第28話 炎立つ

 床下実験室のキャビネット裏に隠されていた抜け道を、ものも言わずに駆け抜けると、一行はすぐに河原に出た。

 エ・ルーゼ一帯の森を貫く、幅十メートルほどの川である。

 その中でも、ここは下流。森はずれに近い。

「モチ、おまえが先に立て。このままここを抜けるぜ」

 アレサンドロが服の土を払って言った。

「了解です」

 と、答えたモチは穴の中では飛べず、ヤマカガシに抱かれてここまできている。

 そのヤマカガシはいま、闇におびえて震えていた。

「ヤマカガシ」

「ひ……な、なに……?」

「おまえには、悪いことしちまったな」

 ヤマカガシは小刻みにかぶりを振った。

「よそに移るか、しばらく、ほとぼりを冷ましたほうがいい。一緒にロストンまで行こうぜ。たぶん、先生はまだいるはずだ」

「あ……うん、うん、ジャッカル、あれならいい」

「だろ?」

「アレサンドロ……こっちは、どうする?」

「うん?」

 見ると、ララを横抱きにかかえたユウが、息を弾ませている。

 ララは手かせに拘束された腕を、ユウの首に巻きつけていた。

「なんだ、おまえ。ずっとそれで走ってきたのか」

 ただでさえ天井の低い道だったのだ。横抱きでは、なおさらつらい。

 正直、ユウの腰は悲鳴を上げていた。

「この子が……放してくれないんだ」

 だってぇ、と、ララは唇をとがらせた。

「ダメだって言うんだもん」

「なにを」

「ついてくるなって」

「当たり前だ」

 と、ユウ。

「だから、いいって言うまで、絶ッ対放さない。あたしは、絶対、一緒に行くんだから!」

 ユウはげんなりと、眉間にしわを寄せた。

「さっきから、この調子なんだ」

「はあ、なんでまた」

「わからない」

「いや、そうじゃなくてよ」

「?」

 ユウはまだ、気づいていないのだ。

 アレサンドロとユウとでは、向けられる視線の意味がまったく違うことを。

「……ハ、まあいいさ」

 アレサンドロは、おどけた調子で肩をすくめた。

「どうするもこうするも、ここに置いていくわけにもいかねえだろ?」

「む……」

「要するに、自分で歩いてくれりゃいいってことか? 無理だと思うがな」

「え、ちょっ、やめてよ! バカ! 変態!」

「変態はねえだろ。いいから、見せてみな」

 アレサンドロはララのブーツを静かに引き下ろした。

「やっぱりな」

 左足首が太く腫れ上がっている。

 そういえば、と、ユウは思った。

 この少女が足を引きずっていたことを思い出したのだ。

「どれ……」

 アレサンドロは手のひらで押し包むように患部をさぐり、その具合をみると、

「ああ、やっぱり、動かさねえほうがいい」

 折ったタオルに水を含ませて、足首に巻きつけ、固定した。

「しばらくはこのままだ。おまえ、もうちょい運んでやれ」

「……わかった」

「おまえも、変な抱きつきかたしてねえで、背負ってもらえ。手かせもはずしてな」

「えー」

 あくまで横抱きにこだわるララは、不満げに頬をふくらませた。

 そこへ起こった、突然の轟音。

『ハッハァ!』

 なんと、川向こうの木立に黄金色のL・Jが現れ、猛然と五人に襲いかかってきたのである。

「ギュンター!」

 それはまさしく、オリジナルL・J。

 ギュンター専用将軍機『ミザール』。

『言ったろうが! もう逃げられねぇってなぁッ!』

 大気が逆巻き、ミザールの拳が頭上へせまった。

「くそっ!」

 飛び出したのはアレサンドロである。

 左手をミザールへと突き出し、

「ふせろ!」

 叫ぶや否や、光が走る。

『なに!』

 実体化したN・Sオオカミは、ミザールの腕を数歩しざって受け止めると、

『おおらぁあ!』

 一本背負いに投げ打った。

 宙を舞ったミザールの巨体は地を揺らしながら、木々を数十メートルに渡ってなぎ倒した。

『行け!』

 アレサンドロが叫ぶ。

『行け! すぐに追いつく!』

 ユウとモチは顔を見かわし合ってうなずいた。

 考えている暇はない。

 ユウはララを背にかかえなおし、ヤマカガシの手を取ると、森の中へと飛びこんだ。

 先を行くモチの白い羽毛が、墨を流したような暗闇に浮かんで見える。

 光石灯の使えないいま、その姿と、その目だけが頼りだ。

 ユウはとにかく、わき目も振らずにひた走った。

 まずは、森を抜けることだ。

 アレサンドロならば心配ない。相手が将軍であろうと適当にあしらい、上手く逃げてくれるはずだ。

 しかし……。

 そんな想いをあざ笑うかのように、爆発音が一転、森を揺るがした。

 にわかに周囲が赤く染まり、振り返り見たユウたちは、

「ああ……」

 茫然と立ちすくむ。

 そこには渦を巻く火柱が、天を貫くばかりにごうごうと噴き上がっていたのである。

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