的を得る不当論のまとめ-なぜ「的を得るは誤り」なのか-
誰かが危険を冒してでも世界に真実を投げかければ、世界は静聴してくれると信じよう。
間違ってはいない。後悔することはない。
世の中には、否定的な事実が溢れているけれども、不可能な夢の神話は、すべての史実より強い。
-ロバート・フルガム-
いま、多くの日本人が「的を得る不当ではない論」というフェイクニュースを信用しています。
学問の理念に反した人物を信頼しています。
しかし私はそれらの根拠を反証しました。
辞書編集部は「三国決着論」を認めていない。
江戸時代より遠い昔の中国の古文書によるゆるぎない事実。
不当論への反論に、論理学に従った論理で反撃。
それでもあなたは的を得る不当論が誤りであると主張できるのでしょうか。
それでもあなたは的を得るは不当ではないと主張できるのでしょうか。
言葉とは昔から今、今から未来へ、連綿と受け継がれていく時代を越えた約束事だ。
それが守られるからこそ現代人は過去の書物を理解し、未来の人々に我々の意思を伝えることができ、異文化と交流できる。
言葉とは公共財だ。もし自分勝手に文字・読み・意味を変えることに寛容であれば、言葉の体系性が破壊し、コミュニケーション機能が崩壊し、言葉が言葉の役目を果たせなくなる。
我々人間が他の生き物と違うのは言葉が使えること。自分の意思を相手に伝えるからこそ人間社会は成り立っている。
「言葉は生き物。意味が通じれば誤りや誤用でも大丈夫」という意見があるのは、「相手に伝えたい」という言葉が存在する意味を理解しているからだ。
言葉は自分だけでなく相手を救うもの。相手を尊重するからこそ、我々は文化・時代・国を超越して理解し合えるのだ。
言葉とは文化でもなければ生き物でもない。人が人を想う心そのもの。互いが互いを思いやる人間として当たり前のこと。
それを「自分の文化・時代・国として読み・文字・意味が誤りでなければ、相手の文化・時代・国を無視した読み・文字・意味でも誤りではない」とかどんだけワガママなんだよ。
日本語版ハリー・ポッターを読めば、小説ハリー・ポッターのすべてを理解したことになるか?
戸田奈津子が翻訳した映画を観れば、映画のすべてを理解したことになるのか?
そんなわけがない。
外国の言葉で作った日本の言葉、外国語から日本語に変化した言葉、そんなの日本人の勝手。
本当に不当ではない言葉なら、本国の形に合わせるように訳解するべき。
人間の心は三つの部分、すなわち知力・理性・情熱に分けられる。
知力と情熱は他の動物にも備わるも、理性は人間のみ…理性は不滅なり。
-ピタゴラス-
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