狂愛人間、現る―(20/21)


※~[凛・トロピカル]視点~※



強烈な匂いが接近する気配を感知し、私は渾身の力を込めて片足を振り上げました。


案の定クリンヒットし、私はカスさんの手中からするりと脱け出して、エリザベスさんの前に仁王立ちになりました。


「ト、トロ!?」


「貴様っ……どうして……!!」


床に伏したエリザベスさんがものすごい険相で睨んできます。




──エリザベスさんを校舎の屋上まで打ち上げてしまった私とピーチさんが、慌てて校舎の5階まで駆け(跳び)上がると、ちょうど生物室から出てくるエリザベスさんと鉢合わせしました。


武器を収集していたらしきエリザベスさんは、私達を見るなり、生物室から持ち出した骨格標本をマッハの速度でブン投げてきました。

避けようとした私ですが、散乱した状態で飛んできた骨々を前に右にも左にも動けず、完全に体が固まってしまいました。

しまった、と思いながらも為すすべはなく、私が覚悟を決めて身構えると――。


「副会長さんが、私を庇ってくださったんです」


私は巻き添えを喰らったように見せかけ、その場を過ごそうとしました。

本当はそのまま床で寝転がって、エリザベスさんがいなくなったら逃げようと思っていたのですが、まさかまさかのエリザベスさんに拾い上げられるという予想外の事態が起こってしまったので……。


「寝たフリをして、反撃の隙を狙っていたんです。──さすがに、三度目の急所は重かったんじゃないですか?」


「くっ……!」


エリザベスさんは目が霞んでいるようです。

脳に響いたのかもしれません。


「先ほどの戯言、ずっと聞いていました。ただの自己満足で周りを巻き込まないでください。あなた自身、本当に幸せになれると思っているんですか? あなたに殺されて、カスさんは幸せになれると思っているんですか? 自分の思い通りにならないからって、そんな簡単に人を殺めていいと思っているんですか?」


こんなに喋ったのはひっさしぶりですね。

いや、憶えている限り初めてかもしれない。


なんか……非常に腹が立ちました。


「あなたは本当に、カスさんのことを想っていると言えますか?」


「ア、アタシは今田くんのことが大好きよ!! これは真実だわ!!」


「今もですか? それは過去のことじゃないんですか? 一度踏み込んだから後戻りができなくなっただけじゃないんですか? フラれて諦める自分を恥じているだけじゃないんですか? 自分をフったカスさんを恨んでいるだけじゃないんですか?」


「そ、それはっ……」


「だから殺してしまえばいいなんて思うんです。いえ、思ってしまうんです。本当に好きな人の命を奪うことなんて、できないと思います。……まあ、私には理解し難いことなので、予想立てすることしかできませんが」


恋愛なんて見ているだけでお腹いっぱいです。

ガンバレ副会長さん☆


「……ア、アタシは……」


エリザベスさんはゆっくりと体を起こして立ち上がりました。


「…………違う…………アタシは…………!」


こぶしが、白くなるほど強く握りしめられています。


「……フフ……アハハ……」


……?

何か嫌な予感が……。


「なんでアンタなんかにそんなこと言われなきゃいけないのよ……。アタシはただ……幸せになりたいだけなのに……! こんなアタシでも、笑っていたいだけなのにっ!!」


「!」


気づいた時には、エリザベスさんの顔が目の前にありました。


「お前が憎い憎い憎いっ!!!!」


「∑あぶっ!」


くさっ!! きたなっ!!

私はいろんな意味で〝必死に〟エリザベスパンチを避けました。


「……ヤッパリ~、駄目デシタカ~」


「呑気なこと言ってんじゃねぇよ!!」


私がハッハッハと笑うと、カスさんは一喝入れてきました。


ちなみに会長さんは、ピーチさんを抱えて部屋の隅に移動しています。

はぁはぁと息を切らせています。

だからどんだけ体力ないんだ。


気絶してる間にお姫様抱っこされていたなんて知ったら、また鼻血ブービーしますねピーチさん。

カメラあったら撮っておいたのに。

そして高額で売りつけたのに。


「ダァァァァァアアアァァァァァァッ!!!!!」


もうダメだ。

エリザベスさんは戻ってこない。

やっぱりこの人は、ヘンテコ人間の遥か上をいく存在なんだ。


「おいお前!! これが俺からの最後の言葉だ!! 耳かっぽじってちゃんと聞いとけ!!」


あ、カスさんが何か語ってくれるっぽい。頑張れ~。


「俺にはな! 守りたいものがたくさんあるんだよ!! 極悪生徒会のメンバーも、B組のクラスメイトも、この学校にいるヘンテコ人間全員だ!!」


私は入るのか入らないのか。


「中庭の花だって!!」


雑草しか生えていませんよ。


「池だって!!」


めっちゃ濁っていますよ。


「裏庭だって!!」


ナルシーさんに任せてくださいね。


「グラウンドの畑だって!!」


もう木っ端みじんじゃないですか。


「全部全部!! この学校のものすべてを守りたい!! もうお前には何も奪わせねぇ!!」


あなたも結構人を傷つけたり物を壊したりしていますけどね。

っていうか、エリザベスさん以外だったらあなたくらいしかいません。

この破壊神め。


「そして……そして……。俺は何よりも……!! 俺は何よりも──!!」


お、カスさんにとって最大級に大切なものが出てくるようです。


さて、それは一体──。




「俺は何よりも!! 自分のジュンケツを守りてぇぇぇぇ!!!!!!!!」




∑──はぁ!?!?!?


イヤイヤ、何言ってんだこの人。


「お前みたいなゴリラに奪われてたまるかっ!! 地獄なんかで奪われてたまるかっ!! 俺は俺の純真無垢を貫き通してみせるっ!!!!」


「「…………」」


ほら、エリザベスさんも会長さんも固まっちゃってる。


「俺は永遠の天使ちゃんでいるんだぁぁぁ!!」


うるさい!!


「わかったかっ!!」


わからねぇよ!!






「……アハ……アハハハハ!! いいわねそれ!! そんなに奪われたくないのなら奪ってあげるわ!! あなたのすべてを!!!!」


「え」


「覚悟しなさい!! 永久の愛を注いであげるわ!! ブハハハハハハ!!!!!!」


「イヤァァァァァァッ!!!!!!!!」


自業自得ですね。

もう知りません。


「トロ!! 助けてくれぇ!!!!」


だから知りませんって。


「翼が折られたら天使は天使じゃいられなくなるんだぁ!!」


あなたが挑発したんじゃないですか。


「キャアアァァァァァ!!!!!!」


御愁傷様。

カスさんとエリザベスさんは正生徒会室内を走り始めました。


「凛・トロピカル君!! 今田くんを助けてあげて!!」


「ワターシニッポン語ワーカリーマセーン」


戦意喪失。

疲れました。

私は戦線離脱させていただきます。


「助けてぇぇぇ!!!!!!」


「こっちに来んなっ」


「∑ゲフッ!!」


私の蹴りを喰らったカスさんは、よろよろとよろけて机の角に頭を打ちました。


もうどーでもいいです。

勝手にどーにでもなりやがれです。


「チャーンス!!!! いただいたわぁぁぁー!!!!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


せめて最期だけは見届けてやろうと思い、私はエリザベスさんの持つぶっとい釘先を見つめました。


アディオスカスさん。


短い間でしたが楽しかったです。


あなたのことは忘れません。


明日までは。



「ヤダァァァァァァァッ!!!!!!」


「ウハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」



が、しかし。



──ガラガラガラ。ヒョコッ。



「あ……」


唐突に、守護神さんが引き出しの中から現れました。


「――うるさい……滅っ!!」


「∑うっ!」


エリザベスさんはその場に倒れました。







――すべてが終わった瞬間でした……。

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