第24話 思わぬ再会
「なんでって、それはね……」
魔王はいたずらっぽく舌を出してみせる。
「勘……かな? わたしも異世界から来たから……同じような空気を感じたというか。……でも今のではっきりしたよね」
「まさか……魔王様も?」
「うん。……ノーランが言ったでしょ? 勇者として召喚されたって。そして、勇者特有のチート能力を魔王として君臨するためにひたすら使った。それだけだよ」
もしかして魔王様も私みたいにトラックに跳ねられて死んじゃった女の子とか……?いや、あの歳で死んじゃったって可哀想すぎるよ……。もちろん転生してから結構経っているだろうからあれよりももっと小さいよ多分……。
「あー、それはね。……魔王になった時に呪いで成長が止まっちゃったの。実際の年齢は二十歳過ぎてるはずだよ」
「なんと……」
私より歳上でしたか……。
四天王たちは、魔王様で慣れているせいか、私が転生者と聞いてもあまり驚いていないようだ。「転生者だからあんなに禍々しい魔素を持っているのかー」みたいな感じで思っているに違いないよ多分!
「……ん、敵が動きましたぞ。それもすごい数。まっすぐこの魔王城に押し寄せてくるようです」
目ん玉男が全身の目をぱちくりさせながら魔王に報告する。透視でもできるのだろうか。……うん、グロテスクだ。
ていうかいよいよ人間たちが魔王城に攻めてくるようだ。またしても勇者パーティーとの対決もあるかもしれない。
……もうこの前とは違う、戦うなら成長の成果を見せないとね!
「だいたいどれくらい?」
「ギルド協会、容赦なく全戦力を繰り出してきたようです。軽く冒険者一万人くらいはいますぞ。それに加えてエルフが二万、ドワーフが二万ってところですな」
「よくやったわイービルアイ。それだけ分かれば十分。こちらも打って出るね。……ノーラン、ベルフェゴールは戦える者を集めて。レヴィアタンとコンラートは武器兵糧を。……イービルアイ、カナ、あなたたちは残って」
魔王は矢継ぎ早に指示を出すと、魔王四天王+ベルフェゴールは風のようにすっと部屋を出て準備を始めたようだ。さすが魔王軍幹部、テキパキしている。
特にベルフェゴールなんかは、私は養成所でグダグダしているエミールしか見たことないから、魔王の前でのあまりの変わりように違和感しかないよ……。
魔王と共に部屋に残った私と、イービルアイと呼ばれた目ん玉男。嫌だなぁ、こいつ気持ち悪いし……。
「はい、これカナにあげる」
魔王は私の近くまでトコトコと歩いてくると、右掌を空中にかざして、その上に魔法で何かを召喚したようだ。……これって、黒い服?
「これは……」
「炎蚕(ラヴァワーム)の糸で織った服だよ。それがないとマシューに乗れないんでしょ?」
……よくご存知で。
「あ、ありがとうございますっ!」
というわけで私は服をありがたくいただくことにした。高級素材なのに……なんとも太っ腹な魔王様だ。
そんな私に魔王は頷くと、指をくわえて「ぴゅぅぅぅっ!!」と指笛を吹く。すごい、上手い!
すると、ドドドドドという地響きがして、玉座の間の扉が開き、マシューが現れた。
マシューはなんと魔王の元へ一直線に飛んできて、その傍に寄り添う。……なによマシュー……私以外の主に懐きやがって……。
「マシュー、カナを乗せて、ノーランがまとめている魔王軍主力と合流して? 私たちも後から行くから」
「はいっ、魔王様! ……乗れカナ」
「その前に着替えさせて!」
魔王からもらった服はいまだに手に持ったままだ。このままマシューに乗ったら、今着てる服が燃えて裸になっちゃうよ!
「あっ、ごめんね。みんな、後ろ向いてて?」
魔王のその言葉で、魔王とマシューとイービルアイは揃ってそっぽを向いた。……しかし
「いや、背中にも目ついてんじゃん!」
私はイービルアイの目ん玉だらけの背中を指さしながら苦言を呈した。すると、イービルアイの背中の目が揃って瞼を閉じたので、少し笑いそうになってしまった。……なんていうか、グロテスクだと思ってたけど割とコミカルなところもある。
「だそうよ、イービルアイ」
「……はっ、申し訳ない」
魔王はイービルアイを促して部屋から出てしまった。なんか魔王様を追い出してしまったような形になってしまってかわいそうだけど、私は急いで服を着替える。
新しい服は、魔法のサポートに特化したローブなんかよりもよほど動きやすさを重視したデザインだった。
腕やお腹、太ももあたりは剥き出しで、防御力が心配なところだけれど、私は魔素で盾作ったりできるようになったので、純粋に機能性に優れている方がいいだろう。
……ありがとう、魔王様!
「さあ、行こっか!」
「あぁ……勇者を倒そう。行くぞ相棒!」
私はいつも以上に軽々とマシューに飛び乗ると、マシューは猛スピードで魔王城の中を駆け回り、階段を降りて出口を目指す。
私はもうマシューがいくらスピードを出しても両足でしっかりと体を支えることができて、落ちることは無い。
やっと大きな城から出ると、城の前にはすでに大勢の魔王軍が待機していた。
『来たか、お前は我の部隊に入って勇者と直接戦え』
ノーランは私の姿をみつけると、そう言葉をかけてきた。なので、とりあえずノーランの近くにいることにする。
「はい!」
しばらくすると、準備が整ったのか魔王軍はゆっくりと前進する。私とマシューはその流れに乗りながら、辺りを見渡した。
「……やっぱり前の戦いの時よりもだいぶ増えてるね」
「そりゃあな。魔物だけじゃなくて、レヴィアタン様率いる悪魔、コンラート様率いるアンデッド、イービルアイ様率いる地底の異形どもまで参戦している。まさに総力戦だな」
「ふーん、悪魔とかって魔物とはまた別の分類だったのね……」
「そりゃそうだろ……」
出たよ、また「そんなの当たり前だろ」みたいな口調で言うやつ……。まあ私の勉強不足が原因なんですけどね!
魔王城の周辺は険しい山になっており、切り立った崖に面した狭い道を魔王軍は三列になって進んでいく。なるほど、こんな場所通らなきゃいけないなら、なかなか魔王城は攻めにくい場所だよね……。それならいっそ城にこもってればいいのに、そういうわけにもいかないのかなぁ……。
「敵襲ー!敵襲ー!」
私たちよりもずっと前の方から声が上がって、私は身構えた。すると、ヒュンヒュンと何かが風を切る音がして、頭上から矢が雨あられと降り注いできた!
「危ないっ!」
私は魔素の盾を広げて矢を防ぐ。隣ではノーランが同じようなことをしているが、多分物理攻撃を無効化するノーランはわざわざ防ぐ意味もないような…?しかし、周りでは矢を防ぐ手段を持たない魔物たちが矢を受けてバタバタと倒れていく。
「おい、見ろ」
ディランがワイルドボアーに乗りながら私の後ろにやってきて、空を指さしながら言った。……そこには、羽の生えた白い馬にまたがるたくさんのエルフの姿が……。
「……ペガサス?」
私の言葉にディランはうなずくと
「まさか幻獣使いを出してくるとはな……敵はこの辺りの地形を知り尽くしていると見える」
「師匠!」
そこでまた矢の雨が降ってきたので、私は魔素の盾で私と一緒にディランも守る。また、何人かの魔物たちが倒れた。……このままじゃ敵のやりたい放題だ。
「すまない、助かった。我が弟子よ」
「お礼はまだ早いですよ! あれを何とかしないと!」
「……しかし、魔物で空を飛べる者はガルーダくらいではないか?」
「むむむ……」
じゃあどうすればいいのよっ!
『我がなんとかする。時間を稼げカナ』
ノーランが魔素を使って何かを形成しながら私に言ってきた。
「……やってみます!」
敵が高すぎて魔素を伸ばしても届かないし……どうするつもりなんだろう……でもここはノーランを信じて任せるしかない。
私はみたび降り注ぐ矢の雨を盾を上手く使って周りにいた魔物やディランを守る。
「……くっ」
でも私、守ってばかりは性にあわないんだけど……。
『ふんっ!!』
その時ノーランが何かを上空に投げあげた。その物体はブンブンと回転しながら空中のペガサスとエルフを襲い……。
「ぐわぁぁっ!?」
「ぎゃぁぁぁっ!?」
エルフたちは叫び声を上げながら地面に落ちていく。
ノーランの元に戻ってきたその物体を見ると……
「ブーメラン……?」
『そうだ。作ってみたことは無かったが、上手くいったようだな』
その後、ノーランは何回かブーメランを投げてペガサスを落としてしまった。残っていたペガサス部隊も、不利と判断したのか撤退を開始する。
『深追いはするな。被害状況を確認しろ』
ノーランが近くの魔物に話しかけた時、間髪入れずに前方からまた悲鳴が上がった。
「勇者パーティーが来たぞ!」
……来たわね、勇者パーティー!
「私が行きます!」
「某(それがし)も行こう」
『気をつけろ。我も後から行く』
私とディランはそれぞれの魔獣を操って魔王軍の前方へと駆けた。
そこでは、群がる魔物を吹き飛ばし、切り倒して無双する一人の戦士の姿があった。銀色に光り輝く鎧に身を包んだその姿は……
――ホラント
勇者パーティーの中で私を嫌っていた一人……。まさかこんな所で再会するとはね。
こいつは一回殴っておかないと気が済まないかも……。よーし!
「マシュー!」
私の声に呼応するように、マシューがホラントに炎を吐きかけた。……しかし、ホラントはその炎を、熱に強いミスリルの盾で防いでしまう。
私はマシューの背中から飛び降りた。
「私がやる! 手を出さないで」
「承知した! くれぐれも気をつけろよカナ!」
マシューはそう言うと、ホラントの後方にいた冒険者の群れに向かって炎を吐いて進攻を阻害する。ディランも冒険者達の方へ向かっていった。……あっちはあの二人に任せて……。
私は魔王からもらった黒い手袋を両手に装着すると、こちらに向けて剣と盾を構えるホラントに向き直った。
「……さてと、お久しぶりだね。イケメンさん」
「……その声、その姿……お前、カナか?」
ヘルメットを被ったホラントの表情はよく分からなかったけど、その声には驚きの色が含まれていた。
「正解。〝元〟勇者パーティーの最強美少女魔法使いのカナちゃんですっ」
私はホラントを見つめ、ニコッと笑いながら煽ってやった。
「なるほど、勇者パーティーに居られなくなったからって魔王軍にいるとは、落ちぶれたもんだな。〝自称〟最強美少女なんちゃらさん」
「……はぁっ!?」
ムカつくー! こいつマジでムカつく!
煽り返されて頭にきた私は、そのまま右拳を突き出して魔素を解放した。
「闇の力……カナ、やはりお前は人間にとって危険な存在だ。……昔仲間だったからといって手加減はしない。邪魔をするなら叩き潰すぞ」
「私だって……お前を叩き潰す!」
私は地面を蹴ってホラントに殴りかかった。
「魔法使いのお前が接近戦専門の俺に勝てるかよっ!」
ホラントは私の一撃をミスリルの盾で防ぐ。しかし、私の一撃は魔素を纏ったフルパワーの一撃。衝撃でミスリルの盾は大きく凹み、ホラントは一歩押し込まれた。
「なんだと……」
驚きの声を上げるホラント。でも、ディランはこれを受けて何メートルも吹き飛んだんだから、この程度で済んでいるホラントの防御力は規格外だ。
「せいっ!」
ホラントが私の体を狙って剣を振るってくる。私はそれを後ろに飛んでかわす。
大丈夫。レオンやディランに比べればスピードは大したことない。……攻撃さえ当たらなければ……っ!
私が魔素で大きな鎌を作って再度攻撃を仕掛けようとしたところで、真横から殺気を感じた。……要するに第六感ってやつだね。
「っ!?」
慌てて横から飛んできたそれを鎌で防いだ。ガァァァンッ!! ぐっ……すごい衝撃……!!
私は衝撃で吹き飛ばされて、岩の崖に激突してしまった。……くぅ、身体中が痛い。
「……っ、げほっ……げほっ……なに?」
咳き込んだ私が急いで顔を上げると、先程まで私がいた場所にはホラントとはまた別の男が立っていた。……体格のいい、大剣を担いだイケメン。
――クロードだ!
「よおホラント。助太刀するぜ! だがまさか相手がカナとはなぁ……俺は一度カナをぶん殴ってみたかったんだ」
「茶化すなよ。こいつ、知らないうちにかなり強くなってやがるぞ。主に体術面で」
「ほう、おもしれぇ! 俺を楽しませてみろ」
クロードとホラントはそれぞれ武器を構えながら私に近づく。私はなんとか立ち上がると、鎌を構えた。……でも、ホラントだけならまだ勝てる可能性はあったけど、この二人相手はだいぶキツいかもしれない。
「に、二対一なんて卑怯だよ!」
「はぁ? 魔王軍が卑怯とか言うなよ!」
私はなんとか気を逸らそうとするが、クロードはそんなことはお構いなしに、大剣で切りかかってきた!
「……じゃあこれも卑怯じゃないんだよね?」
「ぐわっ!?」
突然、鈴の音のような済んだ声とともに、崖の上から何かが落ちてきて、クロードを包み込んだ。……青い大きな……スライム?
と同時に、ホラントに打ち掛かる青い髪の……
「クロエ!?」
そう、青い髪の可愛いウィンディーネ、クロエだった。……ってことはあの大きなスライムはノアちゃんか……! よかった、二人とも無事だったんだ!
「ウィンディーネ!?」
「やっほー、カタリーナお姉ちゃん! 助けに来たよ!」
あからさまに驚くホラントを得意のエストックとマインゴーシュで追い詰めながら、クロエはニコッと笑った。
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