第15戦 我が逃走①

「さあ、急ぎましょう」

「あぁ、分かった」

 私は事態を理解できていないためなんとなくの返事を返し、小走りでアレクセイの後を追い始めた。するとアレクセイは私の腕を力強く引っ張り「急ぐんですよ!」と言いながら走り出した。

「おぉっと!」

 私はアレクセイの思いがけない行動に息を詰まらせた上、歳のためかアレクセイのスピードについていけず、足がもつれながらバンへ向かった。

 スターリン『閣下』と私を呼称するくらいならば、もう少し丁重に扱うべきと思うんだが……この緊急事態だ、仕方ないか。

 喫茶店を飛び出し、TV局のエントランスにいる人を押しのけながら駆け抜けると、私達はロビーの前に止まっているバンにたどり着いた。

 その頃には既に私の肺は限界を迎えており、心臓がバクバクと早鐘を打ちながら私の耳に「早く乗り込むんだ!」という声が僅か届いたが、私に返事をする余裕はなく、アレクセイに引きずり込まれるように乗車した。歳というのはとりたくないものだ。

 バンのシートにどしっと座り込むと、私の体力も徐々に回復してきた。すると、無精髭が目立つ顔の男が私の方向に振り返っているのが視認できた。

「よう! あんたが例のスターリン閣下かい? 無線機で聞いてたぜ。ちなみに俺の名前はウラジミール、このバンの運転手だ。よろしくな」

「あ、あぁ、よろしく頼む」

 私は運転席からこちらに振り返って話しかけてくる無精髭の男……ウラジミールに不安定なトーンで言葉を送った。

「情報通信技術者のザハールです。スターリン閣下、よろしくお願いします」

「んんっ! こ、ちら、こそ宜しく」

 私はいきなり後ろから声をかけられたので、一瞬ビクッとしたがすぐに気を取り直し、顔だけザハールに向け、ぎこちない返事をした。

 あらかじめバンに乗っていたのはその二人だけだったようで、それ以上は誰も話しかけてこなかった。というか、皆、自分の作業をこなし始めた。

 アレクセイは自身の拳銃(何処から持ってきたのかは聞かないでおこう)の整備、ウラジミールはハンドル付近のモニターに映る地図を熱心に見つめ、ザハールはパソコンに指を置きカタカタと音を鳴らし始めた。

 私は視線を下に向け、こっそりため息をついた。

 まったく、こんな事に巻き込まれるとは思いもよらなかった。早く落ち着いた環境に身をおきたいものだ。しかしまぁ、今は特にすべき事もないので、少し話をまとめるとでもするか。まず、私を転生させたのはある何らかしらの目的を持った連邦クラブという機関で、連邦クラブ側の準備が整ったから私を迎えにきたと。しかし、いざ御迎えにあがると、彼らが「奴ら」と呼ぶ謎のグループの邪魔が入ったからそれから逃走するというわけか。

 なるほどまったくもって理解不能だ。

第一に、「奴ら」とは何だ。そして第二に、なぜ「奴ら」に追われているんだ? ふむ、第一の疑問の答えは見当もつかんが、第二の質問の答えは予測できる。それは恐らく、私が転生したことで「奴ら」に何らかしらの不利益が生じたのだろう。だとすれば、その不利益とは?

 ……分からん。駄目だ、「奴ら」の正体がわからないことには話が進まん。ならば、ここは一つウラジミールあたりにでも尋ねてみるか。

「あの、質問があるんd」

「いやはや、すみません。少しばかり遅くなってしまいましたね」

 私がそう言いかけた時、助手席にローベルトが乗り込んできた。

 なんとタイミングの悪い……。

「本当ですよ。私があなたにメールを送ってもう1分57秒48経過してますよ」

 ザハールが顔をしかめながら言った。

「ははは、誠に申し訳ないね」

「げっ、ザハール、お前そんな細かく数えてたのかよ。気持ち悪いなぁ。まっ、人も揃ったことだし出発するか」

「それもそうですね」

「よしっ!」

 アレクセイが喋り終わった瞬間、ウラジミールがアクセルを思いっきり踏み込み、車を急発進させた。

「まず、うちの支部に向かおうと思うが問題はないか?」

ウラジミールがモニターにチラチラと目を向けながら聞いてきた。

「問題ないです」

 私以外の三人が異口同音に答え、私もそれに遅れて「問題ない」と答えた。

 本当は問題大ありなんだがな

 「しかし、」

 ザハールが眼鏡をクイっとあげながら、顔を私の右横に突き出してきた。私は背筋がゾッとするも、態度に出すのは堪えた。

「私達から発せられている信号を特定できなければ何処に逃げても無駄ですよ」

「お前のお友達パソコンに聞いても分かんねえのか?」

「えぇ、流石は『奴ら』といったところでしょうか、サイバーガードがとにかく硬いです。まぁ、悪足掻きではありますが解析は続けますよ」

 そう言うと、ザハールはまた眼鏡をクイっと上げながら、顔を引っ込めた。

「困りますねぇ」

 ローベルトがぼそりとそう呟いた。

 私も少し考えてみよう。この時代の情報通信技術に詳しいわけではないが、まずは考えてみることが重要だ。何か思い当たる点はないだろうか?

 私は頭の中で今日一日を振り返ってみた。

 ふむ、今日はプラウダと連邦クラブの一員以外とは密接に関わってないので、特に不審なことはないな。

 その時、私の脳裏にプラウダが発信機を私の体に付けたのでは? という考えが浮かんだが、慌ててかき消した。

 しばらく私達は車に揺られており、さっき比べて窓の景色は明らかに変わった。しかし、誰の頭にもいい考えが浮かばかなかったようで、私達は終始無言だった。

「そうだ!」

 突然、私の隣に座っているアレクセイが何かが閃いた様子で手をポンと叩いた。

「スターリン閣下、少し右手を拝見させて頂きますね」

「え? か、構わないが?」

 私がそう言ったが直ぐにアレクセイは私の右手を慎重に両手で持ち上げ、じっくりと観察し始めた。

 私の体じゃなくて、右手だけに限るとは。何か思い当たる節でもあったのか?

「この不自然な盛り上がり……もしや!」

 アレクセイは私の軍服の袖部分に着目したようだ。そして、アレクセイはそっと何かを摘むように指を私の袖に近づけた。すると、


 ビリビリビリっ!


 という音と共に私の袖から何かが剥がれた。

「何かあったのか⁈」

 ウラジミールがこちらを振り返らずに、ぶっきらぼうに尋ねた。

 アレクセイは私の袖から剥がした何かが四人に見えるように持ち上げると口を開いた。

「こいつが私達を混乱に落とし入れた正体、GPS発信機です!」

「何だと!」

 ウラジミールは相変わらずこちらを振り返らないも(運転しているのだから当たり前か)、表情がいとも簡単に想像できるような声を出した。

「ほう、よくやりましたアレクセイ」

「なるほど、流石です。アレクセイさん。それにしても、そんなものどこで付けられたんでしょうか?」

「ふむ、私も知りたいな」

 私は顎を右手でさすりながら言った。が、内心はかなりビクビクしている。

 全く見当がつかない。一体どうやって……まさかプラウd、いやそんな訳があるか。そんなことあってたまるものか。

「私とスターリン閣下が喫茶店に入店した時、一人の男が店を出たんですが、その時スターリン閣下とその男の肩がぶつかったんです。しかし、今思えばかなり不自然です。だって本来なら、ぶつかる距離ではないんですから。それで、ぶつかったのがスターリン閣下の右肩だったので、もしかするとって思って」

「ほぉぅ」

 私はアレクセイの筋が通った推理に感心すると共に安堵の息を漏らした。

「こいつは名探偵だぜ、まったく。でもよぉ、さっさと処分した方がいいんじゃねえか」

「あっ、それもそうですよね」

 アレクセイは黒色の窓ガラスを窓際のスイッチを押すことで開け、私の軍服の色のテープがついた発信機を外へ放り投げると窓ガラスを同じ工程で閉めた。

「これで何も心配はないと。どうやら無事に任務を終えれそうですね、ウラジミール」

 ローベルトがウラジミールに話しかけた。

 ウラジミールはサイドミラーに目を向けながら答えた。

「マジで焦ったけど、このままなんとかなったら儲けもんだな……んっ? こいつはぁ、装甲車⁈」

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