18 オリエンテーリングが始まったんだが

 相坂優が昨日俺に話してくれた話。

 ずっと頭から離れなかった。

 自由時間の間、自由時間終わって部屋に戻ってから寝る直前まで、起きてから今の今までずっとだ。


 話の中で一番と言っていいほど気になるのはやはり告白のこと。

 あの話の少女が安藤ひゆりだとしたら、友人はやはり相坂優。

 もし二人にそんな過去が仮にあったとして分からない部分が一つある。

 それは今回の安藤ひゆりの告白に関して。

 俺の仮定が成り立つなら今回の告白自体がそもそもおかしいのだ。

 だって考えても見てほしい。

 以前告白で傷ついた者が新たに告白しようと思うか?

 メンタルが強ければなんてことないだろうが、安藤ひゆりはそんなタイプには見えない、寧ろ弱そうというのが正直なところだ。

 だからこそ相坂優は彼女が傷つかないように俺達に依頼をしているのではないだろうか?


 とにかく以前あったと思われる告白で傷ついた安藤ひゆりが新たに告白をしようとするのはおかしいのだ。

 そこには何か裏があるような気がして仕方ない。

 しかし、それがなにかは分からないのが現状だ──。


「早坂君、行かないんですか? みんな行っちゃいましたよ」


 頭の中に突然誰かの声が響く。

 その声に意識を現実に引き戻すと目の前には相坂優と椎名えりの二人がいた。


「大丈夫ですか? もしかして寝不足ですか?」


 相坂優は俺の顔を心配そうに覗き込む。

 俺と違って彼女は昨日のことを全く気にしていないような様子であるが実際にはそう見えるだけで本当のところはよく分からない。

 そして一方の椎名えりは俺にあらぬ疑いをかけていた。


「全く、私達で一体どんないやらしい妄想をしていたのかしら?」

「いやらしい妄想!? そうなんですか? 早坂君」

「違うからな、ちょっとした考え事だ」


 俺はしっかりと否定するがそれでも椎名えりはまったく信じていないようで。


「大丈夫よ。私は気にしないわ」


 無表情に俺の肩をポンポンと叩き、慰めてきた。


「おい!」


 実際のところ相手が男子だったら殴っていたところであるが今回の相手は女子、流石に手を出せず渋々その一言で釘を打つ。


「あ、みんなもうすごい遠くに行っちゃってますよ! 私達も早く行きましょう!」

「そうね、ほらムッツリ坂君も」

「誰だよそれ!」


 釘を打っても効果がない椎名えりに半ば呆れながら俺は二人と共に歩き始めた。

 二日目の日程、オリエンテーリングのスタートである。


◆◆◆


「ねぇ、椎名さん。普段は何をしているのかな?」

「あっちにチェックポイントがあるわね」

「あ、ごめん。もしかして話したくない内容だったかな?」

「早坂君はあといくつチェックポイントがあるか分かる?」

「それとも何か気に障ることでもしたかい?」

「正解はあと三つよ」


 この状況は一体?

 椎名えりに必死に話しかける早見優人とそれを何故かオリエンテーリングのチェックポイントの話オンリーで切り抜けようとする椎名えり。

 もちろん早見優人が何をしたいのかは何となく分かる。

 だってこの俺ですらすぐに分かるレベルなのだから誰でも分かるだろう。


 では一体俺は何に疑問を呈したのか?

 それは俺の立ち位置のこと。

 現在俺は早見優人と椎名えりの間に立っていた。

 それはもうとんでもない密着具合で二人に挟まれてる。

 ホワイ? 何故? と思うだろう。

 俺だってそう思う。

 これは決して自分の意思ではない。

 では誰の意思か?

 ズバリ椎名えりの意思である。

 彼女は何を思ったのか急に腕を掴み、まるで盾のように早見優人側へと配置した。

 多分色々話しかけられて鬱陶しいとでも思ったのだろうが他に方法はなかったのかと文句を言いたい。


「どうしたらいいと思う? 早坂君」


 そしてついには俺の左側に位置する早見優人までもが俺を便利な道具として使うようになっていた。

 間に俺がいるという事実をどう受け止めているのか、何故この事実に触れないのかは知らないが彼がそのつもりなら俺もあえてそこに触れることはない。

 俺はただ機械のように聞かれたことを答えるのみだ。


「ああ、そういえばいつも本とか読んでたな」

「本かい? そうか、ありがとう助かるよ」


 笑顔で俺にお礼の言葉を言う早見優人。

 彼に続いて今度は右側からも声がかかる。


「私はどうしたらいいかしら? そろそろチェックポイントの話であれを回避するのは限界なのだけれど」


 そう俺の耳元で囁く彼女の声は焦燥感満載で本当に困っているというのがよく伝わってくる。

 そういえば彼女の困っている顔を見るのはこれが初めてかもしれない。

 もちろん彼女の相談にも俺は答える。


「だったら、チェックポイントの話以外で回避すればいいだろ?」

「なるほど、早坂君は頭が良いのね」


 何となく馬鹿にされているような気がしなくもないが彼女に悪気というものは一切ない。

 ただ彼女は素直に受け答えをしているだけ。

 これくらいは二週間、同じ部活をやっていれば大体分かる。

 素直に受け答えしている分、タチが悪いと言えなくもないが。


「まぁとにかくだ。一度くらいは早見優人と話してみたらどうだ? 意外に盛り上がるかも知れないぞ?」

「話す……そうね、そうして見るわ」


 それから数秒も立たないうちに椎名えりへと声がかかる。声の主はもちろん早見優人だ。


「椎名さんは本を読むんだね」

「読むわよ」

「実は俺も結構本が好きなんだけど普段はどんな本を読むのかな?」

「小説が多いわね」

「へぇ小説か。オススメとかはあるのかい?」

「それは一概には決められないわね。面白いと思うものは人それぞれだもの」

「そうだね、全くその通りだよ」

「そうよ」

「えーと。そうだね」


 その後は特に会話が続くことなく悲しげな表情で椎名えりのもとを離れる早見優人。

 まぁ彼の気持ちは分からなくもない。

 振った話題がことごとくぶつ切りにされたらそれは会話のキャッチボールを得意とする彼にとっては困ることだろう。

 しかしこれが本来の椎名えり、今回は寧ろ頑張った方である。


 とにかくこれでようやくこの二人から解放される。

 俺としてはありがとうの一言しかなかった。


「ほら、もう行ったぞ」

「行ったわね」

「もう行ったんだが」

「行ったわね」

「だったら何で引っ付いてんだよ」

「あなたのすまし顔と見せかけて実は内心慌てている顔が最高に面白いからよ」


 最高の笑顔で言うセリフじゃないだろと思うがそれを本人に言っても仕方ない。

 寧ろそれを言うと喜んでしまう。

 彼女には反応しないことが一番なのである。


 まぁそんなこんなで俺はいつぞやの放課後のときのような状況に見舞われているわけだが。

 椎名えりの胸による圧迫攻撃があまりにも強力すぎて今にもやられそうであった。主に理性という意味で。


「もしかして照れてる?」

「照れてない、というかこの状況誰がどうみても誤解するだろ!」


 苦し紛れにそう言ってみたりするが当然彼女には効果がない。


「そうかしら?」

「そうだ!」


 こうなったら力技だと一気に腕を引っこ抜く。

 ようやく抜けたと安堵するも束の間、後方から人の気配が近づいて来た。

 後ろを振り返りその正体を確認すると、そこには困惑した様子の相坂優がいた。

 彼女は初め話しかけるのを躊躇っていたものの、最終的にはどでかい爆弾を俺達に投下する。


「もしかしてお二人は恋人同士なんですか?」


 まぁ言われるだろうとは思っていたが実際に言われると気恥ずかしいような、それでいて止めを刺されたような気持ちになる。

 確かにこの状況を見れば誰でもそう思うかもしれないが。


「違う、これはコイツが勝手にやっていただけだ」

「そうなんですか? どこからどう見ても恋人同士にしか見えなかったので、いやこれは失礼しました」


 意外にもすんなりと俺の反論を受け入れてくれた相坂優。

 同様に椎名えりも俺の反論に肯定的な反応を示す。


「そうよ、私達は恋人同士じゃないわ」


 良かった、これで周りの誤解も解ける。

 しかしそう思えたのは少しの間だけ、現実はそう簡単にはいかない。

 先程のは彼女の策略、ここにいる者の意表を突くための作戦だった。


「私達はただの許嫁よ」


 そんな意表を突く彼女の言葉に俺はただただ立ち尽くすことしか出来なかった。

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