第2話 キスしちゃった

「私たちですらあんなに苦戦したワイバーンをこんな短時間で、しかも5人で倒してしまうなんてすごいです!」


「俺はなんもしてないから実質4人な」


 感心したような口調でまくし立てるエルフの少女に、ホラントが後ろから付け加えた。

 すると、ワイバーンにトドメをさして木の上に着地していたレオンが、ピョンピョンと枝を伝いながら降りてきた。身のこなしが軽やかでかっこいい!


 隣でアンジュが神妙な顔で「猿みたい」とかほざいたので、あははって笑いながら肘で小突いてやった。そんなんじゃないからね!

 すぐさまアンジュも小突き返してきて、しばらく無言でやり合っていたが、見かねたクロードが


「おいおいやめろやめろ。相変わらずだなお前ら」


 と言って割って入ってきたのでひとまず休戦ということになった。……くーっ! 絶対に幸せになってアンジュ(こいつ)に目にものを見せてやらないとね!


「……怪我はないか?」


 エルフの少女の前まで歩いてきたレオンがパーティーを代表してエルフの少女に尋ねた。


「はい、おかげさまで……あの、もしかして冒険者さんたちって……」


「ん?」


「あの有名な勇者パーティーさんたちですよね!?」


 エルフの少女はいきなり興奮し始めた。パニクったり興奮したり、ちょっと情緒が不安定なんじゃないの? まあ、住んでた村が突然ワイバーンに襲われて壊滅したんだから、相当ショックだったんだろうけど。


「まあ……そうだが」


 少し困った様子のレオン。そうだよね、私たちがそんなに有名になってたなんて初めて知ったもん……。


「勇者(ブレイブ)のレオンさんですよね!? 最強の人間にして、勇者パーティーのリーダー! その強さもさることながら、咄嗟の判断力やパーティーをまとめる統率力、人望は凄まじいものがあります! お会いできて光栄です!」


「……ありがとう」


 一気にボルテージが上がったエルフの少女は困惑するレオンの手を握ってブンブンと振りながらまくし立てた。……気安くレオンの手に触れるな小娘がぁ……でもエルフは成長が遅くて、人間の10倍くらい生きるっていうし、あの見た目なら人間でいうと12歳くらいだから、120歳くらいだね。ババアだババア!


「うわ、こわ……」


 アンジュが私の顔を見ながら呟いたから、私はたぶん相当怖い顔をしていたんだと思う。いけないいけない。相手は小娘……いや、ババアだから気にしなくていい……深呼吸深呼吸。


「剣闘士(グラディエーター)のクロードさんですよね!? 勇者パーティー1の力持ちでこんな大剣を軽々と操れるなんて……すごいです!」


「へへっ、そりゃどうも」


 少女に褒められてクロードはまんざらでもない様子だ。


「重装甲戦士(フルアーマーナイト)のホラントさん! 固いだけじゃなくて、とても繊細で優しい一面があると女子の間でも人気ですよ?」


「そ、それは嬉しいな」


 確かにヘルメットを取ればホラントはイケメンだけど、シャイな彼は、人前ではあまりヘルメットを取らない。なーにが女子の間で人気だ。どこ情報だそれ、ソースを出せソースを!


「聖騎士(パラディン)のアンジュさん! パーティーを影で支えるしっかり者ですよね! 男女問わず人気があるんですよ!」


 男女問わず! 男女問わずと来ましたよアンジュさん! よかったねモテてるみたいじゃん?


「んなわけないでしょうが……」


 アンジュはそんなことを言っているけど、口元が緩んでますよー? ニヤニヤして気持ち悪いとか言ってやろうかー?


「高位魔導士(アークソーサラー)のカナさんっ!」


 ムギュッ! あれっ、なにっ!?

 エルフの少女は事もあろうに私に抱きついてきた! どういうこと!?


「ど、どうしたの……?」


「わたし、大ファンなんです!」


「「「「えぇ!?」」」」


 レオン以外の全員が、私も含めて驚きの声を上げた。

 私にファンがいたなんて……まあ可愛いし、しょうがないのかもしれないけど……。


「ド派手な魔法で戦う最強の魔法使いにして、超絶美少女のカナさんに憧れない人はいませんよ?」


「そ、そんなに褒められるとなんか照れるかも……」


 私の顔を見上げながら褒めてくれるエルフの少女、なにこの可愛い生き物は……さっきはババアとか思ってごめんね!

 私がデレデレしていると、視界の隅でアンジュがまた中指を立てているのが見えた。嫉妬だねっ!


「えへへっ! 助けていただいたばかりか、こんな憧れの人達に出会えて幸せです! わたしの名前はルナといいます。ご覧のとおり、エルフでこの村の生き残りです!」


 ルナと名乗ったエルフの少女はまくし立てた。まったく騒がしい子……でもとてもいい子……。


「他の住人はやはり……?」


「……はい、ワイバーンにやられてしまいました。遺体も魔獣に食べられてしまって、このとおり村はすっからかんです」


 レオンの問いにルナが答えた。その口調はあまりにも淡々としていて、仲間が死んでしまったことを悲しんでいる様子はなかった。やっぱり情緒不安定っぽい。ていうかいつまで抱きついてるんだろう……ふわふわで抱きつきやすいのかもしれないけど。


「お願いがあります……わたしを、勇者パーティーに入れてくれませんか……?」


「な、なにっ!?」


 ルナのお願いに戸惑う一同。私もびっくりした。この子、ほんとに私たちと一緒に戦うつもりなの……?


「……悪いがそれはできない。俺はこの仲間を信用しているし、これが勇者パーティーの完成された形だと思っている。誰かを加えたり外したりすることはない」


 レオンが言った。やっぱりカッコイイ!!なんて仲間想いなんだろう……やばい惚れる。もう惚れてるけど!


「……そうですか、残念です」


 ルナはやっと私から離れてくれた。あれ、なんか甘いいい匂いがする。エルフの匂いかな?


「まああれだ、せっかく助けたんだし、近くの町まで送っていこうぜ! ワイバーンを倒したっていう報告もギルド協会にしなきゃいけないしな。それでいいだろ? レオン?」


「ああ、問題ない」


 クロードの提案に頷くレオン。レオンはカッコイイなぁ……ふぅ……。


「ちょっとカナ、あんた大丈夫? 顔真っ赤よ? 褒められすぎて頭がイカれたんじゃないの?」


 アンジュが私の顔を覗き込みながら……ふふふ、アンジュもいつにも増して可愛いなぁ……。


「ふへへ……だーいじょーぶだよ……」


「みんな大変! カナが壊れた! もともと壊れてるけど!」


 うぅ……ごめん……なんかぼーっとしちゃって……視界がぐにゃぐにゃ歪んでるよぉ……だめだぁ……おやすみなさい。




 おはよう。起きました。でもびっくり、あたりは真っ暗。何時間寝ていたんだろう……。

 突然猛烈な眠気に襲われた私は眠ってしまって……その後どうなったんだろう……。


 見回すと、どうやら私は森の中に寝かされていたようで、周りは魔獣避けの木の柵が木の棒を立てて紐で繋いだだけの即席で作られていて、焚き木も燃えている。そしてすぐ側にはアンジュが寝ていた。ずっと付き添ってくれてたのかな。心配させちゃったかな……。


 すると、近くの草むらがガサゴソと揺れるのを感じた。……なに? 魔獣? ゴブリン? ワイバーン……ってことはないよね?

 草むらから現れたのはなんとレオンで、私を手招きしているようだ。

 私は立ち上がると、いまだにふらつく足でそちらに向かった。レオンが呼んでるなら行かざるを得ないよね。


「もう大丈夫か?」


 レオンは心配そうにこちらを伺ってくる。


「う、うん…なんとか」


「突然倒れたから驚いたぞ」


 レオンは私の手を取ると、その場から森の奥の方へ入っていった。……ってさり気ないボディタッチー!やばいドキドキしてきた。


「カナにもしものことがあったらと思うと……」


 とか言いながら、レオンはその場で振り返ると私の肩を押して、背後の木に押し付けた。これが噂の壁ドンってやつなの? えっ、何? 何が始まるの!? そして何このよく分からないけどいかがわしい空気は!?


「わ、私は……大丈夫だよ?」


 精一杯平静を装ってみるけど、なにが大丈夫なのかよく分からないくらい声が震えていた。はい、大丈夫じゃないです!


「そうには見えないな……」


 ほら、言われちゃった。そしてレオンはなんと私の体に触れてきた。両手で、こう脇腹から胸のあたりを優しく撫でるようにすーっと……えっ、なに? やる気なの? やっちゃっていいのね!?

 ほんとにどうかしちゃった私は、我慢できなくなってレオンに抱きつくと、ちゅーっと唇同士を押し付けてしまった。


 --念願のファーストキス!


 あれ、でもなんかおかしい。レオンの口ってこんな低い位置にあったっけ……違和感を感じた私は慌ててレオンから離れる。


「……ふふふっ、ばぁぁぁぁか!!」


 そこにいたのはレオンではなく昼間助けたルナというエルフの少女だった。ってことは?あぁぁぁぁぁぁ!? 私、ルナちゃんとキスしてたのぉ!?


「なっ!? レオンは!?」


「レオン? カナさんはわたしのことがレオンさんに見えたんですかぁ? おかしいですねぇふふふっ」


 ルナは不敵に笑う。そこには昼間の明るく元気なエルフの少女の姿はなく……これじゃあただの小悪魔だよ……。


「こんなに惚れ薬が効きやすい人間は初めてです! ふふふっ」


「惚れ薬ぃぃぃ!?」


「そうですよぉ? ほんとはこんなことしたくなかったんですけどねぇ」


「もしかしてあのいい匂いが……」


 ルナが抱きついていた私から離れる時のあれ! 惚れ薬の匂いだったんだ! だからあの後急に眠くなったんだ……


「あー、気持ち悪い! 好きでもない人とキスするってこんなに嫌なんですね! ふふふっ、でもおかげで……」


 ルナは服の袖でゴシゴシと口元を拭った。


「ばっちりかかりましたよぉ? 〝呪い〟が!」


「なぁ!?」


 呪いですって!? どうやって!? なんのために!?


「かわいそうなカナさんに説明してあげますねぇ? 魔王と最前線で戦ってきた私たちは、自分たちの力だけでは魔王に対抗するのは不可能だとわかってきました。そこでエルフの巫女であるわたしに託された使命は、〝最強の子孫〟を残すこと。最強の人間、勇者との間に子を授かることなんです」


 勇者の子を授かる……つまりレオンとむにゃむにゃするってこと!?そんなのこの私が許すわけ……。


「あっ……」


「やっと気づきましたかぁ……要するにレオンさんの恋人であるカナさん、あなたが邪魔だったんです。ほんとは勇者パーティーに入ってじっくり攻略するつもりでしたけど、あまり長い間居られそうになかったので強硬手段に出ることにしたんです」


「……」


 私あんま頭良くないから展開についていけなくてパニック起こしそう。要するに邪魔な私は排除されてしまったってこと? でも私死んでないし、なんともないけど……。


「カナさんにかけた呪いは、エルフに伝わる中でも特に強力で決して解けない呪い……〝森を犯すものへの呪い〟です。森の巫女であるわたしは、それを森への侵略ではなく、私への侵略へ読み替えることによって、カナさんへピンポイントでかけることができました。つまり、巫女であるわたしの貞操を犯すカナさんへの……」


「あぁぁぁぁぁぁっ!?」


 --やめて、やめてよそんな


 ……私はそんなつもりじゃ……。

 呪いがどんなものかはわからないけど、強力で解けないってことは相当やばそう。

 しかも今現在なんともないっていうのが、いつ呪いが発動するか分からないという底知れぬ恐怖を掻き立てる。


「じ、じゃああなたが私の大ファンっていうのは……」


「大嘘です!」


「あぁぁぁぁぁぁっ!?」


 喜んで損した! とんだ小悪魔に騙されてしまった! やばい! どうしよう! アンジュなら呪いを解けるかな? いや、そんな呪いならルナがわざわざ手間をかけてまで私にかける意味は無い……やっぱり……。


 --怖い


「では、明日が楽しみですね! おやすみなさい、カナさん。ふふふっ」


 そういうと、ルナはどこかへ消えてしまった。

 くそぅ……乙女心を弄びやがってぇ……明日また会ったらボコボコにしてやるんだから!

 そんなことを考えながら、私は灯りを頼りになんとか焚き火の場所に戻ってきた。


「んー? どしたのカナ? おトイレ長かったねー?」


 アンジュが呑気な声で言ってくる。いつもなら突っかかって喧嘩してもいいところなんだけど、今はそんな元気はない。とにかくショックが大きすぎて……。


「うるさい。寝てろぉ」


 私はその場に横になると、無理やり目を閉じた。

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