第17話 これからのあり方
「それはそうと悪かったな。佳祐」
「ん、いきなりなんだよ。南雲」
飲み始めてからしばらく、急な南雲からの謝罪に佳祐は不思議な顔をする。
「お前の連載だよ。悪く言ってよ」
「……ああ、まあ仕方ないさ。打ち切られたのは事実だからな」
そう言いながらも佳祐は寂しそうな顔を浮かべ手に持ったコップに注がれた酒を見つめる。
「悔しいよなぁ、漫画家って。読者からの人気がなければどんなに自分が気に入った作品でも打ち切られる。それこそもっと時間を与えてくれれば面白くなった漫画だってたくさんあっただろう。けれど、人気がないって理由で打ち切られる。当然といえば当然だが、やっぱ非情だよな。そう考えればオレはたまたま運がよかっただけだよな」
「なんだよ、らしくないな。アニメ化する人気作家が今日はネガティブだぞ」
「人気イコール、賛同されるってわけじゃないんだよ」
そう言って南雲は注がれたビールを一気に飲み込み、これまでの嫌なことを吐き捨てるように告げる。
「知ってるか。ネットじゃオレの作品めちゃくちゃ叩かれてるんだぜ」
「あー、まあ……エゴサってやつか。お前してるんだな」
「あったりまえだろう! 作家なら誰だって一度はするさ!」
エゴサ。通称エゴサーチ。
それは自身の名前や自分の作品でネット上を検索し、それに対し何が書かれているのか調べる行為。
その多くは作品に対する様々な意見や感想が書かれているが、中には悪意に満ちた批判まみれのものもあり、作家の多くがこのエゴサで心を折られることもあるという。
またこのエゴサに関しては作家だけでなく、俳優や芸能人、ブランド社の社員など様々な人物が行い、自分が関わっているものへの評判に一喜一憂するという。
「あのお嬢ちゃんに言われたこともだいぶ前から指摘されたさ。前々から直したとは自分でも思ってたんだ。だから、あの嬢ちゃんにああ言われて決心したよ。来月号ではオレの漫画を叩いていた連中に目にもの見せてやるさ」
「ははっ、そりゃ楽しみだな」
燃えたぎる南雲に対し、笑いながらエールを送る佳祐。
だが、南雲はそんな佳祐に対してビールを突き立てる。
「おい、何笑ってんだよ。佳祐。お前だって次はあの嬢ちゃんと漫画を連載するんだろう」
「あ、うん、まあな」
「言っとくが次の連載はすぐに終わるなよ。今度はオレに並ぶような漫画を掲載して、オレの漫画に追いついてみせろ。学生時代、そうしてオレらは競い合っていただろうが」
「……ああ、そうだな」
学生時代。共に漫画を描きあっていた頃の話。
今の南雲からすれば、そんなことは遠い昔の話のはず。
にも関わらず、そんな自分に対し、また競い合えと言ってくれた彼の言葉に佳祐は知らず嬉しさを感じ取っていた。
「まあ、けど、今度は大丈夫だよ。なにせあの子――刑部姫との共同制作だからな。画力も話も今までのオレの話の中で一番さ」
「確かにな。あの子のあの画力があれば、どんな漫画でも面白くなりそうだ」
それは皮肉ではなく、むしろ単純に刑部姫の実力を評してのセリフであった。
無論それは佳祐も気づいていたため、そのまま受け流す。だが、
「けどよ。気をつけろよ、あの子のこと」
「え?」
不意に告げられたその一言に佳祐は思わず反応をする。
「さっきも言ったがあの子はまだ漫画を描き始めてちょっとだろう。だから画力は高くても話自体はまだ作れないはずだ。これは漫画に接した時間が単に短いからもあるだろうが、そこからどうやって『漫画』という話にしていくのかあの子自身が上手く理解していないからだ。こればっかりは画力のようにすぐに習得できるものじゃない。漫画は絵だけじゃなく話や、各コマの見せ方、それに合わせた構図など普通に話を書くよりも難しいんだ。だからすぐには作れない。けれど、長い間漫画に身を置いて、それを描き続ければ自然とどんな風に『話として漫画にすればいいのか』が、分かってくる。あの子の場合はこれを覚えると厄介になるかもな」
そう言ってビールをあおる南雲であったが、その顔に僅かな不安が流れていたのを佳祐は言った。
「今の時点ではあの子はただ絵が上手いだけの漫画に関しては素人だ。だが、もしもあの子が自分で話を考え、それを漫画にできるようになったら……それこそ今の月刊アルファの看板はすぐに変わる。いや、もしかしたら漫画界の歴史に残るほどの名作を生み出すかも知れない。ワンレース、氷の錬金術師、突進の巨人。そうした一時代にブームを巻き起こすほど。そうなると佳祐。あの子がお前と組むことはなくなる。文字通り今のオレ以上に手の届かない存在になるかもしれないぜ」
「――――――」
そう告げられた瞬間、佳祐は自分の中に一瞬寒気が走るのを感じた。
それまで酔っていた感覚が一気に冷水をかけられたように冷えていくのを感じ、見ると火照っていたはずの体がすっかり小刻みに震えているのが見えた。
「……まあ、それは言いすぎたかもな。仮にそんなことが来るとしてもまだ先のことだろう。けどな、今あの子と一緒にいられるのなら、そのチャンスは逃すな。今のうちにあの子と共に人気漫画家になれ。いいか、佳祐。人気を取るためなら手段は取るな。それこそあの子を利用することになってもお前は上を目指せ。それが漫画家としての道だ」
そう言って佳祐を見る南雲の目はまるで飢えた獣のようであった。
だが、その目を見た瞬間、佳祐はなぜ南雲がここまで人気の漫画家になったのか理解した。
それは日々、漫画家として画力を磨いて、面白いストーリーを考えていたからではない。
この飢えにも似た闘争心。
何がなんでも上に行くという向上心。
利用できるものは利用し、今何が人気なのか? どうすればもっと人気を取れるのか?
そうしたものを貪欲なほど求めて取り込む力。
世俗的と言われてもそれを突き通すだけの精神力があったからこそ、ここまで上り詰めたのだと佳祐は理解した。
そして、そんな南雲が断言するほど刑部姫には才能がある。
その才能を利用してでも上に上がれと南雲は言った。
おそらくそれは彼なりの最大限の助言であったのだろうと佳祐は気付いた。
その後、二人は漫画の話をすることはなく、閉店までちびちびと互いに好きな酒を飲みあった。
店を出てからは自然と二人はお互いのマンションへと向かい、それらしい別れの言葉も交わさなかった。
ただ佳祐の中には居酒屋にて南雲とした様々な話が頭を駆け巡っていた。
刑部姫の才能。それを利用して上に行くこと。もしも彼女が『漫画』の描き方を完全に覚え、自分自身で描きたいと言った時、自分は捨てられるのではないのか?
そして恐怖、戸惑い、それと同じくらいの彼女への期待。
様々な感情が入り乱れながらも彼はマンションの自室へと辿りつき、その扉を開ける。
「遅いぞ! こんな時間まで一人で飲むとはずるいぞ! ちゃんとわらわへの貢物は用意したんじゃろうな!?」
「あー、えっと、とりあえず居酒屋でもらった焼酎とか」
「おおおー! これは美味しそうなお酒なのじゃー! うむ、ご苦労。佳祐! これで今回わらわを連れて行かなかった罰は不問とする!」
「ははっ、そりゃ良かったよ」
佳祐から受け取った焼酎を手に文字通り子供のように喜ぶ刑部姫。
その後、早速酒を飲もうとするが、なにか気づいたのか佳祐の方を見る。
「おい、佳祐。せっかくじゃ、お主も一緒に飲め」
「え、いや、オレはさっき飲んだばっかりで――」
「なにー!? 貴様ー! わらわの酒が飲めぬというのかー!」
「いやいや! というかまだ酒も飲んでいないのにいきなり絡むとかどういうことですかー!? 刑部さんー!?」
その後、酒を飲まないうちから刑部姫に絡まれることとなった佳祐。
だが、そのおかげというべきか、それまで考えていた南雲との会話を忘れることが出来た。
先はどうあれ、今はただこの刑部姫と共に漫画を描き続ける。
佳祐はそれだけを考え、その日は酒の酔いと共に眠ることとなった――。
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