第7戦 書記長のyoutubeデビュー

 この広大な島でプラウダと共に激しい戦闘を繰り広げた(PUBG)が、結果はお世辞にも良いとは言えないものだった。私は空挺兵として、地面に降り立った瞬間に銃殺された。一方でプラウダは淡々と敵を撃破していき、何度も島の唯一の生存者になっていた。しかも、毎回敵を六人以上撃破した上でだ!

 2時間ほどたった頃、怒りを露わにした私にプラウダはなんとも言えないような表情で語りかけてきた。

「ま、まあ、今日は操作方法さえ覚えておけばいいよ。それに、スターリンさんにはプレイじゃなくてトークで盛り上げてもらおうと思ってるからさ。スターリンさんと現代人の考えのギャップが面白さを生むよ! じゃあ、僕は約束どおり出かけてくるよ。パソコンは好きに使っていいですからね」

 慣れていないであろうと思われる敬語を使って彼は支度を始め、玄関に向かった。

 「プラウダ、君は私に敬意は表さねばならんが、敬語を無理して使う必要はない」と良心を込めて言った。

「わかりました! それでは!」

 プラウダは玄関の戸を開け、家を去っていった。

 私がプラウダに敬語を使わなくてよいと言ったのは二つ理由がある、それは今の私はが最高指導者ではないからというのと私が彼にそれなりの信頼を置いているからだ。だが、プラウダがかつての私の部下ほど優秀だと思っているわけではない。

 プラウダが去った後、先程のパソコンでの戦いを忘れるため、グーグルで私がいなかった空白の60年間を勉強することにした。








 嘆かわしい、本当に嘆かわしい。当時の私の部下の中に粛清しなければならない人間がどれほどいたことか。

 皆、心の底では反旗を翻すチャンスをうかがっていたのだろう。私の死体に罵詈雑言を浴びせた上に、私の葬式よりも3代目最高指導者が誰になるかということの方が賑やかだったみたいじゃないか。

 私は同志レーニンと共にソビエト連邦を建国し、共産主義の体制のまま、迫り来るナチスの猛攻をとめた張本人だぞ! ロシアの英雄と飾りたて、死体を冷凍保存して祀るべきだ!

 その上、フルシチョフに至ってはスターリン批判などを党大会で演説している。その結果、私の政策や共産主義に対しての考え方が否定された。これは私のやってきたことが、全て無駄だったということか?

 否! 私は正しかったはずなのに、このような事になってしまった原因は2000万人以上もの粛清でも足りなかったことだ!

 さらに我が国について言えば、東西冷戦に負け、国の民主化を進め、それによって革命を起こされる始末だ………。

 もういい! これ以上勉強するのはやめておこう。頭痛が酷くなる。それにしても、今日はもう疲れた。プラウダが帰ってくるまで眠りにつくことにしよう。

 そう思い、私は机にうつ伏せた。







「ただいま〜、すっかり日も暮れちゃったね。ロシア人YouTuberのコミニュティに顔を出したり、スターリンさん用のカメラを買ったりしてたら遅くなちゃったって、あれ? 寝ちゃってる?」

 プラウダの声に反応するように、私の目が覚め始めた。

「うっ、うん、くうぅぅ」おぼろげない声を出しながら目を開き、体を伸ばした。

「起きました? まだ、起きなくても大丈夫だけど……」

 私は手を口に当てながら欠伸をして答えた。

「結構、そのかわり水を一杯をもらえたら嬉しい」

「オッケー」

 プラウダはそう言って台所と思われる場所に向かった。そして、水を私に持ってきた。私はグイッとウォッカを飲むときのように、一気に飲み干した。

 その頃合いを見計らってプラウダが話しかけてきた。

「実は、今日の生放送に出演して欲しいんです」

「ほう……何をするのかね?」

「ゲームはさっきやったPUBGにしましょう、顔出しでやりますけど、大丈夫ですか?」

 早くにも、現代での政治活動の第一歩が踏めそうだ。

「構わない」と私が答えたらプラウダは嬉しそうな表情で目をキラキラさせて言った。

「ありがとうございます!ですが、本物のスターリンとバレないようにしてくださいよ、ロシアには今でも反ソ連の人が多いんですから」

 やるせないな、だが仕方ないか。

 私はプラウダの言葉を飲み込んで「あいわかった」と返事をした


 その後、食事をしたり入浴したりした後、10時から一時間生放送することにした。




「ふう、あと五分で始まりますね、どうです?緊張しますか?」

「問題ない、私を撮影したいという輩はあの時、多くいたからな」

 私は落ち着き払って言った。

「そりゃそうですよねぇ…」

 プラウダは質問した割には少々不満気に答えた、


 生放送をする場所は防音機能がついた部屋だった。横に長い机に二台のパソコンとカメラ、そして生放送の画面を映すモニターが設置されていて、プラウダのパソコンでゲーム画面と二人の顔を放送するようだ。プラウダは台本を作ろうかと提案してくれたが、私は断った。私のように10月革命や2度の世界大戦、裏切りの嵐を経験すれば、常に正しい決断を下すことができるからだ。


「Twitterでの反応も、上々か。まあ、特別ゲストを迎えてるって言ってるからなぁ。じゃあ、スターリンさん、楽しくやっていこうね。さあ、始まるまで10秒前、9、8、7、6、5、4、3、2、」

 プラウダはキーボードのボタンを勢いよく押した。いざ、始まるといささか緊張してきたかもしれない。なぜなら、今の私は2日前とは違って、最高指導者でもなんでもないただの一般市民だからだ。

 プラウダは始まっても3〜4分は喋らなくていいと言っていた。毎週、この生放送をしているとは言え、始まったらすぐに駆けつけてくる信奉者は数百人程度らしい。プラウダが頃合いを見て、口火を切った。


「現在、集まっている1000人の視聴者さん、こんばんは、プラウダTVの生放送へようこそ。いやー、それにしても夏でもロシアは他の国に比べて寒いですね。さて、ではTwitterでも予告したように本日は特別ゲストをお呼びしています! それでは!」

 プラウダがそう言うと、私の顔が画面に映し出された

「ソ連の伝説の書記長、ヨシフ・スターリンです!」

 その時の、生放送に対してのコメントの量は凄まじいものだった。次々に下から上へと、コメントが流れていき、内容は「本物⁈」という風なものが多かった。プラウダの顔を見ると、笑いが抑えきれないようだった。私は深く息を吸い込むと喋り始めた。



「ロシアの紳士淑女の同志諸君!

かつて、私は欲深き資本主義国家やオーストリアの伍長の枢軸と死闘を演じた。

その結果、なぜか国民の反感を買った上、病死という哀れな最期を迎えた。

だが! 私は今宵、この現代で復活を遂げた!

偉大なる同志書記長が帰ってきたのだ!」


 私はここで一呼吸おいた。


「諸君は、私の復活を世界で最も早く目の当たりにした歴史の生き証人である。今日からはそのことを誇りに思って生きてほしい」



 私はここで話をやめ、プラウダの方を向き、プラウダのコメントを待った。


「はえー、奇跡の復活にとてもマッチした、演説でしたよ。同志スターリン」

「褒め言葉をありがとう、同志プラウダ」

 ふむ、同志…か。

 私はプラウダが私に対して「同志」という言葉を使った事をよくは思わなかったが、反射的に私もプラウダに「同志」という言葉を使った。

「見てください、このコメントの量を、みんな盛り上がってるようですよ。なら、この盛り上がりを維持したまま、ゲームに向かいましょう!」

 プラウダはそう言い、ゲームの開始ボタンを押した。

「書記長、これから戦場に行きますが、どんな気持ちですか?」

「1939年のポーランド侵攻の時と同じ気持ちだ」

 私は真っ直ぐな目で答えた。すると、プラウダはクスッと笑いながら私に更に質問した。

「僕は歴史に詳しくないんで聞きますが、その戦争は勝ったんですか?」

「当たり前だ、ナチの軍勢と挟み撃ちで勝利を収めた」

 私はきっぱりと答えたが、そこで嫌な思い出が脳裏に浮かんできた


「だが! 今、思えば、あの時に不可侵条約など締結しなければ良かった! ナチのまやかしに騙されていたおかげで、私は1943年まで自国内のナチを一掃できなかったのだ!モロトフめ、奴はナチの容姿端麗な外務大臣に騙されていた大馬鹿ものだった、奴とは旧知の仲だが粛清しておけば良かった!」


 私は生放送中だということを忘れ、激昂した。そんな状況を見かねたプラウダが私をなだめるように話しかけてきた

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて、昔の戦場よりも今の戦場に目を向けましょう。そろそろ、飛行機から飛び降りますからね」

 プラウダはこう言ったが、口元は笑っていた。恐らく、コメントの反応がいいからだろう。私も気を取り直し、プラウダと同じタイミングで飛び降りた

「さあ、書記長。もうすでに勝負は始まってますよ」

プラウダは私を勇気付けるように言った

「そうだな」

 私は答えた。我々はどんどん高度を落として行き、パラシュートを開いて着陸した。

「書記長! ここは激戦区だから、まずは周辺の敵を避けて、家の中に入り武器を探しましょう」

 私はプラウダに返事をしなかった。正確に言えば、返事をする余裕がなかった。ただ、一心不乱にパソコンの画面を見つめ、プラウダの指示を実行しようとした、だがその時だ、なんと! 私が入ろうとした家から武装した敵が出てきたのだ!

 無論、私はなす術なく撃破された。

「フグッ⁈」

 そう叫んだら画面上にはお慰みのコメントが出てきて、プラウダの操作を観戦することになった

「あちゃー、もう死んじゃったかー。書記長殿…今、どんな気持ちですか?」


 バンっ!!


 私は机を思いっきり叩いた。

「どんな気持ちですかだと? そんなことは言うまでもなく、1941年のナチの奇襲時と全く同じ気持ちだ! だいたい、この死に様はなんだ⁈敵が私に予告してから攻めてくるとは思えないが、これほどまでにすぐ攻めてくるとは思わなかった! だが、悪いのは敵ではない。悪いのは私が操作していた兵士だ! 彼の体がとても軟弱だからいとも簡単に死んだのだ! いや、身体的な問題だけではない。彼には勝利への意志が足りなかった! 1941年時の周りの人間共と同じように!ならば、私がやるべきこととはなんだ? 答えよう、それはこの兵士を育てた人間を粛清することだ!」

  私が怒り狂っている間にプラウダは笑いながら鮮やかに敵を撃破していっていった。

「ふふっ、あなたはPUBGの会社に喧嘩を売ってるんですか」

「そう言うことになる」




 という具合で私がすぐ死ぬ裏でプラウダが敵を次々と撃破するという形で生放送は進んでいき、視聴者は最高で一万五千人に達した。これは、プラウダのチャンネルでは初の大快挙で、彼は大変喜んでいた。そして、3回目の優勝が決まった頃、生放送の終了の準備を始めた。


「さて、皆さん。今日の夜を楽しんでくれていたら幸いです。では、最後はスターリン書記長に締めてもらいましょう」

 プラウダに話者のバトンを渡された私は一呼吸し、口を開いた。

「今日の戦争は大変過酷なものだったが、同志プラウダという、優秀な兵士のおかげで三度も勝利を収めることができた! この事実は私の記憶に永遠に残るだろう! 諸君らの記憶にも残っていただかけるとなお嬉しい。それでは、またどこかで!」と私が言い、生放送は終了した。


 ゲームに対して私は怒り狂ったが生放送をするのは案外とても楽しかったので、私は生放送の最後の時は冷静にいれた。さらにプラウダも喜びを隠しきれてなかったしな。

 とにかく、私のユーチューブ活動の第一歩は間違いなく良いものだったと思う。だから私が生放送の勝利の余韻に浸っていると、プラウダが突然話しかけてきた。

「スターリンさん! 今日は最高のライブでした。来週も一緒にやりましょう!」

 プラウダの目は私に大いなる期待を寄せていることが一目瞭然だった。なので、私は精一杯の笑顔で答えた。

「こちらこそよろしく」

 私がそう言うと、すぐにプラウダの顔は笑顔であふれ、何度も「よっしゃ」と言いながら、腕を振っていた。

 ふふっ、久しぶりに見たが、若者が自身の成功に打ち震える様は中々良いものではないか。そういえば、私の妻や周りの部下達も、私が最高指導者になった時に同じ目をしていたな……。





 モスクワの地下施設にて


「博士、リーデンブロック博士! 今のを見たか?」

 書記長殿が子供のようにはしゃぎながらモニターを指差して言った。

「ええ、もちろんですよ。書記長殿」

「やはり、我々は『彼』をこの世界に招待できていた!」

 私にはモニターに映る「彼」が本物だという確証が持てないが、その考えは自分の中に留めておこう。書記長殿の機嫌を損ねるわけにはいかない。

「ふむふむ、そうですね。転生装置の開発は失敗してなかったようです。なら、座標の設定でも間違えていたんでしょうか?」

 書記長殿はリーデンブロック博士を一瞥した。

「博士、そんな些末な事はどうだっていい。『彼』をこの世界に呼ぶことができた、ということが重要なのだよ」

「たしかにそうですな、申し訳ございません」

 博士はそう言うと同時に頭を軽く下げた。

「おかげで、計画は最終局面へと進む。だが……まずは『彼』をここに呼ばねばならない。パブロフ元帥、直ちに特定班の招集をかけろ」

「は! 了解しました、書記長殿」

 私は額に右手を強く押しつけて言った。

「ふふっ、我々は遂に役者を揃え、舞台を設置した。あとは観客を集めるだけだ。

さあ、進もうか。我々のシャングリラへ」

 本当にこれで良かったのだろうか?我々がやってきた事、そして、これからやる事は正しいのだろうか?

 いや、今更考えても仕方ない。もう、既に我々は狂っているのだから。

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