シルバークエスト ~過ぎ去りし時を超えて~

月輪話子

第1話「旅立ち」

「皆の衆!まずは上意のもとこの場に集ってくれたこと、心より感謝する。


知っての通り、敬愛する竜王陛下は四度復活を遂げた魔王軍の各地での狼藉に頭を悩ませておられる。

旅の目的はズバリ4度目の魔王打倒である!


我らはかつて魔王を3度討伐し、世界に光を取り戻した。

じゃがそれも数十年も前のこと。忌々しい齢70の身には過酷な旅路となろう。


しかし!我らは「勇者」!即ち「希望の光」じゃ!

さらば、世界が再び闇に飲まれるならば我らは何度でも剣をとろう。

屈強な魔の輩に身を砕かれようとも何度でも立ち上がろう。


この命ある限り、何度でも、前へ進むのじゃ!

さぁ!進むのじゃあぁ!」


長い髭を蓄えた老翁勇者の激励に、パチパチと2つの小さい拍手がありました。

一息にまくしたてた彼は肩で息をしながらも、古傷の沢山ついた骨と皮の繊手を頭上に掲げます。


「…フンかっこつけやがって。

なぁーにが過酷な旅だ。シャトルバスで楽して来たろうが。」


うんざり顔で演説を聞いていた、背筋のしゃんとした老剣士エスガルドが30年前と同じように勇者に悪態をつきます。


「ホッホー!

魔王城最寄りの町まで安全なインフラが整備されたなんて、昔じゃ考えられないわよねぇ。

ま、何にせよまた皆と旅ができて嬉しいわ~。」


続けて、ふくよかなとんがり帽子の魔女メリザが楽しそうに言いました。

こちらもずっと変わらない、どんな状況にあっても前向きな彼女らしい台詞。


痩せた土地、不浄の大気、鈍色の雲で覆われた空、そしてヒリヒリと感じられる複数の視線と敵意。

禍々しい魔王城の姿が大きくはっきりと捉えることのできる程の場所に、勇者一行4人組はおりました。


「さぁおしゃべりは終いじゃ!

いざ往かん、魔王城へ!」


「おい待て、アヨン。」


腕組みをほどいたエスガルドが、愛刀を鞘ごと腰から抜き、彼の前に突きだして足を止めさせます。


「貴様いつまでそんな格好でいる気だ?」


険しい表情の先には、よれたタンクトップに股引という、まるで真夏に玄関口で打ち水をする好々爺のような出で立ちがありました。

おまけに丸腰です。まだ柄杓をもった散水老人の方が戦えます。


「まぁまぁそう心配せんでもええわい、エスやん。

このあたりのモンスターはそれなりに手強いが、どいつもこいつも力任せのうすのろばかりじゃて、今のわしでも十分にかわせる。

…これ1本でチョチョイよ!」

髭の中からニヤッと喰えない笑みを浮かべながら、地面に落ちていた枯れ木の枝を拾い軽く振って見せます。


あの、先ほど勇ましい口上を述べた方とは別人ですよね?


「ハァァ…わかっとるか?隠居して30年、だぞ。

体も若造より脆いし鈍い、知識もおんぼろだ。油断こいてる場合じゃねェだろうが。


多少身銭を切ってでも…」


「ホッホー!

駄目よ、この人ったら競馬で大負けしちゃって今無一文なのよ!

『伝説の』装備一式質に入れたのに勝てないものだから、魔王を倒した褒賞金を狙っているってわけ。」


「…な、…なっ!!?けけけ競馬で文無し、だぁ!?

信じられん!心底たわけたやつだな!


それに伝説装備をう、売っただと!?あれを手に入れるために俺達がどれだけ…」


「まぁまぁ、エスやん。

残り少ない人生、わしは過去より今を生きる男でありたいんじゃ。」


「屁理屈を言うな!!ったく、相っ変わらずどうしようもない野郎だな貴様は!人が折角…。

クソ!もういい!

さっさと魔王城に向かうぞ。」


「ホホ。彼、私が召集を伝えた時、ね。アヨンは最後に一旗あげようとやる気になってるんだって喜んでたのよ。」


魔女メリザが、傍に控える黒衣の青年にこそっと耳打ちをしました。


「おい、メリザ!そのさっきからついてきてる若造は何だ。」


「あら?あなたには紹介してなかったかしらね?

彼は今回の旅路に同行してくれるヘルパーさんよ。

竜王様が心配なさるものだから、お城の神官を1人お供に付けて下すったの。」


青年は回復職らしからぬ黒ずくめの体を折り曲げ、無言でエスガルドにお辞儀をします。


「ウチ、今は回復役がいないし。それに介護の資格もお持ちだから何かと安心でしょ?」


「はっ、ヘルパーだと?冗談じゃねェ!

俺はまだ自分の面倒は自分で見れるってんだ!!」


不機嫌のエスガルドがそう吐き捨て、ヘルパーさんは無言でふいとそっぽを向きます。


「ホホッ。人見知りなの。気を悪くしないでね。


…あ、ちょっと皆!早速お出ましみたいよ。」


ヘルパーさんの視線の先には、魔王軍の手下がこちらに迫っていました。


「ぬぬぅ、来おったな!

光の加護受けし勇者に牙を向く不逞の輩…手打ちじゃあ!」


装備「枯れ木の枝」の分際で、どうしてここまで自信が持てるのでしょうか?


「そして終盤モンスターらしく大金を落として逝け!」


お金のことしか頭にないのでしょうか?



≪エンカウント≫

“ダークナイトが現れた!”

“オークキングが現れた!”


“オークキングの薙ぎ払い!”

“ダークナイトの三連撃!”


“エスガルドは攻撃をガードした!

 エスガルドに3のダメージ!”


「おいっ、そっちに一匹行ったぞ!」

オークキングの先制攻撃を受け止めたエスガルドがアヨンに向かって叫びます。


「フッ、伊達に70年勇者をやっとらん。こやつの攻撃パターンは、…こうじゃ!」

余裕のアヨンは迫りくる鎧戦士の斬撃に意識を集中させ、軽やかにステップを踏み…


“アヨンに89のダメージ!”

“アヨンに89のダメージ!”

“アヨンに178のダメージ!クリティカルヒット!”


「全部くらってるわ!」

「ヨボヨボじゃねェか!」


“アヨンは力尽きた!”


「ホッホー!肉体が衰えようとも魔法は不朽!このメリザが火の魔法で焦がしてア・ゲ・ル!」


自慢の竜革帽子のつばを引き、メリザは得意げに呪文詠唱に取掛ります。


「…。…。…。えーっと?あらっ何だったかしら。」


「ぐぅっ…『火の精霊よ』じゃ…」

「あ!そうそう!」


「呪文ド忘れしてたんかっ?!」


地に伏した瀕死のアヨンの助言を受け、メリザは仕切り直し、


「『火の精霊よ 熱き熱の…怒りを、怒りを~…えー、アレして…』」


「オイ、何だアレしてって!そんなふわっとした呪文があるか!」

「『火の精霊よ 籠る炎熱を その怒りを 燃ゆる我が魂に授けた賜え』」


「ホホ!そうだ思い出した!すごいわアヨン、よく覚えていたわね!」

「隣で何万回と聞いたから…の。

グ、ゴホ。しっかりせんか!」


「もう大丈夫!行くわよ!

火の精霊よ 籠る炎熱を その怒りを … …


ごめんなさい続きって…」


「もうえぇわい!」

「漫才でもそんなに天丼せんぞ!」


“オークキングの大薙ぎ払い!”

“メリザに146のダメージ!”


「ホーホー!!」


“メリザは力尽きた!”


“エスガルドの攻撃!”

“ダークナイトに253のダメージ!クリティカルヒット!”

“ダークナイトは倒れた!”


「チッ、揃いも揃ってだらしねェ!すっこんでろ、俺がやる。」


十八番の居合で敵を葬り、現役時代を彷彿させる所作で刀を鞘に納めたエスガルドはそう吐き捨て、当てにならない仲間をかばうように、じりっと一歩前に踏み出します。


「こちとら毎日5時起き、瞑想に素ぶり100回!鍛錬はかかしとらん!」


「瞬剣エスガルド、参る!」


素早く抜刀し2連続の攻撃を仕掛けるエスガルド。

しかし次の瞬間ガクンと地面に膝をつき、


「!?」


顔はみるみる青くなり冷や汗にまみれ、倒れまいととっさに地面に突き立てた刀の柄を持つ手はガタガタと大きく震えます。


「うぅ…ど、どうしたの、エスゥ!」

「オークキングの毒の鉈をかすっておったか!?」


「くそ、早いな…情けねェ…。


フ…、隠していたが、5年ほど前に自律神経の方を患っちまってな…。

以来、75行以上の継続戦闘は行えない体になった。」


「そうじゃったか…。今後戦闘中の徒口はなるべく控えるとしよう。」

「あらどうしましょ、攻撃魔法って基本的に呪文が長いものばかりだわ。」


あなたたち、もっとツッコみましょうよ。


“オークキングの大薙ぎ払い!”

“エスガルドに110のダメージ!”


“エスガルドは力尽きた!”


“パーティは全滅してしまった!”


≪戦闘終了≫



戦いが終わり、オークキングが敗北した勇者一行の所持品を漁ろうとしたところをヘルパーさんが杖で殴って追い払い、そのまま彼らの治療に当たります。


「アタタタ、かたじけないのう。

…若者よ。それなりに腕が立つと見たが、お前さんは戦闘には参加せんのか?」

「彼はあくまで『同行人』だから、立場上は非戦闘員なのよ。」

「チッ、なんじゃぁ、楽できると思ったんに。」


老いぼれてしまったかつての救世の英雄3名と、非戦闘NPC1名の凸凹パーティ。

果たして一行は無事に魔王を討取り、世界を4度救うことはできるのでしょうか。

素直に若い人に任せて、慎ましやかな引退生活を送った方がよいのではないでしょうか?


前途多難なシルバーエイジの冒険活劇を優しい目で見守ってあげて下さい。




魔王城まで、あと20km。

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