第26話 条件付きで仲間になった件について

 沈黙に耐えられませんでしたけど何か!?


 するとニコッとヒオナさんさんが笑みを浮かべて、


「だ・か・ら・こ・そ……これは天命だと思うのよね~」

「は? 天命?」

「そ、天命」

「どういうことっすか?」

「その前に聞くけど、あなたが『持ち得る者』だって知ってるのはワタシの他に誰かいる?」

「いないっすよ。つーか能力聞いて分かるでしょ? このジョブの能力はあまり大っぴらにしたくないってのは」

「ええ、分かるわ~。でもだからこそワタシが真っ先にあなたを見つけることができたのは、まさに天の神様がもたらしてくれた奇跡のようなもの」

「そこまで大げさですかね」

「あらら、この期に及んでまだあなたは自分の価値が分かっていないの?」


 そういうわけではないが、ただこんな美女に天命とか言われると結構恥ずかしいという思春期の男心を分かってもらいたい。


「ねえ六門、あなた…………ワタシのものになって」

「…………すみません。よく聞き取れなかったんで、もう一度お願――」

「ワタシのものになってよ」


 食い気味に言われた。しかもどうやら聞き間違いじゃなかったみたいだ。

 しかしなるほど。ここは慌てずに冷静に対処するべきだな。


「ど、どどどっどどどどどどいうことでせう!?」


 あ、ダメだこりゃ。脳内が爆発してるわ。全然冷静じゃなかった。


「ねぇ~、ダメ~」

「あ、ち、近い!? しかも良いニオイで柔らかくぅ……!?」


 ヒオナさんが、その火照った豊満なボディを押し付けてきて、生温かい声で耳打ちをしてくる。


「あらら、こういうの嫌い? お姉さん、少しくらいなら……いいわよぉ~?」


 そう言いながら胸元を開けて見せる。

 そこから紫色のブラジャーらしきものが顔を覗かせた。

 思わず凝視してしまい全身の血流が高速化するが……。


「お、落ち着け有野六門! これは完全な色仕掛けだぞ! 俺はこんなことで籠絡させるほど簡単な男じゃないはずだ! 意識を強く保てぇぇぇ!」

「……ワタシのものになってくれたら~、もっと凄いことだって……してあげてもいいわよ~?」

「も、もっと凄いこと……っ!?」


 俺の脳内メモリアルが現在活発化して、次々と映像が浮かび上がっていく。

 そう、ネットなどにはびこっている18禁的なアレらである。


「いやっ……それでも俺は…………っ」


 するとヒオナさんが、あろうことか俺の耳を甘噛みしたのである。


「ふやんっ!?」


 自分でも今まで出したことのない気色の悪い声が出た。


「……ほへふぁい(お願い)」


 ああ、噛んだまま喋っちゃ……っ!?


 今にも俺の理性は飛び散る寸前だ。


 ……ていうか、もういいんじゃね? これって合意ってやつだよね? じゃあ少しくらいモミモミハムハムしてもいいんじゃね? 


 このまま本能の赴くままに行動した方が、何だか幸せになりそうな気がしてきた。


 だって……しょうがないじゃん。女の子と手も握ったことがない十六歳なんだからさ。

 これだけ我慢してること自体が最早ギネスもんだと思うんだよね。

 だからもう…………いいよね、父さん、母さん。


「――――そっ、そんなことダメだっつぅのぉぉぉっ!?」


 だが心とは裏腹に、俺は反射的にヒオナさんの両肩に手を当てて引き剥がしていた。

 ヒオナさん自身も断られるとは思っていなかったのか、「え?」と唖然としている。


「い、いいか! そういうことを男に軽々しくすんじゃねえ! 下手すりゃ取り返しのつかないことになっちまうんだぞっ!」


 あれぇ、俺ってば何言ってんだ?


「それに俺はっ、こういうことは好きな奴としたいんだぁぁぁぁっ!」


 俺の目一杯の宣言に、まるで演奏が始まる前のコンサートホールのような静寂が訪れた。

 痛いくらいのその静けさに、俺はハッとなって思い出す。


 ここって…………店だったよな?


 俺はギギギギと首を動かして周りを見回す。

 すると他の客や店員たちが、時を凍らせたかのようにこちらを見ながら固まっていた。


「あ……あ……ぁ……っ」


 今の発言を聞かれたと思った俺は、直後に顔から火が出るほどの恥ずかしさを感じたが、


「――ぷっ! あーっはっはっはっはっはっは!」


 口火を切ったのはヒオナさんの笑い声だった。

 それに呼応するかのように、客たちも同じように笑い声を上げる。


「いいね、あんちゃん! 青春だねぇ!」

「男はやっぱりそうじゃないとなぁ!」

「あの子、顔真っ赤。可愛いわね~!」


 などと口々に俺を赤面させるようなことを言ってくる。


 くそぅ……俺はこんな公衆の面前で何を言ってんだよぉぉぉ……。


 時間を巻き戻すスキルとかマジで欲しい。

 今この瞬間に刻まれた俺の黒歴史をなかったことにしたい。

 俺ががっくしと肩を落としていると、フワリと頭を撫でられる感触を覚える。


「……え?」


 見ればヒオナさんだった。何だか微笑ましいものを見るような目で俺を見ている。

 そして彼女はコクッと頷くと、


「うんっ、ごーかくぅ!」


 突如意味の分からないことを言った。


「は……はい? 合格?」


 何が……?


「ごめんね六門。実は今までのはあなたを試す作戦だったのよ~」

「……さ、作戦?」


 彼女曰く、俺という人間の本質をこの場で見極めるつもりだったらしい。

 そのため様々な質問や態度を通して、俺の反応を窺っていたのだ。

 先の色仕掛けに関しても、当然狙ってのことらしい。

 もし言動に、少しでもヒオナさんの逆鱗に触れるようなものがあれば、相応の処断をしたとのこと。


「じゃ、じゃあもし俺がその……おっぱいとか触ってたら……?」

「うん、去勢路線真っ直ぐ」


 良かったぁぁぁぁぁぁっ! マジで理性ありがとぉ、俺の本能に勝ってくれてぇぇっ!


 まだ一度も使っていないのに処理されてたまるか。

 他にも俺を揺さぶるようないろいろな質問に対しても、彼女のお気に召さないようであれば同様だったらしい。


「あなたの力を聞いて、放置しておくのは危険だと思ったのよ~。ううん、あなたの家で会った時からかしら?」


 膝の上にいる山月を擦りながらヒオナさんは続ける。


「あの会合にいた全員を出し抜くほどの実力者。まさか心乃に案内された友達の家にいたのがその実力者だったって分かった時は冷や冷やしたけどね~」

「とてもそうは見えなかったっすけど?」

「だって機嫌を損ねたり、あなたが性格破綻者だったりしたら、あの場でワタシは死んじゃってたかもしれないしね~」


 仮に俺がそういう輩なら、確かに有り得た未来かもしれない。


「けど実際に会って話してみて、案外普通の子かもって思って、あなたの正体を暴くことにしたの。これも一つの賭け」


 それで逆上して俺がヒオナさんを力ずくでどうにかする可能性だってあったのだ。


「そして今日、ここであなたの本質を理解するつもりだったのよ。試したのは悪かったけれどね~」

「いやまあ、別にいいんすけど」


 ……ちょっとおっぱいの感触とか堪能できたしね。


「そうよね~、ワタシのおっぱいの感触を楽しめたんだし」


 あはは、バレて~ら。女ってマジこわ~い。


「もしその賭けとやらに失敗してたらどうするつもりだったんすか?」

「その時はその時。こんな世界になっちゃったんだもの。まさに弱肉強食の世界。あなたなら理解してると思うけど、これは日本国に再びやってきた乱世――戦国時代なのよ」

「言い得て妙ですね」

「しかも相手はモンスターだけじゃなくて、今後は人間とも争っていくことになるでしょうね。だからこそ生き抜くための知恵と力が必要になる」

「それでわざわざ危険を覚悟してまであの会合で情報収集に出たってわけっすか」

「そういうこと。そして……」

「力のある……手駒になりそうな存在を懐に収めておこうと動いてる」

「エクセレント! そこまで分かってるなんて、さすがはワタシが欲しただけはあるわね~」

「あれ? 俺を欲しいってのは冗談だったんじゃ?」

「ん~ん、それはマジ。だってあなたの存在はとても貴重だもの。是非欲しいわ。けれど色仕掛けでも落ちなかったし、こんな世界ではあまりお金の価値だって低いし……どうすればワタシのものになってくれる?」


 いや、本気の色仕掛けなら大歓迎なんですが? だってそこに愛情が発生するなら、男としてこれほど最高なことはないし。

 まあでも今は少しホッとしている。彼女が有無を言わさず俺に言うことを聞かせようとしてきていないからだ。……脅しは受けたけど。


 ただそれでも少なくとも俺に選択肢は与えてくれている。

 油断できる相手ではないが、交渉の余地くらいは残してくれているのはありがたい。


「……こっちが出す条件を飲んでくれるなら、俺の都合が許す限りは手を貸すのも吝かじゃないっすよ」


 さあ、この答えにどう反応してくる。


「条件……ねぇ。言ってみて」

「条件は全部で三つ。一つ、命を失うリスクの高い作戦には参加させない」

「……ふむふむ」

「一つ、俺の情報、特にジョブ関係について他者へと流さない」

「身内ならいいの?」

「その判断は俺にさせてほしいっすね。まあでもできる限りあんただけに留まらせておきたい」

「なるほどね……それだけ?」

「まだあります。一つ、俺の自由を保障すること」

「自由……か。それはつまりあなたの生活に支障をきたすようなことはするなってこと?」


 俺はコクリと頷く。

 正直言ってこれはかなりの優遇対応である。簡単にいえば、これから付き合う上で俺の意見を無視するなと言っているようなものだから。

 明らかに俺に有利な面が多く、相手が相手なら絶対に飲まないような条件だろう。


 さて、彼女の答えはどうなるか。


「…………いいわよ」

「! ……いいんですか?」

「ええ。それであなたが手を組んでくれるっていうなら十分だもの。こっちにデメリットはないしね」


 まさか全部承諾してくれるとは思わなかった。少しくらいは制限される覚悟はあったのだ。これは嬉しい誤算である。

 まあ実際のところ、気配を殺し近づける俺を敵に回したくないというのが本音かもしれないが。


「じゃあさっそくなんだけど~」

「え、もう仕事の依頼なんすか? 早くない?」

「だってぇ、放っておくと誰かに取られちゃうかもしれないしね~」

「……! つまりそこそこ難関なダンジョン攻略ってわけっすか」

「本当に察しが良くて助かるわ」


 それくらい俺の能力を聞いた奴なら思いつくことだからだ。

 恐らく彼女もダンジョン攻略の最も効率的な方法を知っているのだろう。

 ダンジョンコアを破壊すること。

 通常、そこに至るまでにはモンスターや罠が待ち構えている。


 しかし俺ならば、罠はともかくモンスターと戦闘せずに速やかにコアに近づくことができるのだ。

 そして俺がコアを破壊すれば、攻略経験値が《クランシステム》を介して彼女にも入る。

 楽々レベルアップを可能にするのだ。これほど安全で効率的な手法はそうないだろう。


「俺もまあ、レベルは上げたいからいいんすけど」


 今まで攻略してきたダンジョンでは、レベルアップには物足りなくなってきていた。

 近々だが、そこそこ困難となっている規模のダンジョンを攻略しなければと考えていたところだ。

 しかし俺の情報網じゃ、なかなか有益なダンジョンの在処を見つけられない。

 今後どうやって探そうかと悩んでいたのである。


「ワタシはダンジョンの在処を探し、あなたにそれを伝える」

「そして俺は、あんたと《クラン》を結成してダンジョンを攻略する。そういうことっすね?」

「ん……今から行きたいんだけど、大丈夫?」

「俺の実力をしっかり把握するためっすね?」

「本当に物分かりがよくて助かるわ」

「できればあんたの実力も見せてほしいんすけどね」

「あはっ、いいわよ~。じゃあ初めての共同作業といきますか」


 こうして俺は、初めてのダンジョン攻略チームを結成することになった。



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