王と宰相


「これより王の登壇です! 静粛に願います!」


 頭の禿げた騎士服の男性が壇の下に進み出て、大声で俺達に告げる。俺達はそれぞれその場で跪く。


 壇上のカーテンの様な垂れ幕の裏側から、お姫様と金髪の男の子が現れた。


 お姫様は小さな銀色のティアラを頭に乗せて、白いドレスは腕のあたりが透けている。王子と思われる金髪の少年は、詰襟のある青白い礼服に赤く腰まである短いマントを肩で止めていた。

 二人は壇上の端にある階段から降りてきて、会場の一番前で跪く。


 そして、王が登壇する。黒い髪に白いものが混じった頭に王冠を付け、房のある豪奢な赤いマントを纏い、手に赤い宝石が嵌まった王錫を持っていた。

 王はその鋭い目で俺達を睥睨すると、たっぷりと間を取ってから語り始める。


 俺の脳裏に前世で小学生だった頃の校長の長話が思い浮かぶ。身体の弱かった俺は、いつも皆の後ろの方でパイプ椅子に座らされていたんだよな……


「私がレーベンリッヒ王国の王、ゴットリーブ・アルムガルトだ。今日ここに集った諸君らは、今、この場、この時を以て貴族となる。これより魔力の扱いを知り、魔術を覚え、戦う術を身に着けるだろう。だが、心して聞け。貴族にとってその様なものは唯の飾りだ。諸君らには貴族として、民をよりよく導く義務が生じる。故に諸君らは学園に通い様々な学問を修めねばならぬ。そして、卒業するその時に貴族としての真価を問われるのだ。よく学び、よく励め、私は諸君らに新たな貴族として大いに期待しておるぞ」


 意外にも短いと思えた、威厳に満ちた王の挨拶が終わると、燕尾服のような服装をした若い男性がトランクケースのような鞄を持って壇上へ登っていく。袖幕から現れた黒い服でズボン姿の女性に鞄を渡し、女性が鞄を持ち上げて男性が鞄を開いた。


 そうして、男性は王の前で礼を取り、こちらに振り向くと軽く床を踏む。すると床がガコン、ガコンとせり上がって壇上へと続く階段が出現する。


「ルードヴィッヒ・アルムガルト第二王子、前へ」

「ハッ」


 お姫様と一緒に登場した金髪の少年が名を呼ばれて立ち上がり、階段を登って王の前に辿り着く。男性は女性の抱えた鞄から銀の札を取り出すと王に手渡す。


 第二王子と呼ばれた金髪の少年は王の前で跪き、王は俺達に聞こえないくらいの声量で王子に何か告げると、銀色の札を手渡した。

 王子は舞台を降りると、控えていた女性と共に俺達が入ってきた扉とは違う出入り口から退場していった。


「続いて、レオノーラ・アルムガルト第一王女、前へ」


 次にお姫様の名が呼ばれ、王に一言もらうと、銀色の札を手渡されて、さっきの王子の様に舞台を去っていく。お姫様の次はカサンドラで、その次は公爵家の子供達が呼ばれ始めた。


 多分、爵位の高い順に呼ばれているのだろう。眼光の鋭い威厳に満ちた王の前に出る子供達は、身内であるはずの王子やお姫様ですら委縮しているように見えた。

 結局、俺は最後まで残っていた。


「最後に、レオンハルト・グローサー子爵、前へ」


 立ち上がって階段を上り、王の前に進み出て跪く。


「レオンハルト・グローサー……か。その衣装はマグダレーネの指示によるものか?」

「へ? ……マグちゃんは、いえ、マグダレーネは、その、言い方は悪いですが、古臭い、ダサい、止めておけ、と否定的な意見でした。これは自分の姉と、グローサー家の御用聞き商人が用意したものです」


 いきなり変な質問をされたので、返答に詰まってしまった。


「そうか、マグダレーネならばそうとるのが自然か……若かりし頃、北のエーベルヴァイン侯が常にその様な恰好をしていてな……厳しい人であったが故、つい昔を思い出し気が引き締まったわ」

「は、はぁ……」

「フッ、お主には関係のない話だったな。今回の余裕ない予定は孫娘の我儘のせいであるのだが、それにつき合って苦労しただろう? 目を付けられてしまったお主を気の毒には思うが、お主もアレを上手く利用するといい。……王としてグローサー家に述べるべきことは特にない。さ、受け取るといい」

「ハッ」


 王より銀色の札を手渡され、舞台を降りる。銀色の札には俺の名前が彫られていた。舞台を降りたところにいる女性の案内で、俺も会場を後にする。


 何故マグダレーネを知っていてどういう関係なのか、祖父と王に確執があったのは何が原因で起きたのか、王へ尋ねたい気持ちもあったが、流石に無礼かな、と思いやめておいた。


 マグダレーネは昔話をあまりしてくれないし、祖父も王との確執については、子供には分からん、と言って誤魔化されている。

 まぁ、人は誰しも触れられたくない部分はあるだろうし、俺も具現化魔術や変身については上手く説明できそうにないので、深く追求する気もないが。


 お姫様のせいで俺の洗礼式が早まったのは、今回のグローサー家から洗礼式へやって来るのにレオンハルトという名があるのを知って、あの時、レオと名乗った子供ではないか? と確認したかったのかもしれない。


 女性の後について通路を歩いていると、騎士に抱えられた少年とすれ違う。恐らく魔力検査が終わったのだろう。


 聞いた話だと、魔力検査を行う際、一気に魔力が吸い取られる。その時、個人差はあるが、誰もが不調になるそうだ。あまり身体を鍛えていないと、足腰が立てなくなるほどの状態になるらしい。


 案内係の女性が開いてくれた扉の部屋に入る。薄暗い部屋の明かりはロウソクだけで、そこに白髪で少し小太りな老人がいた。


「最後はグローサー子爵家か……これが魔力水晶だ。この下にある台座の隙間に銀の札を差し入れ、魔力水晶に触れるのだ。さすれば魔力が登録され、其方を貴族と証明する魔導具となる。ま、そんなことは既に知っておるだろうがな」


 老人に言われ魔水晶と呼ばれた、その下の台座に銀色の札を差し込む。そして前世で見た占い師が使っているような、透明な真ん丸の水晶によく似た、魔力水晶に触れる。

 一気に俺自身から魔力が吸い出されると、魔水晶が輝きだし部屋を明るくした。


「くっ……ウググ、グ……」

「うん? そんなに力まずとも魔力は吸い出されるぞ? もしかすると、エリザベートの様に壊そうとしているのか? 魔導局に新型を用意させたから恐らく無駄になるとは思うが、壊せるものなら見てみたい気もするな……」


 、やがて輝きが収まり、薄暗い部屋に戻る。俺は魔力水晶からそっと手を離した。


「フゥ……」

「ふむ、流石に姉弟そろって、破格の魔力持ちという訳でもないのか。そうだな、其方の魔力値は中の中、つまり平均よりも少し多いといったところだ。気分はどうだ? 優れないのであれば騎士を呼ぶが?」

「いえ、平気です」

「そうか、流石はグローサー家だな。王都の子たちは王族を除いて全てが騎士に抱えられて出て行ったよ……うちの孫も頭でっかちなだけで、頼りがいがない。女の身であるカサンドラ嬢ですら、見栄かもしれんが毅然とした態度で部屋を出て行ったというのに」

「お孫さんですか?」

「ああ、ヴォルデマールという小童なのだがな。孫に対する教育権がない故、私の様に歯痒い思いをしている老人は多いだろう」

「ということは、宰相様なのですか? 国営の頂点にいるような方が何故、部下にやらせるような仕事をご自身でなさっているのです?」

「フッ、それは宰相を買い被りすぎだ。私の正式な部下など二人しかおらぬよ。その二人は大量に部下を抱えておるがな……」


 宰相は手にしていた、記録用のクリップボードに何か書き込むと側にあったテーブルの上の黒い皮の鞄にしまい込んだ。

 そして、テーブルの側にあった粗末な椅子を動かして俺に勧め、自身も背もたれのある椅子に腰かけた。


「そうだな、其方はグローサー家であるから恥を承知で伝えておくが、其方の姉、エリザベートが規格外の魔力の持ち主であったろう? 神殿の杜撰な管理のせいでもあったが、我ら王宮の役人にもあっという間にその噂が広がってしまってな……王太子殿下がご自身の子息に娶らせれば、などと呟けば、何処から得たのか、エリザベートが強烈に神殿を批判したとまで情報が入ってくる。そうなると、王宮で神殿を目の敵にしていたような派閥までもが、王太子一派と共にエリザベート獲得へと盛り上がってしまったのだ。私はそれも悪くないかと見過ごしていたのだが……王女殿下誘拐事件に続き、グローサー家襲撃事件だろう? お前たちは何をやっているのか! と、王宮全体に王の怒りが及んでな……王太子殿下すらも叱責の嵐よ。私なぞ、王の怒りを宥めようとしたのだが、逆に不興を買われるばかりでな……対策を講じるよう命じられたのだが、流石に半年足らずでは調整が間に合わず、今年になってからようやっと王宮にて洗礼式が行えるようになったのだ」

「それは何と言いますか……」


 こういう場合、ご愁傷様です、とでも言えばいいのかな? でも、俺のような子供からそんな風に慰められるのはどうなんだろう、と言い淀んでしまった。


「なに、私はまだ幸運に見放された訳ではないからな。王女殿下もエリザベートも一歩間違えれば、危うかったと聞く。もしどちらか一方にでも大きな被害が及んでいれば、今頃、私の首は跳んでいただろうよ」


 宰相は自身の首をトントンと軽く叩いて見せた。


「王女殿下の場合はどういう状況だったのか知りませんが、姉の場合は運が良かったのかもしれませんね。偶々、心強い助っ人になる様な人が側にいましたから」


 俺はあえて宰相に逆の事を言っておいた。いや、ある意味、真でもあるのか……

 姉の場合は意地でも連れ戻すつもりだったのに対し、お姫様の場合は本当に偶々だった。

 偶然、領都で出会ったし、あの頃はちゃんとした理由も知らないで変な法律にモヤッとしていたのもあり、救助に向かおうとしたのだ。


 あの時、お忍びにでも行けば? と姉が勧めてくれなければ出会う事も無かっただろう。そう考えると、姉の一言がお姫様だけでなく、王宮に勤めている様々な人を救ったのかもしれない。


 運命の妙とでも言うのだろうか? なんだか不思議な感じがするが、一番の幸運の持ち主は、お姫様なのかもしれない。


「昔、王が語っていたグローサー家の守護者のような人物か……その方が王女殿下も救ってくれたのかもしれぬな……まぁそんな訳でな、今後はエリザベートに起ったような事件を防ぐためにも、宰相が魔力検査、属性検査につき、その情報は王にだけ報告されることになる。其方が言ったように、宰相と聞けば国営の頂点にいるように思えるかもしれんが、王にとっては臣下の一人に過ぎんという訳よ」

「とはいえ、王を補佐する立場なのですから、誰もがなれる訳でもないでしょう。かなりの有能な人物だと、誰もが思っている筈ですよ?」

「フッ、世辞には慣れておるが、ここは素直に受け取っておこうか……と、すまんな。今日は其方が最後であったが故、ついつい長話をしてしまった。決してサボりがちな王太子殿下に面倒な執務を押し付けて、日頃の鬱憤を晴らしているいる訳ではないぞ? 今日から暫くの間、私の仕事はだからな。あ~忙しい忙しい」


 そういって宰相はペロッと舌を出して見せた。宰相という役職に就いていながら、案外お茶目な人なのかもしれない。


「それから、今の話は出来るだけ広めないで欲しい。無論、強制はできぬがな……領地持ちの貴族に強制するには王命を拝借せねばならぬが、こんな下らぬ理由ではな……だから、これは私からの“お願い”になる」

「ええと、祖父や母には話しても構いませんか? 身内以外には話しませんので」

「うむ、そのつもりで其方に話したのだよ。今日来ているグローサー子爵女史に私が直接出向いて話してもよかったのだがな……つまらぬ詮索や、下種の勘繰りなど互いにされたくないのでな、些か礼を失しているとは思うが子爵殿にはその点も含めて報告してもらいたい」

「分かりました」

「では、これが其方の身分を証明する札だ。取り扱い上の注意は既に受けておるだろうから、私からは特に何もない」

「はい、それでは失礼します」


 銀色の札を受け取って、俺は魔力検査部屋を後にした。


 女性の案内係について通路を歩いていると、通路が交差している場所で騎士の後について、でフード部分を外した人物が横切るところだった。

 チラリと横から見ただけだが、その異様さはこの場にそぐわない鉄仮面だろう。


 ああいう奴って、アニメやゲームだと、悪の枢機卿みたいな感じで裏で暗躍しているってのが定番だよな……そして、主人公を悪の道に引きずり込もうとして失敗し、主人公に倒され、死に際に死んだはずの父親だと判明するのだ。


 う~ん、流石に考え過ぎか……もう、何年もアニメやゲームに触れていないから、こんな妄想が浮かぶのかもしれない。


 灰色ローブの人物から十分に距離を取ったであろう場所で、俺は案内人に尋ねてみた。


「すいませ……」

「ヒャ、ハ、ハイ!」


 なんだろう? 子供の俺に対してヤケに緊張しているような……まぁいいか。


「さっき変な鉄仮面を被った人がいましたけど、あの人は何をやっている人なんですか?」

「へ? あ、いえ、えと、その、あ、あの方は王太子殿下のお気に入り……ではなく、確か殿下の補佐に就いているかと……そ、それ以上は詳しく知りません、も、申し訳ありません」

「そう、ありがとう」


 こりゃダメだな、これ以上は情報を得られそうにない。こんなので王宮に務まるのだろうか?


 暫く歩いていると違和感を覚える。控室までこんなに遠かっただろうか? もしかして、この頼りない案内人は迷っている?


「あの、こっちで合っていますか?」

「ご、ごめんなさい!」

「ちょっ……おい!」


 彼女は突然走り出し、逃げ出してしまった。


 何なんだ、アイツは……と、あっけに取られた瞬間の事だった。視界の端にキラリとした物が映った気がして、ついのけ反ってしまう。


 目の前を何かが通り過ぎ、壁に当たって落ちる音がしたが、そちらよりも気になるもう片方側に目を向けると、黒ずくめの人物がいた。



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