92:チェスターは、勇者に興味がもてない(2)

街中で馬を駈足かけあしさせるヤツはいない。


常歩なみあし程度の速度で進む三頭を追うのは、ルナリア帝国帝国の影を率いる私・<チェスター・バシュラール>にとっても、勇者にとっても容易たやすかった。


今回の暗殺ターゲットである、<フレデリック・フランシス>が王都の東門から外に出る手続きを行うのを遠目で見ながら、今後の予定を私は素早く組み立てることにした。



(ふむ・・・方向からいって「常陽の森」へ行くのだろうな。

装備からいって狩りか・・・連れは・・・・部下の報告書にあった男だろう、従者<ジン・バトラー>と・・・・・・ん?女??)



遠目からだと分かりづらいが、見間違えではなく確かに女がいた。しかも値段の張っていそうな剣をぶら下げている。



(あの髪色に年齢・装備・・・・・<フレデリック・フランシス>の妹の<レティシア・フランシス>か。この国の貴族令嬢が狩りとは珍しいが、まぁどうでもいい)



私は思考した。相手の戦力とこちらの戦力、そして常陽の森という暗殺には格好の場所。

王都に来たばかりで早急すぎる気もするが、こんな絶好の機会を逃すわけがない。


答えはもう出ているも同然だった。



(だが、王都外に出るのに、私が手続きをするのは悪手だな。事故に見せかけて殺害する予定だが、万が一にも犯人だと疑われるのは避けねば・・・)



かるく眉を寄せ、そう結論付ける。

隣で相も変わらず、にやけた笑いをする勇者に目線をやると、何やら小声で話しかけてきた。



「外にでも行くんですかねぇ。まぁ、オレたちは宿にでも行きません?ほら、埃もひどいじゃないっスか」



その言葉に自身の服を見る。任務中は野営が多い。どうあがいても、キレイであることを維持するのは困難だ。どんなに「ウインド」を行使しても埃はつきものである。


だが、だからこそ・・・・



(このくだらん任務を早く終わらせて、心置きなく入浴せねば・・・・・・)



私はこの時、この任務を軽視していた。


天才児とは言っても、ただの少年。

護衛もほぼいないに等しく、外交上の問題にならないよう事故に見せかけて殺すのが多少厄介なだけで、勇者の転移魔法の力などなくても、私だけでも達成できる程度の任務でしかないのだから当然ともいえる。


私は周りに人がいないことを確かめ、死角に勇者ごと入る。


この任務のために本国の魔道研究所から借り受けた<魔法無効化の指輪>をはずし、勇者に手渡す。

この指輪は他国にはない最新式の魔道具で、<他者からの魔法攻撃を無効化する>画期的なものだ。

魔法が得意なターゲット向きの魔道具といえる。



「この指輪とオレの服を持って、壁外へ転移しろ。これから<フレデリック・フランシス>暗殺任務を遂行・・・・・・・する」



へらへらした顔を勇者が一瞬こわばらせたが、どうでもいい。



「光よ 宙を踊れ ジェミニオ」



魔素が私を包み込み、「茶髪の男」から一瞬のちに小型の羽根つきの虫に変化する。バサッと服が地面に落ちる。

目の前でヘラヘラ顔だった勇者が唖然とした表情をしているが、やはり心底どうでもよかった。


勇者を催促するように眼前で羽ばたくと、急いで服をかき集め始めた。



(雑に集めたせいで、土が大量に服についているではないか・・・!)



私は内心舌打ちをしながら、勇者が転移したのを見送ると、虫の姿のまま城壁を超えた。いくら変化できるとはいえ、虫などになりたくはないが、任務のためだから仕方ない。


無事城壁を超えた私は、すぐさま勇者の眼前で再度、魔法を唱える。



「光よ 宙を踊れ ジェミニオ」



虫であっても何故か喋れるから、我ながらこの固有魔法は不思議である。

ちなみに、虫に変化すると魔法解除のための指鳴らしがしにくいので、時間のないときはこのように<魔法を重ね掛けする>ようにしている。


「茶髪の男」に再度なった私は、土のついた服に何度も「ウィンド」を使いキレイにしてから、着用する。


横で勇者が呆れた顔を向けてくるが、心底どうでもいい。・・・というより、そもそも貴様のせいである。


ちょうど手続きが終わったのだろう、城門から三頭の馬が駈足かけあしで出ていくのが見えた。



(こんな簡単な任務、早く終えて、今日は個室に入浴設備のある宿をとらねば・・・・・・)



身体強化魔法と気配遮断を体に施し、勇者と共に三頭の後を追いかける。


・・・・・・こんな簡単・・な任務。


そもそも、その認識が間違っていたというのに。

だから私は、この時の思考を後悔することになるのだ・・・。


この時、数日でも猶予を置き、屋敷内の様子を探れば、こんなことになることもなかったのだから。

まさかあの女が、あんなに強いだなんて・・・・・・・・。


でも、どうあがいても・・・・・・・いまの私には、そんなこと予測不可能だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る