46 これが俺の答えなんだが
それは遠い記憶、夏のとある公園でのこと。
僕は砂場で一人遊ぶ見知らぬ少女の姿を見ていた。
「そこで何してるの?」
少女は僕の声に気づくと、くるりと体の向きを変えてこちらに目を向ける。
「お砂場で遊んでるの……」
少女は誰かと話をするのが恥ずかしいのか、それだけ答えるとすぐに僕から目を逸らした。
そんな少女が気になった僕はもう一度少女に声をかける。
「すごいお城だね。一人で作ったの?」
すると少女は少し得意気な顔で僕の質問に答えた。
「そうだよ。私が一人で作ったの」
よく理由は分からないけど僕はその時目の前にいる少女と遊びたいと思った。
だから僕は少女に言った。
「僕も一緒に遊んでいいかな?」
「うん、こっちに来て」
こっちこっちと手招きする少女は自分の顔くらいに大きな麦わら帽子を被っていて、花柄のふわっとしたワンピースを着ていて、何よりとても可愛い笑顔をしていた。
「僕はたくや、君の名前は何て言うの?」
少女はそれから微笑みながら元気よく僕に返事をした。
「私の名前はね……」
◆◆◆
集合場所に行くとそこには人の姿があった。
暗くてはっきりと見えないがその人は辺りを見渡して何かを探しているように見える。
その人に近づいて行くと相手もこちらに気づいたようで、こちらに顔を向け大声を上げて近づいてきた。
「ちょっとちょっと今まで何してたのさ」
こちらに近づいてきたのは向島葵、どうやらかなり心配をかけてしまったらしい。
「悪い、ちょっとトラブルがあってな。ほら」
そう言って背中を向島葵に向ける。
相坂優の足の腫れは結構酷いので見ればすぐに視線がいく。
「どうしたの? その足」
「これは下駄で……」
「なるほどずれちゃったんだね。よし、こっちは任せて」
向島葵はそう言うと俺に相坂優を近くのベンチに座らせるよう促す。
俺は彼女の言う通り相坂優を近くにあるベンチへとゆっくり下ろした。
「ありがとうございます、早坂君」
「拓也、さっきも言ったけどこっちのことは任せて
来たときに向島葵、一人しかいなかったのはそういうことらしい。
「分かった、探してくる」
「頼んだよー」
俺が椎名えりを探しに行こうと二人に背中を向けたとき相坂優から俺に声がかかった。
「頑張って下さい」
たった一言だけ、だがそれは今まで感じたことのないほどの重みを含む言葉だった。
「ああ」
だからだろうか。俺は余計なことが言えず、ただその一言だけを返すことしか出来なかった。
◆◆◆
出店が並ぶ通りで人を避けながら辺りを見渡す。
いない、いない、いない。
どこにもいない。
見つけられないことは俺の中で段々と焦りに変わっていた。
もしかしたら何かあったのではないか? 事件に巻き込まれたのではないかと、そう思うようになっていた。
「どこにいるんだよ……」
どうしてだか俺は自分の気持ちに気づいてから彼女のことが心配で堪らなかった。
今までそんなことを全く思わなかっただけに本当におかしな話である。
──じゃあ寂しくないように思い出作ってあげる……。
ふとここで昔のことを思い出す。
あれは今回のとは別の夏祭りでのことだがもしかしたら……。
そう思った時には体が動いていた。
何の根拠もない、ただの徒労に終わるかもしれない。
だが俺はまっすぐに神社へと向かっていた。
確か神社は先程相坂優が動けなくなっていた公園のすぐ近くにあったはずだ。
それからしばらく出店の通りを進み、神社の階段前まで辿り着く。
「これで誰もいなかったら俺ってただの馬鹿だよな」
一人で自虐めいたことを呟きながらも階段を上り、ようやく最後の一段を上がると当たり前だが目の前には神社があった。
目の前──神社の境内にあるのは神社の
肩より少しだけ長い髪を夜風になびかせながらこちらに背中を向ける椎名えりがいた。
彼女の無事に安心した俺が近づくと彼女はこちらへと体を向ける。
「拓也君、いたのね」
「ああ」
何から話せば良いのだろう。
話したいこと、伝えたいことは決まっているはずなのだがどうしてかすぐには言葉に出来ない。
「二人のところに戻るぞ」
「そうね」
違う、そうじゃない。
「そういえば出店で何買ったんだ?」
「私はリンゴ飴よ」
違う、これでもない。
俺は彼女に……。
「えり!」
神社から出ようと階段を一段下りたときのことである。
俺の口からは自分でも驚くほど大きな声が出ていた。
こうなったらもうヤケだと俺は立ち止まって続ける。
「俺は……昔のあんたを知ってる! あんたは覚えてないかもしれないけど」
椎名えりの足音も俺に合わせて無くなった。
どうやら彼女は俺の話を黙って聞いているようだ。
それならと俺はさらに言葉を続ける。
「昔にした約束も覚えてる!」
ここで少し後ろにいる椎名えりを纏う空気が変わったような気がした。
いや変わるというより無くなったという方が正しいだろう。
今まで彼女を纏っていた衣が無くなった。
その違和感に後ろを振り返れば、目の前にいる彼女の頬には涙が伝っていた。
「そんなの嘘よ……」
その言葉は今俺が言ったことを否定するものだった。
彼女の口から発せられた予想していなかった言葉に俺は圧倒されて言葉を失う。
「拓也君は私のことなんてこれぽっちも覚えていなかったじゃない。オリエンテーリングのときだって本当は気づいて欲しかったのよ」
そう断言する彼女は悲しげで、寂しげで、今にも崩れ落ちてしまいそうで、俺は自分で自分を殴りたい衝動に駆られる。
「俺は……」
きっと彼女はずっと覚えていたのだろう。
何年もの間ずっと、俺が約束を果たしに来るのを。
それなのに俺は今の今まで何をしていたんだ?
長い間相手のことを、約束を忘れて、今さっき思い出したからって何が覚えてるだ。
これじゃあ彼女の言う通り、覚えていないのと同じだ。
俺が顔を俯けていると彼女から続きの言葉が聞こえてくる。
「でもそんなことを言っても仕方ないわ。それで無理して嫌われたら全部お仕舞いだもの」
まるで今まで言えなかったことを全て外に吐き出すかのように彼女はさらに畳み掛ける。
「それでも拓也君には思い出して欲しかった! もっと早くに気づいて欲しかった! でも何が正しいのか分からないのよ……」
涙で顔がぐしゃぐしゃになった今の彼女から感じるのは怒りと悲しみを混ぜたような感情、放って置けないと、そう思ったからか気づけば俺は彼女の体を抱き締めていた。
抱き締めた彼女の体は思った以上に小さくて、力を入れれば崩れてなくなってしまいそうなほどに柔らかい。
それでも俺は彼女を抱き締める手の力を緩めなかった。このまま離してしまえば消えていなくなってしまうような、そんな気がしたから。
「すまん……」
「駄目よ、許さないわ」
彼女はそう声を揺らしながらも俺の背中に手を回してくる。
「でもずっとこうしたかったの。このまま離さないでぎゅっとして……」
続けられた『こんな私は嫌いかしら』という彼女の質問に俺は首を横に振って答える。
どのくらいこうしていたのだろうか、それすら分からなくなるくらい俺は彼女を抱き締めて続けていた。
いつまでもこうしていたい気持ちに駆られるが、そういうわけにもいかない。自分の気持ちを伝えに来たのだ。
俺は一旦体を離して彼女の目を見る。
「すまん、これを先に言っておくべきだった。俺はえりのことが好きだ。昔約束したからとかは関係ない。これは今の気持ちだ」
回りくどい告白など不器用な俺には出来ない。
だから俺はただただ思ったことを全て言葉にして吐き出した。
「何言ってるの……」
対して彼女はそんなことを言ってくる。
彼女の目からは感情を窺えず、声にも先程までの荒々しい感情を感じないため彼女が今一体どういう心境でいるのかは分からないがそれでも唯一分かることがあった……。
「それは私のセリフよ」
それは彼女もとんでもなく不器用だということ。
「あのときは恥ずかしくて言えなかったのだけれどあなたが私の初恋なの。きっかけは本当に些細なことだけど、それでも私は今でも拓也君のことが……」
続けられた彼女の言葉はその直後夜空に見事な大輪を咲かせた花火の音で掻き消された。
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