2:三大より抜粋・六月十九日
当ブログは六月二十一日正午から、六月二十二日にかけての関東各所の幹線道路を使った、『封じ込め作戦』を二日前の計画立案から時系列順に簡易的にまとめた物である。間には、そこに携わった人のインタビューを差し込んである。
作者・注(投稿されたのは、同年十月の二十一日。終息から三か月後の事である。今回は、そこから『K自動車道』を追った部分のみを抜粋する)
(また、以下の文章において括弧内の文章は、インタビュアーの発言である)
〇六月十九日
六月十八日から始まった所謂『618』。明けて六月十九日に感染の拡大は収まりつつあった。だが、感染者=ゾンビは東京だけで膨大な数に膨れ上がってしまった。
十八日午後三時に警察法に基づく緊急事態が布告され、全国の警察官はゾンビ対策に当たることになった。
一方、自衛隊の陸海空3部隊は内閣総理大臣の命令により、十八日午後四時、治安出動をすることになった。
618当時、東京で任務に当たった自衛官A氏。以下『A』
「確かにその通りなんですが、現場レベルでは十八日の昼頃、既に自衛隊は警察と連携して動いていました。異常事態だということは判っていたので、避難誘導及び、車等を使ったバリケードの設置ですね」
さて、治安出動とはいえ、重火器の発砲許可は出ない状況が続く中、現場からは打開策を求める声がどんどん大きくなっていったらしい。
618当時、東京で任務に当たった警察官B氏。以下『B』
「相手がゾンビってのがね、どうにもねえ。言って聞く相手じゃないし、組み伏せても下手すりゃ噛まれちゃう。顔見知りの警官が顔を真っ青にしてウロウロしてるのを見て、一体どっちだと声をかけたら、ふらふら歩いてきた時は肝を冷やしましたよ。
一生で一番長い、数十秒でしたね。銃を抜くか、逃げるか迷いましたけどね、そいつが『人を轢いちまった』とか言いだした時は笑っちゃいましたよ。
『なんだ、そんな事か』って。はは、警官としてはダメなあれですね」
A
「ああ、そういうのは私達の所でも結構あったらしいね。だからハンドシグナルだけじゃなく、声だしを必ずやって相互確認しろーって、無線でいつも誰かが怒鳴ってましたね」
B
「まあ、あれだけゾンビがいるなら声出した方が良いよなあ。
あ、そう言えばさ、そっちはこんな――(両手で狐を作って、ゆっくり左右に拡げる)なんだっけ、プロレスのポーズ? やってたでしょ?」
A
「ああ、ははは! 実際はちょっと違うんだけど、これ流行ってねえ。ハンドシグナルの代わりにやっていたんだけど――まあ、あれだね。ストレス発散かな」
B
「ああ、ゾンビは数が多くて圧が凄いからなあ。あの時は――十八日とかは汗と――あ、これ言って大丈夫? 大便とかが混じった臭いがね」
A
「あれらは漏らしたまんま歩いてるのが多くて……。しかも暑かったから、凄いことになってて……」
B
「酷かったなあ。ホントね、女性とか子供とかが、こう――粗相したまま歩いてるのを見ると、本当にゾンビなんだなって泣けてきたよ――」
(感染者――ゾンビというのは、その、出動の際に最初から聞かされていたのですか?)
B
「まあ、そうです。私の場合は交番から、そのまま交通整理という形で出ることになって、渋谷駅で目撃しました。避難誘導しようとしたら、人の波に流されちゃってねえ」
A
「私は出動の際には――簡単に言いますと『暴動』が起きたので、その為の治安出動と言われました。皆がネット経由でゾンビは知っていたので意見等を言う隊員はいなかったですね。
装備はハチキュー(89式小銃)、中には9mm拳銃も持ってきているのもいました。それとエンピ(先の尖ったスコップ)ですね」
(実弾は入っていた?)
A
「はい」
B
「まあ、威嚇が効かない相手だし、数が多すぎて弾に意味なんてないんだけどね。強いて言えばお守り代わりだよなあ」
A
「……まあ、正直に言えば、そうです。地下街で数百体の群れに遭遇しましたが、あれは人間がどうこうできるものではないです」
このように諸々の対応は素早かったのだが、膨大な規模に膨れ上がり続けるゾンビには対処しきれず、五大都市の混乱は時間を追うごとに深刻になりつつあった。
統合幕僚監部は緊急に統合司令部を創設。
緊急の打開策として『封じ込め作戦』を立案する。
618事件当時の政府関係者α氏。以下『α』
「そうですね、あの時は文科相と経財相に連絡がつかなくて、それでも午後三時丁度に本庁宿舎に集まることになったんです。
ガードマンと警官と、自衛隊員、手空きの議員、これ与野党問わずに集まってくれたんですけどね、皆さんが車を並べて道を作ってくれたんですよ。二列にずらしながら並べて結構広い道をね。
でも、怖くて……唸り声と臭い、あとあの数がね。上の窓から見てたら、デモほどじゃないにしても歩道にうじゃうじゃいるでしょ?
僕の前で書類抱えてた人は、震えが酷すぎて全部落としちゃって、それがまたいい具合に車の下に滑り込んじゃうんですよ。自衛隊の人が取ってくれましたけどね、みんな泣いてましたね。
書類の類は結局台車で運ぶんですけど、何故か移動した先で元に戻せとか言われて、ふざけるな! って掴みあいになってました。中央食堂からでかい寸胴とか鍋を持ってきて、被ったり盾にしてる人もいましたね」
(『封じ込め作戦』は誰が最初に提案したんですか?)
α
「さて――確か総理だったか、官房長官だったか……。状況が特殊すぎて『専門家を呼べ』って騒ぐ人がいたんですけど、『そんな奴がいるか!』って大騒ぎですよ。
大体、異例中の異例ですが、いつでも脱出できるようにドア自体が解放されてましたから。僕らも壁というか、いざという時は盾がわりになって総理達を逃がす役でね、自衛隊の装甲車、ええっと69? 96? ともかくあのゴツイのまでずらっと並んでね。
ああ、アメリカ大統領から貰った装甲車もあったかな。
僕は会議室の近くだったんで、話の内容は全部聞こえてましたよ。
……いや、わざと聞かせようとしてたんじゃないかな?」
(わざと? 何故でしょうか?)
α
「さあ……もしかしたら、僕達の誰かが意見を言うのを期待していたのかもしれませんね。だって誰も何も言えないんですから。
そりゃそうですよ。国民の生命、財産を『早急に対応して』守らなければならない状況にいきなりなっちゃったわけです。
これがテロ行為だったらまだしも、ゾンビですからね?
銃社会じゃない日本で、どう考えたって武力による鎮圧が必要な状況になっちゃったわけですからね?
まだ怪獣が上陸してきたほうが良かったって同僚はぼやいてましたね。
だって、排除すべき対象が、元『国民』ですからね……」
(ともかく封じ込め作戦は提案され、議論され可決されたんですね?)
α
「そうです。発表及びネットの記事でもあるように――ここら辺にドアを開放していた意味があるんでしょうが――およそ四十分で、首相と防衛大臣の責任で可決、即時執行です。異論は出なかったんじゃないかな? 妥当なのか、可能なのか、そんなものを議論できるほど冷静な人がいなかった所為もあるでしょう。僕だって半泣きでしたし(笑)」
(異例ですね)
α
「まあ、今の国会では一応議題には上がってますけどね、(声を潜めて)ほら、野党の上の人達が真っ先に逃げ出して、高速でああなっちゃったでしょ? だから、まあ、形だけって言うか、今国会で質問してる人、あの人あの時、バリケード作ったりゾンビをおたまで殴ったりしてましたよ。会議の時も外との連絡係を買って出て――」
(×××議員がですか?)
α
「あの人はそういう人なんですよ。野次ばっかり飛ばして首相をクソミソに言ってますけどね。体育会系なんですよ」
『封じ込め作戦』は閉鎖された広大な施設に大量のゾンビを隔離する作戦である。
施設の条件は、幾つかある。
α
「まず、すでに出来上がっていることです。加えて丈夫で広く、ゾンビを密封できて、状況を完全にコントロールできなければいけない」
更に距離的な問題もあった。
α
「五大都市から遠すぎれば誘導に時間がかかってしまう。そうすると被害が拡大する可能性があるでしょう? 逆に近すぎれば、万が一隔離に失敗した場合、更なる混乱が発生する可能性がでてきてしまう。
ゾンビの移動速度は徒歩って事で計画の細部を詰めていったんですが、ヒヤヒヤもんでしたよ。だって誰も正確な情報が無いんですから」
また、相当数の動く死体が収容されるわけであるから他にも問題点が出てくる。
α
「重量等による破損、臭いや体液による汚損、後に施設に付きまとうかもしれない風説等にも留意する必要があるんです。
事後の清掃や、遺体の運搬、処理はどうするのか、とかもね。
同僚は関東圏の葬儀屋と火葬場全てを使っても無理だってぼやいてましたね。僕はあまりに馬鹿馬鹿しくて笑っちゃいました。
だから、まずは棺桶を大量に用意しないとなって返したんです。
そしたら――その、同僚がトラックの後ろに乗せるのだけは絶対に駄目だって。
まるで、戦争の――ナチスとかのああいう写真を連想してたんでしょうね。
まあ……後々結局やることになりましたけどね。彼それで、辞めちゃいましたね」
こうして施設の選定は難航することになり、場所は決まらず六月二十日を迎えてしまう。
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