団長代行

 

「大叔父さんがどうしてここに……? 大叔父さんは王宮に勤めているから、市井の人が居る場には出てこられないのでは?」

「ううむ、一から説明するのは面倒じゃな……まぁ簡単に言えば、フロレンティア経由でブルーメンタール侯爵家から、儂宛に協力要請があったのじゃよ」


 大叔父は赤い頭をボリボリと掻きながら、俺の問いに答える。


「へぇ……その母やブルーメンタール侯爵は何処に? 二人は無事ですか?」

「うむ、そこの食堂におるわい、第四の団長代行と共にな……」


 それを聞いた俺は食堂に向かおうとするが、ハタと思い付き足を止め大叔父へ振り返る。


「この格好で、侯爵の前に出るのは失礼になりますかね? 劇場でのことを報告したいんだけど……」

「フン、この非常時に他人の身だしなみを気にするような、肝っ玉の小さい侯爵なんぞ聞いたことが無いわい。ただ、今はここで待っておるのが良かろう。中で喧々諤々と遣り合っておるじゃろうからな……幼いお主が出向く場ではないわい」


 そこに俺達の後から宿に入ってきた、騎士服を着た男の人がやってくる。


「グローサー大隊長、搬送の準備が整いました」

「そうか。では、レオンハルト、儂は取り調べやら王宮への報告があるから、この場を去るが……もし、何かあっても周囲の者に任せるようにな。ばあさんの教えを受けているとはいえ、お主が無理をすると、周囲の者が心配するであろうからな」


 そういって大叔父は俺の頭を撫で、報告してきた騎士と宿を去ろうとする。

 と、その時、バーンッと食堂の扉が勢いよく開けられた。


「お、お待ちください、メッツェルダー代行!」

「うるさい! タウベルト、お前のせいで赤っ恥をかいたんだぞ! 分かってんのか!」


 騎士服を着た若い黄緑の髪の男が、食堂から飛び出してくると、それを追ってきた口髭の生えている騎士服を着た中年男性を殴る。そして、中年男性の襟元を掴んだ。


「グッ!」

「お前のいう通り、確かに第四騎士団は人手不足だ! だがな、有象無象どころか、敵を懐に招き入れるなど、あってはならんことだ! お前に任せた、オレがバカではないか!」


 若い男はどことなく、劇場で会った、王子の側に控えていた護衛に似ている気がした。兄弟とか親類だろうか?

 再び若い男が手を上げ、中年の男を殴ろうとする。しかし、それを大叔父が若い男の腕を掴み、止めに入った。


「よしなさい、メッツェルダー殿。斯様に人前で、部下を殴りつけるものではない」

「第二のグローサーか……大方、お前もオレをバカだと思っているんだろう? しかも、このオレをダシに点数を稼ぎとは……オレは、お前らの踏み台じゃ無えんだぞ!」

「何も踏み台になんぞにしとらんわい。今回、儂らの部隊はブルーメンタール侯爵家からの依頼で、ここに居るだけじゃ。王宮にも第二の団長にも許可は取ってある。団長が死去されて、第四が上手く回っていないのは知っておるが、取り乱し過ぎじゃ。代行とはいえ、其方は団をまとめる身じゃ、無様な真似をするでない」


 団長代行と呼ばれた男は、大叔父に掴まれていた腕を振りほどき、眉間に皺をよせ大叔父を睨む。


「お前に何が分かる! ボロボロになった途端、騎士団を任される身にもなってみろ!」

「フン、団長の重責なんぞ誰一人として知るまいよ、団長になった者以外はな……ただ、儂もこの歳までに、幾人かの団長になった者たちを見てきたのでな。その経験からいわせれば、初めは誰もがたどたどしかった。が、誰一人として投げず、捨てず、挫けずに役目を全うしてきたわい。立場が人を育てるなどというがな、結局はどう覚悟を決めるかじゃ。其方が代行止まりなのは、その若さもあるじゃろうが、王はその気性を見抜いておられるのじゃろう。まぁ年寄りの戯言だと思ってくれて構わんがな」

「……チッ、いくぞ、タウベルト」

「ハ、ハッ……」


 そういって団長代行は肩を怒らせ、付き従っていた騎士は項垂れながら宿を出て行く。大叔父はやれやれといった感じで肩を竦めていた。


「大叔父さん、一体、何があったのです?」

「その前に、貴方に何があったのかを報告なさい、レオ」


 大叔父への疑問を口にすると、肩に手を置かれる。振り返ると、眼を細めて口元を引くつかせる母の姿があった。その後ろにフリーデグントや護衛達もいる。


「う……ええと……」

「ククク、やはり、あの兄貴の孫だけはあるのう。兄貴もレオンハルトの様に親父やばあさんによう叱られとったわい。大方、王族の策に巻き込まれたのじゃろうが……ま、たっぷりとフロレンティアに叱られるとええわい」


 大叔父は、俺を見下ろしながらその口元を歪ませていた。


「叔父様、もしかして、レオたちの向かった劇場に何か危険があったのを知っていたのですか!? それなら、どうして教えてくれなかったのです!?」


 母は腰に手をやり、大叔父を睨む。


「儂がその様な軽率な真似をする訳がなかろう? フロレンティア、お主がグローサー子爵家に所属している以上、現在のグローサー家が抱えている問題や、これから行う政策など、グローサー家の内情を儂には報告せんじゃろう? まぁ、当たり障りのないグローサー子爵領の話はこの前聞いたがな。それと同じで、儂は騎士団に所属しておる。故に王族や王宮に関する情報を、そう簡単に其方へ告げる訳がないのじゃ」

「しかし、危険が及ぶのであれば、注意喚起くらいは……」

「そのせいで不自然さが起こり、策に嵌めるべき相手へ気取られても良いのか? そうではないじゃろう? 其方は次期領主なのじゃ、儂の言わんとするところは分かっておると思うがの……ま、レオンハルトはお主が腹を痛めて産んだ子じゃから、情があるのは分かる。されども、儂にとっては赤の他人……と、まではいかずとも、遠く離れた古郷に住んで居る親戚の子供じゃ。もし、被害に遭ってもお主ほど悲嘆にくれることはないじゃろう」


 大叔父のこちらを突き放すような言葉に、母は口をつぐむ。

 大叔父が言いたい事も分からなくはない。立場や騎士団の規律などもあるだろうが、普段から遠く離れた俺達よりも、側にいるニクラスやお姫様達に情があるという事なのだろう。


 そこに、母達のやり取りを見ていたフリーデグンドが入ってくる。


「勿論、分かっておりますとも、グローサー大隊長。先ずは協力いただけたことに感謝を。私たちだけでは、誰を信用すればよかったのか分かりませんでしたからね。その上、こちらで取り押さえても、誤魔化されたり、あやふやな判断や、誰かのせいにして逃がされてしまっては敵いませんもの。本当、偶然とはいえ、フロレンティア様と同じ宿になれたのは僥倖でしたわ」

「感謝は我ら、不甲斐ない王都の者たちがすべきでしょう。ブルーメンタール侯爵家の調査力、考察力には御見それしました、と申し上げる他ありません。じゃが、まだ、魔獣化事件の手掛かりを得たにすぎません。真相へ至るにはしばしの時間が掛かるでしょう。故に警戒だけは解かれませぬように……と、これは侯爵に対し、差し出がましい発言でしたかな?」

「いいえ、忠告、痛み入りますわ……これからが忙しくなるでしょうが、よろしくお願いしますね」

「ええ、どのようにして侯爵家が情報を仕入れたのかなど興味は尽きませんが、それよりも優先すべきことがありますのでな。今宵はこれにて引き揚げさせてもらいます」


 大叔父はフリーデグントに礼を取った後、俺の肩をポンと叩いてニッと口角を上げ宿を去っていった。


「さて、レオンハルト、カサンドラの姿が見えないのですが、あのはどうしたのです?」

「あ、はい、実は……」

「レオ、待ちなさい。フリーデグント様、この子の話はあちらで……」

「そうですね、いらっしゃい、レオンハルト」


 母に促され、フリーデグントの後について俺達は食堂へ入る。そこには、ユッテを始め、お手伝いさんやグローサー家の護衛、他家の貴族の護衛、宿の従業員達がいた。


「レオ様……」


 ユッテが心配そうに俺を見つめていたのに気付いたが、そのまま中を通り過ぎて、奥の部屋へ入る。この宿に泊まっている貴族達が集まっていたが、子供たちの姿はない。


「ブルーメンタール侯爵、騎士団との話し合いは終わったようですが、そちらは……?」


 テーブルに着いていた貴族達、三人の内、老紳士風のベルムバッハ伯爵がこちらに気付き問い掛けてきた。


「ええ、取り敢えずは。そして、こちらのグローサー家のレオンハルトがうちの娘と一緒に劇場へ行ったのですが、そこで何かあったようですわ」

「ほう? カサンドラ嬢はどうしたのかね? まさか、一人で逃げ出してきたなどとは……」

「あ、いえ、カサンドラ様は騎士団が到着するまで、王家に協力するとのことです。自分はそれを伝えるため、先に宿へ戻ってきました」


 そうして、俺は母を始め、フリーデグントを含めた貴族達に劇場で何があったのか説明する。勿論、変身については隠したままで。多少、辻褄が合わないかもしれないが……


「……という訳です。護衛たちと別れて行動したので、彼女たちの報告も聞いてください」

「ふうむ……疑って悪かった、レオンハルト。流石はグローサー家……この様な幼い頃から相当の修練を積んでいるのですな……しかし、これでは下手に子供たちを王都見物に連れ出せませんな……」


 ベルムバッハ伯爵は俺に頭を軽く下げると、腕を組んで考え込み始める。


「護衛を複数つけていれば、大丈夫だとは思いますけどね……グローサー子爵から見て、あの魔獣化した者たちの評価はどうかしら?」

「そうですね……まだ、向こうの組織力が分からないので、断言はできませんが、ブルーメンタール侯爵の仰る通り、複数の護衛は常につけておくべきでしょう。それと、子供たちにも何が起こっているのか、理解させておく必要があります。そうすれば、護衛もしやすくなるでしょうし……まぁ、理解していない者もいますが……」


 そういって母は俺をジロリと睨む。ううむ、また、後で怒られそうだなぁ……


「ふむ、そうですな。それならば、子供たちに伝えてきますかな……」


 伯爵達は母の言葉を聞くと席を立ち、部屋を出て行った。彼等を見送った後、俺は疑問を口にする。


「あの、それで宿で一体、何があったのですか? 何者かがここで暴れたようですが……」

「そうね……掻い摘んで話すと――」


 フリーデグントは宿の従業員に目配せすると、従業員は俺達が着いているテーブルの上の伯爵達が残していったカップを片付け、すぐ新たにお茶なんかを用意する。


 そうして、フリーデグントから宿で何があったのか、ブルーメンタール家が何を調べていたのかが語られた。


 数年前、ブルーメンタール侯爵領にある大きな街で死体が数体、近隣の住人によって発見された。そこは不慮の事故や病死、魔獣の被害などによって孤児になった子供達を、引き取り手が現れるまで一時的に預かる施設だった。


 バックには侯爵家がついていて、養子縁組の斡旋していた。死んでいたのは侯爵家が雇っていた職員達で、保護されていた子供達の姿は無かった。


 殺人、そして誘拐事件として調査が始まったのだが、どういう調査を行ったのかは省略されてしまったので分からない。

 ただ、調査の中で、魔獣化と王都の情報が出てきた。そこで、侯爵家は調査人員を増やし王都や王宮を調べ始めたのだそうだ。


「それで、王都の役所や王宮の一部に、魔獣化組織が入り込んでいるのが分かったのです。そこで今回、カサンドラの洗礼式に合わせて、私は対魔獣に特化した者たちを集め王都に臨みました。カサンドラを守るためにね。正直なところ、まだまだ証拠不十分なので、この様な大胆な策に出るつもりは無かったのですよ? ただ、偶然にも同じ宿にフロレンティア様がいらっしゃったのと、例の不愉快な騎士が現れた、あの状況を利用することにしました……領主に相談せず私の独断で行いましたから、帰ってから叱責されるかもしれませんがね」

「では、数日前の、あのナントカという失礼な騎士が、この部屋にズカズカと入って来た時から、母やグローサー家を巻き込むつもりだったのですか?」

「ええ、ただ、話を持ち掛けたのは貴方たちの魔力検査が終わってからですよ? こういっては問題がありますが、レオンハルト、貴方が王宮で不審者に襲われたでしょう? おかげで、フロレンティア様からの協力を得られやすかったのです」


 成る程、侯爵家がグローサー家に良くしてくれていたのは、そういう打算があったからなのか。


「それで、こちらが把握している、魔獣化組織に繋がりがあるはずの王宮の者たちをここへ呼び出したのです。貴方を襲わせたとみられる、ヘンドリックとも深い繋がりのあったので確信を持てましたしね。私がそこのロビーで彼らを問い詰めていると、いよいよ言い逃れできないと察したのか、突如として魔獣化し、暴れ始めたのです。おおよそ、こちらの目論見通りではありましたが、こちらの言い分に正当性を持たせるために、ついでで呼んでいた第四の騎士団にも魔獣化する者が現れました。そこを咄嗟に、グローサー家の者たちが対応してくれたのは、非常に助かりましたわ……」


 フリーデグントは母に向けて、ニコリと微笑む。母は軽く肩を竦めると、フリーデグントに答える。


「元々、私は王都に関連する者たちを怪しく思っていましたので、予め護衛たちに伝えておいただけですわ……」

「それでは、魔力検査を終えた自分が自室に籠っている間に、大叔父に連絡を取り、怪しい者たちを罠にかけたのですね? カサンドラ様はこのことを知っていたのですか?」

「いいえ、あの子には逸早く魔力に馴染んでもらいたかったので伝えてはいません。貴方にもね。貴方たちを劇場に送り出したのは、巻き込まない為だったのですが、まさか、王家の策に巻き込まれるとはね……」

「あの、それで、話は戻るのですが、結局、侯爵領で攫われた子供たちは、見つかったのでしょうか?」

「いいえ、おそらくは、もう……」


 俺の質問にフリーデグントは視線を下げ、俯きがちに答える。もしかすると、竜モドキや角魔人はそこで攫われた子供達なのだろうか?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る