1年限定でイケメン最強になったら

 どうやら俺は王女の許嫁になったらしい。俺が見た目を変えて、許嫁になるまでの俺の恋物語について聞いてもらおうか。


「この国の時期国王候補として、ダークを任命する」

 俺はこの瞬間から次期国王となった。


「それ故、国王の長女である王女ルイザ姫の許嫁とする」

 そう、それはこの国の王女ルイザの婚約者、将来の結婚相手と決定された瞬間でもあった。


 夢のような幸せだと思う。

 でも、俺には秘密があって、結婚はできないだろう……。

 好きになってもらえないだろう……。


 一般的に幸せな話ではないか? 逆玉の輿ではないか?

 いやいや、この王女相当クセモノなのだ。


 冷酷非道、滅多に笑うことのないサディスティックな王女は、気は強く、口は悪い。女というよりは、男と言ったほうがいい。ツンデレの「デレ」がない王女。この人と結婚したいなんていう男は、あまりいないと思う。


 見た目は長いストレートヘアーで冷たい目をした美人だとは思うが……みんな罰ゲームに当選したかのごとく……


「ご愁傷様」

 婚約発表があってから、会う友達、会う友達に言われるセリフだ。

「おめでとう」ではない。


 ここの戦士はたいてい、この国の兵士として働いているので

 王女のことをよく知っているのだ。

 気に入らない部下を殺す。兵士が死のうともなんとも思わない王女。


 王女は幼少のころから剣術にたけていた。

 その王女に同年代で勝利できる若手を探していた。 

 王女は自分より強い相手が欲しかったのだ。強さに飢えた王女。そこで一般国民まで幅広く募集をかけたのだった。


 その武術大会で、優勝したのが俺だったのだ。


 しかしながら、俺には誰にも知られていない秘密がある。それは、ほんとうは小太りのブサメンで弱い男だということ。

 それはあるできごとがきっかけで、1年間限定でイケメンに変身できるという魔法をかけられたのだ。


 昨年の王女の誕生日パーティーのときだっただろうか……。

 俺はあの日、はじめて恋を知った。

 王女が美しすぎてまぶしすぎたのだ。

 太陽のごとく、俺は目を開けていることができないくらいだった。王女の美しさに衝撃を受けた俺は一般人。王女と話すことも近づくこともできない。雲の上の存在だった。しかも、弱いブサメンだ。金持ちでも貴族でもない。王女に相手にされる要素はない。


 目の前に現れたのは美しい妖精のような女性だった。

 望みは何かと聞いてきた。

 俺はひとめぼれした王女と仲良くなりたいと望んだ。


 すると女性は―― 

「恩返しに1年限定であなたをイケメン男子にします。そして、1年限定で剣術武術ではだれにも負けない強い力を与えます」

 という魔法をかけたのだ。

 そして妖精は、ヘタレの俺が王女に近づけるチャンスを与えてくれたのだ。


 その後、俺は王女の剣術相手の募集をみて、大会に出場したのだ。

 でも、本当は剣術の腕は中の下、程度だ。

 しかし、魔法のおかげなのか、俺の腕前はぶっちぎりに強くなっていた。

 努力なしの最強なのだった。


 もしかしたら俺は、イケメンになったおかげで、姫に気に入られたのかもしれない。でも……魔法が解けたら相手にされないことはわかっている……。


 今の幸せだけを楽しんで、ドロンすればいいのか?

 急にブサメンで弱い男に戻っていたら絶対ふられるだろ? 普通。

 王女は強い男が好きなのだから。なんで1年限定? どうせなら永遠に最強でイケメンになれる魔法をかけてほしかった。


 俺は優勝してから、この国の若手戦士育成所のトップ戦士集団に所属した。

 魔法をかけられてからというもの、大会では毎回優勝していて向かうところ敵なしだった。


 いつのまにか俺は、王女の御学友(剣術友)になっていた。いつもルイザの傍にいたように思う。最近では、休日は王女のボディーガードのアルバイトまでやっている。ルイザはスキを見て俺を倒そうと必死に修行に明け暮れている。王女は私が倒すまではここを辞めるな、といつも口癖のように言っている。勝ち逃げは許せないらしい。彼女の高い高いプライドが許さないのだろう。エベレスト並みに高いプライドが俺の強さによってへし折られたのだから。向かうところ敵なしだったルイザが負けてしまったのだから……。でも、俺は魔法で強くなったのだから、絶対に負けることはなかった。要するに、最強なのだ。俺の望みはかなった。


 この短期間にどれだけ一緒の時間を過ごしてきたのだろう。

 そして、結婚なんてしたらどれだけ一生一緒なのだろうか?

 めまいと吐き気がするくらい長い話だ。


 ルイザは、国王である父親しかいない。母親は表向き死んだことになっていたが、本当は部下と駆け落ちしたらしい。国王の妻が駆け落ちなんて公表できず、死んだことになったらしい。このことを知っているのはごく一部の人間だけだ。俺は婚約者になってから、ルイザからその話を聞いた。ルイザは、国王の任務が忙しく寂しかったのだろう。小さいころから剣が友達だった。それだけは、ルイザに同情をする。


 しかし、いつの間にかルイザは自分のやり場のなさを兵士や部下に当たるようになっていったらしい。そして、気に入らないものは処刑することをなんとも思わない冷血人間になっていったのだ。


 俺は、ここへきてはじめてその事実を知って、彼女に暖かい心を戻してほしいと願うようになった。


 彼女の冷めきった心を溶かすことは難しいということは、周りの国の戦士たちに聞いていた。彼女の冷酷非道な行いは表向き報道されることはない。国王は、たくさんの秘密を抱えているのだ。娘のこと、妻のこと……


 それは、トップに立つものだからこそ表沙汰にできない秘密なのかもしれない。

 婚約する前に国王が直々に俺に話をしてきた。

「娘の心を溶かしてほしい。一人娘ゆえ甘やかしすぎた。唯一、ルイザは君にだけは心を開いている。」


 本当は、超弱いブサメンとは言えず……。イケメンになった俺は「任せてください」と答えてしまった。


 一年後が怖い。みんなを騙していた俺、まずいよな? 俺、処刑されるのではないのか? 少しずつだが不安になってきた。


♢♢

 これは、ここへきて、まだそんなにたっていない頃の話だ。王女は、クリスマスだろうと毎日剣術の修行を欠かさない。当時は、俺との勝負に負けたことが悔しくて、俺を倒すためだけに、執念も合い混じって特訓に精を出していた。勝ち逃げされることは、彼女のプライドが許さないらしい。


 戦うこと、勝つことしか眼中にない王女は、楽しさも悲しさも――何もそこにはないようだった。


 俺は、努力して強くなったわけでもなく、今現在は世界一の強さだろう。

 しかしながら、本当は中の下程度の強さなわけで……。

 一応、魔法が解けたときのために修行はしている。魔法が解けたら、弱小の俺は間違いなく王女に殺されるだろう。瞬殺だ。


 しかし、魔法でイケメンになったとか強くなったっていう話は、誰も信じてはくれないだろう。


 だとしたら……逃げたとしたら、本当の俺の顔を知っている者はいないから、永久に捕まらない。しかしながら、王女と結婚することもできない。実に難解な問題だ。


 話を戻そう。あれはクリスマスイブの日。

 粉雪がひらひら舞い散る寒い午後だった。

 定時を過ぎても王女は、ひたすら修行に明け暮れていた。


 俺は同僚の戦士たちと一緒にクリスマスパーティーに参加することになっていた。知り合いの若い女性も呼んでパーティーをするらしい。イケメンになるとクリスマスイブはリア充な過ごし方になるものだ、なんて思いつつ若干浮かれていたことを否定はしない。


 まだこの時は、王女の婚約者になっておらず、俺は少し新しい出会いとやらに期待をしていた。だって王女ときたら、一度も笑わないし、無口で戦いを挑んでくるだけで……。一目惚れをした俺ですら、他の誰かを探そうという気持ちになっていた。


 王女は異性としての意識を俺に対して持っているとは思えなかったし、1年限定のイケメン期間だからこそ、普段できない経験がしたいという気持ちにもなっていた。


 かわいい女の子が来るらしいとか、今夜は飲み明かそうとか、戦士たちの会話が自然と王女の耳にも入ったのだろう。


「せいぜい楽しんで来い。私は貴様が遊びほうけている間に、強くなって貴様を倒す。覚悟しろ」


 俺、悪役か何かですかね? 王女の中では俺は倒すべき相手で、友達になるとか情というものは芽生えていないようだった。冷たい機械人間といわれている王女だから仕方ないのかもしれない。


「せっかくのクリスマスイブ、楽しまないのか?」

 俺が聞いた。しかし、彼女にそんな質問は、野暮でしかなかった。


 はじめてのリア充クリスマスパーティー。

 女の子にモテるという状況は、人生初だ。

 今までさえないブサメンだったのだから、当然だが。モテる男子としての喜びの中で人は見た目が百パーセントという悲しい現実を知ってしまった。


 考えていることは、不細工時代と同じでも、顔立ちが変わっただけで、女の子の態度の百八十度の違いは何だ? 所詮、女という生き物はその程度のものなのか? 俺は、自問自答していた。


 シャンパンで乾杯して、ケーキを食べる。歌って踊って、かわいい美女に優しくされる。人生初の楽しい経験に、俺は少しだけ浮かれていた。


 二次会はどうする? という流れになり、俺を気に入ってくれた女性が強引に行こうというので、なんとなく参加していた。


 もう、この子と付き合ってもいいような気がしていた。その子は連絡先を教えてきた。ふと、王女のことを思い出した。


 目の前のかわいい女の子も気になるが、途中で俺は会場を抜け出して、初恋の人の元へ俺は向かった。


 ブサメン時代は 絶対に言われたことのないセリフ、

「もう 帰っちゃうの? 残念」

 人生は全くもって不平等だ。

 俺は、ブサメンのわびしさもイケメンの楽しさも経験済みの男だから、身をもって感じる。人生は顔なのだと。今まで言われていた、

「キモい、ブサイク、怖い、暗い」

 こんなセリフはイケメンに生まれていたら、一生無関係なのだ。


 王女のいる城の一室に俺はバイクを飛ばして向かう。やっぱり、トレーニング室はあかりが灯っていた。王女は俺を倒すために鍛える。でも、俺の強さは実力ではなく、魔法のお陰だ。


 どんなに強くなっても、俺にかなうわけがない。人生は不平等の連続だ。


 俺は決死の思いで誘ってみた。

「クリスマスイブに何をしている? ちょっと外に出掛けてみないか?」


 王女を外に誘うことは禁止されている。

 勝手な外出はだめなことはわかっている。

 それは王女もわかっていることだった。


 でも、一年限定のイケメンの俺は、今年を逃したら来年はない。

 来年はきっとここにはいられないだろう。

 魔法が解けたら別人なのだから。


 王女が俺の問いかけに答えた。

「パーティーはもういいのか? 今からどこへ行くのだ?」

 少しだけ俺の誘いに食いついてきた。


「一時間くらいバイクでちょっと出掛けてみないか?」

 やっぱり、断られるかな……俺は内心ドキドキしていた。


「たまには出かけてみるか」

 意外にも王女は乗り気だった。


 王女は思わぬ提案をしてきたのだった。

「貴様が言っていた幻のラーメンを食べてみたい」

 


 王女は外の世界を知らない。

 この国の姫君なのだから当然ながら、超箱入り娘である。


 ラーメン屋に入ったこともなければ、1人で外に出かけたこともない。

 いつもボディーガードが複数ついている。

 今夜は俺がボディーガードだ。一年限定だけど、最強なのだから。


 王女のラーメンが食べたいという提案に心の中で思わず突っ込む。

 クリスマスイブにラーメンかよ?

 きっと今日、ラーメン屋は、がら空きなはずだ。王女の考えていることは一般人には理解できない。どんな高価な店よりも、国宝級の建物よりも、王女にとってラーメン屋がとても興味のあるものなのだろう。



 俺は一押しの幻のラーメン屋に向かった。

 そこは、 男1人が食べに来るような古びた油まみれの店で、国王の娘である王女が行くことは、絶対に一生ないような店だった。


 俺は自慢のバイクに王女を乗せて、冬の道路をぶっ飛ばした。あまり長時間不在だと周囲にばれてしまう。タイムリミットは一時間。こっそりうまく城を抜け出すことができた。


 小デブのブサイクがバイクに乗っていても、さっぱり格好がつかないが、イケメンのスタイル抜群な男がバイクに乗るとかなり見た目がいい。これがドラマだったら、さまになるだろう。一年間だけ、せいぜい格好つけさせてもらうぜ。


 冬の風は冷たい。

 頬が痛い。

 王女がバイクにニケツなんて、前代未聞だろう。

 いずれ俺は消える。

 少しくらいのヤンチャは、許してくれ。

 俺の今しかできない、思い出作りなのだ。


 王女は、一目惚れの初恋相手だ。一緒にいたい。


 王女の腕が俺の腹の辺りを締め付ける。

 ブサメンだったころの俺なら腹が出ていてプニプニだった。

 全然ドラマチックじゃない。

 しかし、今の俺の腹筋は割れて脂肪はない。魔法の力だがな。


 俺は、王女の婚約者になったわけだが――これは、婚約者になる前の話だ。王女には生まれたときに決められた許嫁がいた。そのことは国民には極秘事項で、ここへ来てから知ったのだ。

 俺はショックだった。

 初恋の一目惚れの相手に許嫁がいたのだから。王女は一人娘で、その結婚相手は必然的に国王になる。家柄や血筋が重要なのだろう。


 その相手は普段留学していて外国暮らしで会ったことはないらしい。ところが、突然会いに来るというのだ。


 イケメンなのか? どんな男なのか気になった。しかも、会う際のボディーガードとして王女は俺を指名したのだ。

 好きな女が目の前で許嫁と会うなんて正直心が苦しい。見てみたい気持ちもあり、俺は渋々引き受けた。


 相手は正統派の王子様みたいな人のようだった。真面目そうで優しそう、世間ずれしていない箱入り王子。こういうタイプのほうが王女には合っているだろう。

 王女は男性的なタイプだ。

 この許嫁は悪く言えば優柔不断そうなタイプ。まさに、お似合いである。名前はオーシャンというらしい。


 俺の入る隙間はないように思った。

 俺はこの前連絡先を渡してきた女子に連絡してリア充モード全開で一年を過ごそうか……そんな計画を立て始めていた。

 許嫁ということは結婚する予定の恋人であり、俺は告白する余地すら与えられないのだ。相手がいる人を略奪するほど俺は自信家でもない。


 ボディーガードの俺は車の運転手でもあった。車の中で、俺は「なかなか良い人そうだね」と王女に言葉をかけた。

 王女は「そうか?」

 少し不機嫌そうだった。気に入らなかったのかな?

 王女の胸中はさっぱりわからない。

 基本ツンデレのツンしかないような人だからこの人にとって、不機嫌は普通のことなのかもしれない。


 帰る途中に海があったので、少し寄ってみることにした。寄り道は、本当はだめなことなのだけれど、ほんの10分程度だけ、誰もいない海を眺めた。女性と二人で夜の海に来ることは、もちろん初めてだった。静かな海岸に波の音が響く。王女はハイヒールを珍しく履いていたので、途中何度か転びそうになった。そこで、俺は王女と手をつないだ。何をするのだと振りほどかれるかという心配をしながらだったが、王女は嫌なそぶりもせず、手を握り返してきた。砂浜は足場が悪い。王女は俺の手を握り締めて砂浜を歩く。転ばないようにしっかり重心を俺に預けながら。そんな短時間の幸せな時間だったが、王女には許嫁がいる。

 

 許嫁の男は頻繁に会いに来るようになった。きっと王女を気に入ったのだろう。


 俺はそれを見ていていたたまれなくなり、勇気を出して、クリスマスパーティーで出会った女の子に連絡した。名前はライだ。失恋のやけ酒につきあってもらった。彼女はこんな俺のやけ酒に付き合ってくれたのだ。

 

 ブサメン時代だったら絶対になかったことだ。女の子がしっぽをふって俺についてくるなんて絶対になかった。見ただけで逃げられていたことは何度もあるが。


 飲みすぎた……記憶をなくした俺は、目覚めたら彼女の部屋にいたのだ。

 しかも、朝になっていた。

 まずい……俺、やらかしたか?


 となりに笑顔のライちゃんがいる。

 ベッドの上にかわいい女子と二人。

 信じられない。でも現実だ。

 しかも相手は拒否するどころか受け入れてくれている。

 

「俺、飲みすぎた。記憶なくて……何かしたかな?」


「やだ……もう、私に言わせる気?」


 やっぱり俺は彼女に何かしたのか?

 ライちゃんは肩くらいの髪の長さで、かわいい系女子だ。

 女子力は高いだろう。王女と比べたら天と地くらいの違いがある。


「私たち付き合うことにしたのよね、記憶ない?」


 記憶ない。全然ない。


 彼女は料理が上手で、さっと朝食を作ってくれた。はじめて俺なんかのために料理を作ってくれる女に出会った。ブサメンのままなら絶対にありえない事実だとわかっている。初彼女がとうとうできたのだ。酔った勢いとはいえ、断るのも失礼だ。1年限定のリア充男子を楽しまないと。


 女の子は好きな男のためならこんなにかわいい表情をするのだな。そんな顔されたことなかったから、知らなかった。


 俺は今、城の戦士の寮に住んでいるが幸い一人部屋だ。周りに朝帰りだとばれなければいいのだが。そうだ肝心なこと、聞いてなかった。


「俺は、君に何かした? 実は記憶がなくて」


「記憶ないの? なにもしてないよ」


 よかった、何もなくて。

 なんだか乙女みたいな発想だ。ホッとした自分がいた。


 朝帰りだと仲間内にバレていて、朝から周囲にからかわれる俺。


 今日はいつもに増して王女は機嫌が悪い。ツンツン尖っていて、触ったらチクリと刺さりそうだ。殺されそうだ、の間違いかもしれない。


 何が王女をそうさせているのだろうか?

「勝負だ」

 いきなり俺と勝負かよ。以前の弱い俺なら一撃で殺されているな。間違いない。でも、今の俺は相手の動きが読めるし、かわすことが容易だ。王女はやけになって刃を向けてくる。これ、気を抜いたら殺されるレベルだな。やはり、今日も王女の胸元にネックレスが光っていた。


「このネックレス、つけていてくれていんだ?」

 俺が言葉を発すると、王女は少し困ったような顔をした。

「これは魔除けだ」

 ぶっきらぼうに言う王女。


「王女ならもっと高価なものがたくさんあるのにな……」

「デザインが気に入ったのだ。文句あるのか?」


 文句はありませんが……。

 普段、アクセサリーなどに興味がない王女。女子力ゼロなのに、珍しい。


 そんなとき――

「差し入れ持ってきました」

 ライちゃんがこんなところにやってくるとは、間が悪い……。


「彼女でもできたのか?」

「違うけど……」

 一応否定しておく。


「これ、昨日の忘れ物だよー」彼女が叫んだ。

 朝帰り=昨日この女といたことがバレバレじゃないか。


 王女はひどく怖い目で睨みつける。


「彼女っすか?」

 仲間たちが聞いてくる。

「そうでーす」

 初彼女は堂々と肯定した。


 その日、王女がここへ戻ってくることはなかった。


 それからなんとなく避けられているような気がした。俺には所詮王女は高嶺の花だったのだ。許嫁の男ともうまくいっているようだったし。無理にでもそう思い込ませた。


 元々、俺は小太りのブサメンだ。元々弱いし魔法の力がなければ、王女に近づくことも不可能だった。いい夢を見ることができたのだ。



 まさかのダブルデートの日がやってくるとは。ブサメン時代、デートなどしたことがない俺が……。元々、俺と王女の許嫁の男のオーシャンは面識があったのもあるのだが―― 偶然、ライちゃんが城へ訪問してきたときに、オーシャンが声をかけてきた。 


 王女とオーシャンのデート。ティータイムに参加しないかと? もちろん絶対断ろうと思ったよ。王女は最近ものすごく怖い目で睨むし、嫌われ者体質の俺を避けているのが分かっていたから。


「王女様のネックレス、きれいですね」

 ライちゃんがほめた。


 それは俺が王女にプレゼントしたものだった。今日もつけている。

 そんなにあのデザインが気に入っていたとは……。


「今度、僕もネックレス、プレゼントしますよ」

 許嫁が優しく言った。


「ネックレスは1つで充分だ」 

 あいかわらずそっけない王女。この王女のどこがいいのか? 許嫁。


「イヤリングとかはどうですか?」

「アクセサリーは基本興味ないので」

 ツンデレにもほどがある。デレがないし。

「思い入れがあるネックレスなのですか?」

「まぁ……」

 そこは否定しない王女。


 あのネックレスに 思い入れあるのか? 千円のネックレスだぞ。

 しかも、俺があげたものだし。どう考えても思い入れないだろ。



 さりげなく許嫁のオーシャンが聞いてきた。

「王女様ってどんな食べ物が好きなのかな? どんなに高級料理に誘ってもおいしいと言ったことがないから……」


「それなら中華じゃないかな?」

 幻のラーメンをあんなに喜んで食べてくれた彼女だ。絶対ラーメンしかない。


「幻のラーメンなら、確実ですよ」

「幻のラーメン? どんな高級中華料理店なんだい?」

 俺は場所をこっそり教えた。高級ではないことも。許嫁は恋のライバルではあったのだが、俺は戦うこともできないまま負けたのだ。快く協力しよう。一目惚れの相手を幸せにする男の応援をしようと決めたのだから。


「今夜、食事に行ってみませんか?」

 王女を許嫁が誘う。


「かまわないが」

 冷めた表情の王女。


 二人は公用車で幻のラーメンへ向かう。王女はそのことを知らない。サプライズだ。絶対喜ぶだろう。あんなにおいしそうに食べていたのだ。もちろん店内貸し切りの予約を取って。


「着きましたよ」

 王女は驚きの表情を隠せなかった。そこはダークと以前来た幻のラーメンだったのだから。しかも、貸し切りという紙まで貼ってある。


「――あいつに聞いたのか?」


「はい。あなたがおいしいと思える店に行きたかったのです。いつもつまらなそうにしていて……。どんな高級料理店でもおいしいなんて言わないものだから、喜んでいただきたくて」


「帰る」

「なぜですか? 予約もして貸し切りですよ。ラーメンはお好きですよね?」

「とにかくあいつに一言、言ってやらねば気が済まぬ」

 

 王女は幻のラーメンを食べることなく帰宅した。


 怖い顔をした王女が、俺の部屋にやってきた。普通王女が一介の戦士の部屋に来ることはないのだが……。相当ご立腹なようで。幸いライちゃんも帰っていて、不幸中の幸いだった。



「なぜ、あの店を教えた?」

「幻のラーメンおいしかっただろ?」

「あれは二人だけの秘密だろ」

「抜け出したの、ばれるのがまずいってことか? 大丈夫だよ。彼は口が堅いから」

「食べてこなかった」

「なんでだよ? あんなにおいしそうに食べていただろう?」

「あれははじめてバイクで出かけて、こっそり食べたからよかったのだ。貸し切りとか身分を明かして行きたかったわけではない」

「抜け出すってドキドキ感が楽しいってのはあったよな」

「二人きりのクリスマスイブの想い出を他人に話すなよ、馬鹿野郎!」

「???」

「貴様と一緒に食べたからおいしく感じたのだ。貴様は私より強い人間だった。どこかで貴様の強さに憧れがあった」


 まぁ魔法の力ですからね。本当はブサメンで弱い男だけど……。

 俺の強さに憧れてくれていたのか?


「このネックレスだって貴様がくれたからずっとつけているわけで……」


 今、なんと?

 俺のこと好きって言っているのだろうか?

 いや待て、モテない男の勘違いだよな。

 冷たい心の王女が心を開いた? まさかな。


「彼女とデートしていると思うだけで胸のあたりが痛くなる。だからずっと避けていた。お前のことは苦手だ」


 やっぱり、俺嫌われているよな……って胸のあたりが痛くなる?


「朝帰りってあの子のうちに泊まったのか?」

「俺、失恋してやけ酒してそのまま寝てしまって……」

「失恋って? 誰か好きな人でもいたのか?」


 あなたのことですよ。本当に鈍感な王女だ。

 俺は心の中で叫んだ。


「あの女と別れろ。そして私の婚約者になれ」


「はぁ?」

 なんだその命令。これってまさかプロポーズ?

 俺の勘違いかもしれない。

 強い男を国王にしたいという話なのか?

 でも強さは、一年限定だし。


「許嫁のオーシャンは?」

「許嫁の話は白紙に戻す。私は最強の男がいいのだ。文句があるのか?」

「でも、俺、本当は弱くて、ブサメンで……」

「はぁ?」

 王女は俺がこの期に及んで、何を言っているのか理解できずにいた。

 それはそうだ。

 口で本当は弱くてブサメンと言っても、説得力がない。

 ここにいるのは、最強でイケメンな男なのだから。


「もし俺が、弱くて不細工だったら?」

「なんだそれは?」


 俺は本当の自分を隠して婚約するということは卑怯だと思っていた。

 しかしながら、強引な王女の申し出により、俺は彼女の許嫁となった。

 結婚を約束して将来的に国王になるという事態に。


 これって俺のことが好きってことだよな?

 王女はあまり好きだとか言葉にしないし、態度に出さない。

 わかりにくい。

 それに俺は今までモテたことがない。

 よって恋愛の駆け引きが苦手だ。


「俺、ルイザのことを初めて見たときから、ずっと好きで……」


 はじめて自分の気持ちを女性に告白した瞬間だった。


 するとルイザが俺の胸に飛び込んできた。夢のような話だが、彼女のほうから俺に近づいてきたのだ。かつてはキモイと言われていた俺に接近してきたのだ。

 

 ビジュアル的に美男美女だからきれいな絵になっているだろうが、以前の俺の姿のままなら王女は見向きもしなかっただろう。どこか罪悪感に苛まれる俺だった。

 

 一つ確かめたいことがあった。

「以前結婚しても夫婦の寝室は別。子供はいらないっていうのは、当てはまるのかな?」


 彼女は以前の許嫁と会うときに言っていたのだ。自分は結婚しても夫婦としての愛を持たないという話だった。一応、確認しておきたかった。


 すると王女が――

「寝室は一緒に決まっているだろ。馬鹿……。子供は授りものだから……な」


 俺、相当王女に気に入られているのか? でも、元に戻ったら生理的に無理、受け付けないとか言われるよな……。自信がない俺は、ものすごく心配になってしまう。



 俺の私生活はだいぶ充実していたが……。


 とうとうその日がやってきたのだ。魔法が解ける一年というタイムリミットが。

 美しい妖精は、突如現れた。

「一年経ちました。元の姿にあなたを戻しに来ました」


「もう少しこの姿のまま最強の力を持つことはできないかな?」

なんとか今のままでいたい俺は最後に願ってみた。


「あなたは元々イケメンになんてなっていなかったのです。最強の力と引き締まった体になるという魔法と自分の姿がイケメンに見えるという思い込みの魔法をかけました。魔法はもう切れています」


「俺、イケメンになっていなかったのですか? 俺はもう最弱なのでしょうか?」

 正直慌てている自分がいた。イケメンじゃなかったのになぜ俺なんかと婚約したのだろう? それに、なぜ女性にもてるようになっていたのだろう? 思い込みによって、自分に自信を持っていたからなのか? 実は案外かっこいい男だったということなのか?


「いえ、最強でいられるのは今だけで、トレーニングを怠れば弱くなっていく。これは常人と同じです。今までが超人だったのですから。強くありたければ毎日鍛えていれば、この力を保つことは可能です」


 いきなり最弱な男に逆戻りするのではないという事実を聞いて、俺は安堵していた。俺は、鏡で自分の姿を確認した。


 あれ? 俺、痩せてないか? しかも筋肉もついている。鏡に映ったのは超絶イケメンではないが、戦士らしい体つきになった自分だった。


「一年間、強豪の戦士たちと毎日体を鍛えていたのです。体が絞られることは当然ですよ」


「最強と言われる王女と毎日格闘していたのだ。太っている暇なんてなかったよな……」


♢♢

「なぜ、あの男に入れ込んで思い込みの魔法をかけたんだ?」

 ねがいやの語調は強い。

「あら、嫉妬?」

「違う」

 ねがいやは意外と嫉妬深いらしい。

「最弱ブサメンにも素晴らしい未来を与えたいと思ったのよ。それに、王女には彼がぴったりだとタロットカードに出たし」

 絶対タロットカードを出す。これは、必ず当たるというカードだ。

「彼って母性本能をくすぐる、守りたくなる顔立ちしてると思わない?」

「好みなのか?」


 すごく嫌そうな顔をするねがいやを尻目に妖精と偽る彼女はその場を去った。


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