第37話 再び紡がれた原作とあやかし

「それでこれからまずはどうするのじゃ? 早速下書きから入るか?」


「いや、その前にしなきゃいけないことがあるだろう、刑部姫。まずはその道山って人のところに行って説明しないと」


「あー……確かにそうじゃったな……」


 佳祐と再び漫画を描くと決意してすぐ、刑部姫は早速原稿に取り掛かろうとするが、そんな彼女を抑えながら佳祐はまずは彼女と組むはずだった道山という人物に会い、漫画を描かないという旨を伝えなければならないと諭す。

 刑部姫もそれには同意し、ちゃんと筋を通してから物事を進めなければと納得する。


「うむ、それでは早速道山のところに行ってわらわから断りの話を告げよう」


「なら、オレも一緒に行くよ。刑部姫」


「え、じ、じゃが、それはその……」


「何言ってんだよ。オレとお前は二人で一人の漫画家だろう。それに事情を説明するなら、原案のオレが一緒でないと意味ないだろう」


「佳祐……。うむ、そうじゃな!」


 そう告げる佳祐に刑部姫は頷き、彼と共に道山がいる屋敷へと向かうこととなった。


◇  ◇  ◇


「ここがその道山がいる屋敷か……。すごい立派な屋敷だな。それに少し山に入ったところとは言え、あやかしがこんな屋敷を持って普通に住んでるなんて、結構変わってるんだな」


「うむ。あやつは少し前から人間社会に溶け込み、こうして普通に暮らすようになったらしい。というよりも、案外そうして人間社会に溶け込んでいるあやかしは多いのじゃ。雪女の雪芽などもそうであろう? むしろ、わらわのようなあやかしが時代に取り残されておるのじゃ」


 あれから道山の屋敷へ行く途中、刑部姫は道山――ぬらりひょんの事を佳祐にも説明しながら案内をした。


 ぬらりひょん。

 数あるあやかし、妖怪の中でも一際有名なあやかしがこれであると言える。

 その姿は一見するとただの老人のようにも見えるが、普通の人間に比べ後頭部が膨れ上がった姿であり、ひょうたんのような頭にも見える。

 江戸時代に出版された浮世草子にも登場することから古くから日本に人々より認識されてきたあやかし。

 しかし、その正体や性質については未だハッキリとしたものはなく、その名の知名度に反比例し、謎に包まれたあやかしとも言われている。

 実際、その名のぬらりひょんも何を起源としたものなのかハッキリとしていない。

 人間がこのあやかしを捕まえようとした時「ぬらり」と手をすり抜け、「ひょん」と浮いてくる様から付けられた名とも、または『百鬼夜行』と呼ばれる妖怪絵巻にて駕籠から降りる際、当時は乗り物から降りることを『ぬらりん』と言ったことからぬらりひょんと言われるようになったのか、はたまた掴みどころのないあやかしということから単純にぬらりひょんと呼ばれるようになったとも様々な説があるがどれが真実であるかは定かではない。

 刑部姫にとってもそれは同様であり、彼女もこれまで数々のあやかしと接する機会はあり、そのあやかし達の一通りの性質や性格についても熟知しているつもりであった。

 だが、ぬらりひょんについては未だ理解できぬことが多く、あれが何者なのか同じあやかしである刑部姫ですら疑問に感じる点が多かった。

 今回の『戦国千国』の漫画制作の協力に関しても、なぜ自分に頼んだのか未だ納得行っていなかった。

 とはいえ、ここに来て刑部姫も自分が進むべき道を定め、佳祐と共に漫画を描くと決めた以上、ぬらりひょんからの誘いはきっぱりと断らなければならない。

 半ばほとんど決まった事とはいえ、これを断るのは申し訳ない気持ちは刑部姫にもあるが、そこはキチンと話し合うのが筋である。

 多少の緊張を抱きながら、刑部姫は佳祐と共にぬらりひょん――道山がいる屋敷の扉を叩く。


「ぬらりひょ――道山。いるか? わらわじゃ、刑部姫じゃ。少し話がある。入って構わぬか?」


 少し大きな声を出しながら刑部姫は屋敷の扉を叩く。

 しばらくすると扉がひとりでに開き、その向こうから道山の声がする。


「入るがいい。隣にいる人間も一緒にな」


 一瞬、その声にびくりと体を震わせる佳祐と刑部姫であったが、相手はあやかし。

 こちらが二人で来ていることは見抜いていて当然。

 ならば、話は早いと二人は玄関を通り、通路を抜け、道山がいる部屋の前まで来る。


「失礼するぞ。道山」


 扉を開けると、そこには茶の間にてくつろぐ姿の道山――ぬらりひょんの姿があった。

 ちょうどお茶をした後、キセルで一杯をしていたようであり、口元から「ふーっ」と白い煙を吐くと、中に入ってきた刑部姫と佳祐を一瞥する。


「……ふむ、お主が刑部姫と組んでいた人間か。して、何用じゃ?」


「は、はじめまして。オレの名前は田村佳祐と言います」


 まるで恋人の父親に会うような緊張を抱きながら、佳祐はその場で正座をしながら挨拶をする。

 そんな佳祐を道山は特に興味を抱いた風もなく一瞥した後、隣に座る刑部姫へと視線を移す。


「実は道山。お主に頼みがあるんじゃ」


「……ふむ」


 そうして刑部姫は道山を前に、これまでの経緯を話し、彼に漫画の制作を取りやめる旨を伝えるのであった。

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