2 ターゲットにされたんだが
それは遠い昔の記憶、とある夏の日の懐かしい匂いのする公園でのこと。
どこか見覚えのある麦わら帽子を被った幼い少女。
彼女は僕に向かってこう言った。
「私と遊んでくれるの?」
少女が夏の日差しが強い太陽の下、笑顔で僕に問いかける。
その少女の問いに僕はもちろんと返事をする。
「なら毎日ここに来てよね。私待ってるから」
少女は僕の返事を聞くと満足そうに頷き、ニコッといたずらな笑みを浮かべた。
◆◆◆
耳元で鳴り響くスマートフォンのアラームをいつものようにノールックで止め、布団から起き上がる。
布団の外に出たくはないが今日も学校があるのだから仕方ない。
「そうか昨日は結局諦めて早く寝たんだったな」
諦めたというのは数学の課題プリントのこと。
昨日は結局、課題のプリントを持ち帰らずに家まで戻って来てしまっていた。
というか椎名えりがプリントを挟んだ教科書ごと持っていってしまったので持ち帰ることが出来なかった。
「今日の数学の時間は保健室直行だな」
今日の予定に保健室でサボるというのを追加し、部屋のカーテンを開ける。
窓の向こう側は生憎の雨だが、これはいつも通りのこと。
今日は五月二十日、ちょうど梅雨の時期に当たるのだ。
おっと……ゆっくりしている時間はないな。
早く着替えて下に行こう。
着替えた後、ゆっくりとした足取りで一階のリビングへと向かう。
リビングの扉を開けると卵の焼ける良い音が俺の耳に届いた。
「おはよう。いつも朝ごはん悪いな、
「なに言ってるの? 別にお兄ちゃんのために作ってるわけじゃなくて私が食べたい分を作ったらたまたまいつも余っちゃうだけなんだから!」
「そうかいそうかい」
「お兄ちゃんの分そこにあるからさっさと食べて!」
顔を真っ赤にしている黒髪ツインテールな少女は俺の一個下の妹、
今の言動を見て分かる通り、少しだけツンデレ属性が入っている。
二次元のキャラクターなら可愛い! ツンデレ妹最高! ゆかりたんペロペロ! くらいで済んだだろうが、実際に妹だとかなり厄介だ。
言葉の意味を汲み取るのは大変だし、癖なのか分からないが話をする度に指先で俺の肩を攻撃してくるのは正直困っている。
これ他の人にやってないよな?
「分かった、分かったから指で人を刺すのは止めてくれ。俺の肩がお前の指に貫かれたらどうするんだ?」
「ふんっ……そんなの知らない!」
まぁ口調は少し強めだが優しい心の持ち主であるので妹を嫌いだと思ったことはない。
現に余っただけと言っておきながらしっかり皿は二人分用意されているしな。
「じゃあ、いただきます」
「お兄ちゃん、食べ終わったら洗い物しておいてね」
「ああ」
それから妹の作った朝食を完食した俺は流しで洗い物をした後、学校へと向かう準備を整える。
妹は俺の後から食べ始めたにも関わらず既に食べ終え学校へと向かっていた。
今はちょうど七時半、俺もそろそろ家を出る時間だ。
「今日は帰りに牛乳か」
学校へと向かう準備を整えた後、玄関先に貼ってある不足品リスト確認する。
それから靴を履き、傘を持ち、家を出た。
◆◆◆
「……というわけで今日も雨だが高校生はまだ若いからな。その若さで今日も一日元気でな。はい、解散」
担任の教師による朝のホームルームが終わり担任の教師が教室を出ていくとクラス内は人の話し声で一気に賑やかさが増す。
そんな中で一時限目の古典の準備をしていると俺の席の右側から異様な視線を感じた。
まるでこれから処刑でも執行しにいくのかと思ってしまうような鋭い視線に耐えきれなかった俺はその視線をたどり、俺に視線を放つ者の正体を確認する。
「勘弁してくれ……」
視線を放つ者の正体、それは昨日俺の席で俺の教科書を舐め回していた人物、椎名えりである。
端から見ると彼女は成績優秀で運動神経は天元突破している完璧美少女なのだが。
いざ話して見るとなんかずれているというか、変わっているというか……どこか話が合わないのだ。
それにいつも無表情で愛想がない。
しかし、彼女はモテる。
今の時代に下駄箱が愛の手紙で一杯になる程度には……。
一体何故彼女に多くの男が引き寄せられるのかは分からないが事実、そうなのだから受け入れる他ない。
そんな彼女に熱い視線を向けられているというこの状況、普通だったら喜ぶべきことなのだろうが俺の場合そうはいかない。
昨日のことを考えれば何かされると思うのが自然。
寧ろ何もされない方がおかしい。
だが今はクラスメイト達が見ている。
何かされるとしたら放課後か?
そう思ったのも束の間、彼女は唐突に席を立つと俺の方へ一直線に向かってくる。
まさか、な……。
「おい、椎名さんが席を立ったぞ。相変わらず凄いよな」
「ああ、あの胸は最高だな」
「違う、椎名さんの良さは太ももだろ?」
「バカっ! あまり大きな声をだすなよ! 椎名さんに聞こえたらどうするんだ!」
椎名えりが動けば動くほど集まる男達の視線、中には彼女の魅力について語っている者もいる。
しかし、当の彼女はそれをまったく気にする様子がない。
多分目的の事以外には興味がないのだろうが少しくらいは周りに気を使ってもいいんじゃないだろうか?
クラスメイトの視線が集まった状態で彼女に来られても俺が困る。
俺は彼女のように人の目を気にしない強靭な精神力は持ち合わせていないのだ。
ただでさえ厄介事の匂いがプンプンするのだからこれ以上は本当に勘弁して欲しい。
あれやこれやを考え気づいたときには彼女──椎名えりは俺の机の前にいた。
「ちょっと良いかしら? 早坂君」
俺を見下ろす彼女は無表情で感情が読めない。
何が目的なのか、何が望みなのか一切分からない状態での呼び出し。
自然と心臓の鼓動も早くなる。
とにかくこのままいても注目の的だ。
この状況を静めるには一先ず彼女についていくしかない。
「分かった……」
それからクラス内全ての視線を受けながら椎名えりと共に教室の外へと出た。
昨日の続きでないこと切に願う。
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