王立シャルル学園
幼馴染との再会
ラッセン男爵家の図書室は広い。この図書室の規模は勤勉な侯爵家と同じくらいか、いや、それ以上とも言える。その収蔵冊数は「王都第三の国立図書館」とさえ言われているのだから。
「カミル、まだ寝ていなかったのか」
カミルの父、ラッセン男爵家投手のヴィクトルがガウンを羽織り、広い図書室の角から姿を表した。
「あぁ、父さん、どうしても調べたいことがあって。寝付けないものだから、少しだけ調べ物を続けることにしました」
「ふう...それならば、私と同じだな。私も明日国王陛下へ助言する立場であるが故、寝付けず調べ物をしていた。多くの資料を残してくださった祖父と父、そして助力してくれた使用人やエリアーシュ商会には感謝してもしきれんな」
ふと、図書室へのノックの音がする。
「旦那さま、カミルさま。ハーブティーのご用意ができております。そろそろ、夜も深くなっております」
「フランか。お前も明日は早い。他の使用人に番を交代して休みなさい。カミル、お前ももう寝なさい。私は資料を纏めたら自室に戻る」
そう言い残し、ヴィクトルは再び図書室の奥へと戻っていった。
「フラン、行こうか」
「はい」
***
翌朝、フランとカミルを乗せた馬車は王立シャルル学園へと向かっていた。
「馬車で行くとはいえ、王都の男爵邸から中心部のシャルル学園は、やや遠く感じるな」
「左様でございますね」
カミルはまだ少し着慣れない王立学園の制服を着込みながら、馬車窓の外を眺めていた。学園入学の年まではほとんどを領地で過ごしていたカミルにとって王都の風景は珍しいものではあるが、残念ながら学園までの道のりはほとんどが貴族の邸宅か国の施設ばかりで、さして面白いものでも無かった。
「ところで今日のフランは、すっかりお貴族だな。なかなか似合っているし、仕立てて良かった。エリアーシュ商会にはまた感謝しなければな」
獣人であるフランも、今日は貴族用のドレスで尻尾が隠れており、帽子をかぶっているので耳も見えない。獣人に対して偏見のある男爵家ではないが、多くの人々が集まる学園の入学式において、好奇の目にさらされるのを避けるため、カミルの父母は配慮したのだろう。
「普段、着慣れない服を着るのは、やはり恥ずかしさがあります。ほとんど使用人服ですから...」
「堂々としていれば良い。しかしフランが男爵家の席に着いてるとなると、妹だと思われそうだな」
あらためてカミルは視線をフランに向ける。
「い、妹だなど!ペトラ様に怒られてしまいます」
「ペトラなら喜ぶと思うぞ。中々、体調が回復しないが、ペトラにもフランの晴れ着姿を見せたかったものだな。まだ、領地からは出れそうにないのか?」
「はい、おそらく年の終わりには王都へ出てこられると思いますが、静養中でございます。あ、着いたようです」
王立学園の馬車寄せで止まり、カミルはフランをエスコートしながら馬車を降りた直後のことだった。
「あー!カミル!フランちゃんも、お久しぶり!」
「ブランカ、もう少し淑女らしくしたらどうだ...。それにそんな走り回ってしまったら、せっかくの上質なコートが台無しになってしまうぞ。高いんだろう、それ」
エリアーシュ商会代表の一人娘、ブランカ・エリアーシュだった。
「ブランカお嬢様、苦しいです」
慌ててフランを離したブランカは、カミルの手を引きながら講堂への表道を歩きだした。婚約者でもない異性の手をひくブランカは、平民でも学費と試験をクリアできれば入学できるとは言え、貴族子女が大多数を占めるこの場において、いささか注目の的となっていた。
「あぁ、ブランカ、すまないがここでは手を離してくれないだろうか。いくら幼馴染とはいえ、婚姻を結んでない異性が貴族社会で気軽に手をつないでるのは、やや問題がある」
「えー、いいじゃん、それくらい」
「ブランカお嬢様...」
フランがやや呆れながら声をかけようとしたその時だった。
「いやはや、やはりはしたない平民が紛れてきてしまうもんだねぇ。その上質なコートも、お隣のお坊ちゃんからのプレゼントかい?平民ではそうそう買えないだろう」
先程まで賑やかだったブランカも、さすがに声をかけてきた人物が貴族であると悟ったためか、途端に無表情になりながら、言い返す言葉を飲み込んでいた。周囲は道の流れを止めている四人の様子を覗き込み始め、人だかりができはじめた
「あぁ、ヘルムートさん」
カミルが間の抜けた呼び方をしたため、思わずフランとブランカは吹き出しそうになるのを抑えた。周囲の人々は我慢できず、くすくす笑いだしている令嬢もいる。
「ラッセン男爵家嫡男カミル、私の父は伯爵位だ。エーベルス卿と呼びたまえよ」
カミルが更に言い返そうとした時だった。人垣がサッと割れ、フランとブランカは目を見開いた。
「あー、ヘルムート・ツー・エーベルス君。エーベルス伯爵家は学園において貴族、平民がどのような形で接するかを、教えられていないのかな?エーベルス伯爵には後でお手紙でも書いておこう」
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