王が王たる所以


 王妃がマグダレーネについて話していると、再び王宮側の使用人が進み出てくる。


「王妃様、準備が整ったようです。グローサー子爵家の方々もどうぞお越しください」

「あら、もうですか……王を待たせるわけにはいきませんからね、皆さま、参りましょうか」


 王妃が立ち上がり、俺達を促す。母が平然とした様子でついていくので、俺もそれにならってついていく。


 数日前、俺の属性検査が決まった時、母がこれからの予定を語っていたのだが、正直、気が乗らない……俺には理解できない、ややこしい話し合いになりそうだからだ。


「フロレンティア、儂が随行できるのはここまでじゃ。万が一に備えて、指揮せねばならんかもしれんからな。お主たち決して油断するでないぞ?」

「ハッ」


 そういって、大叔父は二人の騎士を残し俺達と別れ、別の通路へと進んでいく。


 流石に三人も王族がいると、護衛とお付きの人の数が凄く多い。

 一人だけ水色のマントを付けているツェーザルが、少し浮いている気がするが、彼は平気そうだった。

 逆にユッテは王宮の使用人も同じようなエプロンドレスを着ているのに、緊張のせいか、動きが硬くなっているように見えた。


 複雑な順路を辿って、数人ごとに分かれながら移動床で下へ下へと移動していく。感覚でしかないが、何と無く地下に向かっているようだった。


 やがて、大きな扉の前で大勢の人が足止めされる。ユッテとツェーザルも立ち止まろうとするが、母が命じてついてこさせた。


 王族はそれぞれ、王妃に女性騎士二人と使用人、王太子妃に使用人が二人、お姫様にはいつもの背の高い女性騎士がついていた。

 母にはツェーザルが、俺にはユッテという割り当てなのだろう。


 王妃が大きな鉄扉の真ん中についている、ガラスの様な水晶に触れる。すると魔力の光が鉄扉の表面に彫り込まれている複雑な紋様を走り、鉄扉が左右にゴゴゴ……とゆっくりと開いていく。


 ここから先に進むのは俺達だけのようで、少しかび臭く薄暗い石畳の部屋に入って少しすると、再び鉄扉が動き出し閉じられてしまった。


 王妃が側にいる女性騎士に鍵を手渡すと、彼女は木製の小さな扉を開き、腰に付けていたカンテラに火を灯して中に入って行った。


 俺達はそれに続いて小さな扉を抜け、通路へと入って行く。コツコツと数人の足音が響く通路はカンテラが必要なほど真っ暗な訳ではなく、一定間隔を置いて明かりが灯っている。恐らく、万が一を考慮してカンテラを持っているのだろう。


 どういう訳か、皆それぞれ緊張感を持って進んでいるようで、誰一人として言葉を発さない。


 やがて、どことなく陰鬱な感じのする通路を抜けると、広い空間になった場所に出る。

 半球状になったつなぎ目の無いツルンとした石の壁に覆われた空間の真ん中に、鎖でぐるぐる巻きにされ、二人の騎士に取り押さえられている一人の男がいた。


 その正面の数段高い位置に、王を始めとする王族の男性陣が少数の護衛と共にいる。ルードヴィッヒ王子の側にいる少し背の高いストロベリーブロンドの髪の男の子は、お姫様達の兄にあたる、第一王子のクリストハルト王子だろう。


 王と二人の王子を挟むような位置にいる金髪の成人男性が、アルブレヒト王太子かな? その後ろに、鉄仮面を被った灰色ローブの人物が控えていた。


 王は王冠を着けず、王錫も持っていなかったが、房のある赤いマントを身に纏っていた。王太子や王子二人も王の物ほど豪華な感じではないが、それぞれ赤いマントを羽織っている。


 王族の男性は、赤いマントを身に着けなければならない決まりでもあるのだろうか?


 王妃が王の横に立ち並び、お姫様、王太子妃と続き、その横に俺と母が並ぶ。俺の後ろにユッテがついているように、それぞれの付き人は後ろで控えていた。


「揃ったようだな……では、始めようか……」


 王が壇上から降りて、鎖の巻かれた男に近付いていく。王の斜め後ろに、頭の禿げた騎士だけが付き従う。

 鎖に巻かれた男の前に進み出た王は、軽く手を上げると鎖の端を持っていた騎士二人を下がらせた。


「さて、ヘンドリックよ、何故こうなっているのか、理由は分かっておるな?」


 王に問われた男は顔を上げ、口元を歪ませニヤけているように見えるが、そのハシバミ色の瞳は王を睨みつけていた。

 あれが俺を襲わせたというヘンドリックか……無精ひげを生やしたダークブルーのボサボサの髪の男は、器用にその場で立ち上がる。


「まぁな……」


 二人の間に不穏な空気が流れると、ヘンドリックの後方で、立ち去った二人の騎士が俺達のやって来たのとは違う鉄扉を開く。

 そこに鎖で数珠つなぎにされた、若い成人の男女十二人が連れ出される。


「其方らがこの大馬鹿者に付き従った、愚か者たちか……」


 俺の立ち位置からは王の後姿しか見えないので、王の表情は分からない。想像でしかないが、あの威厳のある目つきをしているのだろう。

 しかし、彼等は怯むどころか、対抗心を燃やしているかのように王を睨んでいた。


「中々にふてぶてしい面構えだ。ヘンドリック、お前はこの者たちに王家が秘匿し、暗部のみが使用している“気配遮断の魔紋”を伝え、王都に混乱をもたらしたな? 更には魔獣化する者たちを王宮へ招き入れ、王宮や騎士団の情報を横流ししていただろう? 愚鈍なくせに王位簒奪でも狙っていたのか?」


 気配遮断の魔紋なんてものがあるんだな……あの黒ずくめの奴等が着ていた服に縫い付けてあったのだろう。アイツ等から敵意を感じ取れなかったのはそのせいだったのか。

 王家が秘匿しているという事は、暗殺とか諜報活動を目的として開発されたものかもしれない。マグダレーネが使える魔力感知にも対応しているのだろうか? 


「ヘッ、オレが狙ってんのは王位なんてチャチなもんじゃねぇ……王家や貴族が民の上に立つ、この歪な支配構造の改革……革命だ!」

「ほう? 民を導く王家や貴族を潰してどうするのだ?」

「もちろん、民による、民の為の政治を行うのだ! テメェらの様な堅物には思いつきもしない、高尚な考えでオレは動いてんだよ!」


 なんか、何処かで聞いたことのあるフレーズだなぁ……何処だっただろうか?


「猫は虎の意を知らぬ、とは昔の人は上手いことを言うものよな。ここまで学がないとは……お前の言う、民による政とは、昨日まで、隣の地区でタマネギ一玉が近所の店より銅貨一枚でも安いと聞けば、わざわざ出向くような主婦にでもやらせるつもりか? それとも、毎夜、安酒場でくだを巻いているような酔っ払いに任せるのか?」

「馬鹿にしてんのか? そんな奴らに政治が分かるはずないだろう!?」


 王が俺より一般庶民の暮らし振りに詳しいのは意外だな……王城で暮らしている人なんて、庶民の暮らしに見向きもしないものだと思っていたのは、俺の偏見だったのか?


「では、お前が政の音頭をとるのか?」

「いいや、民衆が選ぶのさ。平民の中にも頭のいい奴はいる。そういう奴らに任せればいいのさ。テメェらのような特権階級なんて無くなるぜ? 真の平等な世界が訪れるんだ……!」

「民が民を選ぶ、か……無知蒙昧なるお前に、その不細工な考えを吹き込んだのは誰だ? 食う、寝る、遊ぶ、しかやってこなかったお前に思い浮かぶはずがない」

「不細工だと?」

「そうだ。お前の言う、平等とは一体何だ? 民が民を選ぶというのであれば、金持ちの商人が代表者になるな? 民に金銭をばら撒き、機嫌取りをすればいいのだから。或いは、劇場や舞台で人気を博している歌手や俳優か? 無名の者より知名度があるからな。これは平等か? 更にその様な街の外に出たことも無い者が、魔獣討伐の指揮を執るのか?」

「……」

「反論もできないのか? このような物言い、そこにいるレオノーラやルードヴィッヒ、子爵家のレオンハルトでさえできるぞ? 子供でも思い付くような矛盾点に、お前は気付けないのだ。だから愚鈍だといっている」


 王には悪いが、俺にはそういう政治的な思考は何も分からない……

 お姫様や、王子達はそういう教育をさせられているのだろう。よかった、厳しそうな王家ではなく、何処か緩いところのある子爵家の生まれで……


「王族としての責務を放り出し、遊び惚けていたお前のことだ。どこぞの小悪党にでもそそのかされ、小気味の良い言葉に誘導されたのだろう。ま、ワシに反目したかった、お前の心持ちを利用されただけのことだがな」

「確かに、オレァ、ガキの頃からテメェのその人を見下す目が気に入らなかったぜ」

「人だと? 人が何処に居る? ワシの目の前にいるのは、キャンキャン吠える狂犬しかおらんが?」

「んだとぉ……!」

「お前がどんな理想を掲げようが、やったことは所詮、ただの犯罪に過ぎん。これからの残りの人生を、独り、暗い牢獄で終えるのだな」

「フン、オレが何故、わざわざグローサー家のガキに、分かり易い手の出し方をしたと思う? こうなるのを承知で、テメェの周りに護衛がいなくなる、この時を狙ってたんだよ!」

「ほう?」

「テメェはオレが罪を犯したというが、今、ここでオレがテメェを倒せば、革命を為した英雄だぜ! オオオオォッ!」


 ヘンドリックが声高に雄叫びを上げると、彼の身体から青黒い霧の様な魔力が溢れ出す。そして、ヘンドリックを縛っていた鎖が弾け飛び、身体がグングン大きくなっていく。


 あれは、魔獣化――! 

 俺は慌てて動き出そうとしたが、母に肩を押さえられる。見上げると、母はジッと王とヘンドリックの様子を真剣な眼差しで見つめながら、俺に告げた。


「良く見ておきなさい、レオ。王が王たる所以を……」


 王が王たる所以……? 一体何が? と思っているところに、王の後ろに控えていた頭の禿げた騎士が、腰の剣に手をやり前に出ようとする。

 が、王は手を横に上げ止めさせた。


「よい、ヒットルフ、仮にも此奴は王族だ。王であるワシがケジメを付けねばなるまい」

「……ハッ」


 禿げた騎士は思うところがあるのか、少しの逡巡を見せた後、大きく後ろへ跳び下がる。


 青黒い霧の中から現れたヘンドリックの身体は、身長が三メートルはあろうかという程の巨大なゴリラの姿に変わっていた。


「フン、狂犬ではなく、大猿であったか……猿知恵のお前には良く似合っておるよ」

「ククク……強がるのはよせ。凡人の魔獣化でさえ、騎士団に相当の被害を与える。希少種のカフトフォル・アッフェならテメェを捻り潰すなど造作もない……その迂闊さを呪いながら死んでいけっ!」


 魔獣化したヘンドリックは、その巨大化した腕を振り上げる。それに対し王も右手を頭上に掲げた。


! !」


 この国の、そして王都の名でもあるレーベンリッヒという言葉を、王が声を上げ呼ぶと、その手の中に反りのある白い棒状の物体が現れる。そして左手で棒の真ん中あたりを掴むと、右手でその中身を引き抜いた。


 あれは――日本刀!?――あの長い刀身は、大太刀と呼ばれる物だろうか?


 ヘンドリックが振り下ろした大きな拳を、王はその手にしている太刀で受け止める。すると、ヘンドリックの拳がさっくりと裂ける。


「グアアーッ!? な、なんだソイツはぁっ……!? い、一体どこから……!?」

「王族としての教えを受けておらんお前でも、御伽噺くらいは聞いたことがあるだろう? 初代王が竜を屠った剣だよ」

「な、なんだとっ!? バカな、そ、そんな物が現存しているだと!?」


 一瞬、具現化魔術かと思ったが、俺の使う具現化魔術とは何か違う気がする……王は一体どこからあの大太刀を取り出したのだろう?

 王が大太刀を上から下へと軽く振るうと、その刀身は炎を纏う。


「先程の勢いはどうした? ワシを倒して、英雄になるのではなかったのか?」

「う、うるせぇ!」


 ヘンドリックが両腕を頭上にあげると、巨大な岩塊が現れた。それを王に向けて振り下ろそうとすると、王は炎を纏った大太刀を突き出す。

 すると、炎の刀身が伸び、岩塊を貫き粉々に壊してしまった。


「クッ」


 更に王は伸びた炎の大太刀を、そのまま振り下ろした。ヘンドリックの顔から胸、腹にかけて焼け焦げた様な傷跡がつく。


 どういう仕組みなのか分からないが、炎の大太刀は伸縮するようで、王は自在に大太刀を伸縮させながら振り回す。


 伸び縮みする炎の刀身は、ヘンドリックの身体を次々と焼き、切り裂いていく。そして、刀身が元の長さに戻ると、ヘンドリックの身体のあちこちから炎が噴き出し、ゴオオッと巨大な炎に包まれた。


 黒焦げになったヘンドリックの巨体がズウゥンと倒れると、元の大きさに戻り始める。


「さて、お主らもワシに思うところがあるのだろう? ワシは面倒が嫌いでな、戒めを解いてやるから掛かってくるがよい」


 王は再びその場で炎の大太刀を振り回すと、ヘンドリックの後ろに並んで繋がれていた男女の鎖が焼き切れる。

 しかし、彼らの目には戦意が無く、王に怯えているようだった。


「その程度の覚悟で、ワシに歯向かうつもりだったのか? 其方らなど、今ここで焼き殺しても構わぬがな、その生涯を魔力を搾り取られるだけの牢獄で、後悔しながら死んでいくといい」


 王は彼らに冷たく言葉をかけると、炎の大太刀を白い鞘にしまった。



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