第18話 集まった連中が全員一癖も二癖もある件について
「――頭ぁ、着きましたぜ」
想像通り男の声はとても野太く、それは棺桶の中へと向けられていた。
「……ん……ぁあ……え? うわぁ、眩しいぃ……」
棺桶の中から、細めであるが男の声が聞こえてきた。
「起きてください。皆さんがお待ちですぜ」
「……もう着いたの? はぁ……何で朝ってくるんだろ。ずっと夜ならいいんだけど」
おお、その意見には賛成だ。
夜っていいよな。妙にテンション上がるし。もし眠気なんてなかったら、ずっと起きていたい時間帯ではあるよな!
何故か棺桶に入っているであろう人物とは仲良くなれそうな気がした。
棺桶の中から「ふわぁ~」と欠伸をしながら上半身を起こす人物の素顔が明らかになる。
パーマをかけたような癖っ毛が強い髪をした俺とそう変わらない少年だ。
どこかぬぼ~っとした印象を受けるが、何よりも特徴的なのは、ハイライトが働いていないその昏い瞳であろう。
しかも目の下にはくっきりと隈も見て取れる上、明らかに不健康そうなその顔立ちのせいもあって、生気が非常に弱々しい奴だ。
そいつは「よっこらしょ」と言いながら立ち上がり、今にも飛び掛かろうとしそうなガキの従者を一瞥すると、またも大きな欠伸をした。
「!? コイツッ、バカにしているのか!」
危うく怪我を負ったかもしれないガキに対して謝罪の一つもないのが余程気に入らないようだ。
しかし……。
「よしなさい初秋」
「で、ですが織音様! 奴はこの会合を壊そうとする輩やもしれませんよ!」
「いいからあなたは黙っていなさい」
ガキにキッと睨みつけられた女性は怯えたように押し黙った。
そして横抱きにされていたガキは、そのまま下ろされると何事もなかったかのようにソファへと腰を下ろす。
「どうやらあなたたちが最後のメンバーのようね。ただし些か乱暴な来訪ではなかったかしら?」
「あー悪いなぁ。ちょっと間に合わなくてさぁ、しょうがないから裏技を使った」
今も眠そうな少年が、ガキに対して答えた。
「へぇ、裏技ということは、それがあなたのスキルなのかしら?」
「…………」
「……ん? 聞いているのあなた?」
突如黙りこくった少年を見て不可思議に目を細めるガキ。
すると少年から「ぐ~」とイビキが聞こえてきた。
……は? 寝て……?
しかも目を開けたままだが……。
俺含めて、その場にいる全員(強面の男以外)が呆気に取られてしまう。
「すまぬ。頭はここ数日仕事で寝ていなくてな。頭、頭、起きてください」
強面の男が、少年の肩を揺する。
「……!? ん? あれ? ……あ、日の光が目にしみるぅぅぅ」
目を覚ました少年が眩しそうに自身の眼を手で覆い隠す。
何とも個性的な少年である。よくもまあこんな状況で眠れるものだ。逆に感心してしまう。
「……ま、まあいいわ。時間も来たことだから、まずはお互いに自己紹介をしましょうか」
そう言いながら、まずガキが名乗りを上げる。
「初めまして。わたしは一ノ鍵織音。ご存じの通り、この会合の主催者であり『マスター・キー』よ。そしてこの子はわたしの秘書兼侍女の北常初秋。よろしくね」
不敵な笑みを浮かべ、四奈川たちに向かって本名を名乗った。
どうやら情報を偽り騙すつもりはないようだ。まあ四奈川たちがいる時点で素性は明らかになっているからかもしれないが。
一ノ鍵と聞いて、真っ先に反応をしたのは虎女である。
「……! まさか主催者があの一ノ鍵のご令嬢だとはね」
男組は二人とも無反応なので、何を考えているかは分からない。
「――ごほっ、ごほっ! じゃ、じゃあその、次は私たちですね!」
咳をしたってことは、四奈川もこの異様な空気に緊張しているようだ。
「私は四奈川心乃です! そしてこちらは!」
「お嬢様にお仕えさせて頂いているメイドの葉牧と申します」
彼女たちの自己紹介に反応して見せたのは二人だ。
一人は一ノ鍵で、
「なるほど。あの四奈川の。だからわたしのことを知っていたのね」
と先程の四奈川の発言に納得をしてみせた。
そしてもう一人の虎女は、
「こりゃまた大物の名前が出たわね。ちょっと委縮しちゃいそう」
なんて少しも委縮などしていない様子で軽口を言う。そしてそのまま今度は自分の番だと彼女は続ける。
「次はワタシね。名前は
「! 五堂? ……聞いたことがあるわね」
虎女の名前を聞いて誰よりも先に訝しんだのはガキだった。
そんな有名な名前なのだろうか。少なくとも俺は知らない。
「五堂……【
「ご名答。そこの跡取りよ。まあ、あなたたち二組と比べると、知名度は低いでしょうけれど」
ふむふむ、【五堂神宮】か………………知らん。
そもそも神社とか仏閣とか興味ないしなぁ。
「あとこの子はさっきも言ったけど山月よ」
「ガルルルル」
「本物の虎なのかしらね?」
「さあ、本物か偽物かどっちだと思う?」
ガキの質問に対し、挑発的な文言で虎女――五堂が返す。
「……まあいいわ。それで? あとはあなたたちだけれど?」
最後に男組に視線が向けられる。
しかし頭と呼ばれている少年はボリボリと頭をかきながら目をしばたかせていて、まるでやる気が感じられない。
思わず何でここに来たんだよとツッコみそうになる。
そんな少年の態度を見て、強面の男が代表して答え始めた。
「お初にお目にかかる。この方は我ら『
するとハッとした葉牧さんが、彼らの情報を一つ口にする。
「!? 飛柱組といえば、日本中に系列組織を置いている『不動組』参加の暴力団の一つ」
マジで!? アイツらってあの有名な暴力団に関係してんの!?
俺でも知ってるビッグネームだ。飛柱組ってのは知らなかったけど、不動組といえば日本で最大規模の暴力団だってことくらいは知ってる。度々世間を騒がせているヤクザだ。
そんでアイツが頭ってことは……組長ってことだよな?
悪いが全然そんなふうに見えない。組長といえば、もっとこうヤクザ映画とかに出てくるような威圧感が服を着て歩いているような奴だと思っていたから。
まあ別の意味で顔の不健康さが怖いけどさ。何だか死神みたいで。目も死んでるし。
てかやっぱり堅気じゃなかったんですね。
「どうやらここに集まったのは、それなりに力と名を持つ者たちのようね」
……うん、俺以外はね。
だって俺ってば一般ピープルだし。逃げるだけが取り柄のか弱い普通人だし。
というか彼女たちの素性を聞いて、やはり自分がどれほどの場違いなのか痛感する。
この中で一番四奈川たちがマシに思えてくるのが不思議だ。
あれでも大金持ちの令嬢と暗殺メイドなのにね。
「ククク、いいわ。面白いわね。それでこそ呼びかけた甲斐があったというものよ」
ソファから立ち上がったガキの表情は、見るからに嬉々としたものへと変わっていた。
おいおい、こんな奴らを傘下に収めようっていうのかよ。つーか、どいつもこいつもれっきとした格を持ってる連中みたいだし、素直にガキの手駒になるとは思えんけど。
「楽しそうなのは結構だけどさぁ、ワタシたちを呼んだのって情報交換をしようってことよね?」
「ええそうよ、五堂ヒオナ」
「ヒオナでいいわよ、一ノ鍵ちゃん」
「子供扱いは勘弁よ。織音と呼ぶことを許可するわ。ただし……女性だけね」
ここに来て男女差別とは……と思ったが、男組は別段気にしてはいないようだ。
「そう。じゃあ織音、情報交換というのはどの程度のことを言っているのかしら?」
「全部……と言いたいところだけれど、あなたたちにも隠し通したいことくらいは当然あるでしょう」
それは当たり前だろう。特にジョブやスキルについては俺だったら絶対に言いたくない。
俺の場合は、ジョブを言うだけで凡その能力を知られてしまうからだ。
「故に一組ずつ質問をしていき、それに答えられるなら答えていくというのはどうかしら?」
「ん、ワタシはOKよ~」
「わ、私たちもそれで構いません!」
「……了解だ」
それぞれの代表が賛同する。ちなみに飛柱組で返事をしたのは丸城だ。
「け・れ・ど……その前にちょ~っと気になることがあるのよね~」
不意にそんなことを口走ったのは五堂である。
すると彼女はとんでもないことを口にした。
「いつまでそこに隠れているつもりかしらね~。……スパイくん?」
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