幕間・変わった子供達


「フロレンティア様、王太子殿下の出発準備が整ったそうです」

「分かりました。直ぐに向かいます」


 いつもくるくるとよく動き回ってくれる、女性の文官に返答すると、私は一度姿見の前に立ち、おかしなところが無いか確認してから庁舎前の馬車廻しへ向かいます。


「それでは世話になった、グローサー卿」

「ハッ、王太子殿下もお達者で」


 父が敬礼すると、私を含め周囲の者も王太子殿下に礼を取ります。

 王太子殿下が王族用の絢爛な馬車に乗り込むと、彼の護衛と灰色ローブの男がそれに続きました。

 この灰色ローブの男の胡散臭さは、何と言っても口元だけを開けた、頑丈そうな鉄仮面でしょう。


 王太子殿下の説明で、


「此奴の顔面には酷い火傷の跡が残っていてな、私も一度、無理を言って見せてもらったのだが、それはもう酷い物であった。魔術による治療を勧めたのだが、若気の至りで負った傷、故に自身を戒める為にも残しておきたい等と言いおってな。殊勝な心掛けなので、私も無理強いはできんのだ。そのため斯様な鉄仮面など着けているが気に病まないでもらいたい。それに、此奴は私の側使えの様なものだ。これからは其方等と話す機会も無いであろう」


 と、言われてしまえば、私達にはどうこう言う事も出来ません。


 見た目だけではありません。彼が先触れの使者としてで先行したというのです。街中ならいざ知らず、旅路に於いての単独行動はかなりの危険を伴います。賊や魔獣と遭遇する可能性が高いのですから。


 本当に単独だったのか、何らかの手段があったのか……私には分かりませんでしたが、娘や父、夫と一部の警備隊には警戒するよう伝えておきました。

 どうやら私の杞憂だったようですが……


 王太子殿下の馬車が出発すると、王女殿下の馬車が続きます。王女殿下は窓から私達に向かってにこやかに手を振っていました。誘拐などという酷い目に遭っておきながら、気丈な方ですね。




 娘のエリザベートが洗礼式で、魔力検査はおろか属性検査まで済ませてきた、と控室に戻ってきた時は、このは何を言っているのかしら? と不思議に思ったのですが、付き添いの案内人が何やら怯えた様子で、本当です、と言うのです。よくよく聞いてみると、俄かには信じられない話でした。


 けれども、ある意味、納得のいく話ではありました。

 魔力症の期間が長ければ長い程、生命の危機と引き換えに、その魔力量は強大になると言われているのです。このの魔力症の期間は十四日間。通常の三、四倍、私の二倍以上の期間です。


 魔力水晶が耐えきれない程となれば、恐らくその魔力量は、期間に対しての単純な足し算では無いのでしょうが……どういった増え方をするのか、魔術研究に勤しむ学者たちの興味を引きそうな話ですね。

 まぁ秘密主義の多い貴族では、誰も学者達に報告したりしないでしょうが。


 それでも、王都での滞在期間を短縮できるので、私は嬉々として帰還の準備を進めていました。

 王都の料理……特にお菓子ですね、これが私達の口には合わないのです。無理を言って宿の厨房にて、連れてきた料理人に作らせていたのですが、使い慣れていない道具に料理人も苦労しているようでした。


 しかし、何処からエリザベートの情報を得たのか、王宮から使者がやって来て、王太子殿下が父、グローサー子爵領主と直接話がしたいのだと伝えてきました。


 私達は王太子殿下と共に子爵領へ向かう事になってしまったのです。更には、魔導局、神殿の者達まで加わり、その護衛や使用人などを含めると総勢三百名を超える大所帯に。


 流石に、いきなりこれだけの人数は受け入れられない、と具申いたしますと、それでも約半分の人数が子爵領に来る事になってしまいました。


 帰りの馬車の中で、娘に魔力の扱い方を説きながら、私がどういった対処をするべきかと頭を悩ませていると、彼女は首を傾げながら言うのです。


「何をそんなに悩むことがあるのです、お母様? 王族や王都の偉い人たちの世話をする為に使用人が付いて来るのですから、お母様は数人の相手をするだけではないですか。それに見方を変えれば、お母様の腕の見せどころですよ。これだけの護衛がいるのです。賊も魔獣も襲っては来れないでしょう。その上でお母様は、如何にこの人数から利益をむしり取れるかだけを考えた方が、よろしいのではありませんか?」


 その言葉にハッとしました。

 通常、他領からのお客様は、うちの領と何某かの取引目的での来訪が主である為、私はこの大所帯をどうもてなすべきなのか考えてしまっていました。


 しかし、この方たちは別に取引が目的ではないのです。恐らく、魔導局はエリザベートの魔力量に興味を持ち、神殿側は壊した魔力水晶の弁償あたりでしょう。

 王族は、王がその様な些末事でグローサー子爵を呼ぶなと命じたため、王太子殿下が子爵領に来る事になったそうです。


 王太子殿下の目的が、この時点ではエリザベートと自身の子息との婚約だとは知りませんでしたが。


 それに気付くと、取引を成功させる為にあれこれ考えなくてもよいのだと分かり、随分と気が楽になりました。


 娘は、特別料金として通常の三倍くらいの料金を取れば良いのでは、などと言っていましたが流石にそれはやりすぎでしょう。それでも次期領主として領の利益を考えるならば、幾らかの割り増し料金はありでしょうか。


 この様に娘のエリザベートは、独自の視点なのか、子供特有の柔軟な発想なのか、時折、大人でも舌を巻くような案を提示してくるのです。




 そして王女殿下の誘拐事件を知ったのは、彼女が救出された後でした。

 そもそも、彼女の存在を知ったのが事件の後だったのです。私達が王太子殿下を店に案内し、庁舎に戻って来てからの事でした。警備隊からの報告で、王女殿下を保護したと聞いたのは。


 洗礼前の子を身内以外に紹介しないのは、王族も貴族も同じなので何とも思いません。しかし、いくら大勢の護衛がいるとはいえ、何日もかかる旅路に連れ出すのは如何なものか……相変わらず、王族故の驕り、があるように思えてなりませんでした。


 私達は、急いで王女殿下に面会しました。

 初めてお会いした王女殿下は、肩まで伸ばした艶のある黒髪に、くりっとした碧い瞳の少女でした。同じ女性として、この真っ直ぐで艶のある髪は羨ましいですね。私は少しくせ毛ですので。


 挨拶もそこそこに、私達は王女殿下の話を伺います。

 着替えを済ませたらしい王女殿下の話では、王太子殿下を案内した金の林檎亭付近まで来ていたのだそうです。そこで群衆に飲み込まれ、誘拐されました。


 王女殿下は抵抗しようとしたそうですが、洗礼式も終わっていない身。身体強化を使える犯人に敵う訳も無く、連れ去られました。暗い地下水路――下水道の事でしょう――を通り、古びた木造の建物で、ロープで縛られたそうです。


「これからどうなるのだろうと、わたくしが不安に思っていると、突然、建物の扉が吹き飛んだのです。そして黒い外套の人物が飛び込んでくると、わたくしを攫った男と対峙し、あっという間に男を斬り伏せました」

「その黒い外套の人物というのは?……もう少し詳細は分かりますか?」


 私が問い掛けると、王女殿下は首を横に振ります。


「顔はフードを目深に被り、口元を何か襟巻の様なもので隠していたので……そうですわね、そちらの方くらいの身長でしょうか? 外套のおかげで、痩せているのか、普通の体型なのか分かりませんが、少なくとも太ってはいなかったですわ」


 指差された王太子の護衛は、自分じゃないと手を振っていましたが、そんな事は皆解っています。彼の身長は平均よりも少し高い位でしょうか。それでも、特徴があるとは言えず、それだけの情報で特定するのは難しいでしょう。


「フッ、誰もお主が怪しいなどと思ってはおらんよ。それで、レオノーラ姫、その攫った人物の人相は分かりますかな?」

「ええ、痩せた出っ歯の男です。茶色い頭髪で、黒い外套の人物より背は少し低かったでしょうか……そうそう、元騎士団だと言っていましたわ」

「なっ!」


 王族側の護衛達が驚きの声を上げました。


「ふむ、誰か心当たりのある者はいるか?」


 王太子殿下が問い掛けますが、護衛達は皆、首を横に振ります。


「流石に、数千人もいる騎士団の一人一人を覚えてはいません。武勇に優れ、有名でもなければ。一度、王都に戻り、調査隊を組んでからになるでしょう。幸いにも特徴のある人物ですので、退団した者でそういう特徴があった人物を辿れば、何処の誰だか判明するでしょう。背後関係を調べるのはそれからになるでしょうが……」

「そうだな。それでは其方が調査隊の指揮を執れ。王都に戻り次第、私から手配しておこう。調査の結果次第だが、グローサー卿、こちらの者にも手を貸して貰うことになるやもしれぬ。その時はよろしく頼む」

「うむ、心得ました王太子殿下。我等も惜しみなく協力いたしましょう」

「それと、その黒い外套の人物だが、もしかすると暗部の者かもしれんな……」

「暗部ですか?」

「うむ、影ながら我等王族を守っているという噂だ。王太子である私ですら、その存在は噂でしか知らぬ。今も、我等に付いているのかどうか……実在するのかどうかも分からぬ」

「あぁ、儂が学生の頃は影の護衛などと呼ばれていましたな。ふむ……」

「まぁ、王にしか真相は分からぬのであろう。では、そろそろ王都に戻るとするか。……執務も随分と溜まっているだろうしな。宰相が嫌味を言って来る姿が目に浮かぶようだ」


 そう呟く王太子殿下は、苦い顔をした後、自身のコメカミを揉んでいました。


「それと、この度は娘が迷惑をかけたな。洗礼前の子を連れ出すのは褒められたことではないが、私も一介の父親という訳だ。分かってくれると有り難い……」

「お父様、あ、いえ王太子殿下、わたくしの話にはまだ続きがありましてよ?」

「なんだ? 申してみよ」


 王女殿下の語った話で、その場は一気に騒然となりました。

 倒れ伏した筈の男が口に何か含むと、突如として全身が動物の様な毛で覆われ、体格が大きく変わったと言うのです。


 姿が変わる間、男は何やら呻いていたので、黒い外套の人物の指示により、その隙に王女殿下はその建物から逃げ出したそうです。

 そして、領都を案内していた平民の男の子が、心配して王女殿下を探しているところに出くわし、無事に戻ってこれたという話です。


「あの平民の方々には大変お世話になりました。何かお礼を差し上げることは出来ないでしょうか?」

「ふむ、そうだな、グローサー卿、その平民の身元は分かっているか? 私、自らが礼を述べるのも吝かではないが……」

「ええ、把握しております。しかし、王族が直接平民に礼を述べることも無いでしょう。王族より礼を賜るのは栄誉じゃが、その平民の安寧と周囲のやっかみ等を勘案すると、儂から王族が感謝していたと伝えておきましょう」

「そうか、迷惑をかけるな……私からは、よく娘を無事に送り届けてくれた、と伝えておいてくれ」

「あ、あの、わたくしからは、わたくしの護衛騎士を救ってくれたこと、そしてクレープがとても美味しかった、とよろしく伝えてくださいませ」

「む? クレープ? クレープとはなんだ?」

「まぁ! ご存知ないのですか? お父様のみが美味しい物を食べていた訳ではありませんのよ? フフフ……」

「ほう?」


 男親が娘に甘いというのは本当のようですね。王太子殿下と言えど、娘と笑顔で会話する様子は微笑ましい物がありました。


 そして、父が上手く誤魔化してくれたようです。その平民の正体は既に分かっていましたからね。使用人のユッテが、警備隊に王女殿下の保護を申し出てきたと報告されていたのですから。

 ユッテは未だ独身ですし、側にいた男の子というのは確認するまでも無く、私の息子、レオンハルトでした。


 レオンハルトは少し変わっていて、洗礼式も終えていないのに、既に魔力の扱い方を知っているのです。まだまだ、身体強化の真似事で遊んでいる段階で、私達の様に火や水の魔術を使える訳ではありませんが……


 本来なら幼い子はエリザベートの様に、洗礼前から魔術を使いたいとこいねがうものなのですが、自身の魔力を感じ取れなければ教えようがありません。

 昔からのしきたり、というのもありますが、幼い子に火や雷の魔術を教えるのは危険ですからね。私は分別が付くまで教えないとするものだろうと思っています。


 しかしながら、レオンハルトは全く魔術に関する質問や、希望を口にしないのです。一度だけあの子の魔力症の期間中に、私が魔術と魔導の違いを説明したくらいでしょうか。


 周囲の者に尋ねてみても、魔術に関する話は出てこないと訊いています。使用人や訓練中の警備の者達が、魔術を使っているところを見ている筈なのに興味を示さないのです。


 反面、私達が普段、何気なく扱っている物事に関しては、時折、鋭い問い掛けをしてきます。


 何故、使用人と一緒に食事をしないのか?

 何故、この服はこんなに無駄な布地が使われているのか?

 何故、牧場の子供達は働いているのに、自分は働かなくていいのか?


 昔からの習慣でそうなっている、と答えるのは簡単ですが、改めて問われると、頭を捻るような事ばかりです。

 親になると、学生の頃とはまた違った頭の使い方をするものなのかもしれません。


 私は側に控えていた警備隊の一人に小声で指示しました。王女殿下が攫われた、金の林檎亭の付近と使われたであろう下水道、更に黒い外套の人物が現れた建物の捜索と調査、現場の保全を命じたのです。


 その日はそれで子爵邸へと戻りました。すると、家宰のマーサが報告してきたのです。

 何でも、レオンハルトがお忍びで領都に行って、傷を負ってきたのだとか。その上で何やら落ち込んでいるので、あまり叱らないでやって欲しいと言われました。


 私自身、今まであの子を叱った記憶が無いので、どうしたのだろうと少し心配になったのです。


 そこで私は先に、あの子と一緒に領都へ行ったユッテを呼び出し、詳細を尋ねました。彼女の話では、黙って王女殿下を探しに行ってしまったのを、少しきつめに叱っただけでした。


 それだけでそんなに落ち込むものなのかしら? と疑問に思い、彼女を連れてレオンハルトの部屋に向かいました。


「レオ、入るわよ」


 私はノックしてから返事を待たずに、息子の部屋に入りました。すると彼は上半身裸で左の肩を押さえていたのです。


「げぇ母さん!? えーと、あの、これは……とりあえずお帰りなさい?」

「はい、ただいま。レオ、怪我をしたそうね、見せてみなさい」

「いや、もう全然、大丈夫だから、大したこと……」


 有無を言わせず、むんずと息子の腕を取ると、その肩は傷一つ付いていない綺麗なままでした。足元を見ると、脱ぎ散らかした衣服と包帯、そして少し血が付着した綿紗めんしゃ。これはもしかすると……


「レオ、貴方、自分で傷を癒したの?」

「あ、えーっと、いや、ホント、大した傷じゃなくて、何ていうか、その……」


 私に心配を掛けたくないのか、この子は何とか言って誤魔化そうとしました。私はその場で膝をつき、彼を抱き締めたのです。


「いいのよ、レオ。我が子を心配するのは、親として当然なのだから。貴方はエリーの様に我儘を全く言わないし、使用人たちからも聞きわけが良いとよく聞いています。少しくらいの手間は掛けさせて頂戴。母として私が傷を癒してあげたかったのだけれど……」

「なんだか、ごめん母さん」

「ううん、謝らなくていいのよ。貴方はまだ知らないでしょうけど、私たち親子の様に血の繋がりがあると、魔力の質は似通ってくるの。だから、血縁者の魔力を充てることで、あまり痛みを伴わず傷を癒せるのよ? 私は唯、貴方に親らしいことをしてあげたかっただけ」

「そうなんだ……あれ? じゃあ父さんは……」

「あの人が傷付いたら、貴方とエリーで癒してあげるといいわね」

「だったらあの時……父さんが大怪我して帰って来た時、俺が癒してあげれた?」

「あれはいいのよ、あの人が悪いのだから。痛みを伴っても私が無理やり治療をしたの。夫を躾けるのも妻の務めなのよ?」

「えぇ?」


 息子に、どうなって傷を負ったのか尋ねると、街の中であの飛び跳ねるような動きをした時、建物の出っ張りか何かに引っ掛けたそうです。王女殿下を探すのに慌てていたのだとか。


 私は、お忍びは構わないけれど、街中でああいう動きは、人を傷つける可能性があるから、控えるよう注意しておきました。

 そうして、ユッテが息子に服を着せると、私は二人に告げました。


「丁度良いから、二人に言っておきますね。王族から感謝の意として報奨金を預かっています。ユッテには後ほど渡しますが、結婚資金にでも使うのかしら?」

「え? ユッテ結婚するの? それは何というか……あ、そう、おめでとう! 寂しくなっちゃうね……」

「ありがとうございます、レオ様。後、辞めませんから。まだまだ、レオ様のお世話をさせて頂きますね」

「フフフ、それでレオは何か欲しい物はある? 私が手配してあげるけど?」

「う~ん、特には……ユッテの結婚資金の足しにでも?」

「いけませんよ、レオ様。ちゃんとご自身の為にお使いください」

「う、う~ん……」


 この子は本当に物欲が無いですね。

 娘のエリザベートなど、洗礼式用の衣装を仕立て屋を呼びつけて、自ら考案したものを造らせていたというのに。少し変わった衣装でしたが、学園に通っていた頃もそういう令嬢がいないわけではなかったので、女の子らしいと言えますが。


 私は、一人っ子だったので、男の子が欲しがるような物が思いつきません。後で夫にでも訊いてみましょうか。


「それなら、レオが欲しい物ができたら私に言いなさい。それまで預かっておくわね」

「はぁい」




 そして二日後の今日、殿下達の見送りをした後、残った王族の護衛十名を引き連れて、父と共に古びた倉庫群へと向かいます。この辺りは、区画整理の為もう何年も前から計画し、住民たちを新しく造った住居へと移動させたので、人が居ません。


 犯罪者や、その予備軍である浮浪者たちの温床にさせない為に、巡回を密にしていたのですが……急な王太子殿下の来訪により、少し警戒が緩んでしまい、その隙をつかれたようです。


 一棟の少し黒焦げた倉庫の前に来ると、見張りをしていた警備隊の者と軽く挨拶を交わし、中の様子を窺います。


「ふうむ、派手にやらかしたのう」

「ハッ、我々が駆け付けた時とそれ程、状態は変わっていません。早期に発見できたのと物があまりなかったので、手早く鎮火させることが出来ました。それと領主様、こちらが証拠の品になるかと」

「ふむ、これは……其方等には見覚えがあるのではないか?」

「これは! この長剣は……鍔に刻まれているのは……第九騎士団の物か……ううむ、やはり王女殿下の言は正しかったのか……」

「それから、こちらです、領主様」


 そう言われて案内された先には、発火元かと思わせるような、酷く焼け焦げた跡の一角でした。そこに見慣れたがあったのです。


「むぅ……これはまた、厄介な……」

「子爵殿、この灰がなにか?」

「ぬ? お主等これが何か解らんのか?……そうか、騎士とは言え、お主等は護衛が主体じゃからのう。知る由もないか……これはな、魔獣の成れの果てじゃよ」

「――ッ! これが……? 我等も訓練で魔獣の討伐を行ったことはありますが……?」

「ふむ? 魔獣の体内にあるうちに、魔石を壊してしまうとこうなるんじゃが……」

「そんなことが……」


 私は父と王族の護衛達との会話に割り込みます。


「領主様、魔獣の講義は後ほど。今は、何故、街の中に魔獣がいたのかが問題です。確か、王女殿下の話では、元騎士団の男が何か口にすると、動物の様な毛に覆われたと仰っていましたが……」

「そうじゃな、人を魔獣の様にさせる何か、か……儂は聞いたことも無いがお主等はどうじゃ?」


 父が問うと、護衛達は互いに顔を見合わせていましたが、皆、首を振るばかり。


「我等もその様な話は聞いたことがありません……」

「そうか、ならば急ぎ、王太子殿下に伝えるとよい。知らずに対応するのと、知っていて対応するのでは違って来るじゃろうからな。今なら急げば、殿下達に追いつけるじゃろう」

「そうですね……こちらの長剣は我等で預かっても?」

「ああ、構わんよ」


 そうして、彼等は慌てて領都を去って行きました。

 王都で何か起こっているのでしょうか? あの子達が学園に行く頃には解決しているといいのですが……



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