第46話 遅れてくるもの

「ルル!!」


 息を呑んだボクの背後から、ユリアの悲痛な叫び声が聞こえました。


「ルルちゃん! よくも!!」

「ユリア! フェレ! やめるのです、落ち着いて!」


 咄嗟に振り返り、制止の声をかけます。ユリアは素手のまま構えて、フェレはクリスをかばうように翼を広げて氷の刃を創りだしていました。


 さっきのルルの一撃はほぼ完璧な不意打ち、なのに相手はそれを一蹴しました。ルルだって実力的にはもう中級の中位、冒険者としては一流レベルで、今ここにいるメンバーの中では一番強いのです。


 このまま戦ってもユリアやフェレでは手も足も出ないでしょう。


「でもっ!」

「抵抗はしないのです、だから手当をさせてください」


 落ちついて耳を澄ませば痛みに呻いている声が聞こえます。


 余裕ぶっている糸目の態度からするに殺すつもりで切ったわけではないのでしょう。生命を奪えば取り返しがつかなくなります、王の目的のひとつがボクの身体である以上、出来るだけ五体満足で連れて帰りたいはずです。


 徹底抗戦になりかねない殺人は進んではやらないでしょう。そうであってほしいのです。


 ……少なくとも、目的を達成するまでは積極的に殺しにはこないはず。


「あぁ、いいよ。君が抵抗しないでくれるなら」

「ユリア、手当を」

「……わかり、ました」


 不服そうに連中を睨みつけながら、ユリアがルルのもとへ走っていきます。


 フェレも魔法を解除して、クリスとともに睨みながらもおとなしくしてくれています。邪魔されずにユリアがルルの元へたどり着くと、すぐに助け起こして様子を見ています。


「う、うぅ……ごめん」

「……ルル、しっかりして! 大丈夫、傷は浅いから」


 ユリアはコートの裾を引きちぎると出血している腹部に巻き付けて、応急手当を始めました。改めて見たところ出血はそこまで酷くありませんし、意識もハッキリしているようです。


 思ったとおり手加減はされていたのでしょう。


 不安で押しつぶされそうになっていた胸から、息苦しさを抜き出すようにゆっくりと息を吐きます。


 後はご主人さまがここに戻るまで、あいつらの足止めができればいいのですが……。どこまで出来るか。睨みつけるボクに笑いながら近づいてきた糸目が、見下ろしながら顎に手をあてます。


「あぁそうだ、ついでに、里まで案内してくれるかな?」

「……お断りします」


 きっぱりと言うと、奴はどこか感心したような表情を浮かべました。


「抵抗はしないんじゃなかったのかな?」

「ボクがこの場を離れたら、彼女たちを生かしておく意味がありませんからね?」


 ボクを拘束して連れ出すことが出来れば、彼女たちの人質としての価値はなくなります。


 そもそも彼等にとってはボクに怪我をさせないように捕まえられれば完全勝利、仮に多少傷付けても勝利は確定してるのです。ボクの能力が未知数であるが故に、年のために人質を利用しているのでしょう、万全を期すために。


「なるほど、確かにその通りだ。大丈夫、君が大人しくついてくる限り、彼女たちの安全は保証するよ?」

「信用出来ませんね」


 ボクがそう告げると何が面白いのか、からから笑いながら糸目がボクの顎すっと掴みました。


「君を無理矢理捕まえることだって出来るんだ、もう少し利口になるべきだよ?」

「これでも結構お利口なつもりなんですけどね」


 ふん、それはつまりボクを拘束さえ出来れば後は何とでも出来るってことでしょうが、ますます信用できません。


 何より里は戦闘員が出払っている状態、軽く数えただけでも数十人、こいつらをそのまま入れてしまえば確実に死傷者がでます。それだけは避けないといけません。


「~~!! ソラから手を離せ!」

「フェレ、ダメです!!」


 顔を近づけて嫌な笑いを浮かべていた糸目が舌打ちしながら身体を離すと、目の前を氷の矢が通りすぎていきました。騎士たちが殺気立ちます。


 戦闘では勝ち目がありません、その気になればこいつひとりだけでもボクたちを容易く全滅させられるはずです。


 勝ち目があるとしたらはぐらかして引っ掻き回して話を長引かせる、それだけなのです。


「ううぅ、でも!」

「抵抗しちゃいけません」


 唸りながらも何とか魔法を撃つのをやめてくれたフェレから視線を戻すと、糸目が殺気をぶつけてきました。脅そうたってそうはいきません、嫉妬に狂ったご主人さまのほうが何倍も怖いのですよ。


「それで、君はどうするのかな?」

「連行するのなら全員一緒です、道案内は出来ません」


 全員が助かる可能性が最も高いの、はボクの目の届く範囲に彼女たちが居てくれること。でも奴らはそれを飲めません。


「それは出来ないな、人を連れ帰る準備はしてきてないんだ」


 ということは、ボクはついでであり、彼等の探しているという青年を"捕まえに来たわけではない"という事ですね。


 ますます奴らの目的と彼の正体が気になってきます、無事に終わることが出来たなら問いただしてやりましょう。


「だったらボクもここに置いて行ってください、どうせ里へ向かうのは止められませんから」


 道は大分整備されているけれど、慣れた人の案内なしで簡単にたどり着けるほど甘くありません。しかもこの人数で雪の中、大分時間を稼げるでしょう。ご主人さまが戻って来さえすれば勝ちです。


「……あぁ、面倒になってきたな」

「――――え?」


 ぼそり、糸目がそう言うと一瞬視界の中で銀色の光が煌めき、ばさりと音を立てて長い金色の毛が雪の中に散らばりました。


「お嬢様!!」

「ソラ!!」


 恐る恐る随分軽くなった頭の首の後ろに触れると、首の少し下あたりでばっさりと、髪の毛の一部が切り落とされていました。


「なんだか時間を稼ごうとしてるみたいだけどね……いい加減相手をする時間が惜しくなってきたよ?」


 少し、見誤っていたかもしれません。


 目の前の男は眼をうっすらと開き、表情を歪めながらボクの首を剣の平で軽く叩きます。さぁっと血の気が引いたような感覚が起こりました。まさかここまで短気だとは予想外です。


「い、いいんですか? ボクを殺せば……」

「いいんだよ、あのロリコン野郎の事なんか、適当な女のガキでも宛てがえば機嫌を直すから」


 これが本性でしたか。態度からもう少し紳士的だと思ったんですが大失敗です。


「どうかな、ここで君を八つ裂きにすれば探し人は出てきてくれると思うかい?」


 横にされた剣の刃がゆっくりと首に食い込んで、鋭い痛みを発します。首輪を外したことが裏目に出るなんて思いませんでしたね、代わりの物を作ってくれると言っていたのに、完成する前にこんな事になるなんて。


 拳を握り、恐怖を堪えるように糸目を見ます。


「したが――」

「わなくていい」


 聞き慣れた声が聞こえて、何やら鈍い音と共に糸目が視界から消えました。同時に浮遊感が襲ってきて――次の瞬間には誰かに抱きとめられたようです、すぐにご主人さまの強張った顔が見えます。


「……いつもいつも、遅いのですよ、馬鹿」

「悪い」



「転移術……?」


 縦ロールが驚きに染まっていた顔を怪訝そうに顰めてボク達をにらみます。手には抜き放たれたレイピアが握られていて戦闘体勢のようです。


「……何者だ?」


 距離の開いた糸目も警戒をにじませながら剣を構えています。騎士たちもいつでも襲い掛かれるようにじりじりと距離を詰めてきています。


「旦那様!」

「シュウヤさま!」

「おっと、動かないで下さいまし、この子たちを傷つけたくはないでしょう?」

「うぅ、会長ごめん……」

「ごめんなさい……」


 ルルを抱えたユリアがすぐにボク達の方に駆けて来ようとした所で、制止の声がかかります。いつのまにか移動していた縦ロールが、フェレとクリスに向かって剣を突きつけていました。


 結構距離があった気がするんですが何時の間に。


「人質とか卑怯なのですよ年増!」

「……えぇ、けれど私は確実な任務の遂行のために手段は選ばないことにしていますの」


 なんという年増、騎士の風上にもおけないのです。


「本当、年増の上に外道なの、引くの」

「貴女は味方こっち側でしょう!?」


「みんな良く耐えてくれた、もう大丈夫だからな、ルルもすぐ手当してやるから、もう少し頑張ってくれ」

「は、はい……」


 ご主人さまが怒りを押し殺したような顔でボクの髪の毛を見ていました。


 そっと首に手を当てます。やっぱり切れていたみたいでちょっと痛いのですが、淡い光が溢れると痛みが少しずつ引いていきました。


「ふぅ、取り敢えずそのエルフをこちらに渡して下さいまし、亜人とはいえ女子供を傷つけたくはありませんので」

「嘘、そこの猫人の若さと胸の大きさに嫉妬してるの。偽物の自分と比べて醜い嫉妬の炎が燃え上がってるの」

「貴女はちょっと黙っててくださいません!?」


 いいのです黒幼女もっとやるのです、仲間割れを起こすほどボクたちが有利になるのです。


「ついでにそっちのエルフにも嫉妬してるの、イケメンの彼氏もちとか万死に値するの」


 前から言われてましたが、ご主人さまの容姿はこちらの人間から見ても良い方に入るのですね。なんか東洋人特有の彫りの浅さからどこか童顔にも見えているようですが。っていうか。


「誰が誰の彼氏ですか冗談も大概にするのですよチビペタ! この変態鬼畜野郎とボクは一切何の関係もないのです!!」

「嘘、本当は好きな人に助けられて嬉しがってるの。この状況でイチャイチャするとか空気読めないにも程があるの、死ねばいい」

「根も葉もない事言わないで下さい無い胸を削ってマイナスにしますよ!!」

「やれるもんならやってみるの、腕っ節なら私の勝利は揺るがないの」


 とんでもない嘘を広めやがって、あのまな板今すぐ叩き割ってやるのです!!


「ほら、治療終わったから暴れるな」

「ご主人さま武器下さい! あのベニヤ板はボクがぶち割るのです!」

「上等なのどんぐり、闇魔法をおしりからぶちこんで奥歯ガタガタ言わせてやるの!!」


 何故かご主人さまは溜息混じりに頭を撫でてきました。しかし次の瞬間には再び怒りをにじませた表情で糸目を睨みつけます。


「それで、お前に傷をつけたのはあの男でいいんだな?」

「え、は、はい」


 なんか凄まじい殺気に押されて思わず頷いてしまいました。なんかいつもと雰囲気が違うのです。


「そうか……」

「どうやら多少は魔法が使えるみたいだけどね。世界は広いんだ、あまり調子に乗らないほうが身のためだよ?」


 ボクを降ろして、何やら薄青い色の障壁のような物を張りめぐらせてから一歩、糸目に向かって歩き出します。ってこれじゃでられないんですけど、幼女ぶちのめせないんですけど。というか人質どうするのですかね。


「動くなと言ったはずですわよ、この子たちがどうなっても……」

「俺の女に、何してやがんだぁ!!」

「なっ!?」


 突然森の中から凄まじい勢いで飛び出してきた葛西さんが、雪をかき分けて一瞬で縦ロールに肉薄し抜刀と同時に切りつけました。


 一瞬の事で呆気にとられた縦ロールでしたが、剣が当たる瞬間には姿が掻き消えて、糸目の隣に移動していました。なるほど、彼女も転移術の使い手ですか。


「マコトさん!」

「クリス、無事か!?」


 葛西さんは縦ロールと糸目を睨みながらも、解放された瞬間に感極まって抱きついていったクリスを抱きしめ返しています。ボクは二人バカップルを指さし何も分かっていない愚かな黒幼女に叫びました。


「いいですか黒幼女! 空気よめないバカップルってのはああいうのを言うんです!」

「……確かにこっちのほうが空気読めてないしウザイの」


 納得してもらえたようで何よりです。


「でもお前たちもイチャイチャしてたのは変わらないの、どっちもバカップルなの」

「よし解りましたこの場でひんむいてラッピングしてからロリコン王に送りつけてやるのです」

「解ったの、ちゃんとデコレートして馬鹿王の食卓に並べてやるから安心するのよ耳長猿」


 ああ言えばこういう、村の子供達より生意気なのですよこの幼女は!!


「さて、これで形勢は逆転だな?」

「君は頭が悪いのかな? どうやら僕達の実力すらまともに把握できていないらしい」


 障壁越しに火花を散らすボクと幼女を尻目に、葛西さんに助けられたクリスとフェレが、ルルを背負ったユリアと共に障壁の中へ飛び込んできました。外ではご主人さまと糸目、葛西さんと縦ロールが睨み合っていました。他の騎士らしき人達も襲い掛かってくる気満々のようです。


「身の程を思い知らせてあげよう」

「言い残すことはそれだけでいいのか?」


「かなりの使い手のようですわね、面倒ですわ」

「俺の可愛い猫耳をいじめた罪は重いぞ縦ロール」


「お前は王都の変態達の妄想の中でパラサイドウッドに捕まっていればいいの!」

「お前こそオークとのカップリングを妄想されてアレな本とか出版されればいいのです!」


 異世界にきて初めての、本格的な集団戦が始まろうとしていました。





◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

NO BATTLE

◆【ソラ Lv.88】

◆【ルル Lv.36】

◆【ユリア Lv.35】

◇―

================

ソラLv.88[887]

ルルLv.36[366]

ユリアLv.35[351]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>34

[MAX BATTLE]>>34

【PARTY-1(Main)】

[シュウヤ][Lv95]HP2100/2100 MP3460/3460[憤怒]

[ソラ][Lv88]HP42/63 MP1253/1253[おこ]

[ルル][Lv36]HP60/835 MP40/40[負傷]

[ユリア][Lv34]HP1840/1840 MP89/89[正常]

[フェレ][Lv30]HP282/282 MP1030/1030[正常]

【PARTY-2(Sub)】

[マコト][Lv66]HP3450/3450 MP150/150[正常]

[クリス][Lv13]HP200/200 MP20/20[正常]

================

【一言】

「がるるるるるる!!」

「ぐるるるるるる!!」

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