第25話 グラッパ
意気投合したモチとヤマカガシは、それから終日かけて閃光弾の改良に取り組んだ。
ヤマカガシの専門分野は、そのとおり、化学である。
N・Sの開発にも、躯体ではなく、核を中心とする内部機関の担当としてたずさわっていたもので、金属粉、しかも硬貨に着火、発光させるというこの突飛な思いつきが、この化学者の興味を一気に引きつけたらしい。
ふたりはまず導火線に火薬を混ぜこみ、着火性能と燃焼時間を安定させることに成功した。
その後、一フォンス硬貨の燃焼実験をくり返し、さらには外殻を、いまのままクルミか、クヌギのどんぐりか、はたまたトチの実かで迷っていたようだが、これは結局、加工のしやすいクルミでいいだろうという結論に落ち着いた。
ちなみに、開発に費やした十フォンスは、今回すべて、ユウの懐から出ている。
「おかげで、いいものができました」
「ふたりのおかげで、だろうが」
「ホウ。これは失礼を」
ヤマカガシが、シシシ、と笑った。
そうして和気あいあいと夕食をすませ、気づけばすでに、深夜さながらの闇が下りている。
これからがモチの活動時間ではあるが、さすがに睡眠時間が足りないようで、
「今日はこれで」
と、モチはヤマカガシとともに寝室へ消えた。
「すっかり、仲よくなっちまったな」
「ああ、よかった」
「よかった?」
ユウがうなずく。
「昨日モチが、もう野生には戻れないと言ってたんだ。だから……」
ああして、モチが仲間だと思える者が多く現れるのは、ユウとしてもうれしかった。
やはりモチには、幸せになってもらいたいと思う。
モチがそうだと言ってくれたように、ユウも、モチのことが好きなのだ。
そうか、と、うなずいたアレサンドロは、グラッパ・ブランデーのグラスをちびりとなめた。
「あいつも気の毒だよな。どっちつかず、ってのもよ」
「他の魔人にも、会いたいと言ってた」
「ふうん」
「いるのか? まだ……魔人は」
「いるぜ。十五年前に生き残った連中なら、何人か知ってる」
「そうか」
「それに……」
「?」
「きっといまでも、どこかで魔人化が起こってる」
ユウは、はっと息を呑み、小さくうなった。
魔人の数が増えるのはいい。
しかし、
「また……戦になる、のか」
それが、手放しで喜べない。
アレサンドロも同様なのだろう。
「目の上のコブだと思われるようになりゃあ、そう、かもな。そこまではわからねえよ」
吐き捨てるように言い、空のグラスを満たした。
続けてユウにもボトルを差し出すが、こちらは、ほとんど減っていない。
「酒、駄目か?」
「ん……」
ユウはそれをごまかすように、グラスへ口をつけた。
実は、ユウは酒に弱い。
ビールでさえ一時間かけて一杯、飲めるか飲めないか、なのだ。
四十度以上にもなるグラッパなど、考えるだに恐ろしい。
「早く言えよ」
笑ったアレサンドロはユウのグラスの取り上げて、その中身を少しだけ木製のタンブラーに移した。
「こいつは水割りでもいけるぜ」
「ん……すまない」
「なあに、おまえが大酒飲みってほうが気味悪ぃさ」
かなり薄めに作ってもらい口をつけてみると、ぶどうの香りが残る、意外にも飲みやすい酒である。
「美味い……」
アレサンドロはまた笑った。
「考えてみりゃ、おまえとサシで飲むのも、これがはじめてだよな」
言いながら、アレサンドロはユウのグラスに残ったグラッパを、ひと口に喉へ流しこむ。
「街に戻っても別行動。互いの寝ぐらも知らねえで、一ヶ月。……ハ、それでよくおまえも、俺を相棒だなんて思えたもんだな」
ユウはうつむいた。
「俺だって、何度も疑問に思ったんだ」
「じゃあなんで早々に手を切らなかった? 俺は最初に言ったはずだぜ。いつ見限ってくれてもかまわねえ、ってな」
「それは……」
どうにも上手く言葉にできない。
「本当に、わからねえよな、人生なんて。昨日まで赤の他人だったのが、ちょいとした拍子に運命背負い合ったり、味方だと思ってたやつが、敵に転んだりよ」
グラスの酒が、ゆらゆら揺れる。
「浮かんだと思や沈み、沈んだと思や浮き……。モチにだって、これから、いい目がまわってくるのかも知れねえ。俺にも、おまえにもな」
「ああ……だと、いいな」
ユウは心底、そう思った。
「まあ、おまえくらいになりゃ、神様がドでかい幸運を落としてくれるさ」
「だから、茶化すな」
「ハハ、ハ」
と、そのときだ。
どすん、と、なにかが、戸板に打ち当たった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます