悲報。私の異能が私の意思に反して勝手に発動するんだけど

澤梛セビン

1.悲報。私の異能が私の意思に反して勝手に発動するんだけど

「……えー、またなの?」

 ふとノートから顔を上げると、周りの時間が止まっていた。

 前の教壇では担任の梶原先生がチョークで『の』の字を書いている途中で、逆の手は何か字を間違えたのか黒板消しに伸びているところだった。

 一瞬、体勢が辛くないのかな――なんて考えたけれど、時間が止まっているんだから関係ないんだった。梶原センセ、微動だにしていないもん。


 この『時間停止』だけど、これが私の異能の一つだよ。周りの時間が、何の前振りもなく勝手に止まって、また勝手に動き出すんだけどね。

 そこに私の意思は一切考慮されていないんだから、ほんと頭にきちゃう。せめて止めたり動かしたりが自由にできれば良かったのに。

 自動なんだよ、悪い意味で。もうっ。


「……で、今度は何時間なんだろ……はぁ……」

 呟きながら軽くため息をついた。眼鏡を外してから、ノートを閉じて机に突っ伏した。背中まである長い髪が、机いっぱいに広がった。

 独り言が増えたなぁ、なんて思う。こうなっちゃうと誰も喋る相手がいないから、どうしようもないんだけど。


「あ、いけない。また大変なことになっちゃう」

 ふと思い出して、慌ててもう一つの異能『無限収納』から、お弁当をイメージして取りだした。イメージに反応して、机の上にお母さんが作ってくれたお弁当(まだホカホカ)が出現した。

 他に入れた物はなかったかな……うん大丈夫だね。何も入ってなかった。


 これをやっておかないと、時間が動き出した時にその辺にみんな散らかっちゃうんだよね。

 せっかく無限収納が使えるのに、実質使えない状態だから、ほんと嫌になっちゃう。


 お弁当を机の中に入れてから、もう一回机に身体を預けた。

 もう……いつまでこれ、続くのかな……。

 私だけしか動いていない世界は全くの無音で、瞼を閉じると睡魔が一気に襲ってきて、あっという間に眠りに落ちていった。願わくば、目が覚めたときにちゃんと時間が動いていますように……。




 ことの始まりは、昨日の朝だったんだよね。

 昨日のことなのに、あれから何度も時間が停止した世界に放り込まれているから、もう何日も経っている気がしてるんだけど。

 あの事件? 事故? があったから、私は『時間停止』と『無限収納』の異能が手に入ったの。ほんっと、ぜんぜん使えないんだけど。


 確かいつもと同じ朝だったと思う。

 まだ授業が始まる前だったかな、ちょうど親友の志織が入って来たから、話しかけたんだっけ――。


「おはよう、志織ちゃん」

「あ、琴音ちゃんだ。おはよう」

「志織ちゃん。いったいどうしたのよ? 朝から小鳥遊さんと手を繋いで登校なんて、凄いじゃない」

 その日、私はいつも通り学校に行って、教室で志織とお喋りをしてたんだ。話題はもっぱら、志織の彼氏の話だったかな。


「えへへへ。わたしね依吹君とちゃんと付き合うことになったんだよ」

「おおおぉっ、やったね。おめでとう志織ちゃん。小鳥遊さんって、けっこう鈍感系主人公だったもんね」

 志織は、幼馴染みの小鳥遊依吹のことが好きで、それまでも時折私が恋愛相談に乗っていたんだよね。

 前の日にあった交通事故のお見舞いに行って、目の前で告白されたんだって。


 その交通事故が、テレビのニュースになるほど凄い事故だったんだよね。

 大型トラックが信号無視で突っ込んできて、車十台を巻き込んだ大事故なんだけど、奇跡的に亡くなった人がいなかったらしい。不思議なことに、大型トラックに誰も乗っていなかったみたい。

 さらに、大型トラック自体も既にお隣の国に輸出されてて、日本にあるはずがないくるまだって、謎が謎を呼んだ状態になっていたっけ。

 今朝も特集組まれていたよ。


 ちょうどそこを通りがかった『小鳥遊依吹』と『小林樹生』の二人が巻き込まれる寸前だったんだって。無事でよかったな。

 ただ、たまたま他に歩行者が誰もいなくて、誰も目撃者がいなかったみたい。不思議だよね。


 私の後ろを見ながら志織が手を振っていたから、振り返って視線の先を見たら依吹が志織に手を振り返していた。ほんと上手く行ってよかったと思うよ。

 その直後くらいに、教室のドアが開いて樹生が入って来たのよね。


「お、依吹。今日は早いな」

「昨日だけだよ、忘れ物しなけりゃこんなもんさ。樹生が遅いんだぞ?」

「俺はいいんだよ。重役だからな――」

 いつも通り片手をあげながら、こんな会話をしていたと思う。


 そこで、異変が起きたんだよね。


 突然教室の窓の外が、真っ黒く染まったの。

 外だけじゃなくて、廊下側の窓も外が真っ黒くなって、何も見えなくなったからびっくりしたかな。


 その直後だったかな、床が光り始めたの。

 クラス全員を覆うような形で、円形の魔方陣が描かれていくところだったよ。


 びっくりしたの。

 これって、異世界召喚の魔方陣だよっ! って。

 ほらラノベでよくある、異世界にクラス召喚される時に床に複雑な文字が描かれていくあれだよ。


 そのとき何よりびっくりしたのが、依吹の動きだったかな。

 私ばっちり見ちゃった。

 何を思ったか、依吹は振り上げた手を、思いっきり床に打ち付けたの。そうしたら床に付いた依吹の手から魔方陣とは違う紫色の光が迸ったの。その紫色の光は、床に広がっていた白い魔方陣に反応して、バチバチと青白い光を放って少し拮抗した後で、一気に押し返していたよ。


 恐らくそれは、一瞬の出来事だったんだと思う。


 気が付けば、窓の外には明るさが戻っていたよ。

 曇天だったはずの空は、今は抜けるような夏の青空に変わっていたし。


 そして時間が停止したの。

 もうね、依吹の行動にびっくりして、同じように私もしばらく固まっていたんだ。依吹なんて、床に拳を打ち付けた格好のまま微動だにしないんだよ。

 他にも志織を含めてクラスのみんなが驚いた顔のまま固まっていた。

 でもいつまで経っても誰も動かないから、不思議に思って動いてみたら『私だけが動いている世界』だったってわけ。


 もうね、正直言って意味が分からなかったよ。

 だっていきなり時間が止まって、誰も何も動かないんだから。ついでに何で止まったのか分からないし、どうやったら元の通りに動き出すのかも分からない。


「ちょっと……みんな、何で動かないのよ……うううっ」

 何だか怖くなっちゃって、その場に座り込んじゃった。

 涙が自然に溢れてきて、視界が滲んで見えたんだけど、涙ってそんなにいつまでも流れないんだよね。しばらくしたら涙が涸れて、それでも身体に力が入らなくて、呆然とその場で座り込んでいたの。


 三十分位経ったと思う。

 突然音が耳に入ってきて、クラスのみんなが動き出したの。


 依吹が倒れて、後ろで志織が悲鳴を上げた。

 クラスメイトが何人か倒れて、大騒ぎになったんだ。


 でもこれが、実際には始まりに過ぎなかったんだけどね。

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