33 なんか目をつけられたんだが
夏休み前最後の週、テストが終わり学生にとっては眼前まで迫る夏休みに心踊る週でもある。
そんな週の月曜日、俺はスキップをしたくなるのを必死に抑えながら部室へと向かっていた。
部室の扉を開け、部室内を見渡す。
部室には既に二人ともいて、椎名えりはいつもの席で本を読んでおり、相坂優は何故か机の一点を見つめて座っていた。
椎名えりはともかく相坂優に至っては何をしているのか分からないがそれほどまで気にならなかった俺はそのままいつもの席に座った。
それからどれだけの時間が経っただろうか、誰も今回のテストについての話を切り出すことはなかった。
テストが終わり全ての結果が返ってきた週明けというのは誰もがテストの結果について話したくなるものだと思っていたのだがどうやらそれは少数派だったみたいだ。
まぁ自分からテストの話を切り出しても良いのだがそれだと俺がテストの話をしたいみたいで少し気が引ける。
いやまぁ、実際は全く持ってその通りなのだが。
誰かテストの話をしてくれとそんな表情を俺がずっとしていたからなのか本を読んでいた椎名えりはやれやれと首を振りながら本を閉じ、こちらへと視線を向けた。
「テストはどうだったの?」
完全に気を使っての質問だったが今の俺にとってそれはどうでも良かった。
とにかく俺は自分以外の誰かにこれまでの努力の結果を伝えたかった。
「各教科八十点は取れた」
「へーすごいじゃない」
棒読みで俺を褒め称える椎名えり。
まぁ学年一位の彼女からしたらこの程度なんてことないのだろう。それでも俺は結果を聞いてもらえただけでもう満足だった。
「……私の結果は聞かないんですか?」
ここで声がする方を向けば相坂優が点数を聞いて欲しそうな表情でこちらのやり取りを見ていた。
もしかしたらさっきから机の一点をじっと見ていたのはテストの点数を聞いてくるのを待っていたとかそういう理由なのかもしれない。
「あなたの方はテストどうだったの?」
表情こそ面倒くさそうであるがしっかり相坂優に対してもテストの出来について聞く辺り、一応『愛と正義溢れた楽しい部活』の根幹部分にある愛を持って人と接するというのを大事には思っているらしい、と思う。
「聞きたいですか?」
「いえ、そんなに」
「そんなに聞きたいんだったら仕方ないですね。私は全教科八十五点は越えてましたよ。どうですか? すごいでしょう!」
椎名えりの返事が聞こえてなかったのか、それとも敢えて聞かなかったことにしたのかは分からないが自慢したいというのだけは伝わってくる。
彼女は俺と違い、とにかく誉められることが目的なのだろう。
「すごいわね」
流石にそれは面倒くさいと思ったのか再び棒読み返事で回避をしようとする椎名えり。
加えて今回は本を読みながらというもう話しかけないでくださいアピールまでしっかりオプションとしてつけていた。
「早坂君もそう思いますよね?」
そうなれば話の矛先を向けられるのは当然俺、いつまでもこの話が続くのを避けたかった俺は咄嗟に別の話題へと話をすり替えた。
「そういえば夏休みに部活で何かしないのか?」
その話題に眉をピクッと反応させたのは椎名えり。
もしかして何かプランでも考えていたりするのだろうか。
「そうね、部活で何かしたいわね。海での清掃活動とかどうかしら?」
絶対あとで遊ぶ気だろうとは思ったが口には出さない。
俺だってずっと清掃活動はやっていられない。
「良いですね、海。私は賛成ですよ」
遊ぶ気満々で答えるのは相坂優。
彼女の言葉のニュアンスからは『遊び』の二文字しか感じられない。
「なら、海に行きましょうか。詳しい日程は後日伝えるわ」
それからはトントン拍子で話が進み、あっという間に海へと行くことが決まった。
途中から清掃活動が目的から外れていたことはある意味予想出来たことである。
◆◆◆
火曜日の朝、クラスの中には二種類の人間がいた。
まず一種類目は夏休みの予定を立てている者。
そして二種類目が夏休み行われる補習に絶望している者である。
「あーもうやってられねー」
「まぁまぁそういじけるなって」
「くそっ! お前だって赤点ギリギリだったじゃねぇかよ。なのに俺だけって不公平だろ!」
「だったら少しでも勉強するんだったな」
「っく……何も言えないのが腹立つ!」
耳を傾ければこのような会話が色んな所から聞こえてくる中、一際落ち込む者の声が俺の耳に入った。
「さえちゃーん、私どうすればいいのー?」
「暑いし、重いから寄りかかるなよ、葵!」
「えーいいじゃん、全教科補習の私を慰めてよ……」
泣きそうな顔でクラスメイトの背中に寄りかかるのはつい最近この学校に転校してきたばかりの転校生──向島葵。
聞くところによると全教科補習らしい。
元々彼女の見た目からして勉強が出来そうにないのは予想出来たことだが流石にここまでとは思わなかった。
しかしそれは彼女の責任、例え夏休みが半分以上潰れようとも仕方ないことである。
「もう葵が悪いんでしょ? テスト前私達が勉強してる中で一人遊んでたんだから」
「あれはちょっと休憩してただけだよ」
「休憩って……それだとずっと休憩してたことになるんだけど?」
「そういう日もある!」
向島葵がそう言って力強く頷けば、彼女の話に付き合っていたクラスメイトはハァとため息をこぼす。
今の彼女は誰がどう見てもただの駄目人間であった。
「そういう日もあるって……葵はもっとしっかり勉強しないと留年しちゃうよ? それでも良いの?」
「それは嫌だけど……」
「だけど?」
「分かった。私補習やるよ。だからさえちゃんも一緒に……」
「うん、それは無理。私彼氏と色々約束あるから」
バッサリと切り捨てられ泣き目の向島葵。
ドンマイとしか言いようがない。
「あ……」
それから聞こえる何かを見つけたような声に再び視線をやれば彼女は俺の方を向いていた。
後ろを向いても誰もいない、ということはつまり彼女が見ているのは俺、かもしれない。
なんとなく面倒事の匂いがした俺は机に伏せていることにした。
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