メルシュヴィル篇

第1章  呪われし末裔

 照りつく太陽が、一人の少年の体温を上昇させる。前へと歩く事に少しずつ体力が奪われていく。喉もからっきしで、次の街に着くには時間がかかる。


 少年は、拠点地を転々と移り、現在、次の街へと移動中の際だった。水も無ければ食料もない。あるのは財布に入った大金と通帳のみ。それでも目的地までは五キロの道のりがある。本来であれば、列車での移動だったのだが、不幸中の幸いにも途中で脱線事故を起こし、復旧には何日もかかると申し出があったのだ。そして、今、この状況下に置かれている。


 道はあるものの、人が一向に自分の近くを通っていない。五キロ先には街が小さく見えるのだが、そこまでたどり着けるだろうか。太陽はもうすぐ南の空を通過する。午前中に到着する予定が、お昼すぎになりそうだ。約束の時間もとっくに過ぎている。


 少年は懐中かいちゅう時計で時間を確認すると、ため息を漏らし、再び目的地に向かって歩き始めた。




 西部・ベルナウ––––


 ヴィルヘム国の西区にあり、中央区とは違い田舎町である。酪農が盛んで、この国の8割を占める肉のほとんどはベルナウを含む西区産地である。その中でもベルナウは西区の三番目に大きい街だ。


 少年がたどり着いたのはお昼を過ぎた午後一時半過ぎだった。


 街では旅商人や街商人が売買をし、市民たちが夕食の買い物をしていた。


 少年は、街にたどり着くと真っ先に近くの酒場へと立ち寄った。喉も腹も空になっており、すぐにでも摂取しないと、死に絶えてしまいそうだ。


 少年はすぐに水を頼み、それからどんどん料理を注文した。


 肉や魚、野菜、ご飯、パンなど、食べられるだけお腹の中に呑み込んだ。


 周りにいた客は少年を見て、唖然としていた。その食べっぷりが、普段見られない光景なのだろう。少年は周りの目など気にせずに食べ続ける。


「牛肉のステーキ二百グラム追加で」


 少年は食べ終わる前に女性店員に注文をする。注文を受け取った店員は、料理人に注文を伝えると、忙しそうにすぐ料理を始める。


 少年の席の隣には、料理の皿が積み重なり、最後に注文したステーキもぺろりと平らげた。


「お姉さん、お勘定かんじょう


 少年は財布を取り出して、支払額を聞く。


 女性店員はすぐに伝票を確認すると、料理品と金額を計算する。


「ヴィルヘム銀貨一枚と銅貨十枚になります……」


 店員は驚いて、最後の方は声が聞こえづらかった。


「銀貨一枚と……銅貨十枚ね……」


 少年はテーブルの上にしっかりとお金を置き、その酒場を後にした。


 生死を乗り越えた少年は、再び元気を取り戻し約束の時間が過ぎた街をぶらりと歩き回った。


 街の通りに並ぶ街商人の店には、食料や生活に必要な道具、武器や薬などが並んでいた。街商人の集まる中央には、物価の値段の上りと下りが繰り広げられていた。


 少年はそんな事に目もくれず、店に並ぶ商品を見て回る。旅人にとっては、それぞれの街でその街に置いてある物を見るのは新鮮でいい。


 少年は歩いていると、市場の外れにあるサーカステントの店が目に留まった。


「サーカス団でも来ているのか?」


 少年は、そのテントの方へと向かった。


 年季の入ったテントには人集りはなく、むしろ静かな方だった。サーカスにしてはおかし過ぎる。人が居なくとも中から聞こえてくる歓声や音楽、獣の声が聞こえているはずなのに実際聞こえてくるのは、不気味な唸り声しか聞こえてこない。


 少年は、テントの前で立ち止まると、入るべきか、そのまま帰るべきか、一分ほど迷った。普通だったら、この場からすぐに立ち去るのだが、なんだか、自分の意思では立ち去るにも立ち去れなかった。


 そして、少年はテントの中へと入っていった。




 テントの中は薄暗かった。ランプの火で中の灯りを補っており、多くの檻が積み重なって並べられていた。


「これは……」


 少年はようやくここがどういう場所なのか気付かされる。


 ここは奴隷どれい商人の奴隷を売買する為の店だったのだ。この世界では奴隷がいるのは当たり前である。このヴィルヘム国でさえ、奴隷を所持している者は多くいる。それは例え、人であったとしでも関係ない。法律上、何も問題はないのだ。


 だが、奴隷商人の店を見るのはこれが初めてである。話では聞いてたものの、実際に入った事がなかった。人が人の人生を奪い、物の様に使い果たすなど、そんなの法律で問題なくとも許されない事なのだ。


「おやおや、こんな店に若いお客が入り込んだものですねぇ」


 店の奥の方から声が聞こえた。


「誰だ⁉︎」


 少年は、目を凝らしながら奥からこっちに向かってくる人物に問う。


「私はここの店主。いわゆる奴隷商人。そして、あなたはここのお客という事になりますねぇ」

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