第9戦 目には目を歯には歯を
私は、演説が得意というわけではない。なぜなら、ダグラス上院議員みたいに口が早く動かないからだ。だが、最高指導者という立場である以上、演説をしなければならない場面はあった。
その時を思い出すのだ、私をコケにした連中をコケに仕返すために。それにしても、現代は60年前に比べて怖くなってしまったな。あの時はいとも簡単に情報統制ができたが、このインターネットというコミュニティがある以上は情報統制が難しい。
だが、こういう風に簡単に人を批判できるようになったのはいいことだろう。まあ、そのなんだ、要するにメリットとデメリットが表裏一体だ。
「撮影機材の準備が終わりました……けど本気なんですね」
「くどいぞ、プラウダ」
「ご、ごめんなさい」
少し、言いすぎたか? そう思った私はプラウダをねぎらおうと考えた。
「い、いや、しかし、私の番組へのヘイトスピーチに付き合ってくれるとは、本当にありがたい。だが、どうしてここまで私に丁寧に接してくれるのだ?」
そう聞いた私に対して、プラウダはニコッと笑って答えた
「何言ってるんですか、僕たちはもう親友ですよ。パソコンの設定が終わるまで少し待ってくださいね」
親友……か、そう言えた人の多くは私の手で粛清したな。別に悲しくも寂しくもなかった。ただの作業のように粛清リストに書いていった。
まあいい、問題はプラウダを親友と言えるだろうかということだが、答えは簡単だ、否だ。なぜなら、プラウダと私はどう足掻いても対等な関係にはなれないからだ。
たしかに、私はプラウダに恩義を感じているが、私は彼を信用しきったわけではない。何しろ、今までがそうだったからだ。さらに言えば、私の死後ですら……。
だが、仮にプラウダが正直者だったとしよう。しかし、彼の能力は高くはないから、どのみち対等な関係にはなれない。以前の私の部下は少なくとも能力は高かったからな。
「よし!準備が終わりました。これで、いつでもスタートできますよ」
「む、そうか。では、始めるとしよう」
私はプラウダが用意した水を一口飲み、カメラの前に立った。
「じゃあ、十カウントでいきますよー」
何も問題はない。確固たる世界観があれば、自ずと口から言葉が出てくるはずだ。
私は深呼吸をし、カメラのレンズを見つめた。
「5、4、3、2」
そう言ってプラウダが手を振り下ろした。
ロシアの紳士淑女の同志諸君!
私は同志諸君らに問う。
人類の歴史とは一体どういうものかということを。
それは文明の成長記録だろうか? 人類の進化過程だろうか? 価値観の変動推移だろうか?
答えは無論、否、否、否である!
同志諸君! 人類の歴史とは闘争なのだ。
ならばそれは何故か?
闘争が人間の本質だからだ!
そして今日2019年9月14日、愚かにも言論という武器を用いて私に宣戦布告を行うメディアが現れた。
奴等の銃口の延長線上にいるのがレフ・トロツキーのような大馬鹿者ならともかく、闘争に身を投じ続けることで国、世界、そして歴史を動かしたこの私、ヨシフ・スターリンとは何事か⁈
しかし同志諸君! これは歴史の必然なのだ。
なぜなら、闘争が人間の本質だからだ!
さすれば、私は奴等の挑戦を受けようではないか。そして、奴等に己の過ちを悔いてもらおうではないか。
だがしかし、私はあえて武力行使は行わず、言論という武器を奴等に振り下ろそう。
何しろ、今まで私は血は血を以て洗い、火は火を以て消し、毒は毒を以て制してきたからだ!
しかし! もし仮に奴等が私と矛を交えることなく尻尾を巻いて逃げようものなら、私は奴等にこの名を与えよう。
性根の腐った豚野郎という名を!
そして、私は同志諸君らに協力を求めたい。
なぜなら、言論という武器を持っているのは私だけではないからだ。
さらに同志諸君らは火星人侵略などという妄言を信じるようなアメリカ人共とは違い、メディアが吐く事実を己の目というフィルターで再解釈することができるロシア人だ!
ならば、同志諸君らのような賢者達が私の味方になるということは、巨万の軍勢を得ることと同義なのだ!
だからこそ、もう一度言おう。
私は同志諸君らに協力を求めたい!
これを以て奴等に挑もうではないか。
そして最後に。
共産主義に全てを‼︎
と言うと共に握り拳を作った右腕を振り上げ、私は演説を終了する。まあ、演説とは言えない、茶番であるがな
「お疲れ様です!」
プラウダがそう言いながら私に水をもってきた。私は水を受け取り、喉にかけるように飲んだ
「この動画は伸びますよ、きっと。あなたの味方は増えると思います」
「問題はこの動画を視聴した、番組側がどう反応するかだ」
大体、予想はついているがな
「そうですね〜、ま、僕はこの動画をいい感じに編集するんでゆっく〜り待っててください」
「私の闘志が伝わるように頼む」
「任せてください」
そう言ってプラウダはパソコンを操作始めた。私はというともう一眠りすることにした。
二時間後
私はプラウダに揺さぶられて起き上がった。私は目を擦りながら、プラウダに誘導され、パソコンのモニターの前に座った。
「見てください、見てください」
その時のプラウダの顔は今までにないくらい興奮していた
「すごくないですか、公開されて一時間が経ちましたが、もう70万回再生ですよ!英語の字幕とかつけたら200万はいきますよ!」
「それはつまり?」
私は寝ぼけた頭でプラウダに質問した。
「あなたの演説を何十万人ものの人が聞いてるいるということです」
「そうか、それならもうじきTV局から電話がくるだろう」
私は段々と意識がはっきりしてきた最中、そう言った。
「え、それってどうい……」
プラウダの言葉を遮るようにプラウダの携帯電話の音が鳴った
「え、あ、はいはい、投稿者のヤーコフ・プラウダです。ん? もう一度言って下さい、え? TV局?」
内容はこういうものである、私とプラウダで例の番組の生放送に出演しないかという話だ。私はプラウダにYESと言わせ、再び眠りについた。なぜならこの展開が予想通りだからだ。
ちなみに案の定プラウダの顔は今までにないくらい焦っていた。
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