第二十七話 里を追い出されたトラのあやかしは、マツリ様を求めてきた。ムイ様に言われて、ブッシュドノエルを。

 あたしと姫乃ひめのは、ほこらに手を合わせたあと、バス停に向かって歩き出した。


「これで、ツバキとユズが元気になるといいな」

 微笑みながら呟く姫乃に、あたしが「そうだね」と頷いた時だった。


 ぶわっと、大きな力を感じて、ビクリとする。


「フッフッフッフッフッフッ」

 威嚇いかくするトゲッシュハリー。


 パッとふり向けば、そこには大きなトラが一匹。


 白と黒のしま模様のトラだ。絵から出てきたみたいだと思った。トラなんて、昔は日本にいたらしいけど、今は動物園にしかいないし。こんなところで会うとは思わなかった。


 この気は、強いあやかしのものだ。だからこれはあやかし。さっきまで、気配を消していたのだろう。

 トラのあやかしが動かないので、あたしはじっくりと観察する。


 さっきからずっと、トゲッシュハリーが威嚇をしてるけど、勝てるとは思わないし、あたしはあやかしにとって、美味しそうではないらしいし、最近のあやかしは人間を食べなくなったようだけど、このトラのあやかしの考えなんかわからないし。


 人間がそうであるように、あやかしにも、いろいろいる。


「フッフッフッフッフッフッ」

 トゲッシュハリーの威嚇の音だけが耳に届く。


 このトラのあやかしと、もう目が合ってしまっているし、どうすることもできない。

 姫乃はどうしているだろうか?


 そばにいるはずなんだけど、彼女の顔を見ることができない。今、動いたらダメな気がした。


 その時。


「ムイ様ムイ様ムイ様!! 助けてっ!」

 姫乃の声がした。


 次の瞬間、ぶわり、風を感じる。

 新たな気配を感じて顔を上げれば、落ちてくるムイ様がいた。


 ドスンッと、雪の上に落ちたムイ様は、ふり返り、ニッと笑うと、トラのあやかしに視線を向ける。


「大声で叫ぶように呼ぶから、何事かと思えば、乙女たちの危機のようじゃな」

「フンッ。狼か」


 トラのあやかしがしゃべった。人間の言葉をしゃべるようだ。嫌な感じのする男の声。


「フォッフォッフォッ」

 楽しそうに笑うムイ様にムカついたのか、ガルルルとうなるトラのあやかし。


「弱そうじゃのう」

「オレサマは弱くねぇ。ソイツはオレサマのエモノだ!」

「ソイツとは、誰のことじゃ?」

「花みたいなニオイがするほうだ」

「ほう」


 ちらっと、あたしの方をふり返り、視線を再びトラのあやかしに向けるムイ様。余裕な感じだ。


「オヌシ、風音を食べるのか?」

「カザネ、そのオンナの名か。肉が食いたいわけじゃねぇ。ただ、部屋に置いて、可愛がりたいだけだ」

「変態?」


 ポツンと、姫乃が呟く。


「オレサマはヘンタイじゃねぇ! クソッ! オレサマをバカにしやがって。オレサマは強いんだ。なのに、オヤジに里を追い出されちまって……」

「追い出されたんだ……」


 小声で言った姫乃の声を拾って、ガウッと吠えるトラのあやかし。


「これこれ、姫乃。モテぬからって、挑発するでないぞ」


「いや……別に、わたしはそこのトラにモテたいなんて思ったことはありませんよ?」


「ほう、そうかの?」


「そうですよ。それに、かざっちがモテるのはいつものことです。本人はスルーしてますけど」


「ほう。そうなのか」


「ええ、そうなんですよー。最初、高校のドМ男子に人気があったんです。でも、いつからかわかりませんけど、イケメンなのに胸が大きいとか、ツンツンしてるけど、誰かが困ってると優しくしてくれるとか、ギャップ萌えで人気が出たんです。最終的には、文化祭の執事姿で人気爆発になりました。他の高校にもファンがいて、すごいんですよっ」


「すごいのじゃな」


 ムイ様がきて余裕なのか、姫乃がうるさい。いつの間にか、トゲッシュハリーが静かになってるし。


 イライラしてるトラのあやかしが、今にも襲いかかってきそうだというのに、みんな呑気だ。


「チッ。クソ共め」

 そう言ったトラのあやかしは、何故か、自分語りを始めた。


 このトラのあやかしは、クーガという名前で、何処にあるのかは話さなかったが、隠れ里の長の大切な一人息子なのだそうだ。


 一人息子なので、大事に大事に育てられたらしい。両親にも、他のあやかしにも、ものすごく大切にされていたのだそうだ。


 だからなのか知らないが、里中の若い女は自分の物だと勘違いをした結果、いろいろやらかして、父親に激怒されて里を追い出されたらしい。


 彼には幼い頃から許婚いいなずけがいたんだけど、自分におびえたり、すぐに泣くので、気に入らなかったようだ。


 里を出たあと、てんてんとことんたたたたん山の近くの谷に住んでいる河童の子が、謎の病になり、マツリ様に救われたというウワサを聞いたのだそうだ。


 彼は、そういう存在がいることは知っていたが、小さいと聞いていたので、興味がなかったらしい。


 だが、大きなケガや、病気を治すということは、そう簡単に壊れないのではないか、傷つけてもいいのではないかと、このバカは思ったようだ。


 そして、マツリ様を連れて里にもどれば、父親が喜んでくれて、許してくれると思ったらしい。


 バカ過ぎる。ここまでのバカは初めて見たと、その話を聞いた時は思ったんだけど、トラのあやかしの語りは止まらなかった。


 強いあやかしなので、そのままだと誰も近づいてこないから、気配を消して、他のあやかしをさがし、いろいろなあやかしに道を教えてもらいながら、あやかし山に向かっていたらしいんだけど、とても好みな匂いがしたあと、あたしを見つけたのだそうだ。


 あたしの姿を見た瞬間、オレサマのだと思ったらしい。

 勘違いだ。


「オレサマのモノになれ」

 と言われたけど、「嫌です」と、お断りをした。


「フォッフォッフォッ」

「バーカバーカ」


 笑うムイ様と、バカにする姫乃。

 ガルルルとうなるトラのあやかし。


 うん、姫乃はお口にチャックしてほしいな。ムイ様がいるからって、強くなったと勘違いをしない方がいいと思う。


「あの、ムイ様。お願いがあるのですけど」


「なんじゃ? 風音」


「あのトラを連れて、あのトラの父親の元に行ってほしいのです。今回のことを伝えて、とても迷惑なので、野放しにしないでほしいと伝えてくれませんか?」


「うむ。コヤツが話しておった時にいろいろ視えたからの。行くことは可能じゃが……アレが食べたいのぉ」


「アレと言われても……」

 困る。


「アレじゃ、アレ。木のようなクリスマスケーキじゃ」

「……ブッシュドノエルですね?」

「そう、それじゃ。ノエルがつくやつじゃ」

「わかりました。今日は無理ですけど、冬休みの間に作ります」

「わーい! ケーキー!」


 何故か姫乃が喜んでるけど、スルーだ。


「うむ。楽しみにしておるからの」

 そう言ったあと、ムイ様はトラのあやかしに近づいて、「なっ、なんだよっ」と若干おびえる彼の首根っこをムンズと掴み、共に消えた。


 それを見て、「オレサマ、弱っ」と言って、姫乃はケラケラ笑った。


「力の強いあやかしなんだけど、中身は子どもというか、成長してない感じだったね」

 あたしがそう言うと、まだ笑ってる姫乃が、「そうだね」と答えて、「あっ、雪」と呟いた。


 顔を上げると、分厚い雲から、真っ白な雪が降りてくるのが見えた。

 何処かで、子どもたちの笑い声がする。雪ん子だろうか。


「じゃあ、ブッシュドノエルの作り方調べて、買い物してから帰りますか」

 こっちを見て、ニコッと笑った姫乃が、バス停に向かって歩き出す。


 あたしも笑った。


「うん、そうだね」


♢♢


 翌朝、駅や、親戚と出かけた先で買ったおもちゃや、お菓子をたくさん持って、いちかさんと姫乃が泊まりにきた。


 あたしと姫乃はブッシュドノエルを作った。

 とは言っても、ムイ様のはあたしが全部作ったし、ムイ様以外のは、スーパーで買ったロールケーキを使ってる。


 自分ではわからないけど、あたしやお姉ちゃんが作ったお菓子は、普通の人間が作るお菓子と違うらしいので、スーパーで買ったロールケーキを使えば、ムイ様にバレてしまうと思ったからだ。


 ツバキやユズなんかは、スーパーのお菓子だって普通に食べるし、この家に嫁いできたおばあちゃんや、お母さんが作ったお菓子だって、気にせず食べる。


 ソウタやミケも気にしないんだけど、ムイ様はいろいろ言う可能性があるから、あたしが全部作った。


 そして、ムイ様用のブッシュドノエルと、大きなフォークを持って、あたしだけ敷地から出たあと、ムイ様を呼んだ。


 ツバキとユズには話してないし、話したとしても、会ったことがない姫神様がくればドキドキするだろうから、外にした。


 すぐにムイ様が現れて、美味しそうにブッシュドノエルを食べてくれた。

 外でも気にせず食べてくれたのでよかった。


 ムイ様が去ったあと、あたしと姫乃は、ツバキとユズの部屋に行き、四人でブッシュドノエルを食べた。


 姫乃が渡したお土産も嬉しそうだったけど、ツバキとユズが、ブッシュドノエルを美味しそうに食べてくれたので、幸せな気持ちになった。


 彼女たちは、冬の間はうつ状態になりやすいけど、味覚はちゃんとしてるので、好きな食べ物を美味しく食べることができるのだ。


 姫乃は、自分も手伝ったとか、すごいでしょと言って、自慢してたけど、まあ、好きにしたらいいと思った。


 おばあちゃんは、いちかさんと食べたらしくて、二人共、美味しかったと言ってくれて、嬉しかった。


 あと、お父さんが仕事から帰って、お母さんと一緒に食べたらしくて、翌朝、美味しかったと伝えてくれた。


 今までと同じで、ツバキとユズは引きこもってる。だけど、いつもとは違う冬休み。


 とても幸せで、心が満たされた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る