Re:versal
桜音羽 詩葉
序章 第1話
「お…っりゃっ!」
「っ…!」
その人物が放った剣撃により、飛行する影は地に向かって落ちて行く。転落者の姿は人の様な形をしているが、人間だと見紛う者は誰一人として居ないだろう。何故ならそれは、負のエネルギーが集合した結果形成された、真っ黒いエネルギー体そのものなのだから。
「やったねノア!」
自分の名前を呼ぶ背後から聞こえた声の主は、振り向かなくても誰かなんてすぐに分かる。言うまでもなく、幼馴染みのリナ・リグセルトだった。
「リナ…そっちも終わったか?」
「もっちろん!あたしを誰だと思ってんのよ!」
そう笑いながら、明らかに加減していない勢いでノアの背中を叩く。
「いってぇよ!たく…少しは手加減っていうのをだな…。」
「そんな事より!早く団長に報告しなきゃ。一応あれって、レベル六の
「まぁ、六って言ってもまだ形成されたばかりだったのかもな。今回は意外にも楽出来て良かっ…」
「ノア!?」
「へ…?」
「ーー!」
リナの見開かれた視線の先は、俺の真後ろだと気付く前に、背中に熱い感覚が走った。
「ぐ…っ!こいつ…生きて…っ!?」
「ノアぁ!」
つい先程落とした筈の闇影は、自身の体の一部を触手の様な形へと変形させ、ノアの片足を地上に向かって引っ張る。飛行魔道具、通称ウィンフライは元々移動手段として開発された物だ。勿論今みたいな戦闘時のアクシデントに対応出来る機能等備わっている筈もない。影に引っ張られる事によって発生したエネルギー運動に逆らえないまま、ノアはすぐ傍にあった空き家の外壁に叩きつけられた。
「あ…あんた!ノアになんて事すんのよっ!待ってて、一瞬で片をつけるから!」
「リ…ナ…っ!やめろ馬鹿!冷静になれ!」
更に最悪な事に、自分が不覚を取ったせいでリナの暴走スイッチが入ってしまったらしい。彼女は一度キレると敵を倒す事しか考えられなくなるのだ。
「燃やしてやる!消し炭になってから後悔しなさい!」
いや消し炭になったら後悔も何も無いだろう、とツッコみそうになった自分を律し、何とか彼女を止めようと体を動かすが、最初の裂傷に加えて勢い良く壁に打ち付けられたせいで叫ぶのもやっとの状態だ。だがこの場を打開しなければ二次被害が出るのは明白だった。彼女は本当に加減というものを知らないのだから困る。
「おいリナ…っ!そんな能力全開にしたら…っ、辺り一帯火の海になっちまうぞ!?」
「知ったことかぁ!」
「いや知れよ!俺達がなんの為に…ぐ…っ…。」
自身の声の振動がそのまま背中にまで伝わり、思わずノアは呻いた。
「…リナ!そいつの攻撃絶対食らうなよ!」
「は?何言って…って、あっ、炎がっ!」
ノアが自身の力をリナに乗り移らせると、彼女の特殊能力によって生成された無数の火の玉は、瞬く間に全て跡形もなく消え去っていた。
「…ノアっ!あんた…能力使ったわね?」
「当たり前だろ?じゃなきゃ被害が拡大する所…っ、げほ…っ!」
「そんなボロボロなのに何で邪魔すん…っ」
「あ…、馬鹿!リナ、余所見すんな!」
忠告した時には既に、闇影は隙だらけになったリナを目掛け、空を舞いながら触手を伸ばしていた。
「きゃ…っ!」
しかし、リナは間一髪で自分と似た…いや、全く同じ動きで体を捻らせ回避する。もし先程能力を使っていなければ、攻撃を諸に食らっていたかもしれない。
「っ…!リナ、そいつから離れろ…っ!」
ノアはいうことを聞かぬ己の身体を叱咤し、剣を構え直す。痛む背中とヒュウ…と鳴る息もそのままに、神経を集中させ自身の魔力を剣へと流し入れた。
「…食らえっ!」
「…!」
剣から放たれた白い一筋の波動は、空中で更に小さな三日月型の波動に分裂し、闇影に向かって一直線に進んで行く。そしてその孤は、影の触手へと触れ…。
「ーーーっ!?」
そして、音もなく斬り離した。
「や…やった…!」
しかし、リナが喜びの声をあげたのも束の間、標的を完全にノアへと絞った闇影は急接近し始めた。自身の体を更に変形させ、負傷によりろくに動けずにいたこの体を絡めとる。
「ぐは…っ!」
キツく締め上げてくるそれは、まるで骨をも粉砕するのではと思える程の力だった。このままでは確実に訪れるのは…死だ。普通なら腕を動かす事も儘ならぬ状態の中で、ノアは持てる力全てを込め…。
「こ…の…!」
ヒュンッと何かがしなる音と、一拍置いて感じた剣風。そして突如として訪れた静寂。ノアは薄れかける意識を必死に繋ぎ止め、影の首を一刀両断した。
「…ど…して…。」
この闇影の核となっていた負のエネルギー…誰かの記憶、感情の極一部が鼓膜を刺激した。しかしそれも一瞬の事、闇影が消滅する刹那、閃光が走りノアを吸い込もうとする。
「ノア!こいつ…
リナが必死に自分の名を呼んでいるが、既に限界を超えていた体で逃げる事など叶わず、為す術なくノアはその光へと呑み込まれ…それが消えた時、そこにはもう彼の姿はなかった。
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