千人に一人


 受付の女性が貴族証を差し込むと、魔導具の箱の上に張り付いているガラスの様なパネルの上に、グローサー子爵家、レオンハルト、とだけ文字が浮かび上がった。


「ふぅん……もう、俺の名前が登録されているんだね? おねーさんのを差し込んでみて?」

「え? は、はい……」


 彼女は首にかけていた細いチェーンのついている小さな銅の板を、胸元から取り出し装置に差し込む。パネルには、王宮事務局、係員、ラーラ・パッツィーク、その下にテオバルト・シャッヘ主査責とあった。


「おねーさんはラーラって名前なんだね。このテオバルトって人は、おねーさんの上司?」

「はい、そうです。私に何か問題があれば、シャッヘ主査が責任を取るという意味です」

「成る程……ねぇ大叔父さん、大叔父さんのはどうなっているの?」

「なんじゃ? レオンハルト、お主、王宮勤めに興味があるのか? まぁ、ええわい、ホレ、こいつじゃ」


 大叔父が騎士服の懐から取り出したのは、女性と同じ銅の板だった。受け取った女性が装置に差し込むと、第二騎士団、第三大隊長、エッカルト・グローサーとだけあった。


「……手間を取ってくれて、ありがとうね、おねーさん」

「変わったことに興味のある子ねぇ……」

「まぁ、子供じゃからな、色々なことに興味がある年頃なのじゃろう。儂らが子供の頃は粗相があってはならん、と王城に足を踏み入れるなんてことはできなかったが、これからはレオンハルトの様な子が増えるのじゃろうな……」

「そうでしょうね……洗礼式が王城で執り行われることになりましたから。領に戻った時、エリーがどんな反応をするのか、今から頭が痛いわね……」


 通路を進みながら、俺は大叔父に問い掛ける。


「大叔父さんは、グローサー家の貴族証をどうしたのですか? 王宮に返還したのですか?」

「うん? 家のとある場所に隠しておるよ。騎士団からの給金だけで十分にやっていけるゆえ、グローサー家からの支援は必要ないのでな。いつの頃からか、使わなくなってしまったのう……住処も王宮から無償で提供されておるし」

「へぇ……」


 基本的に貴族は金銭を直接持ち歩かない。例えば、今回の王都への旅路で俺達は二十人以上の団体で、各領地の宿屋、食事処、補給物資を取り扱う店など、様々な場所を利用してきた。


 その支払いはどういう経路をたどっているのか詳しく知らないが、その領を治める貴族が肩代わりをして、グローサー家へ請求が来るようになっている。


 因みにマグダレーネが長い間グローサー領を出て行った間、彼女は貴族証を使用せず平民の振りで旅していたそうだ。おかげで祖父はマグダレーネの足取りが掴めず、安否不明のままだったのである。


「叔父様、以前も言いましたように、住み込みの使用人を一人、二人雇うくらいはニクラスのためにもやってあげてください。グローサー家にとっては、大した負担にもなりませんし……」

「申し出はありがたいがな、フロレンティア、それはニクラスを思ってのことでもあるのじゃ。あの子は騎士になりたいと言っておるが、騎士団に入れるか分からんし、入れたとしても平民であるが故に、従士止まりで終わるやもしれんからな……一人でも生きていける力を、今から身に着けておいて欲しいのじゃよ」

「従士、ですか? それって何をやるのです?」

「従士とは騎士団に所属している、主に騎士の身の回りの世話をする者じゃ。儂にも今、王城ここでの勤めの際、三人の従士がついておる。儂は貴族であるから、従士本来の苦労は知らぬがな、今までに何十人もの従士を見てきたが、騎士に昇格されるのはほんの一握りの者だけじゃった。殆どは騎士になるのは無理だと悟った時点で、警邏隊へ去って行ったわい。貴族であれば、従士の段階はすっ飛ばせるのだがな……」

「成る程……」


 生まれた家が違うだけで、受ける苦労が違うのだなぁ……ニクラスにもっと自信が出る様な言葉を投げ掛けてやればよかっただろうか……


 そんなやり取りを経て、控えの間に辿り着く。大叔父は控室の前で待機すると言って中に入ってこなかった。


 今日は着替える予定がない。俺が普段使い用に着ていた貴族風の服は、先日の劇場での戦闘で使い物にならなくなってしまった。予備で持って来ていた礼服を普段使いにしたから、今日はそのままなのである。


 詰襟のついているこの群青色の衣装には、魔紋が縫い付けられていない。母に縫い付けてもらった魔紋はあの紅い紋付き袴だけなので、普段使いの衣装が簡単に破れてしまったのを思い、記念に取っておきたくなったのだ。


 洗礼式用の晴れ着を決める時、二着とも持っていくように提案してくれたマーサに感謝である。

 前回と違い、控室に入ってすぐに迎えの案内人がやって来た。


「ツェーザル、叔父様がついているとはいえ気を付けるように。特にレオから目を離さないようにね」

「ハッ、心得ております」


 ツェーザルが母に礼を取って俺達は控室を出る。どうも、俺は母に信頼してもらえていないようだ。


「……気を引き締める様にな? これ以上、失態が続くと騎士団全体に悪い影響が出る。常に万が一は起こるものと心に留め、行動するように」

「ハッ」


 控室を出ると、案内人とともにやって来たであろう、二人の騎士へ大叔父が何やら指示を出していた。二人の騎士は控室の前で、残った母とユッテを……いや、ユッテはついでかな? 警護する為に待機する様だ。


「大叔父さん、母さんにあるお願いをしているんだけど、あの騎士たちはこちらのいうことを聞いてくれますかね?」

「うん? 城内で何かするつもりなのか? 王宮の許可を取っているのならば、騎士に逆らう権利はないが……」

「確か許可は取ってもらったはずです」

「ならば、何の問題もあるまい。して、何を行うつもりなんじゃ?」

「う~ん、可能かどうかの確認からですから、まだ何とも言えません。変に期待だけを煽りたくは無いので……それに大したことでもないですしね」

「そうか、ならば何も聞くまい……儂らの仕事が増えなければいいのじゃがな……」

「別に、危険なことをする訳じゃないですよ?」

「ほう……?」


 首を傾げながら、不思議そうにする大叔父と共に部屋の前に辿り着く。


 大叔父は俺とツェーザルにしばし待て、といって扉をノックし、先に部屋へ入っていった。暫くすると、部屋から出てきて、今度はツェーザルに中に怪しい者がいないか確認するように勧め、俺と待っていた。


「レオンハルト様、確認したところ宰相殿しかいらっしゃいませんでした。安全であると思われます」

「ほい」


 ツェーザルの言葉を聞き、俺は入れ替わるようにして部屋に入る。魔力検査の時とは打って変わって、明るくなった部屋に宰相がいて、互いに軽く挨拶を交わす。


「ふむ、中々用心深いな。まぁ、こちらの招いた不手際だ。大隊長の言った通り、グローサー家の信頼を得るためには、致し方ないといったところか……」

「ですね……自分も王宮が対応するだろうから、大げさかなとは思いますが、他家の貴族も、自分の所の護衛を付けたいと言ってましたしね。認められなかったそうですが……挽回する手立てはありそうですか?」

「信頼など一両日中に得られるものではない。グローサー家のみ特別扱いなのは、其方が実際に襲われたからであって、他の貴族には慣例に従ってもらうよりないのだ。無論、私も人の子の親であるから、彼らの言い分は理解できるのだがな……」

「難しい話ですね……そもそも、どうしてヘンドリック王子を監視していなかったのですか? 学園にいた頃から、素行が悪かったそうですが?」


 俺の問いに宰相は握った拳を口元に当て、掛けていた椅子にもたれかかる。


「ううむ、それこそ難しい問題であるな。王族は王族でしか裁けぬからな……私は王に提言するしかないのだが、この十年近く、彼は離宮に籠りっぱなしだったのだ」

「それで油断していたと?」

「それだけではない。これは一部の者しか知らぬ話だが、王族は成人を迎えると、三年から四年の間、王から直接何らかの教えを受けるのだ。そして、王太子以外は公爵となって王城を去ることになる。王領にある街を治めたり、王宮の大臣になったり、他家へ降嫁したりと様々な道がある。だが、彼は王の教えを受けられなかったのだ」

「その様な慣例があるのですね。確かに政治に関わり合いにならなそうな子爵家では、知る由もありそうにないですね」

「まぁな。ただ、我々が単に彼を侮っていたのは間違いない……学園での成績は最低であったし、王の教えを受けておらんからな。ただの粗暴な者に何が出来るのかと……故に彼に関しては、私の中では終わったことであったのだ」

「成る程……」


 ヘンドリックがどういった人物なのか、イマイチ掴めないな……

 すぐにバレる様な俺への手の出し方をするのかと思えば、王宮側にバレない様、巧みに魔獣化組織の者を招き入れる。

 ブルーメンタール侯爵家の調査力が、かなり優れているという事だろうか?


「まぁ彼に関しては、後ほど王より裁きが下される。それよりも、其方はこれから予定があると聞いている。手早く検査を済ませようではないか」

「そうですね」


 部屋の奥へ案内されると、大きな台座の上に大きさの同じ六種類の魔石の様な物が立て板に飾ってあった。それぞれの魔石の様な物から銀色の線が、手前に六つある、手のひらサイズのガラス玉に繋がっている。


 魔石はそれぞれ色分けされていて、左から、水、緑、茶、紫、青、赤の順で並んでいた。


「こちらから、火、氷、風、土、雷、水の属性を示す魔導具となる。そこの手前から繋がっている水晶に魔力を送り込むと、適性があればそれぞれの魔導具が輝くようになっている」

「なんだか、思っていたのと違いますね? 火を示す魔導具なら赤いのかと思いましたが……?」

「フッ、誰しもがそう言う。私も幼い頃から、今でも何故こうなっているのかは分からぬが、魔導局の者から言わせるとこれで正しいのだそうだ」

「そうなのですか……そういえば、以前、姉が魔力水晶を壊したので新型に変えたといっていましたが、これもそうなっているのですか?」

「いや、属性検査機の構造は単純だから、いつでも修復は可能なのだそうだ。故に、以前の物と変わってはいない」

「へぇ……取り敢えずやってみますね」


 一番左にある、火属性を示す水色の魔石に繋がっているガラス玉に触れ、魔力を送り込む。姉が言っていた通り、火を思い浮かべながら魔力を送り込んでみたが、水色の魔石は何の反応も示さなかった。


 火の属性は無いのかと思い、手を放そうとすると、何と無く水色の魔石がほんの少し光っているような気がした。


 もしかすると、魔力が足りないのかな? 俺は更に魔力を送り込んでみる。

 かなりの魔力を送り込んでみると、ボンヤリと淡く光り出す。もっと送り込めば強く輝くかもしれないが、他にもあるのでどうしようかと悩む。


「あの、これって反応があるってことでいいんですかね?」

「むぅ? 誰もが適性さえあれば鮮やかに輝いていたのだが、検査機の調子が悪いのかもしれんな……どれ、私が少し試してみよう」


 そうして、宰相に場所を譲ると、彼はガラス玉に触れた。すると土の属性を示す、紫の魔石が鮮やかに輝く。


「ふむ、壊れてはいないようだな……もしかすると、其方とは相性が悪いのかもしれぬ。私は反応があるということで構わないと思うが、どうするかね? 時間はかかるが魔導局の者を呼び、検査機を調整してもらうか?」

「いえ、このままでいきます」


 これ以上時間を掛けて、子爵領に戻るのが遅れるのも嫌なので、俺はそのまま終わらせる事にした。


 そうして、次の氷の魔石も、その次の風の魔石も相当の魔力を消費して、淡く光らせていく。


 なんか聞いていた話と違うなぁ……適性の無い属性には何の反応も無いらしいのだが、どの属性も魔力を大量に送り込めば淡く光るのだ。

 姉はよくこの大量に魔力を消費する属性検査機を壊せたな……皆が規格外の魔力量と言っているのがよく分かる。


 結局、魔力の回復速度がかなり鈍くなるほど魔力を使ってしまたが、全ての属性の魔石を淡くだが光らせる事が出来た。

 理力の消耗はそれほどでもないが、今、変身しても魔力が足りなくて必殺技を使えないかもしれない。


「ふぅむ……まさか、姉弟揃って稀有な才能の持ち主とはな……全属性とは珍しい……」

「そうなのですか?」

「うむ、噂では千人に一人くらいの割合で存在するそうだ。今回の検査では其方だけであった。そういう意味では其方の姉、エリザベートの方が珍しいか……いや、唯一無二の存在と言っていいのかもしれんな。私も調べてみたのだが、過去に魔力水晶が耐えられない程の魔力の持ち主は確認できなかったのでな」

「へぇ……そういえば、貴族の検査は自分で終わりですが、平民の検査も王城で行うのですか?」

「いや、平民は神殿に任せてある。初めは平民も王城でやろうかと考えていたのだがな……周囲の者に止められたのだ。平民の中には育ちの悪い者もいるだろう? 王城にいる貴族に不敬を働いたとして、処罰しなければならない、となるのは私の望むところではない。とはいえ、いずれ神殿から王宮の管理に変更しようとは思っているがな……」

「どうしてですか?」

「神殿のやり口が気に入らんのだよ。わざわざどうでもいい長話をして、民をイラつかせ、寄付金の高さで検査の優先順位を付ける、というやり方がな」

「そんなことをやっているんですね……知りませんでした」

「地方の貴族が知らないのも無理はない。王都の平民とは接点など無いであろうしな……ただ、まぁこちらも色々と決めねばならんことがある。王城が無理ならば、王都のどこに施設を造るのか、私が王城を長く離れる訳にもいかんから誰を担当にするか、その者が不正を行わぬようにするにはどうするか、そもそも予算をどうするのか……」

「成る程、慣例を変えようとするのは大変なんですね」

「そうだな、だが、やりがいのある仕事ではあるよ」


 そういって宰相は俺に微笑んでみせた。



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