第51話 日常への復帰
翌日は午前は学校へと出勤。
ただイザベルは朝の礼拝時間の後、スコラダ大司教のもとへ報告に行かせた。
「色々恥ずいのですよ」
と駄々をこねていたが断固として1人で行かせた。
2人なら今まで話せなかったつもる話もあるだろう。
それに俺までつきあわされたらたまらない。
聞いていてこっちまで恥ずかしくなりそうだからな。
2人の方が話しやすい事もあるだろうし。
何せ昨夜、スコラダ大司教に私室に訪問され、謝られたり感謝されたりお願いされたり色々お互い思い出すのも恥ずかしい一幕があったりしたのだ。
大司教と俺自身の為にその辺の記憶は封印しておくけれど。
さて、学校は学校で最初から忙しい。
国内巡視の旅の間にたまっていた決裁書類が机に積まれている。
単純な事務関係はグロリアに代行決裁させていたから残っているのはそれなりに重要なものばかり。
2年生の授業関連の資料やら来年の新入生関係やらたっぷりだ。
まあ副校長のイザベルも決裁するから俺は確認しなくても大体大丈夫だけれどな。
なお某大司教らが起こした改革は学校関係まで及んでいる。
来年あたりには義務教育が始まる予定らしい。
でも学校に通わせる余裕の無い家庭用にこの学校は存続する予定だ。
授業内容は義務教育にあわせたものにはなるけれど。
そんな事を考えながら決裁書類を読んで確認する。
読んで確認したら確認済みボックスに入れてイザベルの前に置いておく。
そうすればイザベルが確認後自動的に俺の決裁も通った事になるのだ。
「目も耳も使えないと聞きましたけれど全く支障なさそうですよね」
グロリアにそう言われる。
「実用上はほとんど問題無いな。ただ現状認識能力は視覚や聴覚と違って風情が無い感じがする。音楽なんかも音程とか音の長さとか細かい事はわかるけれどそれを通した結果どう心を動かすのかとか感じにくいしさ。味気ないというか何というか」
「そう言えば朝食も何か難しい顔をして食べてましたね」
見られていたか。
「味覚はそのままのはずなんだけれどさ。視覚と嗅覚が足りないと感じる味が変わるよな」
「それは治らないものなんですか?」
「治療は出来ないようだ。このままずっとかどうかはよくわからない」
ただこういうマイナスの事ばかりだと場が暗くなりそうだな。
ちょっとは利点も言っておこうか。
「でも視覚に頼るより便利な面もあるぞ。ページをめくらなくても本を読めるしテストの採点も現状認識でほぼ一瞬で点数までわかる。この決裁書類だって1枚ずつめくらなくても何処に問題があるかどうか短時間にわかるしさ。誰が授業を聞いているかとか誰が関係無い事をやっているかとかもわかると思う」
「その辺は目が見えても現状認識を使えば同じなんじゃないですか」
「そうでもないんだ。目が見えているとそっちを基本にして色々認識するからさ。どうしても視覚に引きずられたりするんだ。でもなまじ見えないと素直に情報を受け取れるという感じかな」
話を利点の方へシフトしたのには別の理由もある。
職員室の扉が開いた。
イザベルが戻ってきたのだ。
「どうだった、感動の対面は」
ちょっと茶化してみる。
「いつもの報告とほとんど変わらないのですよ」
その返答が意味するのは少しは変わったという事だ。
「違った部分は?」
「たまには
何だかなあ。
前半だけ聞いていると親子の対話を暖かく見守る感じ。
だが後半がちょい生臭すぎる。
今回の件で第二王妃が王宮を追い出されたと聞いてもいるし。
「スコラダ大司教って結構意外な方でしたね。まさか一気にあんな大改革をされるような方だとは思いませんでした」
これは主に社会科を教えるブルーノ司祭補、学校では数少ない男性職員だ。
「以前の教団改革を知らない世代はそう思うようですね。私から見ればああまたやらかしたかくらいの印象ですけれど。
さて副校長先生、来期の理科教材の確認決済をお願いしますね」
この意見は職員室最年長のノーラ司祭。
今の台詞と同時に書類山盛りの決済箱がドン、とイザベルの机上に置かれる。
うっ、とたじろぐイザベル。
「俺は先に算数と理科の分は見ておいたからな。そっちの決裁箱に入っている」
だいたい1科目につき400枚弱程度の分量がある。
国語算数理科社会の4教科と科目外活動あわせて2,000枚近く。
俺は現状認識能力をフルに使って、算数と理科1年分858枚を1時間で確認した。
この辺は視覚無し現状認識能力使用の利点だな。
さて視覚にどうしても引っ張られるイザベルはどれくらいかかるだろうか。
「何か帰ってきてから色々厳しいのですよ」
「愚痴をいう前に決裁を読もうな」
何せもうすぐ学校が始まる。
授業が無くまとまった仕事が出来るのは今の期間しかないのだ。
それにイザベルや俺は学校以外の仕事もあるし。
「まさかとは思うのですが、種選別時に逃げた事に対しての意趣返しなのですか」
「そういえばそういう事もあったな」
「何かわざとらしい台詞ありがとうなのですよ」
本当だ。
そんな事はちっとも考えていない。
きっと多分。
こうして俺とイザベルは学校での日常に戻ってきた。
俺の五感の半分は使えないけれど。
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