第9話 俺、説教をする
いよいよ新教本を使って初の説教になる。
教導者は俺。
正直勘弁してくれと思う。
でも教団の意識改革の第一歩として避ける事は出来ない。
説教する内容はイザベルと2人で検討を重ね練り上げた代物だ。
内容も話の構成も自信がある。
更に言うと俺が召喚されてすぐ行った施術の結果、農作物がこれ以上無い位にいい感じで育っている。
つまりお膳立ては出来ている。
後は俺次第という訳だ。
「おはようございます。もうご存知の方も多いと思いますが、今春に
さて、説教開始だ。
出来るだけわかりやすく、発音ははっきりと。
台詞は早口にならないよう気をつける。
時々間合いをとる事も忘れない。
その辺色々意識しながら俺は集まった教団上層部、司祭以上の聴衆に訴える。
内容は基本的には簡単だ。
① 今までの教団の役割の功績と担ってきた役割の重要さを確認する。
② その上でそれだけでは救えない人々がいる事を説く。
③ その為に『清貧の思想』から『生を楽しむ』事への転換を訴える。
④ 対象も貧しい人々から広く一般まで広める事を伝える。
といった感じである。
なお俺の台本には今までの使徒が説いてきた内容や発した台詞等がちりばめられている。
この辺はイザベルのおかげだ。
だから話に沿って聞いていれば矛盾なく新しい教えを受け入れる事が出来る筈。
台詞は暗記したし説教の訓練も何度となく行った。
だから言葉が自然に出てくる。
「生きるという事は、ただ生存するという事ではありません。衣食住足りて生存していても心が死んでいる。それは真に
無論衣食住が足りていない為……」
場合によっては身振り手振りも加えアピールする。
「最後になりますが、申し上げました『真に生きる』、『生を楽しむ』事の一例として、今までと少し異なった昼食を用意してあります。こちらを皆様に食していただき、生を楽しむという事、楽しむ行為と欲との違い等を各自考えて頂きたいと思っております。
本日は日々の救済にお忙しい処、お集まりいただきありがとうございました。それでは皆様に
最後にちょい長めに祈祷を行い、説教を終わらせる。
拍手という習慣は無いので今の説教がどれくらい効果があったかはわからない。
成功か、失敗か。
表面はいかにもにこやかかつ余裕のある足取りで演壇を去る。
控室に入っても安心は出来ない。
何せ貧乏ホール、控室での言動も聴衆に筒抜けだからだ。
裏手から教団本棟とは名ばかりの長屋風建物に入り、図書館の隣のいつもの部屋に入ったところでようやく一息つく。
疲れた。
慣れない事はするもんじゃない。
そんな訳で机に突っ伏していると、ノック無しで扉が開いた気配がした。
この部屋にノック無しで入ってくるのは1人しかいない。
ちょっと癖があると大司教に評された俺の補佐役である。
「どうだった。皆さんの反応は」
「使徒様ながらお見事といった処なのです。100点満点中85点を差し上げてもいいのです」
何だその微妙な点数は。
「一応合格点という事でいいのか」
「その通りなのです。ただ台本通りで面白くないのです。私の台本に無いアドリブ等をつけて頂ければもう少し加点してさしあげたのです」
「そんな余裕ないやい」
イザベルの前ではそんな口調でも問題ない。
何せイザベルも補佐役の癖に俺を使徒とも思っていない扱いをするからだ。
勿論他人がいる場合は別だけれども。
「なら説教は一応成功したと思っていいのかな」
「大丈夫だと思うのです。内容的にも話し方的にもいい感じだったのです。それにあの手の連中は元々使徒様のいう事なら黒いカラスも白く見えてしまう輩なのです。心配はいらないのですよ」
俺を褒めているのだろうか。
それとも司祭以上である聴衆の皆さんを馬鹿にしているのだろうか。
何とも微妙な処である。
「あとは用意した昼食の方は大丈夫だよな」
「念のため味見もしてきたのです。出来には太鼓判を押していいと思うのです。正直今までの使徒は何をしていたんだと思う位のいい感じなのです」
そんな事を言っているが昼食自体はあまり凝ったものではない。
何せ普段から人数が多いのに、更に本日の聴衆まで食べさせるのだからな。
あまり凝ったものを作れる状況ではないのだ。
そんな本日のメニューは、
〇 味噌味の鴨汁
〇 コールスローサラダ
〇 押麦のご飯
〇 ミルクゼリー
である。
鴨汁は漉した麦味噌を使った若干甘目の仕上げ。
鴨汁と言っているが厳密にはバリケンの肉で、肉以外は豚汁と同様だ。
ただこのバリケン肉、鶏よりも出汁も味も上のような気がする。
ガラまで使ってしっかり出汁を取ったので実際なかなか美味しい。
コールスローサラダはドレッシングの代わりにマヨネーズを使用。
バリケンの卵は鶏卵とちょっと味が違うので、その辺は塩とハーブで調整。
今までの薄い塩味の野菜スープと違う味の豊かさを感じて欲しい。
押麦のご飯は元日本人の俺が炊き方にこだわった。
粥ではなくふっくらとしたご飯で、ふっくらもちもち食感を味わえる。
ゼリーは牛筋や骨、皮を煮込んでゼラチンを抽出して作った。
塊を皿に取って上から少し溶いた水飴をかけるという形で出している。
上に乗せたミントの葉から清涼感を感じてくれると嬉しい。
この辺の料理は俺が見本を作った後、イザベルにレシピ本にしてもらった。
なおかつ実際に調理担当にレシピ本を見て作って貰って出来を確認している。
だからレシピ本を読むだけである程度のものは作れる筈だ。
なおこの本にはこの世界でも出来る程度の料理が約50種類掲載されている。
これも教本と共に本日各拠点の司祭以上へ配った。
これで教団の意識も少し変わってくれるはずだ。
「ただあの料理を食べると少し悔しいのですよ。私の知識が使徒様に及ばない事を身体でわかってしまうのです」
なかなかイザベルらしい感想ありがとう。
さて、本日で教学関係の仕事は一段落した。
これで本来ならイザベルが補佐役を務めるのは終わりになる。
でも俺としてはこの出来る補佐役を手放したくはない。
上司であるソーフィア大司教は本人の承諾があれば継続してもいいと言っている。
だから俺はそろそろこの件を彼女に切り出さなければならない。
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