第12戦 スターリン対メディア③
「チャップリン? どういうことです?」
ヴィルヘムには予想もできなかったプラウダから私へのフォローという状況に、ヴィルヘムは少したじろぎながらも言葉の矛先をプラウダにも向けた。
「チャップリンの代表作、映画「独裁者」は皆さんも知ってますよね」
プラウダが両手を広げ、左右に顔を振りながらそう言うと、ダリアが割りこんできた。
「私は見たことないですわ」
「でも内容はわかりますか?」
「なんとなくはわかりますけど……」
「なら、大丈夫。僕もそのくらいです」
プラウダが笑顔で答えた。
なるほど、チャップリンの映画「独裁者」か……実を言うと私は、チャップリンの映画をこよなく愛していた内の一人だ。読者からすれば驚きの事実かもしれないが、これは真実だ。だから、もちろん「独裁者」も鑑賞している。
私からしたら彼の考えは、やり方こそ共産主義的ではないので間違っているが、目標とした社会は私の構想に似ているように感じた。
つまり、悪い印象は受けなかった。しかし、この映画を鑑賞した事をすっかり忘れていたな。ちなみに我が国では「独裁者」の上映を禁止している。
プラウダは視線をカメラに向けて話し始めた。
「それでですね、「独裁者」の最後の6分間のワンシーンがどんなものだったかわかりますよね」
ほう、あの場面か。
プラウダの今の発言のおかげで、私はプラウダの言いたい事が大体予想できた。
「あぁ、あの伝説的な演説の場面だね」
マクシムがプラウダに答えた。
「はい、そうです。その演説はとても感動的なスピーチで、もはや映画のワンシーンではなく歴史という果てしなく長いストーリーの一場面だと思えるんですけど」
プラウダがそう言うと3人がばらばらに頷いたので、私も遅れて頷いた。
「ということで、ここからが本題です」
すると、プラウダは一旦口と目を閉じた。そして、会場の主導権を完全に握ったプラウダが笑顔で口と目を再び開けた。
「チャップリンは何に扮した状態であの演説をしましたか?」
プラウダの問いに、マクシムが即答した。
「おぉ! ヒトラーか!」
プラウダは自分が欲した答えがすぐに貰えたのが嬉しかったのか、笑いながら喋った。
「あはははっ、その通りです」
プラウダとマクシムに様子に反して、ダリアとヴィルヘムは黙り込んでいた。一体何を考えているのだろうか。
「チャップリンはヒトラーに扮していましたが、あれほどまでにも反戦平和的なスピーチをやり遂げましたよね。あれはある種の風刺なんでしょうが、とにかく、スターリンさんがスターリンに扮しているからといって、それだけで叩くのはおかしいと思います」
プラウダはそう言うと、自分のした事の重みに気がついて、恥ずかしさが一気に襲ってきたのか、顔を赤らめながら両手を膝に戻し、顔を下に向けた。
私は依然として様子見を決め込んだ。このプラウダの理論的な反論を聞いて、彼らがどう反応するかを見たいからだ。マクシムはさして心配ないが、ダリアとヴィルヘムは若干怖いな。
すると、マクシムが笑いながら喋りはじめた。
「わはっはっはっ、完璧な反論じゃないか、プラウダさん。これは一本とられた。確かにこのスタジオにチャップリンのことを批判できる人間はいない。それで、チャップリンとスターリンさんを重ねて反論するとはね。にして、他の二人はどう思うかな?」
マクシムが左手の五本の指をダリアとヴィルヘムに向けた。よ、予想通りだ。
「え、え、ま、まぁプラウダさんの意見は……」
ダリアがおどおどしく口を開けた。
「え」とか「あ」を発言の中にいくつも入れているため、何をいっているかよく理解できなかったし、なぜだか眺めているこちらの方が恥ずかしくなってくるくらい滑稽だったから、彼女の発言は省略するが、しかしよくもまあこんな心構えで私に喧嘩を売ってきたものだ。
「ですから、あ、あの、一概には正s」
「間違ってる……」
ヴィルヘムがそう呟いた
「そんなのは間違っています!」
ヴィルヘムは勢いよく立ち上がってそう叫んだ。
「ど、どうしたんだい? ヴィルヘム」
ピョートルがヴィルヘムをなだめるように語りかけた。だが、ヴィルヘムは止まらなかった。
「チャップリンとこの男は違います! チャップリンはあの演説をすることで「独裁者」を、ただのコメディ映画で終わらせまんでした。でも、この男は何もしてないじゃないですか!」
ヴィルヘムは派手な身振り手振りを我々に振りかざし、討論会だというのにも関わらず、感情的に反論してきた。
口を挟むならここだな。私は即座にそう思った。
「何もしてないからこそじゃないですか?つまり、まだ私はグレーゾーンなわけです。だから、批判することも賛美することもできないんです」
私の言葉に呼応するようにプラウダがヴィルヘムを追撃した。
「そうです。だからあなた方にも当然スターリンさんを批判する権利はありません!」
「うっ、だ、だけど」
「okok、とりあえず座るんだ。ヴィルヘム。」
討論に拍車がかかってきてから、ほとんど口を開かなかった男ピョートルが遂に口を開いた。それにしても、ピョートルは中立の立場を守っているようだな。
「でも、ピョートル!」
「座るんだ」
ピョートルの声に重みが入った。そのせいかヴィルヘムはしぶしぶ席に着いた。
「段々と収集がつかなくなってきたから、そろそろ僕が割って入るけど、どうやらこの討論会はスターリンとプラウダの方が優勢なようだ」
ほう、どうやらピョートルもマクシムと同様に降伏したようだ。
「そ、そんな!」
ヴィルヘムが懲りずにピョートルに噛み付いた。だが、ピョートルはそんなヴィルヘムを無視して話を続けた。
「本当はこの会場では優劣を決めずに、あとは視聴者に委ねるつもりだったんだけどね。プラウダのエクセレントな発言が雌雄を決したのさ」
ピョートルの発言を最後に会場に再び静けさが訪れた。だが、私は静寂の中で思い切ってピョートルに質問してみた。
「つまり、何がいいたいんです?」
「お! スターリン、よく聞いてくれた。要するにもう討論会はお開きにしていいんじゃないかなって」
たしかにもうそれでいいかもしれないな。司会のピョートルが、私達スターリン陣営の方が優勢だと公言したという事は彼らの降伏を表しているから、私達としてはもう帰路についていいだろう。
「私とプラウダは賛成だ」
私はそう言った。するとプラウダがまるで「僕の気持ちを勝手に代弁しないでください」と言わんばかりの表情で見つめてきた。
まぁ、プラウダもそろそろ帰宅の頃合いだと思ってるはずだ。も、文句を言われる事はないだろう。正直なところ、この討論会の英雄であるプラウダを怒らせたくはない。
「私も賛成です」
マクシムが言った。
「私も賛成ですわ……」
すると、ダリアも嫌々ながら賛成してくれた。
そうすれば、あと残すところはヴィルヘムだけか……。
「ふんっ、もういいですよ。こんな茶番さっさと終わればいいじゃないですか」.
ヴィルヘムは負け犬の遠吠えにとれなくもないような、素っ気ない態度で賛成した。
「よし! じゃあ、みんな賛成ということで。今回の討論を終わろうと思う。双方にとってとても有意義な時間だったと思うし、僕にとっては間違いなく有意義な時間だった。ただ、僕はさっき、この討論会ではスターリン達が優勢だと言ったけど、ここの討論会が全てじゃないから、是非視聴者のみんなでも討論をして欲しい。じゃあ、今日の討論会にお越しいただいたスターリンさんとプラウダさんに是非大きな拍手を!」とピョートルが言い、この3人を含めた会場のスタッフ全員の拍手で私達とこの番組の戦争は幕を閉じた。
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