第60話 めでたしめでたし
「ねぇ、ルル、ユリア」
「何ですかせんぱい、もう少しで結い終わるので動かないで下さいね」
鏡に向かって座るボクの背後に立ったまま、髪を結ってくれている"純白のドレスを着た"ルルを見ながら声をかけます。
隣では同じく"純白のドレスを着た"ユリアが大量の白い花をあしらった髪飾りを結った髪の毛に結びつけてセットを進めています。
「ずっと思ってたんですけどね」
「何ですか? 衣装でしたらとてもお似合いです、お綺麗ですよ」
そんな風に褒めてくれるユリアに曖昧な笑いを返して、ボクはもう一度鏡をじっと見て――ため息を吐きました。
「これ、いくらなんでもマニアックすぎやしませんか……?」
ボクがそう言うと、鏡に映る"純白の花嫁衣装に身を包んだ、大きなお腹を抱えるエルフの少女"は同意を示すようにげんなりとした表情を浮かべました。というかボクのことですねはい。
「まぁ、確かに犯罪臭はしますけど」
「出産前に式だけでも挙げてしまわないといけませんでしたからね……」
同意を示すルルと、事情を考えて苦笑するユリア。
仮にも一国の王が子供生まれてから結婚するってわけにもいかないということで、産まれる前に結婚式しちゃえと出来る限り早めに動いて準備をした結果です。
まさかのマタニティウェディングが勃発したのですよ。晒し者いえーい状態、マタニティブルーとマリッジブルーが手を取り合って家に遊びに来たような感覚です。
ここには役所なんてありませんからね、式イコール入籍みたいな認識らしいですよ。今日からボクは晴れて『如月 空(きさらぎ そら)』と名乗らなければなりません。
切ないような悲しいような、まぁ今後作る戸籍と産まれてくる子の名前に天成の苗字は残してくれるそうなので、それだけは安心でしょうか。
因みにルルとユリアまで同時に第2夫人、第3夫人になることが決まったので同時に式を行います。ダブルどころかトリプルウェディングですよ……メインはあくまでボクらしいですけどね。
まぁそんな事をしてどんな風に噂されるのか、フォーリッツ王より酷い人物像が描かれてなければいいんですが。
一応国民からは事情を解られているのか祝福の声しかあがってないそうなので大丈夫なのでしょう。多分。
「ソラー、そろそろだってー」
溜息一つ、髪の毛のセットが終わる頃に出てきたのは"海色のドレス"に身を包んだフェレ。いつにもましておめかししてます。
なおこの結婚ですが、フェレ的にはボクの赤ちゃんの面倒見るのを手伝えればそれでいいそうです。いまいち感性がよくわかりません。
「解りました」
補助を受けながらゆっくりと椅子から立ち上がると、長い裾を持ってもらいながらゆっくりと控室を後にします。さぁ、望まざる一世一代の晴れ舞台なのです。
◇
結婚式はこちらの風習に日本式を取り入れたオリジナルのもの。流れとしては見届け人に夫婦の誓いを聞いてもらい、後は披露宴で飲めや歌えやのお祭り騒ぎ。お祭り好きなこの国にちょうどいい感じでしょう。
式場の入り口では晴れの日用のドレスを着たクリスと、新規採用された騎士制服を着た葛西さんが待っていて、地面に敷かれた長い赤絨毯をご主人さまのところまでエスコートしてくれることになりました。
先導するボクの後ろをユリア、ルルのふたりが静かについてきます。フェレは親族席で待機です。
来客もそうそうたる顔ぶれです。アラキスさんと腕を組む兎耳さん。相変わらず無表情で何を考えてるかわからない黒まな板、最近は降格したとかで合同演習だの休暇だの理由をつけて遊びに来ている縦ロール。最初に住んでいた街で何度か話したこともある冒険者の人たち。クラリスさんとコリンズさんの夫妻。
そして満面の笑みで見守ってくれている愛すべき国民たち。子供たちなんておめかしして、キラキラした瞳を向けてきています。嬉しくなんてなかったはずなのに、どうしても胸の奥から沸き上がる思いが止められません。
バージンロードの先で待っていたのは、白いタキシードに身を包んだご主人さまと、特注の祭服に身を包んだ見届け人のリアラさん。ご主人さまにバトンタッチするように左右へ捌けて最前列の席へ座ったクリスと葛西さんを横目で見送り、ご主人さまのところへ一歩足を進めます。
「……ソラ、その、凄く綺麗だ」
「……ありがとうございます」
ここでぽっと頬を染めて照れる事ができたらかわいいお嫁さんなんでしょうけど、あいにくとボクはそんなタマではありませんのでご愁傷さまです。
「ルルとユリアも、綺麗だぞ」
「はい……」
「えへへ」
本来はこれが正しい反応なんでしょうけどね、後ろを見なくても何となくふたりの反応が解ります。あいにくそんなボクを選んだのはご主人さまなので、受け入れるのですよ。
「さぁ、手を」
差し出された手をとって、ご主人さまの右隣りにそっと寄り添います。ユリアとルル、フェレはそのすぐ後ろに。
「ムーンフォレスト王国宰相、リアラの名のもとに宣言する! これよりムーンフォレスト王国国王シュウヤ・キサラギ陛下、並びに筆頭侍女ソラ・アマナリ、侍女長ユリア、近衛騎士ルル……以上4名の婚姻式を行う! 此度の式に異議があるものは今申し出でよ、無いならば沈黙を持って答えよ」
リアラさんの宣言に、しかし誰も異議を唱える人はいませんでした。シンと不思議なほどに鎮まり帰った空間の中で、リアラさんの穏やかな視線がご主人さまを見つめます。
「シュウヤ・キサラギ王。貴方はいかなる時もこれより妻となる娘達を愛し、慈しみ、支えあっていくことを誓うか?」
「ムーンフォレスト王国、初代国王の名のもとに。生涯に渡って妻たちを愛し、慈しみつづけることを誓う」
静かな、でも力強い宣言が響き渡ります。
「ソラ・アマナリ筆頭侍女、貴女はいかなる時も、これより夫となるシュウヤ・キサラギ陛下を愛し、慈しみ、支えあっていくことを誓うか?」
ここで嫌だといったらどうなるのかと悪戯心が芽生えますが、ぐっと堪えて頷きます。
「生涯に渡って夫を愛し、慈しみ、支えることを誓うのです」
"愛し"の部分で背筋がぞわっとしました、心にもないことを言うものじゃありませんね。
「侍女長ユリア、近衛騎士ルル。そなた達も夫となるシュウヤ・キサラギ陛下を愛し、慈しみ、
正妃であらせられるソラ陛下と共に支えていく事を誓うか?」
「生涯に渡り、お二人にお仕えしていく事を誓います」
「はい、二人を支えていく事を誓います!」
元気の良い2人の返答を聞いて、リアラさんが満足そうな笑みを浮かべました。
「では、ここにて制約の口吻を」
あ、やっぱりそこも踏襲するのですね。ご主人さまを見上げると、頭にかかっていたヴェールが上へと除けられます。
「悪いな、やっぱりお前を離してやれそうにない」
顔を近づけたご主人さまが、ボクにだけ聞こえる小声で呟きました。今更すぎるのです、最初から逃げれるなんて思ってませんでしたよボクは。
「ま、約束しちゃいましたからね」
「約束?」
一度言ったことを反故にするほど、ボクは恩知らずじゃありません。今のボクがあるのは、間違いなくこの人のおかげですからね。たとえご主人さまが忘れていても、きちんと守りますよ。
「せめてご主人さまが生きている間くらいは、側にいてやるのですよ」
「……あぁ、そうだったな……ソラ、これからもよろしく頼むな」
それでやっと合点が行ったのか、ふっと口もとを弛めたご主人さまの顔が近づいてきたので目を瞑ると、唇が重なる感触がしました。どうせ強制的に長い一生なのです、良い思い出くらいは作らせてくださいね、ご"主人"さま?
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