第164話 狼煙

 この戦いで最も被害をこうむったのは、実を言えばテリーだった。

 ホークの軍とグローリエは二号車を押さえることを絶対命令として受けてきていたが、それを前提としても、戦艦を落とされることを嫌ったのである。

 そのためにテリーのシューティング・スターは発見されるや、散開した敵L・Jのおよそ半分、一個中隊二十機の集中攻撃を受けた。

 ひと足早く雪山を背にすることができたため、四方八方を敵にかこまれるという最悪の事態だけは回避できたものの、シュナイデが援護の手を差し伸べてくれなければ、とてもこうまで抑えきれるものではなかっただろうと、他ならぬテリー自身が思った。

 さらに鉄機兵団内において近年正式採用されたL・J用クロスボウについてもテリーは警戒心を抱いていたが、これはいかんせん騎士たちの習熟度が低く、現状の混戦模様を考慮して使用が制限されたらしい。それもまた、こちらの有利に働いた。

『しっかし、こりゃもう冗談じゃないよ、シュナイデちゃん』

『はい』

 平然と答えたシュナイデのナーデルバウムは、シューティング・スターを背にかばう形で四肢の刃を振りまわし、獅子奮迅の活躍を見せた。

 本来、その操作機構以外は見るべきところもないと言っていいナーデルバウムだが、こうまで働けたのには、やはり理由があった。

 実は嘘のような本当の話、この機体はセレン・ノーノの手によって、センサー・レーダーに映りにくくなるよう二重三重の改造をほどこされていたのである。

 ごく一般的に使用される、マイクロ波による電波探知、熱源探知。軍属のL・J同士がかわし合う所属判別用信号を照合・可視化する信号探知。光炉から発生する特殊な波動を感知する光炉探知。連絡用無電を追跡する電信探知。

 ひと口にセンサー・レーダーと言っても、鉄機兵団は状況に応じて使い分けている。

 アールシティ闘技場においてララに敗れ、そののち修理されることとなったナーデルバウムは、

「役に立つだろうから」

 ということで、機体全面にマイクロ波を吸収する特殊な液剤を塗布され、光炉と体幹基部には、波動と熱放射を抑える防護膜を張られた。

 そのためにホーキンス軍L・Jの多くがモニターカメラによって視覚認識できる距離に近づくまで、ナーデルバウムの存在を知ることができなかったのであった。

 さて、ここでひとつ疑問が残る。

 なぜそれを、職務の性質上、隠密的行動を極限まで求められるシューティング・スターに対してほどこさなかったのか、ということである。もしもそれができていれば、このような苦労なく戦艦を落とすことができていたかもしれない。

 セレンに言わせれば、それは、

「まだテスト段階でね」

 という理由からであった。

 ナーデルバウムはバーニアを持たず、全体的に凹凸が少ない。空調がいらず、ただ密閉された箱と言っていいほど簡素化されたコクピットであるために、発生する熱量も他と比較して少ない。

 つまりナーデルバウムはシューティング・スターよりもはるかに加工がしやすく、いわゆるステルス性能の有用性のみを実地でテストするのには、リスクも少なく最適の機体であったのだ。

 ただ、極端に使い勝手が悪く、使う戦場を選ぶL・Jであることだけが問題であった。

『ああ、弾がないなぁ。どこかで調達しないと全然足りない』

 テリーは機兵長が乗っているだろうと見込みをつけたL・Jのみを狙い撃ちしながら、何度も言った。

 この弾丸は、セレンが以前籍を置いていたキンバリー研究所に発注して買い入れていたもので、いまではなかなか手に入らない。

『足りない。全然足りないよ』

 シュナイデは貧窮のテリーを助け、よく働いた。


 一方。

 このときクジャクはどうしていたか。どこにいたか。

 空である。

 空において適当にL・Jをいなしながら、孤軍奮闘オルカーンへ向かっていた。

 眼下にちらり目をやれば、L・Jの小山ができている。おそらくあれはテリーの戦場だろう。

 そしてわずか数百メートル離れた地点、二号車が息をひそめるその場所にも、L・Jの手がまわりつつあるのが見えた。

 ……まずいな。

 クジャクは思った。

 いま二号車が敵の手に落ちては、すべてが終わる。

 戻るべきか、いや、ここはできるだけの手を打っておくのが最善だ。

 クジャクは即決し、飾り尾羽の念動チャクラムを展開した。

『行け』

 号令一下。四十枚の金環が、さながら四十人の勇猛な戦士となって戦域に散った。

 このチャクラムのすさまじさは、こうしてそれぞれが独立した意思決定をおこなっているかのように動くところにある。

 そこかしこで爆発が起こり、その粉塵の中をクジャクは飛んだ。

『む……?』

 スピードスター・ホークのベネトナシュがオルカーン・ハッチから現れたことに、もちろんクジャクは気づいた。気づいたが、しかしそれ以上に、オルカーンの機銃が多々破壊されていることに目が向いた。

『まさか……』

 あの損傷部の新しさ。これはすでに、どこかで戦闘をおこなってきたとしか思えない。

 エディン・ナイデル率いる赤い三日月戦線には、到底戦艦と渡り合えるだけの力はないはず。ならば、

『アレサンドロ……!』

 それしかないではないか。

 しかし、刃をかわした相手が、傷を負いながらも現れたということは……。

『よう』

『スピードスター・ホーク! やつらをどうした!』

『やつら?』

 ホークは一瞬口ごもったが、すぐに、ひとつのひらめきが脳を走った。

『……ああ。悪いが、捕らえさせてもらった』

『なに……!』

『できれば、おまえさんがたにもこのまま剣を置いてもらいたいが、どうだい』

 クジャクは沈黙した。

 そしてなにやら、ぼそぼそと、ひとりごとを言った。……ようにホークには思えた。

 無論、後々真実が明らかになれば、この魔人も、戦車の人間たちも、自分に対してつばをはくであろう。

 だますとは帝国騎士にあるまじきやりかた。それはホークも理解しているところだが、この出まかせが首尾よく運べば、彼我ともに無益な殺生は避けられる。

 ホークはごくりと喉を鳴らし、魔人の言葉を待った。

『……スピードスター・ホーク』

『おう』

『もしそれが真実ならば……俺たちも、降伏しよう』

『そうかい。そいつはよかった』

 ホークの口から、思わず安堵のため息がもれた。

 宮中の噂では、これから奴隷の立場は見直されるだろうということだ。投稿してきた者たちは、おそらく命を救われる。それがせめてものなぐさめだ。

 さあ、そうと決まれば早々に戦車を武装解除させ、N・Sたちの到着にそなえなければ。

『待て』

 一歩踏み出しかけたベネトナシュの眼前に、クジャクの鉄棍が突き出された。

『まずは戦闘の中止を伝えてはどうだ』

『なに?』

『L・Jをすべて退かせろ。こうまで攻められては、置くべき剣も置けなくなる。俺たちは降伏すると言ったのだ』

『ぐ……』

 正論である。相手が降伏を決めた以上、もはやこれほどのL・Jは必要ない。

 だが、

『できんのか。おまえはまさか武器を捨てた俺たちを、なぶり殺しにでもするつもりか』

『違う。しかし、そいつぁ……』

 できるわけがなかった。

 いまこうしている間にも、例の超巨大N・Sは近づいてきている。

 その戦意を確実にくじくためにも、ホークは、誰が見てもわかる『制圧』という形を演出したかった。

 そしてそのためにも、数多くのL・Jは必要不可欠な飾りだった。

『どうやらおまえは、なにかを隠しているらしいな』

『いや待て、そうじゃあない。こいつは、おまえさんがたのためなんだ』

『フ、フ、どの口でそれを言う』

『ああ、わかってる。わかっちゃいるが……おまえさんも魔人ならわかれ!』

『わからんな。おまえは、なににおびえている』

『!』

『まあいい。俺たちが、この手で真実を暴き出すまでだ』

『俺、たち……?』

『そうだ。俺たちの武器が兵器ばかりだと思うなよ!』

 クジャクの指が刀印を切った。

 それに呼応して四十枚のチャクラムが旋回をはじめ、オルカーンへ向けて飛び出した。

 虚を突かれる格好となったホークはベネトナシュを転回させたが、まさかこれだけの数をどうこうできるわけもなし。チャクラムは縦横無尽風を切って、オルカーンの装甲板を斬りつける。

 しかし……。

 この程度のことで、戦艦オルカーンが落ちようはずもなかった。

 呆気に取られたホークは、そうか、先ほどの言葉はテリーの弾丸のことを指していたのかと驚きあわてたが、シューティング・スターはいまだL・Jにかこまれ、その姿さえも見えなかった。

『……おまえさん、こいつぁいったい、どういうことだ?』

『フ、フ……』

 不気味に笑うクジャクのそばへ、チャクラムが戻った。

 その姿はまるで、パンくずを持った人間と、その肩や足もとにまとわりつくハトである。

『知りたいか、スピードスター・ホーク。なぜ俺が、チャクラムを放ったか』

『……ああ。教えてもらえるものならな』

 さすがに温厚なホークも、いらだった。

『俺たちの仲間に、ひとり、丈夫な男がいる』

『ん、なに?』

 突然なにを言い出すのだろうか。

『その男はいまのいままで、俺の、首の裏に隠れていた』

『……う……!』

『そうだ。そいつはこのチャクラムに乗り、いまは、あの船の中にいる』


 このオルカーン狙いという作戦自体は、あらかじめ予定済みのことだったと言っていいだろう。L・Jが何体何百体と現れようと、飛行戦艦を落とせば勝負は決する。その確信がクジャクにはあった。

 だからこそ、なにかと役に立つジョーブレイカーを連れ、空へ上がったのである。

 しかし、この超人をチャクラムに乗せて撃ちこむという点に関してはどうだろう。決して、狙いどおりというわけではない。

 これはホークと対峙してからの、言ってみれば行き当たりばったりというやつで、ジョーブレイカーの身体能力のみを頼りとした無謀な特攻であった。

 とはいえ、これがただの無謀と言いきれない証拠に、ジョーブレイカーは隔壁をもゆがませる衝撃を全身に受けながら潜入を成功させ、オルカーン格納庫の中、すっくと立ち上がった。

 手指を動かし、その黒覆面はうなずく。無傷だ。

 チャクラムの刃がL・J推進剤のタンクを傷つけたかして、格納庫内に、薄黒い煙が充満しはじめた。

「消火班! 急げ、早く!」

「通路を封鎖しろ! 煙が行くぞ!」

 赤色灯と警報ブザーが騒ぎはじめても、ジョーブレイカーの冷静さは失われなかった。

 あわただしく走りまわる整備士たちが、ほんの数メートル先を行き来する中。L・Jベッドのかげにひそんだその目は、格納庫内をながめまわす。

 素早く動く眼光が探すのは、無論、捕らえられたという噂のカラスたち。

 どうもここにはないようだと判断するや否や、ジョーブレイカーはひとりの青年整備士を昏倒させ、物かげへと引きずりこんだ。

「あっ……!」

 覚醒し、自らの喉元に棒手裏剣の刃が突きつけられていると知った青年は、おびえきった目で何度もうなずいた。なんでも答える、という意思表示であった。

「……レッドアンバーは」

「レ、レッドアンバー……?」

「……」

「ま、待ってくれ、殺さないで。あ、あ、会った。でも……あ、ああ! に、逃げられた!」

「どこへ」

「た、たぶん、ここに、来る! ……あ」

 喉をひとにぎりされた青年は、恐怖に顔面を硬直させて、がくり、頭をたれた。気絶したのである。

 ジョーブレイカーはその哀れな身体を冷たい床へ寝かせておき、自身の腰のあたりから、なにやら長さ二十センチほどの鉄の筒を取り出した。

 薬包をその口に詰め、火種を落とすと、もうもうと噴き出てきたのは青色の煙だった。


『む……』

 元来、のろし用であるその彩色煙は、ハッチから流れ出したのち、風に散りながら上空へと広がった。

 ホークが幸運であったのは、それがためにベネトナシュを含む全L・Jの視界が不良とならずにすんだところで、もしこれが地表に向けて降ってきたならば、かなりの混乱があったことだろう。

 ただし、異色の煙が発生していると知ったオルカーン・ブリッジだけは、ざわめき立った。

『なにが起こっとるのか、そっちから見えるか』

 と、ベネトナシュにまで、グレゴリオからの照会があった。

『とっつぁん、あれは合図だ』

『はぁ?』

『どうも、レッドアンバーのひとりが入りこんだらしい』

『な、なんだとぉ?』

『気をつけろ。相手は丈夫な男だそうだ』

 言いながらホークは苦笑し、つっけんどんにも見える態度で通信を切った。

 もはや力づくで抑えるしかないかと、そのとき、覚悟を固めた。

『一応聞いておこうか。いまの合図は、なんだ?』

 クジャクは、素直に答えた。

『おまえがやつらを捕らえたというのは嘘だ。あの船には、N・SもL・Jもない』

『ハ、ハ』

『だが、やつらとは戦ったな』

『……ああ』

『ならば、すぐに駆けつけてくるはずだ』

『そうなるだろうな』

『……退くわけには、いかんのか』

『今回ばかりは、ちょいとな。おまえさんがたをあれに乗せるわけにはいかんだろうさ』

『あれ……?』

 ホークは軍人である。そして、国家の一翼を担う一軍の長である。

 いまここに近づきつつあるものが、質実ともにどれほど巨大な存在であるか、帝国の人心にどれほどの影響を与えるか、手足が恐怖で震えるほどに理解できている。

 しかしホークは、クジャクが首をかしげたことで、どうやらこちらはなにも知らないらしいと悟った。N・Sは優れた乗り物ではあるが、乗り手の感情がダイレクトに表れてしまうという点においては、戦術兵器としてL・Jに劣る。

 なるほど、こいつぁ……。

 マンタが現れる前ならば、士気の高さでこちらが圧倒できるかもしれない。希薄な情報の中で、相手が不安をぬぐいきれていない、いまなら。

『全軍に告ぐ!』

 将軍の一喝にも似た大音声が、そのとき全騎士の脊椎を激震させた。

『これより標的を敵戦車に絞る! 第三小隊を敵L・Jに残し、目標を転換! オルカーン、グローリエは戦域を離脱せよ!』

 シューティング・スターを取りかこむL・Jの波が、見る間に引いた。

 オルカーン、グローリエの二隻は、見事な艦隊運動をもって、弾丸の届かぬ距離へ離れていく。

『チィッ……!』

『おおっと待った、おまえさんの相手は俺がする』

 クジャクとベネトナシュは、ここでようやく、敵対という形で対峙した。

『……いいのか。あの船にはまだ、俺たちの仲間が乗ったままだ。やつは生身の人間では捕らえられん』

『ああ、構わんさ』

『なに?』

『オルカーンはおまえさんがたにくれてやる。ただ、この場所で落ちてもらっちゃあ困ると、それだけだ』

『なぜだ……なぜそうまでして俺たちを』

『ハ、ハ、そいつは、いまさらだろうさ』

『……む』

『俺たちは国のために、おまえさんがたは自由のために。やっぱりあの戦は、まだ終わっちゃいなかったってわけだ!』

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