第78話 八凪兄妹の過去が凄まじい件について

「…………え?」

「ちょ、有野くん!」

「涼香さんがは黙っててください。これは言わないといけないことっすから。……多分、シスコンの蓬一郎さんも、何だかんだいって甘い涼香さんや他のメンバーも言えないだろうし」

「そ、それは……でも……」


 釈然としない様子ではあるが、それでも口を挟む気力を削ぐことはできたようだ。


「ど、どういうことなん! ウチは仲間を裏切ってなんかないから!」

「……いいか莱夢、お前はまだ子供なんだよ」

「!? そ、それは……っ」


 本当はこんなこと言いたくはないし、俺なんかが偉そうに言える立場でもないが。


「でも蓬一郎さんや涼香さんたちは、お前ならきっと仲間のために無茶なことなんてせずに、しっかり成長してくれるって信じてたんだ。でもお前はそんなみんなの信用を裏切り、自分の気持ちだけを優先しちまった」

「っ…………」

「そりゃあさ、子供子供って何度も言われりゃ誰だって頭にくる。俺だってガキん時はそうだったしな。でもよ、今回ばかりはちゃんと蓬一郎さんの話に耳を傾けるべきだった。そうでなくともお前と付き合いが長い涼香さんに相談くらいするべきだったと思うぞ」

「…………ごめんなさい」


 もう反論する気力が無いようで、シュンと落ち込んでしまっている。


 ああくそ、何で俺がこんな小さい子に説教なんかしねえといけないんだか。マジで気分悪いし。


 けどそんな感情とは裏腹に、この子には二度と今回のような間違いを犯してほしくないって思ってしまっている。だからつい余計なおせっかいをした。


「みんなお前のことが大好きなんだ。だからこそお前のためを思って蓬一郎さんは、少しキツイ言い方になっただろうけど、今回は兄や涼香さんのことを信じて待っていてほしいと願ったんだよ」


 だがその信頼を、この子は裏切ってしまった。

 もちろんそんな意図などはなかっただろう。莱夢は良い子だ。進んで裏切ってやろうなんて思うような奴じゃない。


 ただまだどうしようもなく子供で、感情を優先してしまうだけ。

 だからこそ、それが分かっているからこそ、涼香さんたちは強く言えない。言えるとしたら蓬一郎さんか、この子の両親か……。


 けど蓬一郎さんは、何かしらの過去があったため、本来なら分かってくれるまで諭して聞かせるところを、強く押し付けるような言い方をしてしまった。そのため莱夢は必要以上に反発してしまったのだろう。子供にはよくあることだ。


「もし今回、お前が取り返しのつかない大怪我を負っていたり…………死んでたりしたら、蓬一郎さんはどうなる? いいや、みんなが悲しむ。お前は……やっちゃいけないことをしたんだよ」

「っ……ひぐっ……えぐっ……ごっ、ごべん……なじゃいぃぃっ! すっじゅかざんも……っ、ごべん……っ」


 堰を切ったかのように涙を流し始める彼女を、そっと抱きしめて頭を撫でる涼香さん。


「いいのよ莱夢、あなたならちゃんと今回のことだって反省できるって信じてるから。それにみんなや、蓬一郎だって……」


 俺はそんな二人の姿を一瞥すると、その場かは少し離れる。

 幸い人気のない通路に出ると、そこに自動販売機があったので飲み物でも買おうと思ったが、泣いていた莱夢の姿を思い出して、


「はあぁぁぁぁぁ~」


 大きな溜息とともに、ガックリと膝を屈して自動販売機に身を預けてしまう。


「……やな奴だよなぁ、俺。あんな小さい子にさぁ…………はあぁぁぁぁ」


 誰が好き好んで、あんな子供を泣かせたいだろうか。

 こちとら半強制的だが世話にもなったし、あの子は本当に優しくて良い子だし。


「絶対嫌われたよな……まあ、あの子にしたら会ったばっかの奴にキツイこと言われたんだもんなぁ。そりゃしゃーねえけど…………悪いことしちゃったよなぁ。まだ八歳の子供なんだから大目に見るべきだっつぅの……」


 こんなにブルーな気持ちになるなら、やっぱり病院まで付き添わず、そのまま帰ってたら良かったと後悔する。


「――――そんなことないわよ」


 不意に背後から聞こえた声にハッとなって振り向くと、そこには涼香さんが立っていた。


「涼香……さん? …………今の……聞いてました?」

「ええ、バッチリと」


 マジですかぁ……。


 涼香さんがニヤニヤとこちらをからかう感じで頬を緩めている顔を見て、思わず顔を逸らしてしまう。


「…………ありがとね」

「へ? 何でお礼なんか……」

「わざわざ嫌われ役を買って出た子に感謝してるのよ」

「……やっぱ嫌われちゃったすよね」


 別に東京に帰れば二度と会わないだろうからいいっちゃいいのだが、やっぱり嫌われるよりは好かれたいって思うのは人情である。

 特に子供に嫌われるのは思った以上に精神的にキツイ。


「いいえ、あの子も感謝してるわよ、きっと」

「莱夢は?」

「泣きつかれて寝ちゃってるわ。……改めて言うけど、本当にありがとね」

「何度も言わないでいいっすよ。それに俺は余所者だし、知ったかぶったようなことも言いましたし」

「でも蓬一郎やアタシが言えないことを言ってくれた。ううん、それだけじゃなくて、あの場にあなたが来てくれなかったら、間違いなく莱夢は殺されてたもの。だから……本当にありがとうございました」


 再度丁寧に頭を下げてくる彼女に、俺はこそばゆい感じがして落ち着かない。


「も、もういいですって! 俺は俺のやりたいことをやっただけっすから!」

「でも……」

「ああ分かりました分かりました! ……気持ちはちゃんと受け取りましたから」

「ふふ、照れてるの? 可愛らしいわね。あまりお礼とか言われたことがないのかしら?」

「まあぼっちなんで」

「そうなの? それにしては人前で結構堂々としてると思うけど」


 ……ぼっちなのは確かだ。ただその前は友人も多い、彼女はいないけどそこそこリアルが充実した青春を送ってたが。


「そ、それより蓬一郎さんのことを心配してなくていいんですか?」

「アイツなら大丈夫よ。愛しい妹を遺して死んだりなんかしないから」

「愛しい幼馴染もいますしね」

「なっ!? ~~~~~っ! ……それさっきのお返し!?」


 顔を赤らめて睨みつけてくるが、あのメイドと違って好感度が上がるような睨みだ。だってとても可愛らしいから。だからつまり蓬一郎さんは爆発すればいいと思う。


「まあ蓬一郎さんが無事に目が覚めたら言ってあげてくださいよ。莱夢のことを心配するのはいいですけど、言い方には気をつけた方が良いって」


 今回、莱夢だけが悪かったわけじゃない。蓬一郎さんも、もっとちゃんと話すべきだったのだ。

 自分の想いを、みんなや莱夢に対しての考えをちゃんと……。


「…………なかなか言えないのよ。アイツってば頑固だし、それに……過去のこともあるから」

「過去……?」

「あなたなら話してもいいかもね。あの二人……蓬一郎と莱夢はね、五年前に両親を亡くしてるのよ」


 それは知っているが……。


「ううん、殺されたって言った方が良いかもね」

「は? こ、殺された?」

「その頃、アタシたちが住んでた街の周辺にはね、放火魔が出るようになっていたのよ。何件も被害に遭っていてね」

「! ま、まさか……」

「そのまさかよ。蓬一郎たちが住む家が放火の被害に遭ったの」


 これは驚いた。殺されたってこともそうだが、まさかそんな事件に遭遇していたとは。


「四人家族でね。とっても仲が良くて、アタシから見ても幸せな一家だった。蓬一郎たちの両親の口癖が『絶対傍にいる』でね、蓬一郎なんかはその言葉を聞く度に恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうだったし」


 だがそんな幸せ家族をぶち壊した事件が起きた。


「家はあっという間に燃え広がってね、その際に両親は蓬一郎と莱夢を逃がすことには成功したけど……」


 実は家の中にはまだ犯人がいたそうで、父親は犯人と対峙してナイフで刺され死亡。母親は崩れ落ちる天井から、莱夢を抱いている蓬一郎の背を押して助けたはいいものの、逃げる間もなく下敷きになってしまった。

 そのあとすぐに警察に犯人は逮捕されたらしいが……。


「住んでいた家や大好きな両親を失った蓬一郎は…………引きこもるようになったのよ」

「引きこもる?」

「ええ、すべてを失ったって思って、親戚に預けられたのはいいけど、ずっと部屋に閉じこもって出てこなくなった」

「え? でも莱夢がいるでしょ?」

「……あの頃の蓬一郎には、莱夢が見えていなかったんでしょうね。本当にアイツ、ご両親のこと大好きだったから」


 当然幼馴染の涼香さんも何とかしようとしたが聞く耳を持たなかった。

 やさぐれて、何もかも諦めたような蓬一郎さんを見るのは辛かったと涼香さんは言う。


「だけどね……そんなアイツを変えてくれたのが莱夢の存在だった」


 まだ三歳で、両親の死ですらハッキリと理解していないが、それでも蓬一郎さんは彼女の存在に救われたのだという。

 まだすべてを失っていなかったと、その時ようやく気づいたのだそうだ。

 そこからは心を入れ替え、莱夢のために生きると誓いこれまでやってきたらしい。


「そっか。だから蓬一郎さんは執拗以上に絶対って言葉を嫌うんすね」


 絶対傍にいると言った両親が死んだから。もしその言葉を使ったら、また大切なものを失う気がするのかもしれない。


「まあそんな過去があるなら、莱夢に過保護になってもおかしくないっすね。けどそれでも……やっぱ大切ならちゃんと分かり合うまで話した方が良い。……じゃないと後悔しますから」

「……有野くん? もしかしてあなたも何か……」

「ん? 何のことっすか? 俺は別に蓬一郎さんたちみたいなくら~い過去を持ってるってわけじゃねえっすよ。今のはぜ~んぶ漫画の受け売りだったりして」

「……そう。それでも多分、あなたが言ったことは正しいと思うわ」


 いやもうホント、何だか俺らしくないっつーか、ハズイことを何でこうも言っちまうかな俺……。


 するとその時、「イチ兄ちゃん!」と莱夢の声が聞こえてきた。


 俺たちは咄嗟に手術室の前へ戻ると、手術が終わったのか扉が開いて医者とベッドに寝かされた蓬一郎さんが出てくる。


「蓬一郎! 先生、蓬一郎は!?」

「ご安心してください。緊急手術でしたが上手くいったと思います。内臓も破裂まではいっておらず、幾つか砕けた骨が刺さってはいましたが、すべて取り除き縫合もできました。あとは意識を回復されるのを待つだけです」

「そ、そうですか……良かったぁ…………本当に良かったよぉ……!」

「イチ兄ちゃん……良かったぁぁぁ~!」


 ベッドの上に静かに眠る蓬一郎さんに寄り添いながら涙を流す二人。

 俺はそんな二人にあとを任せると、その場から去って行った。




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