第36話 ちょっとずつでも

 翌日から始まった隠れ里との交易ですが、簡単に上手くいくはずもありませんでした。解放されたとはいえ元奴隷とそれを飼っていた人間、そうそう受け入れられるはずもありませんからね。


 まずはリアラさんや金色の猫さん……クリスを中心に、お土産や嗜好品の取引で少しずつ交流を深めていくこととなったのです。


 リアラさん御所望のブランデーや、クリス御所望のまたたび酒を差し入れた後。ボクたちは集落の少し外側で馬車を利用したちょっとした露店を行っていました。


 今回のメンバーはボクとご主人さま、ユリア、ルル。フェレと葛西さんはお留守番です。


「それにしても、ご主人さまはブレブレなのですよ」


 客寄せも兼ねて匂いの出る料理を作ろうと、ルルが捕まえて来たクッカという鶏に似た魔物の肉、それを一口大に切ったものを串に刺しながら呟きます。


「男心は複雑なんだよ」


 仕込んでいたタレを壺に移しながら、ちょっと恥ずかしそうにご主人さまが呟きます。


 何のことはなく、国をでた時点でいずれ奴隷契約は解除するつもりだったものの、ボクが自分を選ぶ自信が無くて言い出せずにいたみたいです。


 隠れ里の話を隠していたのも聞けばボクが行きたがる、離れて行こうとするんじゃないかと考えて言えなかったんだそうな。


 ボクがフェレとやらかした……? 時に妙に執着していた事も、お仕置きの時に自分の傍に縛り付けるような魔法具を使ったことも、離したくないという気持ちの現れだったんでしょう。なんて迷惑な男心なのでしょうか……。


 まぁ最終的にボクと同じエルフを見たことと、対価として奴隷解放を要求された事でやっと決心がついたみたいです。心変わりする前にさっさと済ませてしまった、というのが事の顛末のようでした。


 道理であっさりしてるというか、首輪の外し方も性急だった訳です。というかですね、それなられでちゃんと相談するのです。いきなりだとこっちがついていけないのですよ。

 

「男の子は複雑なのはわかりますけどね……」

「せんぱいってば、分かった風な口きいちゃって」


 肉をさばいているルルがにやにやした目を向けてきやがりました。解りますよ、中身は男の子ですもの。


「……ソラが俺の所に残ってくれて安心したよ」

「借金はきっちり払いますから、良い暮らしさせてください」


 自分で言っといてなんですが酷くアレな言葉です。まぁ惚れた弱みと思って諦めて下さい、その代わりちょっとだけ……その、機嫌が良い時に多少なら許してやらなくもないのです。


「はいはい、ごちそうさまですっと」


 ユリアがスープの入った鍋を持ってきて勢い良く置きました。最近欲求不満気味なのかイライラしてるみたいですね、やっと落ち着いたんだからご主人さまには頑張ってもらいたいものです。


「ちょっとはユリアとルルも構うのですよ、ボクに矛先が来るのです」

「……男に嫉妬するのに女に嫉妬しないってのはどうなんだ?」


 ちょっと待つのです、誰が誰に嫉妬したって? 


「嫉妬する理由がありませんから、ていうか男に嫉妬ってなんの話ですか」


 そう、ボクは嫉妬なんかしてないのです。ご主人さまがどこで誰といちゃこらしようが関係ありません。ただ葛西さんと仲良くしてると、なんというか友達を取られた気分になって不愉快になるだけです。


 ……あれ、これって嫉妬? そんなバカな。


「これはもしかして、私達に負ける気はしないってやつですか?」

「お嬢様、流石にそれはちょっとイラっときます」

「ひゃにふぉひゅるのへふは!?」


 考え事してる時にふたりがかりで頬を引っ張らないでください、言いがかりです!


「ひょふひんひゃは! ひゃふへへふははい!」


 ちょっとご主人さま、ボクが獰猛な猫と牛に襲われてるのに何を呑気にタレの味見してるんですか、助けてください! この2匹は貴方のハーレム員でしょ!


「もうお前は俺の奴隷じゃないんだから、自分の身は自分で守れー」

「旦那様をたぶらかしたのはこの耳ですかね、それとも胸? お尻?」

「調べるためにちょっと剥いてみましょう、ユリアそっち抑えてて」

「ひゃふふぉうひょひょー! わひゃひゃひゃ!?」


 ちょ、くすぐらないで! だめ、脇は弱いの!?



 じゅうじゅうという肉の焼ける音と共に、醤油の焦げる良い匂いが森のなかを漂います。


 日本人的にはこの匂いを嗅ぐと白米が食べたくて仕方なくなりますね。献立は焼き鳥に昆布っぽい物でダシを取ったお吸い物。


 匂いに釣られてやってくるのは猫耳や犬耳の小さな子供たちと、手を引かれてやってくる年上の子や大人たち。仕込んでおいたジュースや冷えたお酒も用意してあるので、夕方前になると一日の作業を終えたお兄さん達も交えてそこそこ賑わいます。


 最初の頃は匂いに釣られてやってきた子供を、親がこちらを睨みながら連れ帰るみたいな光景が普通だったんですよ。


 ですがボクたちの姿があったことと、子供たちのおねだり負けたことで流れが変わりました。ちらほら料理を口にする人が出てきて、一度食べれば娯楽は勿論のこと、贅沢な料理すら殆ど無い貧しい暮らしの村人たちは簡単に虜になってくれました。


 美味しいという感情は国境を超えます、人間を堕落させるのは簡単なのですよ。


 流石にタダで配るのはちょっと問題があったし、かといって物々交換と言っても今の村の産出物でほしい物はほぼありません。ですのでリアラさんと相談した結果、対価として村近くの岩山で取れる屑魔石を通貨代わりにもらうことになりました。


 焼き鳥一串、指先ほどの大きさの屑魔石一つ。ちょっと掘ればボロボロ出てくる石だから結構ストックがあるみたいで、試験的にコイン状に加工されたものがリアラさんから村人に配布されてます。


 このへんのシステムは後々考えていかないといけないですけど、取り敢えずは交流を深めるのが先決です。


「はーい、おまたせー」

「ありがとよ姉ちゃん」


 ガタイの良い犬のような頭を持つおじさん達に、ルルが笑顔を振りまきながらエールと焼き鳥を提出してます。おしりに伸びてくる手を華麗に回避しながら戻ってきたルルが次の皿を持って待ってる他の子供の所へ行きました。


 こういう客の扱いは、人懐っこいけどするりと躱せるルルがほんと上手です。


「ところで、何で焼き鳥なんですか?」


 隣で焼き続けているご主人さまに声をかけます。確かに手軽だし匂いで人を誘いやすい食べ物ですけど、醤油が受け入れられるかもわからないのに。


「いや、なんか無性に甘辛いタレを絡めた鶏肉をおかずに炊きたての白米が食べたいなと思って……」


 聞き捨てならない言葉が聞こえました、騒動の後はずっと旅続きでした。だからあんまりお米食べれてないのです。ルルとユリアはパン派な上にお米炊くの面倒だって手伝ってくれないのです、ボクじゃルルには料理じゃ一歩劣りますし、肉欲ならぬ米欲が満たされず欲求不満なのですよ。


「食べたんですか、焼き鳥でごはんを食べたんですか、いつ!?」

「……時々こっそりと」

「うがー!」


 ボクを誘ってくださいよ! 何ひとりだけで楽しんでるんですか!


「因みにマコトも一緒だった」

「あのヘタレもですか!?」


 よりにもってあのヘタレと……ご主人さまの浮気者! いやまつのです、何ですか浮気者って、ボクはノーマルです、ノーマルなのです。男なんて興味なし、女の子が大好き、おっぱい大好き、もっと大きくなりたい。ご主人さまとの関係は借金返済のため、おーけー、ボクは大丈夫。


「いや、ヘタレって……」

「クリスさんに一目ぼれしてる癖にアタックもせずアピールもせず、ひたすらもじもじしてるような奴はヘタレで十分なのです」


 何かプレゼントしたいと相談してきたので、女の子チームが色々考えて見繕ったのですよ。町で買ってた髪飾りとかをわけたのです。なのに未だに渡せていないみたいですし、ヘタレ以外に言いようがないじゃないですか。


「面白い話をしておるの?」

「いらっしゃいです、リアラさん」


 さり気なく葛西さんをディスっていると、毎日酒瓶持参で焼き鳥を食べに来る残念ハイエルフの姿がそこにはありました。


 ボクの周囲には一日二日でイメージぶち壊すメスが多すぎると思います。どこぞの肉食魚なんかボクがフリーになったと認識した瞬間から夜這いに来る頻度が倍になってますし、まともな女性はどこにいるのですか。


「取り敢えず皮とレバー、砂肝と……つくねを一串ずつお願いしようかの」

「はいよ」


 清酒をコップに注ぎながら、カウンターに腰掛ける姿は完全に酒飲みのおっさんです。


 ていうかチョイスまで酒飲みなんですが……見た目はボクより少しだけ歳上な幼い感じなのに。話を聞く限り中身はれっきとした女性らしいですけど、年をとるとみんなああなるのでしょうか、恐ろしい。


「しかし、嬉しく思うぞ」

「?」


 リアラさんはレバーに齧り付きながら、酒を片手に談笑している村人の姿を見て目を細めました。ここに居る人たちは集落の人口と比べても格段に少ないですが、それでも日々ちょっとずつ増えていってます。


 中には付き合いでやって来ても警戒心をむき出しにしている人もいますけど、時間が解決してくれる事を祈るしかありません。


「こんな場所じゃ、商人も来んから窮屈に隠れながら過ごすしか無く、贅沢も出来ん。それがささやかとはいえ、お主らのおかげで少しだけ息を抜ける場所が作られつつある」

「折角だから仲良くしたいですしね、頑張るつもりですよ」

「お人好しじゃのう……」


 外から来た奴隷持ちの人間を疑いもせず集落に受け入れて、しかも場所まで提供したり協力してくれてる人の言う台詞じゃないと思うんですけどね……。


「……お主は逃げ場のない状態で口に火を溜めた巨竜に、"仲良くしよう"などと手を差し伸べられたとして、果たしてそれを断ることが出来るのかの? 人の命を預かる者として、敵に回せば一瞬で集落を灰に出来る奴にそうそう喧嘩なぞ売れんわ」


 酒が入ったせいか愚痴っぽいですが、確かに正論です。ご主人さまは最近どんどん半端無くなってきてますからね。チート野郎の面目躍如ってやつですか、多分ボク達っていうお荷物がなければ国だって滅ぼせるでしょう。


「大体みんなわしの苦労を解っとらん、一部のバカ共はお前たちの事を追い出せと好き勝手に言いおる。今更出来るわけがなかろうが、このままだと村はジリ貧じゃったというのに……」

「あの、リアラさん、もう酔ってます?」

「酔っとらんわ! 全然酔えんわ! 灰色の青春を過ごし、若返ったと前向きに考えたら身体を狙われて逃げまわる数百年! やっと安住の地が見つかったと思えばまとめ役をやらされて、必死で働いて気づいた時には最年長……もはや旦那どころか彼氏すら出来ん……。ソラにはわからんじゃろうな、彼氏居ない歴332年の化石女の気持ちなぞ」

「お、おう……やっべー、めんどくせぇのです……」


 ちょっとどうすんですかこの酔っぱらい。完全に溜めに溜めた愚痴をぶっぱなしに来てるじゃないですか。おかげで人払いのフィールドが形成されてて誰も近づかないんですけど、何でご主人さまやルル達まで逃げてるんですか。


「良いか、男なんてものはな!」

「リアラさん大変です、話がずれてます、凄くずれてます」


 誰かこの酔っぱらいをどうにかしてください。







◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

――時間経過による経験値を加算。

◆【ソラ Lv.81】

◆【ルル Lv.31】+10

◆【ユリア Lv.29】+8

◇―

================

ソラLv.81[812]

ルルLv.31[317]→Lv.32[327] <<LevelUp!!

ユリアLv.29[299]→Lv.30[307] <<LevelUp!!

【RECORD】

[MAX COMBO]>>34

[MAX BATTLE]>>34

【PARTY-1(Main)】

[シュウヤ][Lv77]HP1432/1432 MP2530/2530[正常]

[ソラ][Lv81]HP80/60 MP733/733[疲労]

[ルル][Lv31]HP735/735 MP36/36[正常]

[ユリア][Lv29]HP1540/1540 MP88/88[正常]

【PARTY-2(Sub)】

[フェレ][Lv25]HP252/252 MP830/830[正常]

【PARTY-3(Sub)】

[マコト][Lv40]HP1450/1450 MP128/128[正常]

================

【Comment】

「酔っぱらいとかほんと迷惑な存在なのですよ……」

「…………あーそうですねー、せんぱいのいうとおりですねー」

「…………お嬢様……」

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