断罪の間


 この場にいる数少ない王族の護衛達の中で、魔人に応じるのは僅か三人だけ。王族の護衛だというのに、彼等は剣や短剣で斬りかかるだけだった。


 魔人の着ている灰色のローブは切り裂かれるが、魔人はその下の身体にも硬化されている部分があるようで、腕や脚、尻尾で剣を受け止めたり払ったりしている。

 俺は口の中の飴をモゴモゴさせながら、母に尋ねた。


「ねぇ、母さん、彼らはどうして魔術を使わないの? 火や雷の魔術を使った方が効果的だと思うんだけど?」

「そうね、いくつか理由はあるのでしょうし、レオは魔力の回復中だから感じないのでしょうけれど……」


 真剣な眼差しで、戦いの行く末を見つめている母が言い淀むと、いつの間にか俺の側にいたお姫様が答えてくれた。


「この“断罪の間”には、魔術行使を抑制する魔術結界が働いているのですよ、レオンハルト」

「そうなのですか? 大猿になったヘンドリックは巨大な岩石を創り出していたし、王様も火の魔術を使っていたようですが?」


 この疑問には王太子妃が答えてくれた。


「レオンハルト、レオノーラは抑制と言ったでしょう? ここにいる全員が、文字通り魔術の行使を強制的にし難い状態になっているのですよ。魔術行使が出来ない訳ではありません」

「やはり……」


 俺達に背を向けたツェーザルの呟きが聞こえた。


「通りで……この広間に来るまで特に体調が悪かったわけでもないのに、やけに身体強化の維持に集中力を奪われるな、と感じていたのです。当然ですね、王の御前に極悪な罪人を連れ出すのですから……これは、下手な魔術援護はしない方が良いでしょう。魔術制御に失敗してこちら側に被害が出るやもしれません。ツェーザル、ユッテ、射撃系魔術は使用しない様に」

「ハッ」「はい」


 母の指示に、ユッテとツェーザルは頷く。気付かなかったが、既に母もツェーザルも身体強化を使っているらしい。


 ふぅむ、そんな仕掛けがこの広間にはあったのか……そうすると、あの罪人達を縛っていた鎖にも魔術行使を抑制する効果があるのだろうか?

 それにしては魔獣化した偽ヘンドリックらしき人物は、鎖を引きちぎっていたようだが……? 


 飴を舐めている内に身体に温かいものを感じていると、枯渇に近かった魔力がほんのりと回復してきた。魔術の抑制とはどんなものだろうかと思い、俺は上衣の懐にそっと手を入れ、スマホを具現化してみる。


 う~ん? 魔術の抑制というものがよく分からないな……いつもの魔力量で特に強く意識する事も無く、普段通りスマホを具現化できた。


「レオ、大人しくしてなさい」

「は、はい」


 こっそり動いていたのを母に勘付かれてしまった……咄嗟に、スマホを消し去り懐から手を出す。

 お姫様や王太子妃の様子を窺ってみると、俺が何故、注意されたのだろう? と首を傾げていた。どうやら、お姫様達には気付かれていないようだ。


 スマホの具現化には大して魔力量は要らないし、俺が慣れているのもあるから違和感がなかった?……いや、慣れているからこそ、普段との違いが明確になるのではないのだろうか?

 

 この場では母に訊く事もできない疑問を抱え、魔人と護衛達の戦いに目を向ける。

 流石に三対一なので王族の護衛達の方が有利なようだが、剣と短剣だけでは決め手に欠けるようだ。


 王へ目を向けると、眉をしかめ戦いの行く末を見つめていたが、俺の視線に気付いたのかこちらに目を向けてきた。王は俺と目が合うと、フッと表情を和らげる。


 子供の俺を不安にさせないよう気遣ってくれたのだろう。王に気を使わせるなんて申し訳ないな、と思いながら戦いの様子に再び目を向ける。

 魔人は大きく跳び下がると、護衛達と再び距離を取り向かい合った。


「流石は王族を守る護衛たちだな。この身体でなければ、今頃ズタズタに切り裂かれていたに違いない」

「仮に、お前がここにいる全員を討ち取ったとしても、王家の者でなければあの門は開かん。大人しく諦めるのだな」


 禿げた騎士が魔人の正面に立ち、他の二人の護衛が左右から魔人を取り囲もうと回り込み始める。


「フッ、ヘンドリックから聞かされているよ、王家に残る者のみが魔力を登録し、開閉のできる秘密の扉があるのをな。ここもその内の一つなのだろう? 私が何の対策もしていないと思ったのか?」

「なんだと?」


 魔人は灰ローブの懐に手を入れると、そこから何かを取り出した。五本の指の間にそれぞれ、赤や緑など色とりどりの宝石の様な物を挟んでいる。


 それを見た護衛達は身構えた。

 魔石にしては少し小さいそれを、魔人は適当にばら撒いた。それを三度、四度と繰り返す。


「なんだ? 炸裂の魔導具かと思ったが……」

「フッ、……」


 禿げた騎士が訝しむと、魔人は口元を歪ませた後、こちらには聞き取れない何かを呟く。そして、両の手を開いてこちらに向けると、そこから薄く黒い魔力の波動の様な物が辺り一帯に広がった。


 すると、ばら撒いていた宝石の様な物が反応し、宙に浮かぶと、ボン、ボボンと小さな爆発を起こす。それが終わると、それぞれが小型の魔獣に姿を変えた。


「なっ?」「どうなっている!?」「えっ!?」


 周囲の王族やその護衛達が驚きの声を上げる中、魔人が独りごちる。


「ふむ、この空間ではこの程度の魔獣しか生み出せぬのか……」

「き、貴様っ!」

「お前らが守らねばならぬ、王族の危機だぞ? 私に構っている暇があるのか?」

「クッ」


 禿げた騎士が、一瞬、こちらに振り返った隙をついて、魔人が走り寄りその尻尾が突き出される。そこを跳び出してきた仲間の護衛が庇ったのだが、彼の腕にサソリのような尻尾の先端が突き刺さった。


「グゥ……!」

「ファビアン! 貴様っ!」


 魔人と王族の護衛達のやり取りは気になるが、そんな余裕は無くなった。小型の魔獣がこちらに迫って来たのだ。


 どれも、ランヴィータ湖の近くの森で見た事のある様な小型の魔獣で、一体一体は変身さえできれば大したことはない。しかし、この数は厄介だ。ざっと見ても二十弱はいるかな……? 


 そこへ、こちら側に残っていた護衛達が跳び出していく。お姫様の側にいた背の高い護衛騎士も跳び出し、俺と同じくらいの大きさをしたリスの様な魔獣を斬りつけた。


 お姫様の傍を離れて大丈夫なのかな? と思っていると、何処かから飛んできた見分けがつきにくい風の魔術に気付いた。

 咄嗟に迎撃しようと拳に魔力を込めると、グッと母に肩を押さえられる。更に母は逆の手の指先から黒い魔力弾を飛ばし、風の魔術を相殺した。


「大人しくしていなさい。ツェーザル、こちらは私に任せて、貴方は小物を片付けてきなさい」

「了解しました!」


 母に命じられて、ツェーザルも跳び出していく。彼は手にした剣に青白いオーラを纏わせ、魔獣に向かって行った。流石、魔獣討伐隊の隊長をやっているだけあって、ツェーザルは次々と魔獣を灰化させていく。


「母さん!」


 上空から迫ってきたフクロウの様な鳥の魔獣に指を差してその存在を告げると、母は手を翳し、幾つもの氷の礫を撃ち出す。

 ズタズタになった鳥の魔獣が足元に転がってくると、お姫様が小さく息を飲むのが分かった。俺は足に魔力を込め、まだ息のある魔獣の胴を踏み潰し、灰化させた。


「この程度の魔獣に手間取るなんて……この空間は私にとって良くないわね……」


 母が自身の手を見つめながら、そんな事を呟く。恐らく思い描いたような魔術にならなかったのだろう。


「ハァッ」


 やがて、ツェーザルが二体の魔獣を連続で斬り伏せると、それで湧いて出た魔獣はいなくなった。王族の護衛達は対魔獣に慣れていなかったのか、ツェーザルが半分くらいの魔獣を倒してしまったようだ。


「おい、アンタ、安心しているところ悪いが、そのままにするんじゃなくてさっさと灰化させた方がいいぞ」

「灰化……? 一体どうやって? 既に倒しているじゃないか?」

「状況を考えてくれ、素材を剥ぎ取っている場合じゃないだろ? 早くしないと……チッ!」


 ツェーザルが王族の護衛の一人になにやらレクチャーしていると、倒れていた魔獣の一匹が王子達のいる方へ跳びだした。


「ヒッ!」


 第一王子のクリストハルトが尻餅をつくと、その前に人影が現れ猫の様な魔獣の胴を切断した。魔獣はザァと灰化しながら、クリストハルト王子の全身に振りかかる。

 カチンと音を立て納刀し、王子の前に立つのは王だった。


「う、うわああ!」

「あ、兄上、大丈夫ですか?」


 慌てふためくクリストハルト王子に、ルードヴィッヒ王子が気遣うように手を差しのべる。


「この程度のことで取り乱してどうする、クリストハルト。王家の者としての自覚はあるのか?」

「わ、私は、こ、この様な……」

「お爺様、いえ、陛下、兄上はこの様な荒事は不得手なのです。ですから……」


 王に向かってルードヴィッヒ王子は何か訴えていたが、王は話を断ち切る様に振り返り、ツェーザルに声を掛ける。


「フン……グローサー家の其方、悪いがこの者たちに変わって、灰化させてくれんか? お主らは王子たちを守れ、護衛としての務めを果たさんか」

「は、ハァ……」


 王に指示されたツェーザルは気の抜けた表情でこちらに振り向くと、母は肩を竦め静かに頷く。


「……マジかよ、イーナでも連れて来た方がマシだったか」


 不満を漏らしながら、ツェーザルは倒れている魔獣に剣を突き刺し、一撃で魔獣を灰化させ始めた。

 王様にあのような態度をとるのは不敬ではないのだろうか? 母の部下だから叱られるのは母になるのかな?


 そんな事を考えていると、どこからともなく、ドゴォン、ドゴォンと何かが響く音が聞こえてくる。なんだろうと辺りを見回していると、母が天井のある一点を見ているのに気付く。

 つられて天井を見上げると、魔人の真上辺りの天井にヒビが入っているのが分かった。


 ここって王城の地下にあるんじゃなかったっけ? あの魔人が何かやっているのか? と思っていると、バコォンと天井を突き破り、ソレは落ちてきた。

 アイツは――


「竜モドキ?」


 俺が呟くのとほぼ同時に母が俺の前に出てきて、視界を塞ぐ。横に出て確認しようとすると、母はわざと動いてきて邪魔してくる。


「母さん、見えないんだけど?」

「相手に見られないようにしなさい、ヒルトルート殿下もレオノーラ姫を隠してください。王家の者として面が割れてしまうと、いつどこで狙われるか分かりません。レオは王家の者と間違われないようによ」

「お母様……」


 不安そうなお姫様の前に、王太子妃がスッと自然な感じで進み出る。母親に庇われる俺達は、まだまだ子供なのだなぁ……


「遅かったではないか、危うく命を落とすところであったぞ? こちらは奥の手まで使い切ってしまった」

「無茶言うなよ、オメェのせいでどんだけの犠牲がでたと思ってる? 今までの苦労が全てパァだぜ? んで、ヘンドリックの野郎はどうした? オメェが鉄仮面を外してるってことは……」

「そうだ、彼は王によって葬られたよ……オイ、仇をとるなんて下手な考えはよせよ? いくらお前が強くとも、この空間では実力の十分の一も出せないぞ」

「チッ、そういうことか……どうも変な感じがすると思ったぜ。そのせいでオメェの魔獣化はそんなに中途半端なんだな?」


 竜モドキの奴は王城に侵入して、ここまでやって来たのか? 城のどこかからここまで掘り進んできたのか……無茶苦茶な奴だな。

 しかも、この上には大叔父を始め、王城に勤めている騎士達が大勢いるはずなのだが……大叔父は無事なのだろうか?


「大人しく、投降すればどうだ? この状態ではどうすることも出来ぬだろう?」

「うるせーよ、ハゲ。ったく、勝負を投げ出すなんざ、男が廃る……っと!」


 母の脇からそっと覗き込んでいると、不意打ちを行うように禿げた騎士が竜モドキに斬りかかる。ゴツゴツした腕でガードされ、そのまま竜モドキに押し返された。


「ククク、軽いなぁ」

「くっ……なめるなよ……!」

「おーコワイ、コワイ。ホラ、いくぞ?」

「ああ、ではな、王家の諸君」


 竜モドキが地面に手をつくと、ボワッと爆発するように、そこから天井に届きそうな程の大きな岩の柱が上下左右、四方八方へと飛び出す。竜モドキと魔人の姿が巨大な岩の影に隠れ見えなくなる。


 竜モドキの攻撃を避けた護衛達が剣を手に岩の塊にガシガシと削り始めた。ピシッと岩にヒビが入ると、ひび割れはどんどん大きくなっていき、やがてガラガラと岩が崩れ落ちる。


 崩れ去った岩の中に、竜モドキも糸目の男の姿も無くなっていた。

 更に崩れた岩の中心部辺りから、ぶわっと紫色の煙が噴き出し、近くにいた護衛達は大きく跳び下がる。


「毒だ! 下がれ!」


 禿げた騎士が注意を促すと、王が駆け寄り大太刀を抜刀する。

 そして、大太刀に炎を纏わせると、一振りで炎を拡散させ、辺りに漂っていた煙を燃やし尽くしてしまった。



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