7 条件付きで許してもらったんだが
クラスメイト達の話し声が混ざり合い混沌と化している二年B組の教室。
そこで俺は現在二人の取り巻きに囲まれた、とある男子生徒を見つめていた。
彼の名前は早見優人、椎名えりに負けず劣らず成績優秀、サッカー部に属していることから運動神経もそう悪くはなく、優しさにも溢れているという俺のクラスメイトだ。
それだけ中身が優秀ならさぞかし外見に重大な欠点があるのかと思いきや特にそんなことはなく普通にイケメンである。
いや普通ではない、千年に一人しかいないんじゃないかと思うような整った顔立ちにスラッと高い背丈、何をとっても俺では到底敵わない程のイケメンだ。
そして常に笑顔を周りにふりまくいけ好かない野郎でもある……おっとつい本音が出てしまった。
とにかく彼は完璧超人、神の子、才色兼備、パーフェクト・ヒューマン、これだけの言葉を用いても表現しきれないくらいの人間なのだ。
そんな彼は当然だがおモテになる。
実際教室内にいるクラスの女子二十人中、十九人が数秒に一度彼を見ているのが分かる。
該当しない一人は自分の席で静かに本を読む椎名えりなので実質百パーセントの女子が彼──早見優人を意識しているのだ。
「もはやアイドルだな……」
その言葉しか口から出てこない程、早見優人は現在人々の注目を集めていた。
そして俺は……。
「早坂君、今ちょっと時間いいかな? 宿泊学習の話をしたいんだ」
宿泊学習のグループを早見優人と組むことになっていた。
もちろん俺の意思ではない。
これは椎名えりに例の写真でゆすられた結果仕方なくだ。
前々から思っていたことだが彼女はどうしてか俺で遊んでいる節がある。
今まで彼女一人だった部活に俺という遊び道具が来たことによって彼女のサディスティック魂が覚醒したのだろうと踏んでいるが実際のところはどうか分からない。
だが俺をゆすったとき、無表情ではなく口元が若干つり上がっていたので楽しんでいたことは間違いないだろう。
とにかく今は早見優人の問いかけに答えることが先だ。
この状況において早見優人の問いかけに答えないことは死を表す。
その理由については現に今クラスの女子に浴びせられている、なんだコイツ早見君に声をかけられて返事もしないのかよという冷たい視線を見れば一目瞭然だろう。
「分かった。どこに行けばいいんだ?」
「ここで大丈夫だよ。大した話じゃないからね。それでいきなり本題で悪いんだけどオリエンテーリングのグループで二人女子の枠が空いているんだ。出来れば早坂君の方で探してもらえないかな?」
そうか、つまり早見優人は俺に宿泊学習で行うオリエンテーリングのグループメンバーが足りないから探して来い! それからオリエンテーリングのグループは男女混合で組まないといけないから残り誘うのは女子二人だけだ! と言いたいんだな。
早見優人は頼む相手を間違えているのではないだろうか?
俺に女子の枠を埋めろだ?
冗談を言うな、俺はこのクラスで知り合いすら少ないんだぞ?
それも女子となるとさっきから自分の机で本を読んでいるアイツしかいない。
しかし早見優人相手に断るわけにも……。
「一応了解したが……俺に探せる女子の知り合いなんてそんなにいないと思うぞ?」
「そんなことはないよ、最近椎名さんと仲が良いそうじゃないか。椎名さんとかどうかな?」
早見優人は顔を赤らめ少し視線を逸らして自らの頬を掻く。
その仕草を見て気づいてしまった。
もしかしてコイツ……椎名えりが好きなんじゃね? と。
そしてさらに気づいてしまった。
俺って色々上手いように使われてね? と。
「ああ、分かった。考えておく」
「よろしく頼むよ。早坂君」
まぁそれでもこれは俺の勝手な思い込みだ。
そうだと確定したわけではない。
とりあえず放課後、椎名えりを誘ってみることにしよう──。
◆◆◆
そして待ちに待った放課後、俺はいつものように部室棟四階にある部室でスマートフォンをいじり、暇を潰していた。
俺の前方には本を読む椎名えりの姿。
彼女の持つ本のブックカバーが変わっているところを見るにこの前の恋愛必勝本ではないようだ。
ともかく部室内ではいつもと同じ光景が広がっていた。
そんないつもの光景、例の話をするにはちょうど良いタイミングだと思った俺は椎名えりに声をかける。
「ちょっといいか?」
「……」
しかし、彼女は俺の言葉に耳を傾けることなく無視を決め込んだ。
まるで俺という人間が元から存在していなかったかのような反応に俺のガラスのハートは砕けそうになる。
何故彼女が俺を無視しているのか?
それは二日前に起こったとある事件まで遡る。
『椎名えり藁人形事件』、俺がそう名付けたこの事件は今までに類をみない不可解な事件だった。
事の発端は単に俺が彼女へ声をかけ会話をしただけ、そう会話をしただけなのだ。
それだけなのだが彼女は会話の途中で突如機嫌を悪くし藁人形を作るという一言を残して部室から姿を消してしまった。
それからだ、彼女は俺と必要最低限のみの会話しかしなくなった。
唯一話したのは宿泊学習のグループの件で脅されたあのときだけ。
関係の改善を図ろうにも怒らせた原因が分からない、機嫌を取ろうとしても相手にされない。
どうすることも出来ないスパイラルがここ二日間続いていた。
いい加減疲れた、これなら素直にぶん殴られた方がマシである。
そしてそんなことを考えていた俺は結局本人に聞くこと以外解決する道はないと気づいてしまった。
もしかしたら頭が限界を迎えて単純な思考になっていただけなのかもしれないがどうでもいい。
今はただこの気まずい空気を払拭出来れば何もいらない。
そんなことを思っていたからか俺の口は自然と動いていた。
この気まずい空気から解放されるために……。
「何か俺が悪いことをしたのなら謝る。だから機嫌を直してくれないか?」
単純かつ素直な言葉に椎名えりは驚いた表情を浮かべる。
彼女もそう直球で来るとは思わなかったのだろう。
しかし、彼女は驚きつつもしっかりとした言葉で俺に返事をする。
「それなら一つだけ私の言うことを何でも聞いてちょうだい。それで今回のことは水に流すわ」
この条件に対する俺の回答はもちろん決まっている。
「おう、何でも聞く」
「なら添い寝してくれないかしら?」
「すまん、俺の出来ることにしてくれ」
「冗談よ。今あなたに命令する気はないから安心しなさい」
何でも聞くとは言ったが添い寝は流石に俺の理性が持たない。
俺が断るのを分かっていて反応を楽しもうとしていたのか、もしくはただ単に俺をからかいたかっただけなのかは分からないがとりあえず椎名えりの機嫌は直ったようなので良かった。
後はオリエンテーリングのグループに誘うだけだな。
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