第6話 似たもの同士だね

 速い速い! トカゲは足場の悪い森の中をスルスルと駆け抜けていった。横向きに咥えられてるから、頭とか足とかがどこかにぶつかりそうなものだけど、それも分かってるのか、ギリギリでぶつからないところを通っているようだ。


 前世で小さい頃家族と行った京都の保津川下りを思い出すなぁ……とか呑気なことを言っている場合ではない。つまり、猛スピードで走ってるということはそれなりに揺れるということで、揺れるということは宙ぶらりんの首とかがすごく痛くなってくるということだ。


「ちょ、ちょっとスト……っ!」


「お嬢ちゃん、お口は閉じてな。舌噛むぞ?」


 トカゲさんは私を咥えながらモゴモゴと言う。いやでもほんとに首が痛いんだって! ていうか最近ほんとよく身体が痛くなるよね。ほとんど私のせいではないけど!

 でも、咥えられている体は温かくて気持ちいい。揺れてなければ寝れちゃうかも。

 でもやっぱり首が痛い!


「いたい、いたいからぁ!」


「……そうか」


 トカゲさんはやっと止まって、私を解放してくれた。


「ここまでくればもう奴は追ってこないだろうよ」


「いたたた……さっきのっていったいなんなのよ……」


「〝暴虐龍(タイラントドラゴン)〟。邪龍ティアマトさ」


 首筋をさする私にトカゲさんは言った。って、えぇ!? 邪龍!? それやばくない!? 邪龍といえば、魔王領のどこかに住みつくと言われているドラゴンのなかでも特に邪悪なやつだってカナちゃん情報にあるよ。ここは人間の支配域からさほど離れてないはずなのに、あんなのがウロウロしてていいのかな?


「このあたりは奴の餌場のひとつなんだよ。魔物が少ないのも奴が食い散らかしたせい。おかげで何も知らない人間とかエルフとかがやってきたんだが、奴が戻ってきたからにはどうなるかわからんな」


 なるほど、つまりティアマトとやらは常にここら辺にいるわけじゃなくて、いくつかの餌場を回っていて最近またここに戻ってきたってことなのかな……?


「ふーん、でもさっきはありがとう。助けてくれて」


「いや、お礼を言うのは俺の方だ。お嬢ちゃんがいなかったら俺は今頃ステーキにされていただろうよ」


「べ、別に……ただ勝手に体が動いたというか…」


 渋い声で褒められて、思わずデレデレしてしまう私。な、何この新しいドキドキは……。


「俺の名前はマシューっていうんだ。ノーラン様につけていただいた」


「……ノーラン?」


「おや、知らないのかい?魔王四天王の一人、デュラハンのノーラン様だよ」


「へぇ……」


 出たよ、また私の知らないことを、そんなことも知らないのか? みたいな感じで説明し始めるやつ。魔王軍の事なんて興味ないもん。


「〝闘蜴(ファイティングリザード)〟として生まれた俺は、闘技場(コロシアム)で魔物決闘(モンスターギャルド)の魔物(モンスター)として活躍することが期待されていた。でも、そうはならなかった。若い頃にとある卵を食ってしまったのさ」


 いきなり身の上を語り始めるマシュー。ちなみにモンスターなんちゃらとかいう競技は、今魔王領で流行っている競技らしい。それくらいしかカナちゃん情報はない。多分ファイティングリザードっていうのは戦うトカゲのことだろう(そのまんまだけど)。


「その卵は邪龍ティアマトの産んだ卵だった。空腹だった俺は奴の巣にこっそり忍び込んで1つ頂戴したのさ。その結果、俺の体にはティアマトの力が宿った。この炎がその証さ。そのせいでティアマトに狙われてるんだ」


 マシューは首を回して自身の体から立ち上る炎を見つめる。……っていうか周りの草焦げてない!? 私たちが走ってきた道も黒焦げの木や草で散々たる有様だった。

 まったく、これじゃああのティアマトとやらに見つかるのも時間の問題だと思うけど。とりあえず助けてくれて私のことを褒めてくれたお礼に身の上話に付き合ってあげることにした。


「ふーん、大変なのね。強くなったのに、なんでそのモンスターなんちゃらに出られなくなったの?」


「魔物決闘(モンスターギャルド)は魔物と乗り手がペアで戦う競技だ。開始時は必ず乗り手が騎乗した状態で始めないといけない。俺は静止している時は炎を抑えることができるが、動くと必ず出てしまうから、要するに乗り手が燃えてしまうのさ。また炎巨人(ファイヤージャイアント)とか、炎霊(ファイヤースピリット)あたりなら耐えられるのだろうが、巨人は乗せられないし、炎霊は非常に短命だから競技には向いていない」


「へぇ、不便なのね……」


「でも俺はどうしても魔物決闘に参加したい。そこで噂で聞いたのが人間という存在だ。奴らは実に様々なスキルを持っているらしい。もしかしたら俺の炎に耐えられるやつも……」


「ちょっと待って! もしかしてそれって……」


 強力な炎耐性を持っている私に、一緒にモンスターなんちゃらをやらないかと遠回しに言ってませんか!? ……だからあんなに長々と身の上話をしていたのかぁ……


「せっかくだけど、私は魔王領で暮らす気は無いわよ?」


「そうか? 行くあてもないように見えたが。荷物もないし」


「それは盗られたの!」


 考えてみれば、このまま人間の街に戻っても、魔法も使えないしその他のスキルは一切持っていない私は生活していける保証がないわけで……。


 だとしたらこのマシューとともに魔王領でワンチャン狙ってもいいんじゃないかな? まあ急展開すぎて頭が追いついてないけど。


 うーん……考えろー考えるんだ私。メリットとデメリットを比較衡量して……。


 でも、もしかしたらその道が、アンジュの言っていた『心の支えになるもの』になるかもしれない。だったらやってみるしかない! 無理ならやめればいいんだし……そうだよね? アンジュ。


「……言っておくけど、私は魔法使えなくなっちゃってるし、役立たずよ?」


「問題ない。魔物決闘では、乗り手の魔法の使用は禁じられている」


 ほう、面白そうじゃない。他の相手と同じ土俵で戦えるということかな?


「良い成績を収めたものは、魔王軍の幹部として出世が約束される。戦場においても競技の選手が部隊を組んでよく活躍している」


 勇者パーティーの魔法使いだった私が、魔王軍の幹部になれるかも……?


「……あはははっ」


「どうした?」


「それって最高にロックだよね!」


「ろっく……?」


 マシューは首を傾げた。どうやら意味がわからないみたい。ロックっていうのはロックってことだよ!


「私の名前はカナよ。よろしく。その提案、乗ったわ」


 私はマシューの燃え盛る背中をポンと叩いた。全然熱くない、温かいぐらい。


「カナ……どこかで聞いた覚えが……あぁっ!?」


 マシューが突然大声を出したので、私はびっくりしてその場で跳ねてしまった。


「なによもう……」


「カナ……勇者パーティーの自称超絶美少女魔法使いのカナか? 悪評は聞いているぞ。なにしろ人間の中で一番魔物を葬ってきたクソ女だからな!」


 ……ほんとに、人気者になってしまったわね私たち。それに魔物サイドから見ると私の大活躍は悪評なのね。あと自称は余計。クソ女はもっと余計。


「……そうだけど」


「何故そんな奴がこんな所に一人でいる!?」


「だって、負けヒロインになっちゃったんだもん」


「負けヒロイン……?」


 仕方が無いので、私は自分の身に起こった悲劇を掻い摘んで話した。マシューも自分の身の上話をしていたし、お返し。


「呪いを受けて勇者パーティーから外されたか……」


「違うよ。自分で出たの!」


「なるほど、笑いたくなるのもわかるぞ。邪龍の力を得て夢を捨てた闘蜴と、呪いを受けて勇者パーティーを追われた最強の魔法使いが手を組んで天下を取ろうというのだからな! 最高にロックというやつだ」


 それ、意味わからずに使ってるでしょ!? 私もよく分からずに使ってるけど!

 マシューは、私の正体を知っても、驚きはすれど別に私のことを嫌ったり恐れたりはしていない。むしろ面白そうに声を昂らせている。


「あなた相当変わり者でしょ?」


「よく言われる。カナも相当変わり者だな」


「そうかなぁ?」


 私とマシューは顔を見合わせると、クスクスと笑った。もう本の数十分前に出会ったなんて思えないくらい。気が合う。似たもの同士だからかな?

 私は改めて、マシューの全身をよく観察してみた。体長は3mほどの爬虫類のようなフォルム。全身は鱗のようなもので覆われている。そして、頭の上には2本の短いツノ。首の後ろには鰓の名残だろうか、数本のイソギンチャクみたいなヒラヒラがついている。なんというか、前世に見たことがあるウーパールーパーみたい。4本の足はがっしりしていて力強そう。


 うん、かっこいい相棒だよ。


「さあ背中に乗れ、クソ女。魔王領へご案内してやるぞ」


「うるさいわねクソトカゲ!」


 とか言い合いながら、私はよいしょっとマシューの背中によじ登り、跨った。むき出しの太ももが鱗に擦れて痛いけど、とても魔王領の街まで歩いて行ける体力はないから、マシューに走ってもらおう。


「じゃあしゅっぱーつ!」


 私の号令でマシューは勢いよく駆け出し……私はその加速に耐えきれずに後ろに落ちて頭を地面に強打した。もうー、なんて日だ!


「いったーっ!」


 本日何度目かはわからないけど、苦痛の声を上げて私はのたうち回った。


「……大丈夫かクソ女?」


 腹立つー! こいつマジで腹立つー!


「大丈夫よクソトカゲ!」


「落ちてしまうなら、俺の背中に腹ばいになって両手両足で必死にしがみつけ。これでは先が思いやられるぞ」


「あー、はいはい……」


 私は大人しく言われたとおりにした。すると、揺れるたびに顔を鱗にぶつけて痛いとはいえ、だいぶ安定して捕まっていられるようになった。でもこれじゃあ戦えないよね。なんとか考えないと……。

 マシューは夜の森を凄まじい勢いで疾走する。私はだんだん楽しくなってきた。


 アンジュ、見てる? 魔法を使えなくなって負けヒロインになっちゃった私だけど、今はこの変な相棒と共にモンスターなんちゃらで魔王軍の幹部を目指してるよ!

 アンジュの驚く顔が目に浮かぶようだ。私は一人ほくそ笑んだ。

 そして、何故か私は、私を捨てたはずの勇者パーティーの道中の安全を祈っていた。多分、それくらい心の余裕ができたんだと思うよ。




 どれくらい走っただろうか、マシューが「洞穴がある」と言ったので、今日はそこで休むことにした。岩肌にぽっかりと開いた私とマシューがちょうど入れるくらいの小さな洞穴。

 私たちはそこで互いに身を寄せあって眠った。不思議と安心感があったけど、考えてみたらマシューはモンスターなんだよね……だから寝てる間に食べられちゃうかも……とかそんなことは全く考えてなかった。




 で、やばいと思って飛び起きた時にはもう朝で、近くにマシューの姿はなかったけど、寝ぼけた頭で、あれ、昨日のは夢だったのかな? とかアホなことを考えていたら、マシューがのそのそと戻ってきた。口には何かをくわえている。


「やっと起きたか。ほら、カナも食ったらどうだ?」


 ボトッと私の前に落とされたのは、何かウサギのような小動物の死体。嘘でしょ!? こんなもの食べろって!? モンスターと一緒にするんじゃないわよ!

 でも、そのお肉からはとてもいい匂いがした。お肉がマシューの炎でいい感じに焼肉になっていたのだ。これならたしかに美味しそう。見た目はちょっとグロテスクだけど、上手く皮を剥いで食べればなんてことはない。火も通ってるからお腹壊す心配もないし、なにより昨日の夜ご飯を抜いているから、お腹が空いている。


 私は小動物にかぶりついた。ごめんねウサギさん! でもすごく美味しい。ジューシーな鶏肉みたいな?


「美味いか?」


「うん、とても美味しいよ。ありがとう!」


 私がお礼を言うと、マシューはとても嬉しそうにボッ! と火を吹いた。


「さぁ、食い終わったらもう一走りいくぞ。街はそう遠くないはずだ」


「あっ、そうそう、マシューにひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「人間のパートナーを探すっていってもさ、人間と魔物は敵同士なんだよ? 受け入れてもらえるとは限らなかったんだよ? 最悪マシューが殺されたりするかもしれなかったよ?」


「ん、まあその時はその時だ。実際、人間の支配域に入る前に目当ての人間が向こうからやってきたしな……」


 マシューも私と同じで、あまり後先考えずに行動するタイプらしい。


「俺も気になっていたんだが……」


「なによ?」


「その服は炎で燃えないんだな?」


「はぁ?どんな展開期待してんのよ……このローブはね、〝炎蚕(ラヴァワーム)〟の繭の糸で編まれた特注品よ?」


 っていうカナちゃん情報です。


「口から炎を吐くというラヴァワームか……よくそんなものを手に入れたな」


 マシューは感心しているが、その経緯は私もわからないし、カナちゃんも忘れているようなので、笑って誤魔化すことにした。

 私は再びマシューの背中にしがみつくと、マシューはまた猛スピードで走り出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る