89:勇者の過去(9)隷属の腕輪

足早あしばや・・・とは最早言えないぐらいのスピードで去っていく後姿をオレ、仲河光輝なかがわこうきは唖然と見送る。

<茶髪の平凡な男>から長身痩躯に戻った派手な色彩の男は、先ほど脱いだ黒い覆面をかぶり直し、王城の正門の方へ通常なら目視が困難なスピードで走り去っていった。


いまあったばかりの出来事を思い返すとストレスからか、オレの片眉がぴくりと痙攣した。



「マジか・・・・・・」



誰も周りにいないのをいいことに、オレはその場にうずくまって頭を抱えた。



(いや、殺人訓練をさせられそうだと思ったからこそ、オレの性格を日本の犯罪者集団にいそうなものに見せたうえ、嫌がらせのようにツバを吐きかけたんだが・・・・・・)



そう、それは目論見通り上手くいったのだろう。殺人訓練をすることはなかった。


しかしうまく行き過ぎたのだろう。


三番隊隊長・<チェスター>の癇に障ったのか知らないが、訓練自体もなしになってしまった。

つまり暗殺任務までの1週間の猶予がなくなった。


その上・・・・・・



(チェスターが「暗殺任務のための命令だ」といった瞬間、腕輪から微弱な電流が流れたんだよなぁ・・・・やっぱり玉座の間で帝王に「チェスターに従う」よう言われた後に感じたあの感触は・・・・気のせいじゃ・・・・・なかったか・・・)



思い違いだと思いたかった、左腕にはめられた腕輪から流れた微弱な電流。


いや、薄々何かあると疑ってはいたのだ。一般兵は知らないという<勇者の印>を。

外そうと思っても、ずっと外せなかったのだから・・・。


女神<カトレア>にこの乙女ゲームに酷似した異世界に連れてこられてから、ずっと目を背けていた直視したくない現実が見えてくる。



(命令や従うよう言われた後に流れたことを考えると、異世界転移系物語の定番・・・十中八九、隷属系の魔道具だろうなぁ・・・・・・)



先ほど帝王・<ルナリア三世>がわざわざ「<フレデリック・フランシス>の暗殺はお願いではなく・・・・<命令>ですよ?」とオレの前で念押しをしたことを考えると、もうオレが<フレデリック・フランシス>を暗殺することが避けられない自体に発展している可能性が高かった。


思わずこめかみを右手で抑え、ため息が出てしまう。


ただ、わざわざオレの前で念押しをした行動の意味するところを考えるに、抜け道はまだありそうだ。


腕輪の隷属効果の発動条件に<目の前での命令すること>があるのだとすれば、幸いオレはまだ暗殺の期限を帝王からは告げられてはいないからだ。


「暗殺任務に関してチェスターに従う」という命令が、どれだけオレの行動を縛るかは分からないが・・・恐らく今なら、明朝ここでチェスターと会った後にすぐに転移、王城から離れ、その後帝王やチェスターに会いさえしなければ、隷属の腕輪の効果に縛られることはないだろう・・・。


しかし、そうすることを否定するかのようにオレは頭を振った。


現状の俺の目的・・・・・・


---------------

・第一に玉座の位置を正確に把握すること。


・第二に<現在の加護持ち>と<白い馬>を見つけること。


・第三に<白い馬>にこの<一つの案>が問題ないかを聞くこと。


・第四に、問題がなかった場合は、<加護持ち>にこの協力を依頼して古代魔道具アーティファクト玉座を起動すること。


もし問題があった場合は・・・・もう一度、別の方法を検討すること。

---------------


第一の目的を達成したいま、目的は三つに絞られていた。


だけど、第二の目的の<現在の加護持ち>が厄介なのだ。


現在、この世界の事情を知っているほぼすべての人間が、ルナリア帝国の<現在の加護持ち>は帝王・ <イグナシオ・ルナリア3世>だと思っているのだから。


<本当の現在の加護持ち>を知っているのは、ルナリア帝国の帝王と一部の側近・影くらいしかいない。


この一ヶ月、勉強をしながら宰相の<モレノ・ シュテルン>から探ることで、<本当の現在の加護持ち>の名前やレイ皇国所属の冒険者であることをなんとか知ることは出来たが・・・・まだ居場所は分かっていない。


・・というのも、世間の目から隠れるように暮らしている実力者らしく、ルナリア帝国の影が追ってなお、たまにしか正確な居場所の把握ができないらしい。


これから異世界でオレ自身が一から<加護持ち>の場所を探ることを考えると、影を使える帝王とはいまはまだ繋がりを持っていた方がいい気がするのだ。


もちろん<白い馬>が居場所を把握している可能性もあるが、現時点では色々不確定要素が大きすぎるし、何より大国を敵に回すのは、できれば最後の手段にしたいというのもある。


もういっそ全てを放り投げて、世界の崩壊まで自由きままに過ごしたい、という思いがふと去来する。

・・・・・・だけど、どう考えても、このくらいのことでオレのいまの人生を諦められるはずがない。



(諦められないのはオレの人生じゃなくて・・・理奈なんだけどな・・・)



最後に会ったときの理奈の真っ赤になった可愛い表情を思い浮かべると、自然と口角があがってくるから、恋とは偉大だ。

息を吐きだし、オレは立ち上がる。



(集合は明朝だったか。・・・だったら、それまでやれることをやろう)




人の影はないが、念のために魔素を周りに充満させて気配察知を行い、周囲にやはり誰もいないことを確かめると・・・



「テレポート」



詠唱省略で一足飛びに、オレは王城から・・・・・・いや、ルナリア帝国から転移した。

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