第39話 それぞれに疑念がある件について

「――っ!? 若、モンスターが消えていきやすぜ? こりゃぁ……」


 旧校舎を出た飛柱と丸城は、すでに学校の裏門近くまでやってきていた。

 そこで見たのは、モンスターの消失現象だ。


「どうもダンジョンを誰かが攻略したようですぜ。しかいどいつが……」

「…………少なくても、あそこにいた女どもには無理かなぁ」


 丸城の呟きに飛柱が淡々と答える。


「じゃあ一体誰が……?」


 丸城にとって一番の実力者は、自分が慕う若頭の飛柱であろう。

 その彼が敵わないと退避したにもかかわらず、誰かが攻略した事実を信じられないのかもしれない。

 しかし飛柱は、さして驚くこともなく口を開く。


「多分…………あそこにいたもう一つ……いや、二つの気配のうちのどっちか……かな」

「若? あの場に女以外の誰かがいたと?」

「…………ぐぅぅ」

「ちょっ、若!? ったく、勘弁してくださいよ」


 そう言いながら丸城は、飛柱を肩に担ぎながら歩き出す。

 そして眠ったと思われた飛柱だが、薄く瞼を開けて誰にも聞こえないほどのボリュームで声を発する。


「…………おもろくなってきた……かも」


 だがその発言のあと、今度は本当に寝息を立てたのであった。



     ※



 一方、飛柱組と同じようにドラゴンから撤退したあたし――一ノ鍵織音たちも、旧校舎の外に辿り着いていた。


「織音様、お怪我はございませんか!?」

「……降ろしなさい」


 心配そうに声をかけてくる初秋が、あたしをそっと地面に降ろす。

 ダンジョン内を包んでいた異様な空気が変貌していく。

 いや、これは元に戻っていくといった方が正しいか。

 あちらこちらにあったモンスターの気配も消えていくのだから。

 これはダンジョンが攻略されたことの証。


 すなわち、あのドラゴンを倒しコアを破壊した者がいるということ。

 あたしたちがあの場からここまで来るのに、誰にも遭遇はしなかった。モンスター以外とは。

 なら誰があの凶悪なドラゴンを討伐し、コアを破壊したというのか。

 あたしの脳裏に、ある人物が浮かび上がる。


「……初秋、一つ聞きたいことがあるのだけれど?」

「あ、はい。何なりと」

「あの広間……ドラゴンと戦っていたあの場で、あたしたち以外の者はいたかしら?」

「わたしたち以外、でございますか? ……それは飛柱組ではなく?」

「いいえ。そうね。もうストレートに聞くけれど、仮面を被った人物に心当たりはあるかしら?」

「仮面……申し訳ございません。織音様が仰っていることがよく分かりません」


 この子に嘘を吐いている様子はない。そもそもこの子があたしに嘘を吐くなど絶対にない。


「…………心乃、それに乙女。あなたたちも仮面の人物を見ていないのね?」

「仮面ですか? う~ん……見てませんね。あ、でも私は兎さんのお面が好きですね!」


 心乃の天然っぷりはどうでもいいとして、どうやら見ていないようだ。


「あの場に他に誰かいたというのですか? 少なくとも私は気づきませんでした」


 乙女もまた嘘や冗談を言っているような雰囲気はない。


 ……なら、あの人物は何?


 あの時、あたしがドラゴンに吸引され、あわや食べられる瞬間の出来事だ。

 突然吸引が停止し、あたしは空中に投げ出されたまま落下した。 

 あたしともあろう者が、吸引で身体が浮いた瞬間に頭の中が真っ白になってしまったのだ。

 ここでドラゴンに殺されると心が判断してしまったのだろう。


 だから咄嗟にもスキルを使えなかった。完全に身体と精神が硬直してしまっていた。

 しかしあたしは助かった。

 助けてくれたのだ、恐らくあの仮面の人物が。


「あ~でも、織音さんってお空を飛べたんですね! 凄いです!」


 的外れなことをキラキラした瞳で言ってくる心乃。

 いや、仮面の人物にあたしは抱えられ移動していた。

 あの仮面の人物が見えていなかったとしたら、確かに空を飛んでいるように思えただろう。


「そういえば織音様! あのようなお力があるのでしたら言っておいてほしかったです!」


 涙目であたしに詰め寄ってくる初秋の頭をそっと撫でてやると、彼女は気持ち良さそうに笑みを浮かべる。


 ふふ、本当にこの子は可愛いわね。


「……でもそう。誰にも見えなかったのね」


 ならあの存在は一体何者なのか?

 十中八九、ダンジョンを攻略したのはあの者だろう。間違いないはず。


 ……透明化できるスキル? けれど触れた対象にはその姿を見られてしまうという制限、かしらね。


 考えようによってはとてつもなく凶悪な能力だ。

 あたしならリスクを考えて、誰にもバレないように行動するだろう。

 しかしあの者は、恐らく見ず知らずのあたしを助けるために、能力がバレるのを覚悟して助けた。


 ただのお人好しなバカなのか、それとも……。

 それでも命の恩人であることには変わりない。

 あたしは礼は礼をもって、命には命をもって返すのを誇りとしている。


「ならいずれ返さなければね」

「は? 何か仰いましたか、織音様?」

「いいえ。ただ……欲しいものができたのよ」


 あの人材、必ず見つけて我が物にしてみせる。

 ああ、やはりこの狂ってしまった世界は良い。何て楽しいのだろうか。

 あたしすら簡単に殺してしまうような存在が溢れている。


 そんな世界であたしは頂点に立って見せる。

 待っていなさい『仮面つき』、必ずあたしが手に入れてあげるから。

 あたしはまるで恋焦がれるように、その人物のことを想い嗤っていた。





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