10話 青野 実
とうとうこの日が来てしまった。
ミノルは用意していた喪服に身を包んだ。
準備はとっくに出来ているが、ミノルは14時に行かなければいけない。
今日の14時の通夜会場に用事がある。
というより、そこに現れる人物に用事がある。
ミノルは時計に目をやり、会場に向かった。
会場に向かう途中、大学の近くの公園を通った。
ミノルは冷たい空気を胸いっぱいに深く息を吸いこんだ。
ここで、この場所で政宗は殺された。
政宗は犯人に強く抵抗して、それに犯人はカッとなったらしい。
手足の腱は切られていたらしいから、きっと助かったとしても空手を続ける事は出来なかっただろう。『誰でも良かったが、殺すつもりはなかった』これが犯人である新井大地の供述だ。手足の腱を切る、この手口は通り魔的な犯行で無いことは明白だが、証拠は新井大地が犯人だと言っている。
ミノルは“実行犯は新井大地”であると知っている。
通夜会場が見えて、時計に目をやると14時ジャスト。
時間ぴったりにその4人はやってきた。ミノルはすっと近づき声をかけた。
「あの、大野巧さんですよね?初めまして、青野ミノルと申します。政宗とは大学の友人でした。ちょっと今日は巧君にお話がありまして。」
「そうなんですね、こんな事になるなんて残念です。まだ来たばかりですし、手を合わせてきてからでも良いですか?」そう答えた巧にミノルは間髪入れずにこう返した。
「残念?ですか。政宗もあなたに手を合わせて欲しくはないでしょうけど。」
「なんなんだ、あんた!失礼だろ?巧、こんな奴相手する事ないって。放っておこう!」高瀬航平が声を荒げた。
「いいよ、航平。ここで立ち話もなんですし、そこの喫茶店でどうですか?」
そう言って巧は近くの喫茶店を指を差した。
「えぇ、良いですよ。そこだと思って店には予約の電話を入れてあります。」
そう言ってミノルは喫茶店へと向かった。その途中も高瀬航平は何か言っていたが、ミノルの耳に届く事はなかった。
店に入ってしばらくすると、大野巧が店内に入ってきた。
「こっちですよ、巧君」そう言って手を挙げると、巧はこちらに来て席についた。
「なにか飲みますか?」「じゃあ、ホットコーヒーを。」
「だと思って頼んでいます。砂糖とミルクはいらないですよね。」そう言って巧の顔見ると、案外落ち着いた表情に見える。
「手は合わせてきたんですよね?どういう心境ですか?」
「えぇ、手は合わせました。青野さん、さっきから結構気味悪いですよ?僕じゃなかったら、きっと誰もここに顔は出さない。」そう言って巧はため息をついた。
「えぇ、そうですね。でもあなたはここに来た。私の話に興味があるんでしょう?その話は他の3人には聞かせたくない。だから、あなたは一人でここに来た。違いますか?」
「そうですね、あなたの様な失礼な人が政宗先輩の友達だって事と、僕に手を合わせて欲しくはない、という所に興味はありますね。他の3人に先に帰ってもらったのは、あなたが余りにも失礼な人だったからです。」そう言って巧はコーヒーカップに手を伸ばした。
「そうですか。では、早速本題に入りたいと思います。政宗は私の数少ない友人の一人です。あんな性格だから、私の様な変わった人間にも、気さくに声をかけてくれました。私は彼の竹を割ったような性格が好きでした。そんな彼がある日、変わった相談を私にしてきたんです。『後輩の前の彼女が、その後輩のある事ない事をあちこちに言いふらしていて、学校にいれなくしてやると言われているらしいんだ』と。
その元彼女は高校の同級生で、面識もあるから説得できるまで何度でもそんな事はやめろと言い続けるつもりだ、と。この政宗の話に出てくる後輩は巧君で、その元彼女は高橋絢、ここまでは間違いないですよね?」
そう聞くと、巧は小さく頷いて答えた。
「それはそうですけど、その話とさっきの話になんの関係が?」
「ここまではおさらいです。ここからが本題です。巧君、君は未来を【視る】事ができますよね?」そう言うと巧は大きく笑った。
「何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい。そんなことが出来るなら、とっくに未来を見て政宗先輩を助けてますよ。話はそれだけですか?」巧は呆れたように言った。
「本当に馬鹿馬鹿しいと思っているなら、巧君はもうこの席を立っているハズです。そうしないのは、何故私がその事に辿り着いたのかが、気になっているからですよね?違いますか?」
「さっきから何なんですか?失礼にも程がありますよ。僕が今もこの席に座っているのはあなたが話があると言ったからだ。政宗先輩にはお世話になったし、友人だと言われれば話位は聞こうとするのが普通でしょう?それがまさか、こんなバカげた話だとは思いもしませんでした。」
「馬鹿げていますか?どうして巧君が【視る】事が出来るか分かったのか、どうせすぐに分かってしまう事だから教えてあげますよ。巧君はどうやら今日は【視る】事をどこかで使ってきてしまっているようなので。私を明日にでも【視る】と良い。なにも【視る】事は出来ませんから。ただの砂嵐がしばらく続くだけです。」
そう言うと、巧はしばらく手に持っていたカップを置いてから言った。
「仮に、あり得ないですけど、もしそうだったとしてどうだと言うんです?」
「もし、というかそうなんですけどね。巧君の言い分通り、もしそうだとしたら、巧君が政宗が死ぬように仕向けた、という事です。」
「なぜ?見えるから仕向けた、というのは飛躍しすぎじゃないですか?」
「そうでしょうか?現に政宗は死ぬはずじゃなかった。私が政宗を【視た】時の『三日後』と現実で起きた『三日後』は行動が違った。その時に誰かが未来を捻じ曲げた事に気が付きました。それが巧君です。巧君が捻じ曲げたと気が付いたのは、もっと後の事でしたけどね。」
「『三日後』、、、ね。」そう言うと、巧は少し笑った様に見えた。
「今日ここで巧君と話をする事は、自分の未来を【視た】ので知っていました。巧君は今日ここでこんな話があるとは知らなかったようですけど。ついでに、巧君が今日は【視る】事が出来なくて、どこかで使ってきているという事が何故分かったかお教えしましょうか?」
「是非。」巧は短く答えた。
「もしも今日まだ【視る】事が出来ていたなら、私が声をかけた時に真っ先に私を【視た】はずだ。その砂嵐に気付いて、巧君なら接触してきた私とは話等せずに私を遠くから監視していたはずだ。今日この日を無計画で迎えたのも、きっと政宗がどうなるかを毎日確認していたんでしょう?」
そう言って、巧を見たが、その表情は能面を顔に張り付けたように微動だにしない。
「それで?青野さんの言う通りだとして、どうしたいんです?警察に言えばいいじゃないですか。」
「それが無理なのは巧君だって分かってるはずだ。今の時点で司法ではどうする事も出来ない。だから、私はこれからずっと巧君を監視します。政宗は死ぬはずじゃなかった。巧君が未来を捻じ曲げようとすれば、私が本来起こるはずだった未来に修正します。未来はどんな結果が待っていても、変えるべきではないんです。」
そう言うと、巧はため息をついた。
「そうですか、ではお好きなようにしてください。僕には関係のない話だ。監視しても僕は未来なんて見えないし、ただのムダ骨になりますけどね。失礼します。」
そう言って、巧は立ち上がって店を後にした。
ミノルはフーっと息を吐いて、通夜会場に向かった。
ミノルはもう言葉も返す事の出来なくなった政宗に小さな声で約束をした。
「政宗、君の素直過ぎる性格を彼に利用されたんですね。必ず、彼を止めて見せます。その時まで、もう君に手を合わせに行きません。良い報告を期待していてください。」
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ルール
11. 【視る】事が出来る者同士は、お互いの未来を【視る】事は出来ず、
ただ砂嵐の様なノイズがはしる。
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