94:勇者の過去と現在:レティシア・フランシスという存在
<フレデリック・フランシス>の丁度、真後ろに飛んだオレは首に狙いを定め、一瞬でその首をかき斬ろうとした。
フレデリック自身も気づいていないうちに仕留めるために・・・・だが・・・・・・。
強烈な痛みが右手を襲い、手元を狂わす。
剣の軌道が逸れ、フレデリックの右足に切っ先がおちた。
「・・・ッッ うう・・・ぐぅぅ・・・ッ」
「ああああああああぁぁぁぁ・・・ッッッ」
フレデリック、そしてオレ、両者の叫び声が森中に響き渡る。
彼はオレに右足を斬られ、オレは<何者か>に右手を剣で貫かれた。
予想外の事態だった。事前の情報では、大した護衛もいないと聞いていたのに・・・・。右手に突き刺さった剣を引き抜こうと奮闘するも、引っこ抜くのに力も精神力もいりそうだった。
すると真横から声がした。
「・・・・兄様、今度は私が守る番だよ」
「・・っっ!??」
思わず、目を見開き、剣を引き抜くのをやめた。
勇者の・・・<サムド>の能力のあるオレが・・・・こんな近くまで来られても、気づきもしないなんて・・・・・驚き、振り仰ぎ、とりあえず真横の人物に<威圧>を放つ。
VRMMOの世界にもあったが、身体強化魔法・気配察知と並ぶ、この世界で詠唱を必要としない純粋な魔力を外に放つことで使う、属性のない魔法の一種が<威圧>だ。
文字通り、相手をひるませる効果がある・・・が、実力がだいぶ格下の相手にしか通じない。
<目の前の相手>が全くひるんだ様子がないのを見て取り、オレは冷や汗を流す。
召喚されてから検証した<サムド>の能力は、オレをここに召喚した<
初めて会う、自分と同等、もしくはそれ以上かもしれない相手に・・・しかし、オレの身体は勝手に動く。
<隷属の腕輪>の効果で、オレが考えうる限りの<フレデリック・フランシスを暗殺するのに最善の方法>をとろうとしているのだ。
フレデリックの足元に落ちていた自分の剣を、聞き手でない左手で握ろうとするが、<目の前の相手>にその剣を踏みつけられる。
「・・・っっ!!なに・・・!!?」
思わず、<目の前の相手>を振り仰ぐ。
この時オレは・・・はじめて彼女の顔をしっかりと見た・・・・その顔は・・・・・・・
「・・・・・・っっ」
思わず息をつめ、顔が真っ赤に染まる。目の前には、後ろでうずくまる<フレデリック・フランシス>に似た美形の少女がいた。
理奈も可愛いけど、顔はこんな造形では、もちろんない。
だけど、その表情をつくる癖が・・・・・・戦闘中、冷静な顔を作りながらも・・・・その瞳の奥底にあるギラギラとした感情を隠せていないその雰囲気が・・・・・・
ゲームプレイ中の理奈にそっくりで・・・・一瞬ダブって見えてしまった。
「・・・・・・妖精?」
でも、この世界に理奈がいるはずもない・・・・・・理奈に見えるとするならば、いたずら好きだという妖精がオレの願望を叶えるために見せた幻に違いない、そう思った。
・・・・が、明らかに半透明の妖精とは違い、実態がある。
突然の出来事に戸惑うも、オレの内心とは裏腹に、<隷属の腕輪>の効果で身体は勝手に動く。彼女の美しい剣筋を間近で感じながら----・・・・。
そうして、・・・・オレは彼女に大敗北をした。
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その後色々あり、ルナリア帝国に一度戻ることになったオレは・・・・・・その時、感じた、彼女・<レティシア・フランシス>への違和感を・・・・ただの妄想だと処理することにした。
この異世界ではじめて会った、自分と同等以上の実力の持ち主。
はじめての命の危険。
そして、オレ自身の・・・・理奈への強い渇望。
それらがすべて合わさり、オレ自身の脳が見せた都合のいい光景だったと・・・・。
だけど、冷静になったいまはどうだろう。この迷宮都市<アッシド>に来てから接した<レティシア・フランシス>は・・・・。
理性が、知識が・・・・・「そんなことありえない」「そんなはずはない」と否定する。
だけど、オレの本能が・・・・・ひどく「レティシアは理奈だ」と訴えるのだ。
<グラナダ>迷宮の休憩部屋。いきなり突っかかってきた<目の前の戦闘狂>を見やる。
いろいろな雑念を取り払って、仮に「レティシアが理奈だ」と断定した場合を考える。
まず気になるのは、「今日のこいつの態度はどうだったか・・・・・・・?」だ。
瞬間身体を渦巻く魔素の力が、一段上がるのが自分でもわかった。勝手に<目の前の戦闘狂>・・・いや、A級冒険者でレティシアの講師だという、王弟<アルフォンス・レイ>に向かって、自身でも制御できないほどの威圧を放つ。
(こいつは、理奈にキスをしていた・・・・・!!)
「うおっ!いきなりどうした。お前も楽しくなったか?」
「いや・・・あんたさぁ・・・・・・もう<フレデリック・フランシス>に一切、触んじゃねぇよ」
アルフォンスの剣を受け止め、そのまま弾き飛ばしながら、言い放つ。自分でも感情が制御できない。口調が乱暴になる。
<フレデリック・フランシス>のふりをした少女が・・・<レティシア・フランシス>が理奈なはずがないと必死で否定しても・・・・・・・イライラが止まらない・・・・・!
「あ“ぁ?お前には関係ねぇだろうが・・・・!」
「はははっ何をいってるんだ?・・・オレにだって・・・・口出す権利はあると思う・・・!!」
理性では彼の言うことはもっともだと思うのに、やっぱりオレの本能が否定する。
手に持った剣を地面に落とし、加速する。
今なら一瞬で目の前の男を殺せる自信があるから、理性が辛うじてオレの手から剣を外させた。
いま持てる限りの最高速度で・・・力で・・・・・オレはアルフォンスに殴りかかる。
その光景を、当のレティシアに見られているとも気付かずに・・・。
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補足メモ:前半が『08-10:襲撃!』あたりの話、後半が『84-85』あたりの話。
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