づけてきた。


「大丈夫。僕に任せておいて」

 そう言うと、私の手を引いて部室の指定席まで歩いて行く。私はといえば、また引っ張られるままに孝太朗に付いていって、ちょうど空席になっていた孝太朗の隣に座った。


 あのね……私、美術部に所属しているんだけどな――なんて、言い出せる状態じゃなかった。

 孝太朗が席に着き、背筋を伸ばした時点で部室の空気が変わった。全員が真剣な顔つきになって、誰もがおしゃべりをやめた。部室の入り口に近くにいた女の子が一旦、廊下に顔を出してから扉を閉めた。外の喧噪すらも聞こえなくなった。

 えっと……これって、どう言う状態なのかな。


「本日は異世界研究クラブの緊急招集に集まってくれてありがとう。

 みんなには日頃から、異世界転生に繋がる怪異について調査研究をして貰い、この場で情報の共有し貰っている。

 先日も、中村さんの『逢う魔が時』に関する調査が記憶に新しいと思う。

 追加の調査の結果だけど、古くから言い伝えがある地域や場所において、怪異と遭遇する機会が多いことから、土着の神が関連しているのではと言う結論に達したので、ここに追加情報として報告を上げさせて貰う。

 調査データは今からLINK経由で共有するから各自で確認して欲しい」

 孝太朗がテーブルの上に置いたスマートフォンを操作すると、メッセージを受信したのか、全員がスマートフォンを操作し始めた。

 十数秒くらい経ってから全員が顔を上げると、それを確認した孝太朗が大きく頷いた。


 何だろう。最初、異世界研究クラブって何か怪しいし、活動だって適当に楽しんでワイワイやっているだけなのかなって、勝手に想像していたんだけど、思いの外みんな真剣にやっているからびっくりした。

 今の世の中って科学が発達して、身のまわりのことが科学で当たり前のように解明できるようになって、オカルトとかそんな分野の話をテレビ画面で見る機会がめっきり減ったよね。


 昔のアナログとかだと、やれ写真に幽霊が写ったとか、フィルムカメラに妖怪が映り込んだとか大騒ぎしていたけれど、時代がデジタルになってからはそういう話も少なくなったと思う。

 私も、そういうことには疎かったし、特に気にしたことはなかったな。


 今日までは、だけど……。


「さて、本題に入るんだけど、僕たち二年B組は異世界転移に巻き込まれかけた――」

「まじかっ! 本当にあるんだな、異世界転移」

「凄いわっ、異世界があることは分かっていたけれど、異なる世界は確認したことが無かったもの。快挙ね」

「いやしかし、二年B組は無事だったと言うことか? 孝太朗もだが浩介もここにいる……」

 孝太朗の話で、部員が一気に沸き立った。孝太朗はそれを、片手を掲げて鎮めた。

 再び部室が静かになった。


 本当に異世界があるって、ここの人たちは信じているんだ。私も今朝の世界止まった世界を体験しているから、あるって信じることはできるかな。

 それに、制御できないけれど時間停止と無限収納の異能が使えるようになった。ほんと自分の思い通りにならないのが致命的だけどね……。


「異世界転移自体は、いち早く異能に目覚めていたクラスメイトの小鳥遊君によって無事阻止された。ちなみに小鳥遊君からは、異世界研究クラブには入部しないという回答を貰っているよ。

 さらに、クラスの全員が何かしらの異能に目覚めたようだ。現在僕を含めて七人の異能を確認できていて、そのうちの一人がこちらの葛城さんだ」

「……えっ? あっ。えっと……結城さんと同じクラスの葛城琴音です。えっと……」

 ちょっと、いきなり紹介されても何を言っていいのか分からないよ……。


 私が困って横に顔を向けると、孝太朗が笑顔で頷いてきた。

 いや……頷かれても、ぜんぜん何だか分からないんだけど。顔を前に戻しても、やっぱりみんなの真剣な顔が並んでいるだけだった。

 何だか自分がすごく小さくなったような気がして、ぐっと肩をすぼめた。


「僕も異能に目覚めたんだけど、どうも妙な感じなんだよね」

「妙って何だよ。異能だろう? 定番の展開だと、バトル系のイベントで他校と対抗戦するために、強力な異能が手に入ったんじゃないのか?」

 男子の一人が、腕を組んで首輪捻る。

 その男子の髪の毛、きちんと整えていると思うんだけど、一束だけぴょんっと跳ね上がっている。時折手を伸ばして押さえているから、きっと気になっているんだよね。あれって、アホ毛って呼ばれていた気がするよ。


「それなんだけど、僕の覚醒した異能は『異能察知』なんだ。基本的に、察知する以外に役に立たないね」

『えっ?』

 孝太朗の言葉に、全員の口から驚きの声が出た。


 あ、この空気知っている。

 確か『何言ってんだ、こいつ?』だよね。私も思ったもん、孝太朗は何言っているのかな、って。


 察知だけできる異能なんて、あり得ないよね?

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